1話 出会い
1 出会い
「はぁ・・はぁ・・」
俺の視界は黒い影でうめつくされている。
黒い影は「〇×■〜〜で、転校生って→←◎◎だよね」と、聞き取れない耳障りな周波数を発している。
いや、僕なら聞こえるはずだ。僕には目も耳も鼻もある。どこの器官も欠けてはいない。なのに、声が遠い。聞こえてもまるで別の事の様だ。
落ち着こう。今の僕の状況を思い出すんだ。
僕の名前は羽風大地。今、僕は中学校にいて、席に座って授業を受けている。僕の歳は14。中学校二年生だ。他の中学生と同じように僕は中学校にいる。いるはめになってる。
僕の苦手なものは学校と人。
どうしてかっていうと――。
その瞬間、僕の喉から何か逆流してくるような奇妙な感覚が襲ってきた。
「うぇっ・・」
気持ちが悪い。小学校の時は体調が悪い以外、こんなことは一度もなかったのに。胃が悲鳴を上げて僕の気力を奪っていく。
こうまで気持ち悪いのも、僕の耳が機能障害を起こしているのも体調が悪いと言うだけじゃない。これは僕の精神状態が悪いことによって引き起こされた精神的なものだ。
そうだ。精神的なものだ。だったら、これは気のせいだ。そう。気のせい。
息が和らいで、今まで僕を絞めつけていた肩の荷が下りたかのようだ。
何だ。たったこれだけの事で楽になるのか。だったら最初からこうすれば――。
「大地ってだっせーよな」
「マジこの教室に来てほしくないんですけどー」
は?
ようやく言葉がクリアに聞こえると思ったら、ろくでもない言葉が耳に入ってきた。
その言葉を発しているのは僕の後ろの席の奴らだ。授業の最中にこそこそとおしゃべりをしている。
僕は気のせいかもしれないと思ってもう一度よぅく会話を聞いてみる。
こんなのは気のせいだ。だって僕は今日転校してきたばっかりだから。地元の公立校だから小学校からの知り合いはいるけど、小学校の友達ともめるような事はしていない。
いきなり悪口なんてありえない。
「今日(大地)の(って)授業(頭)、まじ(おか)かったるく(しく)ない(ないか)? あ(あいつ)。(が)それ(クズ)より(なことは)、昨日(当たり)の(前だ)生ステ(な)見た(ぁ)?」
「見た(うん)見た(うん)。やっぱり(やっぱり)若手(大地)の(の)アイドルグループ(頭のおかしさ)って(は)カッコイイ(周知の事実)よ(だから)ね(ね)〜(〜)。最近売り出し始めたん(いつからああなん)だ(だ)っけ(っけ)?」
2つの言葉が同時に聞こえる。皆、俺を馬鹿にしてるように聞こえる。
いやいや、よく聞くんだ、大地。あいつらは昨日の歌番組の話をしてるだけで俺の事なんて一言も言ってない。しかも、こんな授業中に言うなんていじめ以外にありえないだろ。
「もう嫌だ・・・」
完全なる幻聴。僕の心はもう限界という事だ。まだ学校に来てから一時間もたってないのに・・。
ぼそりと言った声が隣の奴にも聞こえたらしい。隣の奴は怪訝そうな顔をして俺に一言いう。
「大丈夫(キチ黙れ)か(よ)?」
「うぅ・・」
その瞬間、耳鳴りがひどくなって耳に手を当てると、隣の奴が慌てて「先生! 何か転校生が」と、先生に訴える。
「羽風、体調(早退)が(なら)悪い(歓迎)の(する)か(ぞ)? 保健室(早くどこか)に(に)行く(行ってほしい)か(からな)?」
僕は口をパクパクと動かすのみで声が発せられない。とうとう喉までイカれたか。
僕のそんな様子に先生は慌てて「保健室に連れて行く。捕まれ、羽風」と、おぶられて僕はまだ見ぬ保健室に連れて行かれた。
転向初日でこれか。僕、変わっちゃったな。
何でこんなことになっちゃったんだっけ? 小学校まではまともな学校生活を送っていたのに。どうして・・・・。
