表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クレイジーシスター   作者: みきうる
4/4

4話 クレイジーシスター

「ここの教会の知り合いって事はリリさんの・・?」

 僕は堂本、と名乗るおばさんが何なのかを知りたかった。

 教会のシスターはリリさんしかいない。他にも人はいると聞くが、いまだ会ったことはない。

「そうさね。あの子以外に教会のシスターはいないだろう?」

「うん」

「誤解のない様に言っておくけど、リリが追い出したわけじゃないからね?」

「え?」

 堂本の言葉に僕は耳を疑った。

ここのシスターはもうリリさん以外にいないのか?

 堂本は僕の反応にしまった、と、手を抑えたが遅かった。

「知らなかったのかい。余計な事を言っちゃったねぇ。忘れてくれ・・って、忘れないか」

「まぁ・・・」

 聞いてはまずいものだったのかもしれない。それに、ここの教会にはもう来れないだろう。リリさんの話なんて今さら聞いたって意味のない事だ。

「リリさんはまだ中にいると思う。早く行って来たら?」

 僕がそう言うと、堂本は頭を強くたたいてきた。

「泣いたあんたを放っておけるか。リリだって何でこんな子を放置してるんだか。リリにあんたが居るって伝えた方が良いかい?」

 そんなことなんてされたら気まずいだけだ。

「やめてくれ。僕はリリさんと会う気なんてない」

 僕の慌てように堂本は「ふーん」と言いながら品定めするように僕を見てきた。

「あんた・・・まさかリリにちょっかいを出したんじゃないだろうね? あの子は長野では〝クレイジーシスター〟って呼ばれて恐れられてたんだから、あんたごときが叶う相手じゃないよ」

 喧嘩した、とは考えないようだ。普段、リリさんが行っていることを考えると、リリさんに倒されてそれを恨みに思い、逆にやり返されて泣いてるように見えたんだろう。

 それは情けない。いや、今の状況もかなり情けないけど。

「それは違う。僕は・・・リリさんと・・・」

「ふぅん。あの子の所業に泣かされたって訳じゃないか。だとすると、珍しいねぇ」

「珍しい・・」

「リリに人間関係でもめるようなまともな人間関係があったとは思えないしね」

 さらっとひどいな、このおばさん。

「もしかして・・喧嘩したのかい?」

 疑問形でありながら、堂本の中ではすでに回答は出ていた。僕とリリさんが喧嘩したことを察している。

「話してごらん。何があったんだい」

「い、嫌です」

 僕はできるだけ早く答えたが、堂本が肩を同じ言葉を繰り返した。

「話してごらん。何があったんだい」

 じ、地獄の底から響いてくるようだ・・。

「はい・・」


 僕は栄利の事から少し前までの事を話した。

「・・・・」

 てっきり、僕は堂本に殴られるのだとばかり思っていたが、堂本は「リリも不器用だね」と、つぶやいた。

「まァ坊やの八つ当たりもリリにとっては予想できない部分だったかもねぇ。中二がどれだけ子供だって事を肌で理解してなかったって事だろう」

「それは・・リリさんが悪いって事ですか?」

 僕はリリさんを批判する堂本に戸惑いを覚えていた。

「別に。私がよく知ってるリリがどう行動するべきだったかを考えただけさね。坊やにも、栄利って子にも言いたいことはたくさんあるがね。特にあの栄利って子はうさんくさい」

 リリさんよりもずっと大人の人に栄利の事を言われると、何も言えなかった。

 栄利は・・そんなに信用されないのか。

「何か文句でも?」

「いえ・・」

 僕の態度を見て堂本は「坊や、立て」と、言った。

「リリはね、過去を知ればどんな子なのかはわかると思うよ。これからもリリと付き合っていく上でリリの事を知るのは必要だ。だって、あの子は・・・子供だ」

 堂本は「私が今泊まっているホテルがある。そこに来な」と言って僕の返事を待たずに歩き出した。

 ついて来いって・・事か?

 でも、おばはんが居る部屋よりも綺麗なお姉さんが居る部屋の方が良いな!



 校門前でタクシーを捕まえると、ホテルまでの道のりを堂本は自分がどんな人間で、何をしているかを語った。

「私は格好の通り、シスターさ。あんたが生まれる前からシスターをやっていて、長野にいたころは教会の主である神父を探して諸国を漫遊してたねぇ」

「教会を放置してたのか」

「うん。神父も放浪癖が激しくてね、一度見失うとどこにいるのか分からなくて・・。何年かに一回は発見できたよ」

 そこまでいないなら神父は放置しておけばいいのに。

「今は長野・・じゃないよな」

「まァね。今は九州の方さね。神父もあれから反省して日本国内しか放浪しなくなったから探すのも楽になったもんだ。一年に一回会える」

「それは進歩だ」

 だから見捨てればいいのに。

「長野に来る前は北海道に居たね。地方を動き回っていると、辺鄙な場所に飛ばされるようになるさ。九州の次は島かもしれない」

 堂本はそう言って「がははは」と、笑った。

 いやいやいや笑えねーよ。

 堂本はビジネスホテルに着くと、タクシーの運転手に料金を払ってタクシーを出た。ビジネスホテルはかなりの高層で、パッと見はそこまで高そうに見えない。

「私の部屋は六階さね」

 ホテルに入ってエレベーターに乗り、六階まで行った。六階まで来ると窓から見える景色もひどく遠い。街中もあって車の灯りやビルの灯りがまぶしくて星が見えなかった。

「日本の文明社会が一目で見れるね。外国をよく見ている私からすれば日本は豊かだ」

「それは表面上だろ。金持ちが平均的な家庭よりも幸福とは限らない様に、日本人の内面は荒れている」

「・・・お金がない方がいいか、ある方が良いかと問われれば普通は後者を選ぶ。金は生きていく上では必要だし、何より自分の欲望をかなえられる。そういう事さね」

 堂本はそう言って話を打ち切ると、自分の部屋の前に行って鍵を開けた。

「ここが今、私が借りてる部屋さね。さァ入りな」

 靴入れがなく、土足で入れた。部屋は一人用だけあってひどく狭い。別室にある風呂や便所以外はベッド一つしかない。

「安いビジネスホテルは皆こうさ。最上階まで行くと値は張るが良い部屋だそうだよ」

「はぁ・・」

 おばさんと二人っきりだと思うと落ち着かない。主に身の貞操が。

「ベッドしか腰を落ち着かせる場所がないんだ。ベッドに座るかい?」

「床に座ります!」

 過剰かもしれないが、ベッドとかフラグとしか思えない!

