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クレイジーシスター   作者: みきうる
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3話 未来人登場

 その日のある時までは停滞したかのような平和な日常だった。

 僕は勉強がやる必要のあるものなのかをリリさんに問い、いつも通り正論によって封殺されていた。

「だからリリさん、数学の勉強は掛け算と割り算まででいいと思うんですよ。だって、それさえあれば生活できるじゃないですか」

 何度も繰り返してきた問答。なのに、リリさんは毎回初めて答えるかのように真剣に答えてくれる。

「そうかしら? じゃあ%引きの計算はどうやってするの。デパートで買い物するのに必須よ」

「それは勘です」

「駄目。もしかすると、大地君が大工さんになるとしたらこの数学は必須なの。将来の可能性を広げるためにも頑張らなくちゃ」

「じゃあ大工になりません」

 一生外国に行かないから英語はしなくていいと言ってるのと一緒だ。そんな理屈でもリリさんは「うーん」と、何といえばいいか考えていた。

「勉強は必要でしょ。試験でいい成績を取るには勉強は必須よ」

「試験でいい点とっても大人には関係ないでしょう」

「でも、こういうのは小さなことの積み重ねよ。考えてほしいの。試験でいい点を取れば、自分の行きたいところに行きやすくなる。たとえ、それが頭の悪い学校だったとしても、その学校でまたいい成績を取れば国立大だって夢じゃなくなるの。いい成績を取ればとる程動きやすくなってその分、自由になれる。わざわざ自由を手放すなんて勿体なくない?」

 自由。だが、成績の為にずっと勉強し続ける事は果たして自由と言えるのだろうか。勉強ばかりさせられていた僕だけど、逆にモチベーションが下がってやる気がなくなるのだった。

「まぁ世の中加減が大事だから。ちゃんと息抜きして頑張ってね?」

 と、美人なお姉さんに言われたら、とりあえず頑張るしかない。

 くぅ。中身は人の願いの為には倫理を犯すとんでもない人なのに・・。

「休憩の為にはお茶ね。待ってて。今凄いのを入れてくるから」

 僕が「勘弁してください」と、言おうとした時、教会の扉が乱暴にあけられた。

 あまりの扉の勢いに扉が「ぎぎっ・・」と、悲鳴を上げたのを見て最初、リリさんは眉をひそめたが、次の一言で何もかもが吹っ飛んだ。

「助けてください!」

「そうなの!? 何でも相談して!」

 リリさんにとっての魔法の言葉な気がする。

 助けて、と、訴えたのはまるで小学生のような小さな女の子だった。まぁ、ランドセルを背負っているからそう見えるだけで、中学生と言われれば信じてしまいそうな中間的な見た目をしている子だった。

 背は中学生なんだけど、胸がね・・小学生とは思えないんだよ。胸がアンバランスにでかいのに背は低くて顔は幼い。何だこの・・。

「僕、捕まったらどうしよう・・」

「何を言っているの? 大地君」

 僕が打ち震えていると、リリさんが心配そうにこちらを見てきた。

「ごめんなさい」

 僕は素直に謝った。

 リリさんの本気で心配してる目がまぶしくって・・。思春期でごめんなさい。

 リリさんはそんな僕に首をかしげるも、現れた来訪者の方が気になるのだろう。リリさんはすぐに「で、続きは?」と、その子に続きを促した。

 そして、彼女はこの長い騒動の発端である一言を言った。

「私、未来人なんです!」


 その言葉を聞いたとき、僕はかなりドキッとした。

 呆れたわけではなく、いつかこんな日が来たらいいなと思っていたことが、まさに現実になったからだ。ある日、突然謎の少女が空から降ってきて、その騒動を始まりに物語の主人公になったように壮大な冒険に巻き込まれていくのはもはや、お約束と言っていいだろう。

 未来人が何故、この教会に来たのかはとりあえず置いておこう。恐らく、ここから今の次元を救うために僕達の力が必要だとかSFみたいな事を言いだすに違いない。

 僕はそう思ってワクワクしていたが、先に口を開いたのは未来人じゃなくてリリさんだった。

「はぁ」

 夢のない返事だった。

「未来人・・? それって現在の私達より先を生きてる人たちの事よね。でも、普通は未来と現在というのは交わらないものでしょう? そもそも、未来や過去といったものが存在するかどうか・・議論の余地はあるよね」

 まともに受け取っているようでいて、未来人という事を否定している。

 僕はリリさんの反応に少し驚いた。僕はてっきり、お願いする人の言葉だったら何でも信じると思っていた。非科学的なのは信じないという事なのだろうか。だとしたら、本当にシスターなのかと問いたい。