「大地。貴方、中学受験してみる気はない?」
あれは小学校5年生の事だ。当時、小学校5年生だった僕は母の強い勧めにうなずいてしまった。
「そう。ほら、高校受験は英語があるから大変じゃない。だからお母さん。貴方に中学受験してほしくて・・・」
今にして思うと、近所のお母さん方に自分の息子は中学受験をしたんだと自慢したかったかもしれない。母がにんまりと笑い、後に近所の母親連中に「私の息子はね」と、言っているのを聞いたからだ。
そして僕は進学塾に入り、学校が終わった後は母の車で塾に行き、夜遅くまで勉強した。
僕は最初、皆もこのくらいにこういう生活を送るのかと思っていたが、人に話を聞くと進学塾には幼稚園のころから塾に通っている子供もいた。
「県内一番の中学に入る為に決まってるじゃないか。今は学歴社会。優秀な所に行けば、それに見合う人生が約束される。当然じゃないか」
そんな幻想を信じて僕も頑張った。そんな生活はそこまで苦ではなくて、そんな努力も報われて県内有数の私立中学校に入学したんだ。
あの合格通知をもらった時の事は今でも忘れられない。当時は輝かしい栄光のような気分だったが、今こんな生活を送ってる僕としては忌まわしいもの以外の何ものでもない。
一応今の内に言っておくと僕は中学校でいじめられていたとかそういう訳じゃないから。僕はそんないじめられるような性格も見た目もしていない。
まぁ、今はだいぶ気が弱くなっちゃったけど、当時の僕はクラスの男子に交じってサッカーにいそしむ元気なスポーツ少年だったんだ。
本当だ。嘘じゃない。
僕が駄目だったのは学校のシステムさ。
僕は私立校に入れば小学校の勉強漬けから解放されると思っていた。ところがどっこい、もっと勉強することになっていた。
これは僕が入学してから次の日の事だ。担任の先生からこんなことを告げられた。
「我が校は個人に合った勉強を約束しています。その内容を理解する時間は人それぞれ。小学校ではそれで苦しんだ生徒も多いことでしょう。ですが、我が校は一日の終わりに小テスト配って、そのテストをできたものは家に帰ってよし。落ちた人はその場で講習を受けた後、再テストを受けてもらいます」
要約すると、要領のよい人間はすぐに帰宅してもいいけど、要領の悪い人間は学校で居残り勉強をする羽目になるという事だ。しかも、再テストで受からなければまた繰り返し。学校の最終下校時間になるまでこれをしろ、という話だった。
確かに要領の悪い子供を教育するにはこれが常套手段なんだろう。けど、それを聞いたとき、僕は震え上がった。
僕の家から学校まで約二時間。しかも学校の時間割は七時間。小学校の最大六時間を超えるとんでもない授業数だ。
その上でテストを受けてもしも落ちてしまったら・・・僕の家に帰ってきてやることはご飯を食べてお風呂に入って寝る事しかない。
僕はそんな生活をして全く文句を言わないロボットじゃないし、そんな生活を軽く受け入れられるほど無垢な子供でもない。
「あの、それは本当にやるんですか?」
僕は撤回してほしかった。先生に「そんなのウソ」と、言ってほしかった。
「当たり前でしょう。入学の際にそう言ってあった筈ですが」
説明会では要領の悪い生徒でもついていけるような授業システムであると言ってあっただけで、そんなに過密授業だとは言っていない。
「それと、学校から帰った後は宿題もちゃんとあります。もちろん宿題のほかに自主的に行うテキストも用意してありますからね。テキストは一学期の終わりに採点します」
採点すると言った時点で自主的も何もあったものじゃない。家に帰ってくるのが六時だというのにそれでも僕は勉強しないといけないのか?