 堂本は「そんなに遠慮しなくてもいいのに」と、笑いながら言うとベッドに腰を下ろした。

「さて、どこから話したものかねぇ・・。私とリリが初めて会ったところから話そうか。私がリリと初めて会った場所はね・・南米だ」

「南米って・・何故そんなところで?」

 南米と言えばアメリカでも治安が悪い所だ。旅行者が襲われることも日常茶飯事だし、観光しようと思う人は少ない。堂本はわかるとして何故リリさんが・・。

「リリはこの国の人間じゃない。孤児さ」

「え・・」

「リリの茶髪は地毛さ。しかも、あの目の色・・異人同士の子供なんだろうねぇ。リリも自分の両親が何者なのか知らないらしい。気が付いたころにはあの孤児院に居たとよ」

 孤児院。日本では縁遠い言葉だ。今の日本に虐待による児童養護施設の保護はあっても、子供を捨てるという話はあまり聞かない。日本は平和なのだ。

「南米には神父を探しに来ていた。そこで私はタチの悪い男達に荷物を奪われた。盗んだ瞬間に気付いたから追っかける事は出来たけど、追い付くことは無理だった。段々と距離が離れて私は彼らを見失った――」



 堂本は動機が激しくなった胸を押さえて、憎々しげに盗人が走り去っていった方角を見ていた。

 見失ったと分かっていても未練が捨てきれない堂本は、盗人が行ったと思われる方向に小走りした。そして路地を曲がった所で一人の子供とぶつかりそうになった。

「おばさん」

 日本語ではない異国語で堂本はそう呼ばれた。

 堂本はそれでも気にせず盗人たちを追いかけようとした。が、それは子供の足元を見る事で堂本は止まった。

「あらまァ・・」

 堂本から荷物を奪った男が子供の足元で伸びていたのだ。堂本は目を丸くして盗人に近づいた。

「おばさん。これ」

 子供はそんな堂本を遮るようにずいっと堂本の荷物を押し付けてきた。

「あんたが・・取り戻してくれたのかい?」

 子供は首を縦に振ると、人を小ばかにするよう憎らしい顔をした。

「ここの地域には詳しいからあんな素人からなら荷物は余裕で取り返せる。むしろ、取り返せないおばさんにびっくりだよ」

「私はここに詳しくないんでねぇ。けど荷物を取り返してくれたのは助かった」

 堂本は手を伸ばすが、子供はその荷物を背中に隠した。

「? ちょっと」

「タダじゃない。ジャパニーズはお金持ちでしょう? だったら、見返りを要求しても罰は当たらないよね」

 堂本はそれを聞いて身構えた。一難去ってまた一難とはこのことだ。

「何個かお願いをかなえてもらう。一つ目は・・そうだな、住んでる孤児院に来てよ」

 治安が悪いこの地域で全く知らない場所に入るのは危険だと堂本は思った。が、荷物を奪われたままではホテルに帰る事も出来ない。

「はぁ・・。しょうがない子だね。付き合ってあげるよ。あんた、名前は何ていうんだい」

「名前・・・」

 その子はうーん、と、首をひねった。

「あるにはあるけど・・」

「じゃあそれでいいよ。教えてくれ」

「分かった。リリ。それが名前だよ。ファーストネームはないから」

 リリ、と名乗ったその子は堂本の前を先導する様に歩き出した。

「ついて来ればいいから。歩いていけない距離じゃない」

「そうかい。なら安心だ」

 リリはそうはいったものの、実際は二時間も歩いた。

 タクシーならば一時間で行ける距離なのだが、孤児院育ちのリリにそんな金があるはずもない。堂本はそれに気づくと途中からタクシーを捕まえようとした。

「おばさん。あのタクシーは政府のじゃない。歩いて行った方が安全だよ」

 リリは一時間半歩いた人間とは思えないほど、けろりとしていた。

「・・・・・・・・・・・そうかい」

 堂本はがっくりと肩を落とした。


 それから歩くと孤児院にたどり着いた。堂本は何かあると思ってはらはらしていたが、院の人たちは堂本に手出しはしなかった。

「リリ・・。あれは?」

 院の大人がリリに堂本を見ながらそう聞いた。

「私が連れてきた宿泊者。場所は空いてないわけじゃないでしょ。手間賃もとれるし、良いカモじゃん」

 と、堂本の前で言った。

 ここに泊まるという事も初耳だったし、何より、有料だというのは文句の一つでも言いたくなった。

「場所は確かに空いてるな。不本意だが」

 大人は忌々しげにそう言った。そうして堂本に向き合う。

「金だ。それさえ払えば居てもいい。ただ、余計な詮索はするなよ」

 そう言って大人はリリに「おまえが頑張ってくれればそれでいいのに」と、舌打ち交じりに言って院の外に出ていった。

「・・・・あの人たちは子供が居なくて困ってるの。人口が爆発的に増えてるのに不思議ね」

「ちっとも不思議そうじゃないね」

「理由なんてわかってる。町に出れば嫌でもわかるから」

 リリはそう言って堂本に「院内をぐるりと回って」と、命令してきた。

「これが二個目。院内を回ればわかるから」

「余計な詮索はするなと言われたばかりだけどね」

「詮索なんて・・・見ればわかるよ」

 リリは堂本を見張る様に後ろに居た。じろりと睨むその目は早く行け、と言ってるようだった。

「やれやれ。休ませてもくれないのかい」

 けれど、院の中は気になる。このリリという少女が自分に何を求めているのかを知るためにだ。

 院の中央から主に寝泊まりしている宿舎までつなぐ廊下、すでに異常はあった。

「何もないね・・」

 廊下はあると言えばある。とはいっても、屋根はなく外壁はボロボロになって道は色が変色している。けれど、これを廊下はというにはあまりに厳しいだろう。

「私が来たころにはすでにこうだった。まるで孤児院の未来の様・・」

「潰れてほしいのかい?」

「まさか。私が自立するまでは持ってほしいな」

 リリは堂本の背中を押して先をせかした。リリは焦っているのだ。

「早くして。もしかすると、今日が最後のチャンスかもしれないんだから」

「はいはい」

 リリが大人もびっくりするような速度で走り出すと、堂本も小走りでリリを見失わない程度についていった。

「あれだけの距離を歩いたのに走れるのかい。若いっていいねぇ」

 そう言いながら堂本は宿舎にたどり着いた。木の根が壁に張り付き、耐震基準とやらが南米にあるならば間違いなく宿舎はそれを満たしてないだろう。

「どこもぼろいね。国の支援ってのはそんなに機能してないのかい?」

 堂本が宿舎を見ながらリリにそう言った。

「国からの支援は常にある。けど、子供があまりいない院に貧乏な国がお金を出すわけがない。企業からの融資も途切れるかもって話もある・・」

 堂本はそこまで聞いて詳しいな、と思った。