 そういえば、リリさんってシスターっぽくない・・。

 本当に今さらの事だが、僕はその時、自然と受け入れていたことを初めて疑問に思った。

「信じて・・くれないんですか?」

「ごめんなさい。さすがに無条件で信じることは難しいかも。しかも貴方、学校の敷地内で一回も見たことがないの。そうなってくると、詐欺の可能性も」

「え?」

 僕はリリさんの言葉にすっとんきょんな声を上げた。

「リリさんって学校内で顔を見た人しかそういうのを受けてなかったんですか?」

 お願いすれば誰でもだと思っていた。

「ええ。この中学校の生徒なら行き帰りの姿を教会から見えるもの。今まで相談を受けてきた人たちは皆、生徒か教師よ」

 そういえば、外から来た人間を一回も見たことがなかった。一応、外から来る人間には警戒していたんだ。

「だから・・ちょっと学校外の生徒となると難しいかな。しかも、未来人何て・・」

 確かに、霊との交信やら宇宙の神秘とやらはそういう怪しい宗教の常套句だ。

「・・・どうしても駄目なんですか、リリさん」

 もしも本当だったらという可能性を捨てきれないのだ。彼女が未来人だからといって僕の現在が変わるわけじゃない。それでも、宇宙人とは会談したいものだし、超能力者とロマンあふれるバトルもしたい。

「それにこんな小さな子が詐欺なんてするわけないじゃないですか。リリさんは疑い過ぎですよ」

「・・。大地君が私に人助けを勧めるなんて珍しい。いつもは否定するほうなのに」

 リリさんは驚いていた。と、僕には見えた。

 その後、リリさんは「ああ」と、納得した。

「好きになっちゃたんだ。好きな子にはいいところを見せたいものね。納得よ」

「違います!」

「ふぅん。そういう事にしといてあげるね。でも、私が勘違いするのも仕方ないんじゃないかな。だって、大地君って初対面の人相手にはあまりしゃべらないもの。なのに、今の大地君はとってもお喋りだなぁ」

 リリさんはそう言って、芝居がかかった大げさなポーズをとってこちらをちらりと見た。

「だから・・違います」

 けど、リリさんがこんな表情をするんだ。・・・ちょっとだけ、疑惑をもたれて良かったな。

「あ、あの・・」

 すっかり蚊帳の外に置かれてしまった未来人が声を上げた。

 う。さすがに未来人放置で話し過ぎたか。

「すみません。その・・今、誰かと付き合う事は無理です」

 と思ったら断りかよー!

「大地君・・。私が核心をつくような事を言ったから・・ごめんね」

 リリさんが申し訳なさそうに謝ってきた。

「勝手に納得しないでください。僕は彼女に惚れた覚えはありません」

「はい。そういうことにしておきますね! 貴方はフラれてません」

 僕が反論すると、未来人はそんな僕に勝手に同情したのか適当な事を言っていた。本人はいたって真面目だが、僕にとっては不愉快だ。

「って、そんなことより、栄利の話を聞いてください!」

 未来人はそう言ってリリさんに詰め寄った。

「栄利は小野町栄利って言います! 本当はここの中学に通う三年生だったんですけど、今の栄利、小学校の六年生になってます。その、栄利はいきなり起きたら謎の場所にいて、しかも六年生・・過去に戻ってる! だから――」

「だから未来に返して欲しいって事?」

 リリさんが珍しく事情を話してる最中に先回りをした。いつものリリさんならば落ち着いて聞いていたはずだ。

「証拠ならある! これを見てください」

 自称未来人、栄利は携帯を取り出すと、それを僕達に見してきた。

 日付は今の僕達より未来である三年後になっていた。電波時計も果たしている携帯が映してる日付だ。間違いはあるまい。

「これが・・未来人だっていう証拠?」

「そうです。この疑いもない証拠は栄利だけの物です。ひれ伏せー」

「そう」

 リリさんはそう言いながらも全く信じていなさそうだった。あくまで、一つの見聞材料が増えただけに違いない。

 僕は反対に栄利が未来人であるという事に俄然興味がわいてきた。

「リリさん、手伝いましょうよ。本物の未来人ですよ? わくわくしません?」

「そうかな? 未来ってあやふやなものでしょう。そんなに・・」

 ?