皆は覚悟していたと言わんばかりに先生の「いいですか?」という言葉に対して「はい!」と、強くうなずいた。
僕は目の前が真っ白になった。
僕は家に帰ると、母親に学校が怖いと言った。
「僕はあの学校が怖いよ。母さん、これが終わったら自由な時間が待ってるって言ってたじゃないか。これじゃあ、もっと自分の時間が無くなっちゃう」
小学校のころの友達には受験が終わったらサッカーで再び遊ぶという約束もしているのだ。中学に上がった皆は毎日のように瓦の土手でサッカーをしているとも聞いた。
「そんな事を言われてもね、大地・・・。学校には行かなくちゃだめなのよ」
母親に言っても学校のシステムが変わらないことは知っている。でも、誰にでもいいから訴えたかった。僕にはもっと自由な時間が欲しいんだって。
「お願いだ、母さん」
「でも・・・」
毎日は変わらない。最初、あれだけ嫌がっていた学校のシステムも慣れれば大したことないんだと僕は思っていた。
「大地。どうかしたの? 最近夜に寝てる時に歯ぎしりが激しいけど」
母は僕の初日の訴えを思い出して心配そうに僕の顔を見た。
「え。そうなんだ。でも、平気だよ。最近、友達もできたし」
「でも最近小学校の友達にサッカーしないって言われたって・・・」
「だから平気だって」
当時の僕は知らなかったけど、僕は自分が限界だと分かっていてもそれに気づかない人間なんだ。
一学期ももうすぐ終わりそうになって夏休みも身近、うきうきして毎日が過ぎるのを待っていた。
これさえ終われば長い休みが待っている。早く休んで何もかも終えたい。
休みの後の事なんて考えていなかった。休みを迎えればすべてが終わって楽になるんじゃないかってそんな気がしていた。
「はい。これは夏の宿題ね。ちゃんと勉強してくるように」
そう言われて先生に科目ごとの冊子を渡されても気にしないようにした。
「? 羽風君。顔色悪いわよ」
「大丈夫です。まだ頑張れます」
「そう。そうだ、羽風君」
そう言って先生は俺に×が多くついた紙を渡してきた。
これは先日受けた期末テストの僕の答案だ。それは理解できる。でも、僕は事態が理解できずに先生の顔を見上げた。
「貴方、今回の成績が悪いわねぇ。半分以上の科目が赤点よ。遊んでたの? ちゃんと勉強するように言ってあった筈だけど」
「・・・・ごめんなさい。僕真剣のつもり、だったんですけど」
「そう。なら規定通り、赤点を半分以上とった生徒には夏休み半分を補習で補ってもらう義務があるから。予定を書いた紙は今から渡すわ。ここで待っていて」
先生はまるで犬に「待て」とするように手を出すと、印刷室へと走っていった。
僕の答案が指からするりと落ちて床に散った。
僕は恐らくその後予定表を受け取っていつも通りの帰宅したのだろう。けど、あまりよく覚えていない。遠い遠いひどく遠い現実を僕は受け止められなかった。
僕はその日から学校に行くのをやめた。
「大地。どうして学校に行かないって言うの? ねぇ行きましょうよ」
補習の日の昼。学校側から「羽風大地が学校に来ない」という知らせを受けた母が困り顔で僕の部屋にやってきた。
「母さんが学校に行けって言うのは外聞が悪いからだろ。僕の事なんて最初から気にしてない」
心はとっくに悲鳴を上げて壊れかけていた。僕の体が不調をきたして常におかしかった。なのに、母は学校に行けと言い続けた。これを当時の僕は裏切りだと思った。
「あの学校頭おかしいよ。朝から晩まで勉強勉強勉強勉強って・・・。僕は勉強するためのマシーンじゃない! それを平然と受け入れているあの生徒共も皆狂っている!」
僕は机にあった勉強道具を全てひっくり返し、それを足で踏みつけた。
「あんな・・あんな・・・学校には二度と行かない! 母さんがそれを許さないって言うんだったらそれでいい! 殴ってもいいし、飯も抜いてもいい! 僕はそれでも学校には行かない!」
母は僕のそんな様子にひどく戸惑って驚いた。
「大地・・? いつもいい子だったじゃない。お母さんの言うことは何でも聞いて、私に笑いかけてくれたじゃない。なのにどうして?」
僕はその母の言葉に心底呆れて「はぁ!」と、大きくため息をついた。
「それはおまえにとって都合のいい子供の話だろ。それは僕じゃない。僕はサッカーが好きで、ゲームも外遊びも大好きなのが僕なんだよ。いつもいつも勉強ばかりしてるのは我慢してたからなんだ。僕はもう頑張った。だから学校にはもういかない」
母はその言葉に泣いて僕に殴り掛かって一週間、僕のご飯を用意しなかった。