「・・・末端にまでそんな話が伝わってるって事は、院はもう終わりだと思っていいだろうね」

 堂本にとってはただ、それだけだった。

「そうね、よそ者にとってはそれだけでしょうね。おばさん・・名前は何?」

「そう言えば言ってなかったね。私はナツキ・ドウモト」

「ふーん・・。ドウモト、夜中の十二時まで自由にしてていいから。けど、十二時になったらあのボロい廊下に来て。最後の願いよ」

 リリはそう言うと、「あまり一緒にいるとあやしまれる。どっかに行って」と、勝手な事を言いだした。

 それでも堂本は「やれやれ」と口にして院の中を見まわる事にした。


 十二時になるまでの間、堂本はリリ以外の子供がいないか見に行っていた。

 古い作りの食堂に行くと、何人かの子供たちが元気なさそうにパンを食べていた。

 その子供たちは互いに言葉を交わさずにもくもくとパンだけを食べ続けている。食べ終わったらすぐに片づけて部屋を出る、それだけだった。

「あんたたち、そんなので飯がうまいのかい?」

「飯がうまい? 何を言っているの?」

 日本ならば中学生にあたる年齢の男の子がとても不思議そうに首をかしげた。

「ご飯って言うのは誰かと会話しながら食べるのが美味しいのさ。そんなしけた面をして食べたら飯の味何てわかるわけがない」

 その言葉に男の子は「はっ」と、鼻で笑った。

「そんな事に時間がさけるとでも? ジャパニーズはお気楽でいいね」

「そんな君こそ、ジャパニーズと話をして随分余裕そうだね。寮の件、私がもらってもいいか?」

 男の子の言葉に別の子がつっかかってきた。最初の子と同じような年齢だが、肌が黒い。

「ふざけるなっ。あれは僕だけの話だ。黒人は黙っていろ」

「人種なんて関係ない。ここにおいて何がもっとも大事とされるのか理解してる筈だ」

 最初の子は言い返そうと口を開いたが、時間の無駄だと思ったのかすぐに口を閉じて席を立った。

「負け犬は吠えるが得意だな。僕は学生寮の件は絶対に逃さない。院に残るのは君さ」

「・・院に残ると何かあるってのかい」

 堂本はすかさず話に入ったが、そのころには二人は何事もなかったようにお互いの作業に戻っていった。

 言われてみれば、院の人たちは誰もが焦っている。常にせわしなく動き回り、心の余裕なんてどこかに置き忘れたようだ。

 堂本が思案を巡らせていると、リリよりも小さな女の子がぶつかって転んでしまった。

「ああ、悪いね」

「・・! そんなところに立ってないで!」

 女の子はそれだけ言うと鉛筆を持って食堂を出た。謝ってもらう時間すら惜しいのだろう。

「あんな小さな子でさえも余裕がない・・」

 堂本はフと思いだした。

 人間は生きるか死ぬかの瀬戸際になると、何をしでかすかわからない生き物だと。

「夕飯でも食べるかね・・。これくらいのお金があればいいかい?」

 堂本は食堂の人にチップを渡しに行った。


 堂本はリリとの約束通り十二時に宿舎の玄関に居た。宿舎の中は外見と同様ひどいものだった。ガラスはとっくに割られ、色が変色して目から黒い涙を流しているように見える女の絵からは一種のホラーさえ感じる。

「南米の飯は強烈だねぇ・・」

 堂本はいまだに味が残っている舌を空気にさらしていた。塩や胡椒などで味をただ強めただけの料理はまずい、という他なかった。

「あんな飯じゃそりゃ渋い顔になるって」

「ドウモト。ちゃんと来たんだ」

 リリは枠しかない窓からやってきた。

「逃げる暇なんていつでもあったのにね。変な奴」

「あんたこそ、そんなアグレッシブな登場の仕方をするなんて映画の見過ぎだよ」

「部屋から抜け出してきたから当然じゃん。今の院の状態で僚艦に見つかったら致命的だよ」

 リリは窓から手を離してネコのように綺麗な着地をした。

「ドウモト、これから聞いてほしいものがあるの。声を出さないでゆっくりついてきてほしい」

「声を・・ね。内緒ごとって訳かい?」

「そういう事。バレたらドウモトならともかく、私には未来がなくなる。絶対に声を出さないで」

 リリは一階の別室につながる通路に向かって歩き出した。明かりもないせいか何か出てきそうな気がする道だった。

 ゆっくりと言って最初の扉の前でリリは止まった。

『はははは・・。今日も酒はうまい! 嫌な事があっても酒の味だけは変わらないな』

『全くだ』

 その会話は扉の奥から聞こえてきた。

 恐らく院の大人たちだろう。堂本が最初に会った大人の声も聞こえる。部屋の壁が元々薄いのだろう。部屋に近づけば会話なんて丸聞こえだ。

『やはり市では子供を売るのが当たり前らしい』

『子供を捨てるよりかはよっぽど金になるからな。しかし、中国のせいで臓器売買の値は暴落してるじゃないか。それでも売ろうとするなんて無駄な事を』

 !

「院に子供が足りないってのはそういう事かい?」

「うん。貧乏になればなるほどお金に困って子供を売る。その子供は炭鉱や兵隊、臓器売買などのお金にされる。最近は人口の多い中国が大量に売りに出してるせいで値が下がってるみたい」

 院に人がいないのも納得だ。だとすれば、院に子供がいなくなっていけば国や企業も融資を打ち切る。院が寂れてる理由もわかった。

『それで・・今日決めると決めただろう。優秀な子供は学校の寮入りが決まった。で、残された子供はどうするんだ。院はたたむと決まっただろう』

『ちっ。そういえばそんな話をする予定だったな・・。あー酒がまずくなってきた』

『そんな安酒、最初からまずいだろう。他の職員にも話さないといけない。早く決めないと』

『俺に最初から決めさせる気だったくせに・・。院をたたむにしてももう少し猶予が欲しい。俺達の職探しの為にな。だから・・子供には子供にしかできないことをしてもらう』

 そいつはくくっ・・とくぐもった声で笑った。

『俺の知り合いに風俗の人間がいてな、そいつのツテで働かせる。少なくとも子供を売るよりかは金になる。しばらくは院を維持することもできるし、もしかすると融資の話が来るかもしれない』

『・・正気か?』

 何人もいた大人たちの唾をのむ音が聞こえる。

「リリ・・・。あんたこれを知って――」

 堂本はリリを見てハッと気づいた。リリの唇は震えていて、手はぎゅっと拳をつくっていた。

「今日、私達の処分が決まるってのは知ってた。けど・・こんな・・」

『今の南米じゃ仕事もない。今、野に放り出されれば俺達の家族や自身も路頭に迷う事は当然。ちょっとした時間稼ぎだ。ずっと働かせるわけじゃない。それに、今まで養ってもらってたんだ。ちょっとばかし返してもらったってバチは当たらないよ』