 リリさんはため息をして僕から目をそらした。

「・・そうだよね。やっぱりいきなり未来人とか言われても意味不明か。あははは・・。ほんと・・栄利、何言ってるんだろ」

 そう言うと、栄利はぽろりと涙を流した。

 嗚咽を漏らして泣く栄利に何もしようとしないリリさんを見て、僕はつい口を出してしまった。

「リリさんがそれをしないって言うんだったら・・僕がします」

「え?」

 栄利は涙を流しながら僕の顔を見た。

「栄利、僕が栄利を助けるよ。それに僕、こういうのに憧れてたから」

 リリさんはとくに驚いた様子もなく、ちらりと僕の顔を見て「そう」と言ったのみだった。

「貴方の名前、栄利まだ知らないから・・。教えてくれる?」

「いいよ。僕は羽風大地。ここの教会に通っている一年生」

「わかった、羽風君ね。栄利覚えたよ」

 栄利はあいさつ代わりに僕の手をぎゅっと握った。その手がとても小さくて暖かくて、僕は彼女を未来に返そうと思った。


 栄利が教会から帰ってゆくと、僕はすぐにリリさんに抗議した。

「どうしていつもみたいに乗り気じゃないんです?」

「どうして大地君はいつもと違って乗り気なの?」

 リリさんに逆に質問された。

「それは・・・彼女が困ってるのを見て助けてあげようと思ったんです。本当に未来人なのに誰も信じてもらえないなんて、そんなのは残酷すぎます」

「私は信じない」

 リリさんはきっぱりと言い放った。

「でも、栄利ちゃんが助けを求めてることは分かった。だから、まず何を求めているかを知るのが前提ね」

 願いすらも不明瞭でも人を助けようとする。そういう所はやはりリリさんだ。

「ごめんね、大地君。私にはそういう言葉は信じられないの。だって、未来人、ってのが本当に居るとしたら今の世界はもっとまともになってると思わない?」

「そう・・ですかね。むしろ、今の未来を変えないために何もしないと思いますが」

「それでも不都合な事は多いでしょう。それに今の地球は危機に面している。地球温暖化に絶滅危惧種の増加に人口の爆発的な増加。このままだと人類は滅びる可能性が高いというのに、何の干渉もない時点で未来人なんてのは存在しないと私は思うのよ」

「それを解決するとは限りません。もしかすると、移民船に乗って地球を離れるかもしれません」

 僕のその言葉にリリさんは「ああ、その可能性もあった」と、納得した。

「でも、今の地球の技術を見る限りじゃ移民船ができるころには、人類は絶滅の危機に瀕していると思う」

 断固として未来人が居る可能性を信じないようだ。この議論を続けても良いが、論破したところでリリさんの決断は覆らない気がする。これ以上話していても時間の無駄というものだ。

「とりあえず、リリさんはリリさんなりの方法で栄利を救うんですね」

「ええ。栄利ちゃんの願いは叶えて見せるから安心して。まぁ、それでも大地君は栄利ちゃんの為に頑張るんでしょうけど」

「はい」

 この瞬間、常に一緒だった二人の行動がついに別れた。いつもこういう時は僕がリリさんを止めたりしていたのに・・内心は寂しかった。



 僕は早速家に帰ると、未来人という言葉でネットに検索をかけた。

 未来人がやってきて政治の預言をしただの、未来人という定義はなどの様々な情報が一気にあふれ出た。僕はその中から本物の未来人と称するページに入って調べていった。

「大地ぃ。夕食はどうするの?」

「ちょっと待って」

 未来人の話は現実から忘れさせてくれる。そうこうしている内に母が「食べに来なさいよ!」と、怒鳴り込んでくるまでずっとネットを触っていた。

「アニメ、か・・」


 それから次の日はもう教会に来ても勉強は教えてくれないと思っていたが、すんなりと分からないところを教えてくれた。

 それから数日たち、2、3日に一回栄利はやってきた。自分の未来に帰る為の実験をすることもあれば、僕に意見を求める事もあった。

「あれ。漢文って中学にやらないの?」

「小学校に少しだけ教えてもらいましたけど、そんな本格的に習ってないですよ。ていうか、高校受験には必要ないでしょう」

「ふぅん。そうやって判断するには早計だと思うけどね。テスト自体も方針を見直されてるし、一応教科書には出てくるのだから習っておいて損はないと思うな」

 最初はいじわるかと思ったが、考えてみればいつもの事だ。何でも幅広く教えようとする。

「未来はまだ分からないのだから、何でも覚えておいた方が良い。たとえ浅くともね。それはいつか、自分が何に向いているかな?って、思える道しるべだから」

 リリさんはそう言っていた。

 リリさんにとって未来とはあやふやなものであり、永遠にはっきりしない物なのだろう。リリさんはそれでも耐えられるだろうし、むしろそれをありがたく思ってるかもしれない。けど、僕は違う。僕にとって未来は真っ暗だ。