それでも僕は数少ないお小遣いを使ったり、勝手に家から物を失敬したり、家からそう遠くないばあちゃん家に泊まり込んで飢えをしのいだ。
ばあちゃん家に泊まり込んだその日の夜、ばあちゃんが僕の元にやってきた。
「大地君。お母さんから電話が来てるけど・・。お母さんが悪かったって」
ばあちゃんがそう言って僕に受話器を渡してくる。僕は眉をしかめながらもそれを受け取った。
母は泣きながら謝罪の電話をしてきた。僕は黙りこくってその話を聞いていた。
「ごめんなさい。パパと話し合ったの。大地には無茶をさせたって反省してる。いつも辛そうにしてたのに・・本当にごめんなさい。だから、帰ってきて・・」
母はどうやら僕がばあちゃん家からいなくなって非行にでもはしると思っていたらしい。言葉の節々にそれが感じられた。
「ねぇ、大地・・。私の娘を許してあげて。あの子はいつも貴方の事を大切に思っていたのよ」
その会話を聞いていたばあちゃんにここまで言われては折れないわけにはいかなかった。僕は「帰る」と、一言だけ言うと受話器をおいた。
家に帰ってきても学校には行こうともしなかった。
学校も何も言わない。授業料さえ払えば何も問題はないと言わんばかりのその態度に腹が立った。少しでも謝って授業システムを変えればいいのに。
「それは無理よ、大地。大地にだけ優しくすることは他の生徒との差別。皆平等に扱わないと学校はいけないの」
母のその言葉に僕はため息をつくことしかできなかった。
平等。皆平等という嘘の言葉は嫌いだ。能力に差だってある。劣っている人間はどこまでも劣っていて、優秀な奴はどこまでも優秀だ。
僕はこの世界から日本という学校の環境から外れたつまはじきもの。もう・・・目の前が見えない。真っ暗だよ。
「大地・・」
母が不安そうに僕を見てくる。あれからというものいつもこうだ。何かに期待して、それが叶わないと知って悲しそうな顔になる。
それから半年たったある日。僕は母に諦めたかのようにこう言った。
「もう僕は前の学校に行きたくない。けど、家の近くの中学なら行ってやらないわけも、ない」
ずいぶん上から目線な言い方だったが、その時の僕にはそれが精一杯の学校への一歩だった。
このまま学校に行かないで閉じこもっていても辛いだけだ。そろそろ家に居るという行為自体にも鬱憤を感じ始めていた。これが限界なんだ。
「大地・・! ありがとう。今すぐ転入手続きをします。待っていてね」
転入手続きはすぐについた。転入先の学校は生徒がこれ以上増えることに関して渋い顔をしていたが、母の強い押しに負けて転入できることになった。
感謝するとは言わなかった。むしろ、そこまで押されると転入した後が面倒だな、と、僕は思った。
そして僕は約一年間の不登校期間を経て14の二学期の初めに中学校に転入した。
そしてこの有様である。
僕は自分が思っている以上に学校に拒否反応が出るようになっていた。ちょっと気分が悪いとかそういうレベルの話じゃなかった。マジで吐くぞ、アレ。
僕は今、保健室のベッドで横になっている。転入初日で体調不良を起こしたことから、先生には体が弱い人なんだと思われた。
間違いではないけど、精神的なものと肉体的なものではかなり差があると僕は思う。
「はぁ・・・」
初めて見る白い天井が恨めしい。僕の念の力とやらで天井がまるごと吹っ飛ばないだろうか? あ。吹っ飛んだら二階の奴らの床がなくなるな。やっぱりなしで。
「気分はどう?」
ベッドの周りを囲っている白いカーテンが開かれ、保健室の先生が顔を出す。保健室の先生は中年くらいのおばさんだった。
うーん。チェンジ。
「今、失礼なこと思ってなかった?」
「別に」
何でわかるんだよ。ニュータイプか!
「ふむ。まぁ体調は戻ってるみたいだね。次の授業には参加する?」
「え」
どうしよう。それはあまり考えていなかった。さっきの様な事を何度も繰り返していたら僕の身も持たないし、何より、生徒達に変な目で見られる。
不登校に戻るんじゃ何の為に今日頑張ったか分からない。僕は意味のないことが嫌いだ。無駄な努力は嫌だ。
「学校嫌い?」
「え?」
保健室の先生は僕のそんなうろたえを見てそう言った。
学校なんて好きな奴いないだろ。
「学校好きな子なんてそうはいないんだけど、ごくたまにあまりの嫌いさから体調不良を起こす子もいるの。貴方もそういう口?」
「う、うん」
長い間保険の先生としてやってきたキャリアがあるのだろう。僕の様子を見て一発で当てた。
「そう。体力は有限だから無理は良くないわ。再起不能になるまで頑張る必要ないから」
だったらどうすればいいんだ。このまま、不登校を続けてろって事?