『ううむ。時間を稼いだところで職なんて見つかるのか?』

『だったら、こちらで経営すればいいんじゃないか』

 一人が提案したのは怖気の走るものだった。

『こちらの孤児院の子供たちをおまえの知り合いと私達で動かせば問題ないんじゃなかろうか。しかも、こちらには新しい仕事までできる』

『経営は難しいぞ。誰か経営に詳しい奴はいるか?』

『経営管理なら任せてくれ。一応経理の教養はあるんだ』

 話はスムーズだった。今日の晩御飯を決めるかのような気軽さで子供たちの残酷な運命が次々と決まっていく。ここに残された子供たちもまさかこんな目に合うとは思ってもないだろう。

 しばらくして大人たちの話が終わりを見せ始めると、堂本は今部屋を出ていかれてはまずいと思い、途中からリリを連れて外に出た。もちろんリリを宿舎に返す気はなかった。

「ドウモト・・」

 満月な事もあってリリの困惑に満ちた顔がよりはっきり見えた。リリには一体どれほどの事を理解できただろうか。

「院の皆は私に好意的じゃなかった。私は勉強ができるのに努力しなかったから・・私もいじわるな皆は嫌いだった・・。けど、あんな目に合わないといけないの? 私も皆も」

 リリはこのころから人目を引く可愛い容姿だった。恐らく売れっ子になるだろう。堂本にとっては悪夢のようなことだ。

「ここが日本だったら変わっただろうにね。南米だって事をしみじみ理解するよ」

 堂本は両手を合わせて月に祈った。

「院に残される人たちが幸せでありますように・・」

 ここで政府に訴えた所で果たして院の人たちは助かるだろうか。堂本には答えは分かっていた。そして一個人にできることはあまりにも少ない。

「リリ。私と一緒に来なさい。ここに居てはあんたの未来はない」

「・・! 皆を助けないといけないでしょ。今だったら逃がせるじゃない」

「逃がせることはできてもそこからはどうするんだい。南米でホームレス暮らしをさせろと?」

「私だけ助かれと?」

「リリをここに置いていったところで同じことだ。だったら、救えるものを救う」

 リリは歯をぎりりっと鳴らして一瞬、堂本を強く睨みつけた。そして、ゆっくりと小さくうなずいた。

「・・・私はドウモトに院の皆を助けてほしかった」

 ぽつりとつぶやいたその言葉は今も堂本の気持ちを暗くさせた。



「――それから長野の教会にリリを住まわせた。院の事は・・リリは触れないようにしていたけど、ずっと心残りなのは理解していた。あの状況で自分だけ助かってしまったことに今でもリリは後悔してるのさ。ゆっくりとリリは人を助けることに関して病気的になっていたって、訳さ」

 僕はリリさんの過去に何も言えなかった。僕とは違う遠い国の話はドラマの中の一つの様だった。

「リリが長野に来てくれて助かったこともあったよ。私が神父を探している間、リリが長野にいてあれこれやってくれたおかげで私は長野に五年以上いられた」

「えーと・・」

 つまり数年で左遷されていたと。どこの公務員だよ。

「リリの過去を聞いてどうだった?」

「・・・」

 僕が思い浮かんだのは一人背中を見しているリリさんの姿だった。その背中はひどく孤独で、胸がきゅーっと締め付けられるようだった。

「リリさんの居た所はろくでもない所だと・・思った。人間は生きるために他の人間を食い物にすると聞いたが、本当にそうだと思った」

 過去を聞いたところでリリさんの狂いを容認することは僕には出来ないと思う。辛い過去があったからといっても、人の関係や物を壊して良い理由にはならない。

 けど、リリさんはいつも誰かを助けるのに必死だった。普通の人間は困ってるのがたとえ友人だったとしても体を張ってまで助けようと思わない。体を張ってまで頑張ってもリリさんの周りは誰も寄り付かない。

 のどのギリギリまででかかったのは否定的な言葉だった。だが、実際出てきたのは僕の考えとは全く違う答えだった。


「僕は・・あの孤児院に居てくれてよかった。あの孤児院があったから僕はリリさんに会えた。リリさんに会えてよかった」


 あのままだったら、僕は倒れて二度と立ち上がろうとは思わなかっただろう。そして学校に行かないといけない、という強迫観念が僕を苦しめただろう。今の僕の気持ちが楽なのは確かにリリさんのおかげなのだ。

「あんたは私と違うね。私はリリと会ったことは良い事なのか分からないんだ。孤児院に居たって幸せな未来なんてない。けどね、私はリリの人助けを見てると責められている気がするんだ。私はこれだけの事ができるのに何故おまえはできなかったのかって」

 堂本にとっても孤児院の件はトラウマなのかもしれない。最後のリリさんの言葉がどれだけ堂本を責めた事か。

「長野からの人事異動もあえてリリとは別にした。それでも・・・リリの事が忘れられなくて、逃げてる自分が許せなくてここまで来ちまった。教会に入りづらかったのは私も一緒さね」

 堂本は僕の肩を叩いた。まるで、安心しろ、と言わんばかりだ。

「私がリリの元に行くのは明日にするよ」

「そうか。僕は・・行く用事が出来たのでいますぐ行ってきます」

 僕は立ち上がって堂本に頭を下げると、堂本の部屋を出てエレベーターの方に走り出した。

「私には出来なかったことをしてほしい」

 角を曲がる時、部屋を出た堂本が確かにそう言った気がした。



 僕はリリさんの事を本当に大事な事を何一つとしてわかっていなかった。僕が勝手に栄利の味方だと思い込んで、栄利にとって本当にどれが正しいのかを見ていなかった。僕は自分でリリさんはリリさんなりに救う、と、確かに言っていたのに。

 栄利が未来人だと信じたかった。本当に未来人だったならばいいが、本人の口から「違う」と言われたとしても心の片隅で僕は信じつづけただろう。

 だって、僕は―――

「リリさん!」

 僕は教会の扉を開けてリリさんの名前を呼んだ。

「僕は・・・栄利の事も、リリさんの事も見ていなかった! 自らの都合しか見てなかった! ごめんなさい!」

 本人がいないかもしれないのに、僕はそう言って頭を下げた。

 しんっとした教会から鼻水をすするよう音が聞こえた。

「遅い・・」

 リリさんは教壇の裏から顔をのぞかせて恨みがましく僕を見てきた。

 いつも笑顔を絶やさないリリさんとは思えない人間らしい表情だった。目は赤く、ひゃっくりも出てることから泣いていたのだが分かる。

「不安になったのよ。とても。大地君って・・私が思った以上にとんちんかんだったのね」

 リリさんが僕に死んでも言わないんじゃないかと思った言葉が、リリさんからすらすら出てくる。相当、腹に据えかねたのだろう。

「す、すいません・・」

「馬鹿じゃないの」

 リリさんはトンファーをぶんっと投げて僕の顔にトンファーがかすった。トンファーは教会の長椅子に当たって、長椅子が衝撃で後ろの長椅子にもあたった。

 超こぇえ・・。

「リリさんの過去、聞いてしまいました。勝手に詮索するなんてマズイとは思いましたけど、リリさんの事が知りたかったんです」

 リリさんはその言葉に驚き、立ち上がった。

「それで勝手に調べたの?」

「すいません」

 僕はまた頭を深く下げた。今の僕にはそれしかできない。

「貴方がどうして人の願いを叶え続けようとするのか・・・僕はずっと理解できなかった。けど、リリさんはずっと贖罪で人を助けてたんですね。あんなひどいことを言ってごめんなさい」