「なぁに、もう分からなくなっちゃった?」

「ええっと・・これを現代語訳すればいいんですよね。しからずんば・・」

 僕は普段読んでいるはずの漢字だというのに、漢文という形式になっただけで全く知らない文字列に思えてきた。

「漢字とは一体なんぞや・・」

「漢文になると今まで見ていた漢字も全く別の読み方になるものね。〝使ム〟とか、〝何為〟が書かれた時の意味を知るとだいぶ変わるかな」

「よろしくお願いします・・」

「うん。ならば教えて進ぜよう」

 わざと古い言い方にしたリリさんに僕は笑ってしまった。

「それじゃあこの問題をやります」

「そうね・・。そういえば大地君。栄利ちゃんとはどんな感じなの?」

「どんな感じというと?」

「うぅん・・。栄利ちゃんと二人で具体的に何してるのか気になって。ダメかな? やっぱり恥ずかしいよね」

「別に恥ずかしい事なんて何も・・。もしかして、リリさん。何か勘違いしてます?」

 僕が冗談交じりでそう言うと、リリさんは安心したように笑って「変なことしてるのかと思ったの」と、言った。

「ほら、若い男女が一緒にいると間違いが起きる可能性もあるから、ね。でも、その調子なら安心ね」

「栄利、僕の家に来たことありますよ」

 僕は平然と言ったつもりだったが、事の重さに少々声が上ずった。

「大地君――」

「何もありませんでしたよ!? その――」

 僕はとつとつと話し始めた。栄利が僕の家に来た日の事を――。


 僕が教会から帰る途中、栄利は待ち構えていたかのように僕にぶつかってきた。

「あぅ!」

 栄利は派手に後ろに転んだが、僕は反対に全くの無傷だった。衝撃はあったものの、栄利の体が軽すぎたのだ。

「栄利!? どうしてここに?」

「は、羽風君を驚かそうと思ったんだけど、失敗したよぅ。逆にこっちが心配されちゃった」

 何故そんなことをしようとしたのかはさておき、僕は栄利に手を伸ばして立ち上がらせた。

 スカートなのに転ばれると目のやり場に困る。

「と、とりあえず、今日いろいろ未来人について調べてみたんだ。それについて・・喋ろう」

「ほんと? ありがとう。栄利はいまだ進歩がなくて困ってたんだぁ」

「後、詳しい話も聞いていい? 起きた時の場所とかそれまでの生活とか」

 僕は言った後、はっとなって気付いた。

 こんな昨日今日あった女の子に詳しい生活とか聞いていいのかな・・?

「や、やっぱり話にくいんだったら別に話さなくても――」

「いいよ。別に話して困る内容じゃないもん。でも、栄利は場所を移したいなぁ」

 栄利はそう言って僕をちらりと見てきた。何かを期待している目だ。

「じゃあ僕ん家に来る・・?」

 言った後でしまった、と思ったのはそのすぐであった。

 親になんて説明しよう・・。

 母も父も不登校の件もあって何も言わないだろうが、後で家族会議でも開かれそうで心配だ。

 僕の家は当然のごとく中学から近い。徒歩十分くらいで家につくと、震える指でインターホンを押した。

「緊張してるんだ、羽風君。自分の家なのに」

「ま、まぁね・・」

 年頃の男の子がいる家だというのにからりとしているなぁ、栄利は。僕だったら暴漢用のバッドを鞄の中に入れておくよ。

 ・・・もしかすると、僕って男として信用されているんだろうか。

「気持ちは分かるよ。栄利も知らない人を呼ぶ時とかドキドキしたもん。知らない人相手に粗相なんてしたら折檻だからね☆」

「僕も怒られたことあるよ。今思うと、かなりすごいことしたな」

「凄い事? 何それ、栄利とっても聞きたいな」

「うぅ・・。勘弁してくれ」

 インターホンを押しても反応が返ってこない。どうやら家族全員不在の様だ。

 良かった・・!

「鍵はあるから入ろうか、栄利」

 僕はポケットから鍵を出してドアを開けた。僕の家は一軒家の二階立てだ。部屋自体はそれほど大きくもなく、あらかじめ作られている集合住宅の一軒を買ったのだから当然ともいえよう。