「教室に行くことが学校というわけじゃないから。もっと楽な方向に行きましょう。保健室登校とかいかが?」
「保健室登校?」
「文字通り、教室に通うのでなく、保健室に通う事。保健室で勉強してもいいわ。私が教えてあげる」
・・このおばはんと二人っきりってのは嫌だ。
「今、失礼なこと思ったでしょう」
「い、いいえ・・」
疑問形じゃなくなってるー!
「考えておくだけでいいの。とりあえず、今日は学校見学でもしたらどう? 結構広い学校よ、ここ」
そうと決まれば即行動、と言わんばかりに先生は僕をベッドから追い出し、保健室から追い出した。
「頑張りなさい」
ピシャッと閉められる扉が恨めしい。
別に教室から出ればどうという事はない。僕はかるい足取りで学校をぐるりと回るも、他の生徒が授業を受けているという負い目もあってか校舎の中には入れなかった。
あの保健室の先生の言うとおり、この学校の敷地は広く大きかった。色んな建物が学校内に立っている。
「お金持ちなんだな、市立校って」
年々少子化で悩む私立とは大違いだ。
だからこそ、授業料さえ払えばお払い箱なのか?
「市によって税金の徴収率も違うだろうし、必ずしもどこの市も金持ちというわけじゃ・・」
不登校のクセなせいかやたら独り言が多くなってしまった。他人に聞かれても良い気分は互いにしないだろうし、自粛しないとな。
と、そう思った矢先だった。
「それはそうですね。トヨタの工場がある市は金持ちだそうです。都会の方ほど貧乏かもしれませんね。人が多いですから。後、改善費も多そう・・」
僕の独り言にかぶさるように女の人の声がした。
僕はその声のした方を向くと、言葉を失った。
とても美しい女の人だった。歳は僕よりずっと年上の19、20に見える。茶色のストレートにシスター服。シスター服のゆったりとした服装のせいで、ほっそりとした体つきに見えるがよく見ると盛り上がるべきところは盛り上がっている。
優しそうな顔つきでうっすらと浮かべている笑みには女神マリアのような気さえしてくる。
「初めまして」
僕はぽかんとその人を見つめるが、僕も慌てて「は、初めまして・・」と口にした。
「私、ここの教会に住んでいるんです。制服から見て貴方もここの生徒なんでしょう? でも、初めて見る顔ですね」
僕はまるで陸に上がった金魚のように口をパクパクとしていた。
「きょ・・」
「きょ?」
「今日転校してきたばかりで・・」
「あら。だったら見たことないのも納得ですね。私、一度見た人の顔は忘れないように心掛けているつもりなんですが、そんな心がけを忘れたのかと思いました。良かった」
美しい人はほっとしたように胸を下ろして微笑んだ。
「お名前、教えてくれます?」
「・・・だ、大地、です」
苗字も言わないといけないのに僕はつい、自分の下の名前しか言えなかった。
「そう。大地君ね。私の名前はリリ。これからもよろしく、大地君」
「よ、よろしく・・」
「ええ」
そこでリリさんは「あ、そういえば・・」と、ふと思い出したように僕に向きなおした。
「今って授業中、ですよね? どうして、生徒の大地君がここに?」
突っ込まれた。
「・・・・・・・・・・・・・・・。ちょっと気分転換」
「そう。学校に通う生徒さんも大変ですものね。でも、授業を抜け出すなんて感心しないなぁ」
そう言ってリリさんはクスリと笑った。
「これは私の長年の勘。大体、授業から抜け出す人は問題を抱えている人が多いの。それに、大地君。あんまり不良って感じがしないなぁ。学校で悩みでもあるの?」
特に悩みがあると言ったわけでもないのに、リリさんの強引ともいえる決めつけにちょっと疑問を持った。それに、悩みを聞く、といったリリさんはまるでおもちゃを与えられた子供の様な顔していた。
「え。でも、会ったばっかりなのにそんな・・」
「立ち話もあれですし、教会に行きましょう。私の家、見せておきたいの」
彼女は僕の言葉を華麗にスルーして教会に来るように勧めてきた。
「えっと・・・」
何だろう。この妙ともいえる押しの強さ。この人は間違いなくヤバイ。
「大地君」
リリさんはにっこりと笑って僕の手を握った。女の子の免疫がほとんどない僕みたいな子は黙ってリリさんに手を引かれるまま、教会の中に入った。