 僕は頭を下げるだけではなく、地べたに座って土下座した。リリさんの涙でぬれた顔が僕にもっと償いを要求してるかのように感じたからだ。

 すると、僕の髪に涙が落ちた。顔をあげなくてもわかる。リリさんは泣いているのだ。

「馬鹿・・。本当に馬鹿じゃない、大地君。贖罪なんて・・・そんな高潔な理由で私は人を助けてたわけじゃない」

「え」

 僕は不意に顔をあげた。リリさんの涙でいっぱいな顔が目に入った。下から見上げる形になったせいか、明かりがリリさんにふりそそぎ、涙すら輝いて見えた。

「私は確かに孤児院の人たちに同情したよ。でも、私は孤児院の人たちにずっと嫌われていたの。ずっと遊んでばかりいたのに、一度だけいい成績を取ったのから妬まれて、いじめられて逃げたくても逃げられない環境だった。私の部屋はいつも荒らされていたし、石を投げられるのも当たり前。ずっと一人ぼっちで寂しかった。いじめられてるのが分かってるのに、見て見ぬふりをした大人たちが嫌いだった・・」

 確かに堂本の話でちらりとは出てきていた。が、そこまで深刻だったとは思わなかった。

「成績で待遇が決まるなんて息が詰まるもの、誰かをいじめなきゃ発散できないものね。理解してるのよ・・」

「リリさん? まさか、彼らがあんな目にあって良かった、なんて言わないですよね?」

 堂本の話ではリリさんは悔いていたはずだ。

「長野に住まいを移転したことで忙しくなって、私、院の子たちを顧みる事がなかった。ひどいでしょう? そういう意味ではほとんど変わらない」

「・・・・」

「院の大人たちが問題になって捕まるまで、私は見ないふりをしていた。それを知って凄い罪悪感に襲われたの。どうして今まで忘れてたんだろう、って。きっと、私は自分が思ってる以上に院が好きじゃなかったのね。そんな折に困ってる人を見つけて、助けてあげたの。感謝の言葉で私は報われたような気がして胸がすっとした」

 かるく言っているが、リリさんにとってあの孤児院はトラウマなのだろう。最初から最後まで何もかも。

 僕は確かに普通のレールからはじかれたけれど、いじめられたわけでも、親が居なかったことはなかった。そんな僕がリリさんを責めるなんて無理だ。

 だって、僕まで彼女を責めたら、誰がリリさんに優しくしてあげられるんだ。

「それから人助けを始めたの。誰かに頼られて、それをかなえてあげた時の感謝の言葉が何にも勝るご褒美だった。でも、いつからかやり方が乱暴だって言われて、頼りにするときはあんなにすり寄るのに、終わったらさっさと逃げていく。私は長野でも一人だった。

 そんな時にあるおじいさんが金持ちの不当な金の請求で困っていたの。だから、金持ちの家に忍び込んでやめさせろーって言って、やめさせた」

「乱暴ですね・・」

 そう言いながらも、誰もが見捨てる状況で手を差し伸べたリリさんは凄いと思った。けど、世の中はそんな綺麗ごとでは通らないのだろう。

「でしょう? 案の定、彼の権力で教会が取り潰されることが決まっちゃった。神父も堂本おばさんも安定した住まいを奪われて私の事を恨んでるに決まってる。だって、堂本おばさんは私から逃げたもの」

 堂本もそれは認めた。堂本は別の理由でリリさんを怖がっているんだと僕は知ってる。けど、リリさんがそれを知るはずもない。ずっと、嫌われたままだと思ってる。

「それで・・・っ気付いたの! 私がずっと人助けをしてたのは贖罪でも、慈悲の心でもない! 誰かに・・・好いてほしかったからだって・・・っ!」

 リリさんは僕に抱き着いた。体を押し付けられて色んな感触を同時に味わったが、そんなことはどうでもよくなった。

「ここに来ても、来るはずだったシスターは私の事を聞いて逃げちゃった! 中学の先生方なんて私を腫物のように扱うもの! 私・・ここでも一人!」

「リリさん・・・・」

「一人は嫌だよ! 皆、皆、皆・・私の事好きでいて! 一人でもいいの! ずっとそばにいて、私の事を好きでいてくれる人が居れば・・私は幸せになれるから」

 後はリリさんの嗚咽ばかりが教会内に響いた。

 僕はじわじわと後悔の念が襲ってきた。こんな寂しい人に今まで何を強いていたんだろう。リリさんは怖かったのに、優しさに甘えて散々頼ってた。人助けがサインだと気付いてやれなかった。責めてやることしか・・できなかった。


「僕はリリさんが好きです」


 息をのむリリさんの背中に手を回してぎゅっと抱きしめた。



 このことで僕のリリさんへの想いははっきり変わったけれど、関係性は何も変化はなかった。僕にとっては一世一代の告白でも、リリさんにとっては家族ができたような気持ちなのだろう。僕に向けてくる笑顔は全く変わらなかった。

 ぐぅ。

 いつも通り偽物臭いし・・。どういうこと?

 しかも、あれからマジで栄利と連絡が取れなくなったし・・元々、栄利の連絡先なんて一つも知らないんだけどな。

「けど、リリさんとも距離は近づいたし、一件落着だ! 栄利の事は残念だったが、栄利・・。一生忘れないよ・・」

 完。僕の次回作を楽しみにしていてね!