「羽風君の家って綺麗だね。栄利の家は汚いから羨ましい」

「住み始めてあんまり時間はたってないからだよ。掃除を怠れば新築だって汚くなる」

 栄利をフォローしようとして言った言葉だが、かえって貶してしまった気がする。対話スキルが足りないなぁ。

「台所に行こう、栄利。試したいことがあるんだ」

 僕は栄利を案内して台所に行くと、電子レンジのコンセントを引き抜いて電子レンジの元からついている白い円盤を普段とは逆向きにした。

 そしてもう一度コンセントを入れ直すと、電源をONにしてバナナを入れた。

「・・・・・・・バナナが食べたいの? 羽風君」

 栄利は興味ありそうに見せているが、内心は何してるんだよ、こいつと思っているのだろう。顔はごまかせても態度はごまかせなかった。

 これをすれば過去に自分の携帯メールを飛ばせるとアニメでやってた。携帯のメールは今送信した。ほらほら、次第に光るぞ。

 すると、レンジの中にあるバナナがカタカタと揺れ始めた。

「よしっ! これでアニメ通りになる!」

 昨日、必死に未来を取り扱うアニメを見ていた。もちろん時間が足りなくてまだまだ見れていないのも多いが、最近の有名なものは一通り見た。

 最近は科学が進んでるから、本当の理論が組み込まれているという僕の天才的予想だ。

 すると、レンジがカッと光ってこの世のものとは思えぬ音を発し始めた。

 これで・・。

「羽風君、前で見てたら危ない!」

 電子レンジが普段とは違う方向に円盤を置かれたことによって壊れた。

 栄利の制止もむなしく、壊れた衝撃によって電子レンジに入っていたバナナが電子レンジを突き破って僕の顔と対面した。

 これは至極当然だと思うが、アニメにあるやり方って真似しちゃいけなかったよね。確か。

 そしてこれも当然だが、バナナはゲル状にならずに温かいだけだった。


「ってな感じで、リリさんが心配するようなことは一つもありませんでした」

「大地君って純粋よね・・」

 リリさんの感想はソレだった。

 呆れというより感心したようだった。そんな僕を見てリリさんは笑って頭を撫でてくれた。

「ぼ、僕・・とりあえず漢文します!」

 リリさんの柔らかい掌がくすぐったくて、何だか無性に恥ずかしかった。

「栄利ちゃんと仲良くなる事はいいことだよ、大地君。私以外の人間と接してどんどん仲良くなって・・そうして人は成長していくんだもの」

「私以外って・・、リリさんと接していても成長しますよ」

 僕は自虐的な事を言うリリさんについ、反論してしまった。

「それはそうだけど。でも、私は変な大人だから」

「確かに」

 凄く納得してしまった。

「そこは同意するところじゃないよね。話の流れ的に」

 いやでも、譲れない事ってあるから。

「大地君って結構、私に失礼なこと思ってない?」

「オモッテマセンヨ」

 リリさんが疑わしそうにこちらを見てきた。

「まぁよくないけど、いいか。大地君、栄利ちゃんってここの生徒じゃないよね」

「? それはそうですよ。未来人なんですから」

「はぁ。こっちでも小野町栄利っていう生徒がいないか調べてみたのよ。そんな生徒、いなかったけど」

 この反応を見るに、いまだ未来人を信じていないのだろう。

「栄利、言ってたじゃないですか。自分は小学生だって。中学生な事をどうして調べるんですか」

「念のため。今度は小学生かどうかを調べるつもり。体型的に中学生だと思ってたんだけどなぁ」

 リリさんはそう言いながら、ちらりと期待するかのようにこちらを見てきた。

「大地君。栄利ちゃんがどこの小学校に行ってるか調べてほしいな。それは栄利ちゃんがどこから来た誰なのかにつながる」

「だから未来人ですって」

「だとしても、私達にとっての時間軸の栄利ちゃんを知りたくない? 小学校を知れば、間接的に栄利ちゃんの背後関係もわかる」

 こういう事を言う時のリリさんは大抵、何を言っても無駄だ。

「わかりました。栄利が僕に小学校を教えてくれるとは思えませんけど」

「それでもいいの。そうだったらだったらで、やり方もあるから」

 この人はどうあっても栄利を未来人だと認めない気だ。

 どうして・・・・どうして、もしかすると、という可能性が見れないんだ。栄利の力があれば理想の未来を持ってこれるかもしれないのに。

 理想の未来? 僕にとって・・理想の未来とは何だ?



 教会はあまり良い空気とは言えなかった。リリさんは気にしていなくとも、僕が栄利について不満げで、それに感づいたリリさんがあれこれ気を使って、さらにそれに腹を立てて・・。

 リリさんが「今は栄利ちゃんの事話にしましょう。ね、大地君」とか、「お茶を入れてくるね」と言っているのに逆に腹が立って仕方がない僕に恥ずかしさを覚えていた。

 リリさんがこう言っているのだから僕もこうしようと思っても、理性とは違う感情が栄利の事を認めてほしいと叫んでいた。

 リリさんには仲間でいてほしいのかもしれない。でも、今のリリさんは僕の意思とは全く違う方向を取っている。迷わず、僕の事なんか見えちゃいない。

「僕は・・教会に通わないといけない」

 リリさんと気まずい関係だろうと、最低限教会には通わないといけないのだ。学校側との折り合いもあるし、なにより母がうるさくない。

「うぅ・・。あー」

 僕は自宅に帰っても、こうやってベッドの上で「あーあー、うーうー」言って転がっていた。

「僕がせめて大人だったら・・。別にリリさんが未来人と認めようと認めないとどちらでもいいじゃないか」

 嘘。口ではそうはいっていても、抑えられない感情は全く違う事を叫んでいる。

「ぐぅう。リリさんの馬鹿~」

 そこに、母親が慌てて僕の部屋の扉を開けた。

「! ノックもなしに入ってくるなよ」

「ごめんなさいね、大地。その・・お母さんとても慌てて・・」

 言うとおり、母は落ち着きがなく体をそわそわと動かしていた。

「見ればわかるよ。で、何だよ」

「大地にお客さんが来てて。小学生? なんだけど・・大地、そういう趣味はないと信じてるから」

 そう言って、理解してますと言わんばかりに生暖かい視線を送ってきた。その妙な納得と理解が僕をイラつかせた。

「何を言ってるか意味が解らないね! 早く玄関に行くからおまえは来るな!」

 僕はすぐさま部屋を出て、二階から一階へと行く階段を駆け下りた。

 小学生の様で、母が疑う見た目。間違いなく栄利だ。一回来ただけで、もう僕の家の経路を覚えたのか。

「栄利!」

「羽風君」

 玄関で見た栄利の格好は凄かった。緑色のヘルメットに体の体型がよくでるぴっちりと体に張り付くタイツ。腰には重そうなポーチまでつけている。いかにも素人丸出しのスパイ装備だった。

 胸は不釣り合いなくらいに大きいし、お腹は小学生らしくポッコリと出ている。こんな格好の人間が息子の知り合いと聞いたら、息子の正気を疑うだろう。

「・・・・・・・・・・・・栄利。この格好は・・・」

「どう? 羽風君。似合ってるでしょう」

「着替えてください。お願いします・・」

 僕が一番最初にしたことは土下座だった。


「学校に行きたい? 栄利の?」

 栄利は服を着替えた後、僕の部屋に招待した。栄利はそこで「私の生活、知りたいって言ったから」と、照れ臭そうに言った。

「うん。栄利って今は小学生だから、小学生の栄利の生活を見せておこうと思って。それにこれで栄利が小学校を案内して、未来を言い当てれば栄利が未来人って事にならない?」