ぐ、ぐぅ。
教会というからにはとても古いのを想像していたが、中は築十年以下の様な新しい教会だった。
そのせいもあってかこじんまりとした小さな教会だった。大きい教壇もある広間が一階。二階恐らくリリさんが住んでいる部屋があると思われる。こじんまりとしてるのは清貧なのか、それとも中学付属教会だからだろうか? どちらの意味もありそうだ。
「私がここに来たのは実はここ数年の話。私が来るって決まってから急な改装が決まったそうよ。何か悪いことしちゃったなぁ」
僕は恐らく信者が座るであろう長椅子に腰掛けて、リリさんからのお茶を受け取っていた。
「リ、リリさんってすごい役職、何ですか?」
「ううん。ただ単に派遣するシスターの人数がそろったから改装が決まってただけ。私は間違っても、うん、偉い身分にはなれない。なりたいとも思わないけど」
リリさんはそう言ってまた僕に笑いかけた。僕はその笑顔を見てるのが辛くてお茶を飲んだ。お茶はこげ茶色をしていて、飲むのに勇気がいる代物だったがリリさんの顔を見ていたらあっさりと飲めた。
風味は鼻のつく土気がする。けど、これはあくまで風味であって味ではない。味は・・・薄い。味覚がにぶってる人が飲んだら味がしないというレベルで味が薄い。・・だが、それでいて毎日飲んでいるもののような馴染みの味だ。
いやなんだよ、コレ。ただのお茶じゃないぞ。
「えっと、これは・・?」
「美味しかった?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
変な味がした、とは言えなかった。僕は首をゆっくりと縦に振ると、リリさんは良かった、と笑った。
「これはね、しいたけ茶。変わった味がしたでしょう?」
しいたけー!
僕の家はスープにしいたけを入れるのがセオリーだ。なるほど。毎日飲んでるような味がするわけだ・・。
いや、なるほどじゃないし。
「どうしってかって? 私、変わったお茶を人に入れるのが趣味なの。驚いた?」
僕は空っぽになったコップを見て、うっ、と口元を抑えた。
それをリリさんはおかわり要求と見たのかコップを取ってまたしいたけ茶を注いで僕の前に出す。
「話が長いとのどが渇くものね。さて、話を聞こうかしら」
えっと・・・。その前に、これ絶対に飲まないといけないんですか?
一通り僕の話を聞くとリリさんは「そう」と言って笑うわけでも、怒るわけもなく僕の話をありのまま受け入れていた。
「中途半端に偏差値のある私立ってスパルタよね。むしろ、一番偏差値の高い学校の方が敷居がゆるかったりするのもザラだって聞くなぁ。中途半端な所は成績を上に持ってこうとするからあれだけスパルタなのかな?」
それがリリさんの一番初めの感想だった。
気になるところはそこなんだ・・。
「いつもだったらこういう悩みは懺悔室で聞くんだけど、今は他の人もいないから。懺悔室にいるより解放感あるでしょう?」
その口ぶりから言っていつも人の悩みを聞いているのかもしれない。というか、来て数年という話なのにそのなれた口ぶりはいったいどういう事なんだろうか。
「大地君の悩みはかなり急を要している要件よね。やる気ってのは人にもよるけど、機を逸するとそれを維持するのは難しいもの。そう思わない?」
「・・・・・」
僕は何か言おうとするが、リリさんの言葉になんて返して良いかわからなかった。そうだね、と言ってもリリさんは首を振るだけの人形の相手をしていると感じるかもしれないし、否定しても嫌な顔をされそうだ。
やはり、この半年間まともに人に接していなかったのが僕の判断を鈍らせていた。
「うん。今の大地君は学校の教室に行って授業を受けるのは厳しいと思う。だから提案。却下してくれてもいいけど、できれば引き受けてほしいな」
リリさんはそんな僕の反応に嫌顔をせず、あくまで優しい顔で僕に提案した。
「大地君。この教会に登校しない?」
「え・・・」
僕はリリさんのその提案に「そんなことできるんですか?」と、聞いた。
「たぶん、ね。ここは中学付属の教会だもの。普通の教会とは違うし、保健室登校が許されるならこっちも許されていいと思うけど」
と、リリさんは途中から完全なる願望を言った。