「大地君は一体、何をまとめようとしていたの?」

 リリさんが怪訝そうな表情で僕を見てくる。

 あっさり現実に引き戻されたー。

「す、すいません・・。栄利のあっさりとした引き際に虚しくなりまして・・」

 あれから次の日になった今でも、いつもと変わらず教会でリリさんと過ごしている。

 ホント・・変わらないんだよねー。

「大地君はもうあえてないんだ。ふぅん」

「未来に帰ったんじゃないですか。それっぽいこと言ってましたし」

「そうかな? 旗色が悪くなってきたから逃げたように見えるけど」

「リリさんって栄利の事、嫌いなんですか?」

 僕の質問にリリさんはあっさりと「かもね」と、言った。

「ちょっと似てるもの、私と栄利ちゃん。栄利ちゃんも私の事良くは思ってないんじゃないかな。大地君に個別で会おうとするのもそういう理由なのかも」

 リリさんはそう言うと、立ち上がっていきなり外に出ていく準備を始めた。

「私は一度頼まれたことは意地でも遂行する。たとえ、仮初の未来に逃げたとしてもね」

「え・・」

 マジで言ってるのこの人?

「場所はわかってる。近くに私立病院があるの知ってるでしょう? 栄利ちゃんはそこに居るから」

 僕の疑問を余所において、リリさんはさっさと外に出ていってしまった。

「ま、待ってください!」



 それこそ歩いて数分のところに近くの私立病院はあった。世は不景気だというのに、それとは無縁の新築さが寂れてる家々から浮いている。

「最近できた所ですよね、ここ。僕、初めて来るんですけど」

「そうかな。私が来る前からこの病院、あったらしいけど・・。――あ、すいません」

 リリさんは受付の看護師を見つけると速足で受付の元に行った。

 僕はリリさんが栄利の場所を聞くまでの数十秒間、受付周りの患者に視線を映した。

 栄利が病院に居る? 栄利があれから怪我でもしたのか?

 その可能性はある。大方、未来に帰る方法を探して怪我したのかもしれない。だとしたら、何故それをリリさんが・・?

「大地君。栄利ちゃんはここの五階にいるそうよ。面会の許可はもらったから、行きましょう」

 リリさんのこの行動力があれば病院なんてすぐ突き止められるのかもしれない。

 リリさんはエレベーターを見つけると、すぐさまそれを確保して僕に先を急がせた。

「何でそんなに急いでるんですか」

「当然でしょう。栄利ちゃんがどこかに逃げるのを防ぐためよ」

 リリさんはそう言って、素早く五階行きのボタンを押した。

 僕達は果たして何の為に行くのだろうか・・。

 エレベーターが五階についた後のリリさんは泥棒もかなわぬ速度で栄利が居ると目される扉の前に行くと、すぐさまピッキングし始めた。

「!?」

「あ、黙っててよね、大地君。バレると面倒なんだから」

 いやいやいや・・ええー! 病院内でピッキングする人、初めて見たんだけどー!

「開いたわ! 突入よ!」

 リリさんは一体何を警戒しているのか、部屋に転がり込んであいさつ代わりにトンファーを投げつけた。

「あんた・・・あの・・シスター!?」

 わざと外したのだろう。トンファーが立っている栄利の頬をかすって壁に激突した。

 トンファーが頬をかすっても平然としている栄利の度胸に驚きだ。

「栄利・・」

 栄利はいつもと全然装いが違っていた。まるで中学みたいな制服を着て、赤い眼鏡をかけている。そのせいか、眼鏡を外した時より数倍大人っぽく見える。

 中学みたいな・・? いや、これは・・。

「それ、僕の学校の制服だよね? どうして栄利が・・」

「・・・っ」

 栄利はハッとして、唇をかんでこちらを睨むように見つめた。

「中学の制服を着ているのは当たり前。だって、栄利ちゃんは小学生じゃなくて中学生だもの」

 リリさんは「そうでしょ? 栄利ちゃん」と、なんてことないように言った。

「え・・? でも、小野町栄利なんて名前は聞いたことないよ。確かに印象は少し変わってるし、僕は教会登校だけど、登下校で顔は見てるし・・」

 それに、リリさんは言っていたはずだ。名簿に小野町栄利の名前はないと。あのリリさんがそんなミスをするはずがない。

 僕はそう思って栄利を見ても、栄利はリリさんを憎々しげに睨むばかりだ。まるで、犯行を明かされる犯人役の様だ。

「小野町栄利という名は確かに学校には登録されてない。けど、別の苗字の栄利なら籍はあるのよ」

 リリさんはあろうことか、三年生の顔写真付き名簿を取り出すと、栄利とは僕に見せつけるように見せてきた。

 そこには赤い眼鏡をつけた栄利の顔が写っていた。僕の知っている栄利だ。だが、名簿の名前には木沢栄利と書かれていた。

「木沢・・・。栄利これは――」

「いい加減にして! 探偵ごっこは楽しい!? すべてを暴かなくてもいいじゃない! 勝手に頭のおかしい人間だと思って離れていきなさいよ! 関わらないで!」

 栄利は顔を真っ赤にしてわめいた。とても恥ずかしいのだろう。当然だ。

「けど、そんなくだらない嘘をつかないといけないまでに栄利ちゃんは追い詰められている」

 さらっとくだらないって言うなぁ、リリさん。

「羽風君に聞かれたくない、って気持ちはわかる。でも、栄利ちゃんは大地君を巻き込んで嘘をついた。だったら、大地君はもう無関係じゃないし、謝罪してもらわないと困る。

 それに、私は栄利ちゃんを助けたい。栄利ちゃんに好かれたいから」

 リリさんは背負っていた持ち物からコピーされた新聞記事を取り出して、僕に渡した。

 新聞には小野町夫婦、交通事故にて死亡。十二歳の娘は昏睡状態の重傷と書いてあった。

「十二歳の娘の名は調べれば小野町栄利・・・今の栄利ちゃんの旧姓だよね。十二歳の栄利ちゃんは事故にあって昏睡状態。病院に聞けば、二年もの間、昏睡してたと聞いたよ。一年リハビリして、もうすぐ中学に復帰する予定らしいけど、ね」

「じゃあ本当の栄利は中学三年生って事・・?」

 栄利、僕よりも年上なんですけど。

「大地君はもうちょっと体型を気にした方が良いよ。小学生というには無理があるでしょう、あれは。大地君は胸ばかり見ていて分からなかったようだけど」

 き、気付いていたか・・!