 栄利が小学校を通じて自らを未来人だと証明したのは理解できた。けど、そんな遠回りな事をしなくたって証明できる方法はいくらでもあると思うけどなぁ。

「やっぱり政治家とかの名前を言い当てれば一番確実。けど、栄利は六年生の時、あんまり政治に興味なかったから~。うぅ」

「僕は栄利を未来人じゃないなんて疑ってないよ。でも、栄利の小学校生活は気になるかな。もしかすると、栄利の小学校には時間を転移するアイテムがあるとか・・それは都合がよすぎるか」

 栄利は僕を見つめて、不思議そうに目をぱちくりさせた。

「そうだよね、そんなのがあったらいいな。それで未来にぴゅーっと帰ってお父さんとお母さんに会いに行くの。二人とも、心配してるかな」

 やっぱり、未来の栄利には自分の帰りを待っている家族が居るんだな。

「だろうね。でも、栄利が居なくなったすぐの時間に帰って来れれば心配ないよ」

「それはいいかも。栄利は過去に行くときも何の前触れもなかったし、きっと未来に帰る時も目が覚めるように気が付いたら居るんだろうな。それで、またいつも通りの日常が栄利を待ってる」

「夢のように僕達の事も忘れちゃう?」

 僕はそうは聞いたものの、悲しいけど、忘れられてもいいと思った。過去に行ったなんていう思い出は重荷だし、未来で栄利が時間遡行者だとかで問題になっても事だ。

「ごめん。今のは良くなかったね。僕は未来で栄利が幸せになればそれでいいかな」

 その時、栄利がいつもとは違う活発的な表情ではなく、ぼーっとした顔つきになっていた。

「幸せ・・・・・か」

「栄利?」

 僕が栄利の前で手を振ると、栄利はハッと我に返って「学校、学校に行くんだった」と、急に走り出した。

「走り込みダーッシュ!」

 栄利は疑念を振り払うように走り続けた。


 あまり運動していないことを今日ばかりは呪った。栄利の足は速く、運動不足だった僕は余裕で距離を離され、危うく栄利を見失う所だった。

「羽風君、大丈夫?」

「(ひゅーひゅーっ)な・・にが・・(ごほっ)」

「大丈夫じゃなさそうだね」

 終いには栄利に同情されて背中をさすられた。

 男というプライドのせいか、意地を張って「行ける! 行ける!」と言ったが、十秒で走れなくなった。

 情けない・・。くぅ。

 そんなやり取りをしながら僕達は栄利の通っていると思われる小学校についた。

「巻運小学校って言うのか。初めて来たよ。栄利って僕の中学校の学区内じゃなかったんだね」

 大抵の公立中学は近場の小学校三校あたりから来た生徒が多い。栄利の通っている小学校は中学の学区からは近いとはいえ、学区外だ。わざわざよその小学校からここの中学に来るなんて大変だっただろう。

「うん。小学校六年のころは近くの中学に進学するつもりだったけど、親の都合で変わったの」

 はぁ。なんやかんやで栄利の小学校名は分かった。後でリリさんに報告することになるんだろうな。

「羽風君、入る時はこっそりだよ。栄利、何日も学校行ってないから見つかったら先生に怒られちゃう」

栄利にそう言われて、当初表門から入る予定だったのをグラウンドのフェンスから入った。グラウンドのフェンスは小学生が通れない程度だったので、僕が栄利を肩車してフェンスを飛び越えさせれば後は簡単に侵入できた。