 僕は平静を装うとして「そうですか」と言ったが、鼻息が荒かったことからかえって動揺してるのが丸わかりだった。

「でも、携帯が出している時間は今じゃなくて未来だよ・・」

 栄利はぼそりと消え入りそうなか細い声で言った。

 確かに携帯ならば電波で時間を調節しているはずだ。ならば、栄利の今の携帯の時間が未来で固定されるはずがない。

「そうね。でも、機種によっては時間を変更できるのよ。ほら」

 リリさんは自らの携帯を開いてメニュー画面から〝設定〟画面を押した。すると、設定のメニューから時間操作という項目が目に入った。

「これがあれば自由に時間を調節できる。年号すらも思いのままよ」

「・・・・・・」

「栄利ちゃん。私は看護師さんにも少し話を聞いたの。栄利ちゃんは他の看護師さんにも過去にいるんだ、って言ってるそうね。看護師さんたちは両親が死んだ現実を受け入れられないからそう言ってるんだろうって言ってた。本当に・・それだけなの?」

「他に・・・何があるってーの?」

 栄利はさっきのお返しとばかりに自分の枕を投げた。けれど、リリさんはそれを避けずに顔面で受け止めた。

 僕は栄利に行為について言いかけたが、リリさんに「やめて」と言われた。

「たぶん栄利ちゃんに接してきた看護師さんは貴方の事を気の毒な人としか思ってなかったでしょうね。栄利ちゃんの中に踏み込むことは、看護師さんにとっては気苦労が増える事でしかない。だから、分かっていても表面上でしか受け取らなかった」

「わかりきったことを。だから何?」

「看護師さんはそうでも、私は違うって事。嫌でも奥に踏み込むよ。もっと調べた事を言おうか。そうすれば、察しの悪い大地君でも栄利ちゃんの本当の気持ちがわかるよ」

「脅し!? 栄利の口から喋れって事?」

 栄利は「信じられない!」と、唾を吐き捨てるように言った。

 リリさん・・じれったくなってませんか?

「私が言ったところで栄利ちゃんの言葉を代弁したことにはならないもの。栄利ちゃんの気持ちは栄利ちゃんしかわからない。だから言ってよ」

 このままぐずっていたって栄利の状況は変わらないだろう。栄利は拳をギリギリと握りしめてぼそりと言った。

「寂しかった・・から・・。栄利、構ってもらえたこと、あんまりなかった。それに、嘘も突き通せば真になる。親が・・迎えに来てくれるかもと思った・・。栄利を愛してくれる素敵な親が・・」

 栄利は心では親はいないと理解しながら、別の気持ちでは親が迎えに来ると信じていた・・。だから栄利の姿には偽物臭さは感じても、嘘は感じなかったのか。

「今の親、栄利ちゃんにはきつい?」

 栄利は首を振った。

「ううん。優しいよ。でも、あの人たちには自分の子供がいるから」

 自分以外の子供が居ればなおさら他人だと思うだろう。栄利は目覚めてからそこまで月日はたってないと言うし、実際どこまで壁があるかわからない。もしかすると、ちょっと勇気を出すだけであっさり家族になれるかもしれない。

 だが、今の栄利にはそれは酷な話だろう。

「そうね。他人と家族になるのはずっと難しい事ね。ある日いきなり別の人間たちが家族だと言われても困るもの。慣れていくには時間がかかるだろうし、そのころには自立して大人になってるかもしれない。

それでも、栄利ちゃんは努力すべきだと思う。愛を注げばそそぐほどそれが返ってくるとは限らない。でもね、このまま歩み寄らないよりはずっといいよ。またいつか離れてしまう時に後悔しない様に・・。栄利ちゃんはまだ子供だもの。今は親に頼っても問題ないよ」

そう言って、リリさんは栄利の事をぎゅっと抱きしめた。あの夜の僕達のように。

「家族になるのに疲れたらこっちに来なさい。変なお茶で良いなら、いくらでもいれてあげるから」

「自覚、あったんですね」

 抱きしめられ、それを僕に見られていることに複雑な表情をしている栄利に僕はかるく頭を下げた。

 僕は普通とは違う今の生活に少なからず息苦しさを感じている。普通の子だったら中学の教室に入って友達とおしゃべりしてまともに授業を受けて――中学校という牧場の中で一匹だけ毛並みが違う羊のような気分だ。たとえ教室に戻れたとしても、不登校だったという事実は消えないだろうし、どこかでつきまとってくるだろう。

 栄利の時間遡行を利用して、恥かしい過去を全部変えたかった。けど、栄利の話を聞いて、僕はそんな私欲の為に栄利と過ごしていたのかと恥ずかしくなった。栄利にとって何がいいのかを見てあげられず、僕は自分自身しか見ていなかった。

 栄利、今回の事で僕は自分と向き合えたよ。

 栄利は目に涙をためてリリさんに顔をうずめながら言った。

「ありがとう・・ごじゃい・・まずっ」

 しばらくは嗚咽しか聞こえなかった。


 帰り道の事だ。僕とリリさんはお互い何もしゃべらず歩いていた。話すネタがなかったから喋られなかったのもあるし、栄利の重い過去を聞いた後では何を言っても不謹慎な気がしたからだ。

「大地君」

 先に話しかけたのはリリさんだった。

「栄利ちゃんが居た時には喋れなかった過去が一つだけあるの」

「それは・・・どうして?」

「こっそり話されるのは良いけど、目の前で言われたんじゃショックが大きい内容だと思ってね。今さらかもしれないけど」

「いまさらと思うなら抑えておけばよかったのに」

 リリさんのさじ加減は相変わらず謎だ。

「そうね・・・。栄利ちゃんの過去だけど、栄利ちゃんは小野町夫婦に虐待されていた可能性があったって事」

 あまりにもさらりとした言い方に僕は最初、耳を疑った。

「え・・」

「児童相談所に一回預けられた記録があるの。栄利ちゃんが記憶にないくらい小さいときよ。まぁ、すぐに小野町家に返されたそうだけど、その後も虐待していたんじゃないかって栄利ちゃんが元住んでいた近所の人から聞いたの」

 あまり構ってもらえなかった。その言葉をどうして僕は疑問に思わなかったんだろう。栄利は小野町家族に対して一言も優しくて素敵な親だとは言ってなかった。

 栄利・・・。

「親の交通事故ってまさか・・わざと?」

「その可能性はあるかもね。実際どう思って交通事故を起こしたかは謎だもの。真相は死人のみぞ知る、かな。栄利ちゃんを苦しめたことを後悔したのかと最初は思ったけど、栄利ちゃんを巻き添えにした時点で違うでしょうね。栄利ちゃんはそれもわかってる」

 リリさんは、虐待された子供は自分が虐待されてないと思う為に、時たまに妄想や思い込みが激しくなってしまうのだと言った。

栄利もまたその一人だとするならば今回の事件、納得がいった。

「リリさん。僕、栄利の家族がまだ居たらぶん殴りに行ったのに。もういないなんて残念です」

 死という形で自らが犯した罪から逃げるなんて、そんなのは卑怯だ。

「そうね。でも、日本には生きてる間に罪を犯すと地獄に落ちるって言うじゃない。もしかすると、地獄で苦しんでるかもよ?」

「地獄なんて信じません。死んだら無だけです」

「大地君、未来人は信じるのに地獄は信じないのね」

 リリさんは「ふふっ」と笑った。

「大地君。もし・・私の本当の両親の行方がつかめたら、一緒に殴りに行ってくれる?」

 リリさんは両親の顔はわからないそうだし、生きてるのかすらさだかではないだろう。けど、もしもどこかでリリさんの本当の両親に会ったら――。

 だとしたら、答えは決まっている。

「お供しましょう」

 今の僕には当然の答えだ。



 次の日の事だ。僕はなんと学校の教室に居た。

 家に帰ると、すぐさま学校から連絡が来たのだ。一番最初に電話に出たのは母だ。母親は担任教師だと気付くと、僕に変わるかどうか悩んで「えーあーう」とか言ってた。

「何してんの?」

 その声が教師に聞こえたなら僕は変わるしかない。母に無言ですっと渡されると、僕は電話に出てびっくりした。

 ん? どうしてびっくりしたかって?

 だって・・・これは先生方による今回の事件の呼び出しだからだ。

学校の教室に帰る? もう一度登校? そんなものはない!

「木沢栄利君の素性を調べるために病院に聞き込みをしたらしいが、それについて病院側から苦情があったんだ。乱暴な・・聞き込みだったそうじゃないか」

 OH・・。

 教頭先生が僕達をちらちら見ながら発言してくる。その見方がとてもプレッシャーだ。

「かもしれません。けど必要な事でした! ああしなければ栄利ちゃんが学校で問題を起こしていたことは必定。看護師たちは尊い犠牲となりましたが・・私は決して間違ってません!」

 リリさんはプレッシャーにひるむことなく開き直っていた。

「他にも小野町家族の交通事故について警察に問い合わせたそうじゃないか。しぶったらトンファーで脅されたと聞いたが?」

「交通事故の件は栄利ちゃんを知る為にも必要な事でした。尊い・・犠牲でした」

「さらに木沢栄利君が通っていた小学校までもが、木沢君の事を聞きたがるトンファーを振り回す謎のシスターが現れたと目撃情報が――」

「尊い犠牲でした」

「小野町家族が住んでいた家の周辺に乱暴な聞き込みをするシスターがいると苦情が――」

「尊い犠牲です」

「これだけじゃない。後いくつか――」

「尊いぎせ―――」

「どんだけ犠牲を強いてるんですか!」

 俺達は強いられているんだ! ・・・って、そうじゃないだろ! 栄利を助けるためにとはいえ、周りに対する被害が甚大だ!

 教頭とリリさんのやり取りについ、ツッコんでしまった僕は「・・・・すみません」と言って席に座った。

 ぐ、ぐぅぅ・・。あまりにも突っ込みどころが多すぎて突っ込んでしまった。

「け、けど・・大地君。このままだと私、クビになっちゃうかもしれないし」

「あ・・」

 リリさんがここまで問題を起こせば雇用は厳しいものになるだろう。そうなれば、リリさんはここを去る事になってしまう。それは嫌だ。教会通いがなくなってしまうことはもとより、リリさんと離れてしまうなんて・・それは・・。

 少しだけ顔が赤くなった。

「羽風大地君。君に提案があるんだ」

「ひゃい!」

 全然違う事を考えていたせいか、変な声が出てしまった。教頭はそんな僕を緊張だと思ったのか、意に介することなく続けた。

「君にはそのまま教会に通う事は許可しよう。以後も彼女を支え、彼女のブレーキ役となってくれ」

「え・・」

 ブ、ブレーキ役?

「リリさんの事、辞めさせないんですか」

「そんなことをすれば困る生徒も大勢いる。羽風くんや木沢君はどうなるんだ?」

「木沢・・栄利も? って事は・・」

「ああ。木沢栄利君の事は君たちに一任しようと思っている。本人たっての希望だ。リハビリとして教会に通うそうだ」

 僕は嬉しい様な残念やらで内心ぐちゃぐちゃだった。けど、整理のついていない僕の心と違って顔は晴れやかに笑っていた。

「ちゃんと周りの迷惑を自覚して行動する様に。今回は厳重注意だが、次からは――」

「ありがとうございます! 教頭先生! 英語で言うとthanksです!」

「人の話を最後まで聞きまえ」

 もしかすると、ここに派遣した教会の本部もここなら寛容な人が多いと分かって派遣したのかもしれない。リリさんは自分が思っている以上に誰かに思われているのだろう。

 嬉しくて少し悲しい。リリさんがそれに気づいたらいつか僕の元を去ってしまうだろうか。そしたら、僕以外の異性に目を向ける日がやってくるのかな。

「木沢君は校門の前で待っている。行ってやってくれ」

「イエッサー!」

 僕がそんなことを考えていると、上司に対する発言とは思えない返事で僕の手をつかんでリリさんは校門の方に走った。

 リリさんの足がとても速くて、ひょろい僕はリリさんの足に追いつけず、手をつかまれているので進むことを強いられ、結果的に引きずられていた。

「痛い! 痛い!」

「大地君!」

 そんな僕の言葉を無視してリリさんは立ち止まって、きらきらした目でこちらを見た。

「教頭先生の前では言えなかったけど。私、ここを離れなくていいみたい! こんなの初めて!」

 まるで子供のような無邪気な笑顔は僕にはまぶしかった。

「だから、私の側に居てね!」

 そばに・・か。

「・・・もちろんですとも」

 リリさんが僕以外の異性を見つけて離れていく? なら、その前にリリさんが僕から離れる気がなくなるように努力しよう。もっと勉強して体を動かして、普通の道からは考えられないような凄い体験をたくさんしよう。そしたら、リリさんは僕を異性として認識してくれるだろうか。

 あの精一杯の告白。リリさんは未来、どう受け取るだろうか。

「僕はリリさんを愛していますからね」

 だって、僕は――。

「クレイジーシスターのブレーキ役として・・ずっとずっと」

「ありがとう。じゃあ栄利ちゃんの所に行きましょう! 全速力で!」

「また引きずられるんですね」

 リリさんは僕の手を握ってまた走り出した。ぐいぐい引っ張ってくるが、僕は変わらず引きずられていた。

 そして無邪気で、あまりにも美しい顔を見て僕は思った。

僕はこの人についていく。

 だって、僕は貴方の魅力に取りつかれた信者なのだから。


これにて、クレイジーシスターは終わりとなります。

一応、リリと堂本が一緒に長野に住んでいた時の物語も書いてあるんですが、データがなくなってしまって掲載することができませんでした。

長野にいてもリリは激しいままです(笑) 違う所はブレーキ役がいなくて歯止めがきかないところ。ツッコミ役が不在って事ですね。


声があれば番外編辺りを一本書いてもいいかもしれない。書くとしたら、大地がリリに対抗するために空手を習いに行く話とか? どうあがいても勝てない大地の姿が目に浮かぶようです。

ここまで見てくれてありがとうございました。全く別の作品も掲載予定なので、そちらもよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