「これ見つかったら大変なことにならないか?」

「大丈夫。学生たちはもう帰ってるから」

「まだ見回りをしている先生たちがいるけど」

 栄利は僕の不安を置いて「大丈夫、大丈夫」と、言いながらスキップ交じりに歩き出した。

「栄利。どこを見に行くの?」

「ん~? そうだなぁ・・羽風君が言ってた鏡でも見に行こう」

「! そんな鏡が本当にあるの!」

 僕は疲れを忘れて栄利に駆け寄った。

「そんな曰くなんてないよ。ただ、学校の一番上の鏡には怪談があったかも、って思いだしただけ。呪われた鏡、だったかな。それじゃあ羽風君には面白くないか」

 非日常の香りがして大変すばらしいと思う。

「時間遡行と関係ある?」

「・・・話は大して面白くないんだけど、一番上の大鏡の前で好きな異性の名前を叫ぶとそれが成就するって話」

「それって呪われてるの? ただの恋のおまじないに聞こえるんだけど」

「そうそう。成就するって言っても、好きな異性がその同性と恋が結ばれるっていう――」

「それは呪われてる」

 そんな恋の結末は嫌だ。

「でも、変なうわさがあるのはその鏡だけだし、行ってみる価値はあるよ」

「まぁ・・ね」

 けど、その前に教師に見つかるのではないでしょーか。

 そうこう話している内に生徒達が使っている靴箱にたどり着いた。僕たちはお客様用の靴箱に靴を入れてスリッパも履かずに上に行く階段を目指した。

 行く途中で理科室を見つけた。窓から人間模型を見て内臓むき出しの人間がいると思ってビビった。

「羽風君。今ね、磁石の実験をしてるんだ。磁石で砂鉄をくっつけて持ち上げたりとか、方角を見たりしてるんだ」

 栄利は僕と違って理科室独特の机を見ているようだった。

「ああ。それ僕もやったよ。けど、磁石の数式を頭に叩き込むのが大変で楽しんでる暇はなかったな」

 小学六年といえば受験まっさかりだ。あれだけ頑張っていたのに、未来の僕がこうなったって知ったら過去の自分は悲しむだろうな。

 未来の結果を過去の人が知ってどう思うだろう。自分の頑張りが無駄だったと知った時、じゃあそいつは頑張る事を辞めて成功するのだけをするんだろうか。

〝過程だってちゃんと必要です。過程があるから結果があるんです〟

 そんなことをかつてリリさんに言ったというのに、いざ自分がその立場になると意見が変わるんだろうか。

「羽風君。そろそろ見回りの先生がここを通るからこっちの教室に行くよ」

 栄利にそう言われてその通りにすると、しばらくして少し前まで通っていた廊下に大人の足音が聞こえてきた。

 僕は見回りの先生にバレないように声を小さくして栄利に質問した。

「栄利。この教室から早く出ないと危なくないか?」

「大丈夫。ここはほとんど人が来ないのもあって大抵の先生は素通りするから」

 栄利は何故か手馴れていて、そこからは先生に見つからないようにルートを絞って歩き出した。

 そうして先生に見つからないように歩いていくと、四階の大鏡の前にたどり着いた。

 大人の教師一人分くらいを映せる鏡が置いてあった。恐らく、子供たちの劇の時に使うのだろう。

「これが噂の?」

「うん。大きいでしょう。ねぇねぇ試してみてよ」

 呪いの話を聞いたときにそれをしろと?

「え・・えー」

「羽風君が嫌なら栄利が言うよ。呪いを受けるのは栄利だけで十分」

 栄利の名前を言うのか。確かに効果があるかどうかを分かるだろう。もしも、これで未来に帰れるとしたら栄利の名前を言った方が良い。

「そっか。ごめんね、栄利」

「良いんだよ、羽風君。私が好きなのは羽風君です!」

 呪い受けてるの、僕じゃね?

「い、いや・・その、栄利?」

「これでバッチリだね、羽風君! それじゃあここから立ち去ろう!」

 自己犠牲の精神とは一体何だったのか。

 だが、栄利の達成感に満ち溢れる顔を見ていたら、これ以上言うのは気が引けた。



 校舎をこっそり出ていくと、栄利はここで来るのは最後だと言って今育てている朝顔を見してくれた。

「まだ植えたばっかりで芽も出てないけど、これは栄利が植えた朝顔」

 青いプランターの上にこげ茶色の土がたっぷり入っていた。

「栄利、美化委員だから。草花を増やして生徒の心を癒すの。ほら、最近いじめとかよく聞くし」

 花くらいでいじめがどうにかなるとは思えないが、僕はその心がけは尊重したいと思った。

「羽風君。栄利はそろそろこの辺で」

 朝顔を見て満足したのか、パッと栄利は立ち上がった。

 にしても唐突だな。栄利、一瞬別の方向を見たような気がするけど・・。

「帰り道一緒だよね? だったら――」

「ごめんね。学校にやり残したことがあるんだ。羽風君は先に行っててよ」

 もしかすると、未来に帰る方法を見つけたのか? 変にそれを言うと僕が止めると思ったのか。

「羽風君。もうすぐこっちにも先生が来るよ。早く学校を出ないと」

「え・・ええ・・?」

 嘘だろうと思って栄利に疑問を口にしようと思ったら、どこからか、がさがさという何かの足音が聞こえた。

 ・・・! 本当に先生が来た。

「わ、分かったよ、栄利。また!」

 栄利と違って僕は小学校の生徒じゃない。見つかったら大変だ。

「うん、羽風君。またね」

 にこっと笑う栄利の顔が何故か、リリさんと重なって見えた。

 どうして栄利がそんな作り笑顔をするんだろう。



 僕は学校を出た後、まっすぐ家に帰らずに教会に走っていった。

 最後の栄利の顔がとても気になったのだ。栄利は未来に帰って僕とは二度と会えないんだろうか? それを思うと、胸がざわついて今すぐにでも飛び上がりたい気分だった。

 何でだろう。僕はどうしてこんなに栄利の事が不安なんだろう。栄利は何も言ってないじゃないか。なのに・・どうして。

 僕は心が落ち着かないときに頼る大人は一人しかいなかった。

「リリさん!」

 僕はリリさんの名前を呼びながら教会の扉を勢いよく開けた。

 リリさんにすがった所でどうなるとも思えないが、この心中の想いを誰かに理解してほしかった。

「大地君・・?」

 リリさんは二階にいたようだが、僕の扉の音で階段を下りてきた。

「・・・。教会の扉を乱暴に扱うなんて――」

「それに関してはごめんなさい! でも、なんかもういっぱいなんです!」

 リリさんにまるで抱き着くように僕はリリさんにすがった。

「話して。何があったの?」


 リリさんは今までの事を聞き終わって「ふむ」と、考えていた。

「栄利ちゃんの小学校名分かったんだ。こっちでも色々あれから調べて・・栄利ちゃんが誰なのかわかったよ」

 驚く僕を手で制して、リリさんは「それで」と、続けた。

「大地君は栄利ちゃんの顔を見て不安になったんだ。もしかすると、大地君って栄利ちゃんが何なのか気付いてきてる?」

「え・・!?」

「不安になったのは、危うい感じがしたからでしょ。今にでも自殺を図ってしまいそうだから」

 リリさんから思わぬ言葉がすらすら出てくる。この人は一体何を思っているんだ?

「ち、違います。栄利が未来に帰ってしまいそうな気がしたから・・栄利は未来に帰る方法を本当は知ってて、それで僕達に近づいて――」

「不安になったってそういう事?」

「それ以外に何の理由があるんですか・・」

 リリさんはぽかんとして、最後にいつものように笑った。

 なんと薄っぺらな笑いだ。僕はこの笑いをいつも、リリさんの心からのものだと思っていた。

「栄利ちゃんの言葉を信用できないのは私が大人だからなのか、現実を知っているから・・どっちなのかな? まぁどちらにしろ、そのおかげで栄利ちゃんが未来人じゃないって事を証明できたからいいかな」

「未来人ですよ」

「何でそう思うの? 根拠なんて一個もないじゃない」

「僕が栄利を信じてやらなきゃ、誰が栄利を信じるって言うんです!」

「信用と盲信は違うと思うの」

 その言葉に僕の中でくすぶっていた何かが一気に燃え上がった。

「何でそうも頑ななんだよ、あんたは! 栄利が未来人って言ったならそう信じてやるべきだ!」

 僕の変わった口調にリリさんは戸惑いを見せたが、すぐに敵意のまなざしを向けてきた。

「頑ななのはどっちなの? もしかすると、っていう可能性を見ないで栄利ちゃんの言葉だけを信じる。それのどこが器用な人間よ。大地君はあの子に何を期待してるの」

「期待・・?」

「そうよ。見返りが欲しいから大地君は栄利ちゃんに尽くしてるんでしょう? 栄利ちゃんが彼女に欲しいから? 不思議な体験をしたいから? ・・・過去を変えたいから?」

 僕の中でくすぶっていたのは苛立ちだった。僕はどうしたいのかわからない。このままでいいのか。栄利は僕をはぐらかすばかりで本当の事を教えてくれない。本当に栄利は僕の想像しているような子なのか? わからない。辛い。そんな苛立ちが気付いたころにはリリさんに手をあげていた。

「・・!」

 僕は拳でリリさんを殴ろうとした。けど、リリさんの手が僕の拳を受け切っていた。

「・・・・最低」

 抑揚のない冷淡な声でリリさんはそう言った。

 けど、リリさんの顔は泣きそうだった。



「八つ当たりじゃないか・・。あんなの」

 僕はリリさんから逃げるように教会から外に出ると、涙が出た。

 リリさんと分かり合えないのが辛い。栄利の事を何も知らないのが辛い。たくさんの辛いを我慢できずにリリさんにあたる事しかできなかった自分が嫌い・・。

 どっ、と過去にやってきた恥ずかしいことや嫌な事を思い出して目の前が真っ暗になる。恥ずかしい。こんな自分は嫌だ。変わりたい。変われない・・。

「こんな・・どうして・・」

 最初は栄利の言葉から始まった。栄利の言葉を信じる僕と信じないリリさんとの道は最初からたがえていた。

 栄利の言葉をもしも、最初から信じていなかったらリリさんはどうしただろう。栄利は泣くだろうか? 信じてもらえずに? 違う・・のか?

「死にたい。こんな恥ずかしい僕なんて生きてる意味なんか」

 言葉はどんどんかすれて嗚咽だけが響く。

 リリさんにあんな事を言っておいて、教会から出た途端すぐに泣き出す僕をどう思うだろうか? 馬鹿にするのかな。それとも・・。

「どうすれば・・」

「――坊やが泣き終わればちょっとは変わると思うけどねぇ」

 うずくまる僕に頭上から声が響いた。

 顔をあげると、そこには聖母マリアを思わせる美しい女性が――いなかった。前にいるのはぼっちゃりした体型にリリさんと同じシスター服を着るおばさんだった。

 うへぇ。

「人が声をかけたらあからさまに嫌な顔かい。最近の若い者は礼儀がなってないねぇ」

「・・・誰」

「年長者に対する態度じゃないね、こりゃ。まァ年長者として名前くらいは渋らずにこたえるよ」

 その名前は最近聞いたものだった。

「私は堂本夏樹。あんたがもたれかかっている教会のシスター・・・の知り合い」

 ここのシスターじゃねぇのかよ!


最終話である4話は11月29日になります。

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