その時、リリさんの目があやしく光ったのを僕は見た。
「大丈夫よ。学校に行かなくなるのと教会に来るの、どっちがいい? って、学校側に聞けば絶対後者を選ぶから」
そりゃそうだろうけど・・。強引な。
「それで? 大地君はどっちがいい? また教室に行くのに頑張るか、不登校になるか、第三の選択肢であるこっちに通うか・・」
その三択は僕の悩んでいた頭をスッキリさせるものだった。また四十人といる人間の山にリリさんと話す中で対人スキルがすっかり落ちてる僕にこなせるだろうか? 停滞はリリさんの言うとおり、今度こそ僕のやる気を根こそぎ持っていくかもしれない。
答えは三つ目だった。そしてリリさんの笑顔の圧力を見てると、他は選べなかった。
「教会に・・行きます」
「ありがとう。大地君。早速、学校側に連絡してみるね」
この時、僕の感覚は異常事態だと警報を鳴らしていた。この人が昔、とある土地でなんと呼ばれていたか。僕はこの後で知るのである。
同日、家に帰ると電話はやってきた。学校側が教会を登校場所として認めたという電話だった。
『不登校と教会が良いと選べと言われたらならねぇ。ははっ。これもいわゆる寺子屋的なものかな?』
担任とはまともに喋ったこともなかったが、電話口で聞く限りかなりフランクな人物の様だ。口調が砕けている。それで本当に教師か?
「はい。頑張ってみようと・・・思います」
『うん。決して学校は君に無理に教室に来てほしいと言うわけじゃないから。羽風君のペースで学校に来ればいいからね』
本気なのか建て前なのか分からない言葉を最後に担任との会話は終わった。
「大地・・。さっきのは?」
母が受話器を置いたのを見て僕に話しかけてくる。どこか不安げでまた何かあったのではないかといった感じだ。
「学校。母さんが気にするようなことじゃないから」
「そうなの?」
「うん」
僕は自分の部屋まですぐ行ける位置に行くと、さらっと言葉を追加した。
「ただ、教室に通うのから教会通いに変わっただけ」
「それって私が気にするところじゃないの!?」
次の日。僕は担任の先生の許可が下りたことから朝から教会に行っていた。
「リリさんって・・その、勉強を教えられるんですか?」
今朝、職員室によってもらってきたテキストを昨日のちに用意してもらった机に並べる。
「担任の先生にはこれができればいいって言われたんだけど・・」
昨日はあれだけ声が出なかったのに今日はすらすら言葉が出てきた。やる事が決まって不安というストレスから解放された結果か?
「昔、テストでいい点を取る為に教えてくれって言われた時に猛勉強したから、中学生の勉強なら大丈夫」
僕は「へぇ」と言いながらちょっと疑問に思ったことがあった。
昔ならったからという言い分ならわかるが、人に教えるために勉強したというのは変わってる。人に教えたことはあると言いたいのかもしれないけど・・なんかなぁ。
「今日は声の調子もよさそうね。良かった。昨日は緊張しすぎて失声症にでもなってたの?」
「しっせいしょう?」
「ストレスで声が一時的に出なくなる人なの。ストレスって体に影響を及ぼすこともままあるから。ああ、でも、勘違いはしないでね。昨日の大地君はそれなりに声は出てたし、失声症は私の言い過ぎだから」
リリさんはそう言って「紛らわしい事を言ってごめんなさい」と笑った。
その顔を見て僕は案外、声があっさり出るようになったのはこの笑顔のせいではないかと思った。
「それじゃあ勉強を教えましょうか。科目は?」
「数学で」
僕は半年間真面目に勉強してないこともあって勉強はかなり不安だったが、この調子ならすぐに追いつけるかもしれない。それほどまでにリリさんの教え方は安心が出来た。
「うん。ここは前に習ったところの応用だから。大地君、これの事覚えてる?」
「え・・っと」
「ここは?を使ってYを導き出す方程式。じゃ、これが復習によさそうなもんだからここからやりましょう」
そして美人と二人きり・・。
ふふっと僕は思春期らしい笑みを浮かべながら勉強を教えてもらっていた。
それから一週間たったその日も僕は教会に通い続けて勉強を教えてもらっていた。
一週間たってもリリさん以外のシスターは会えず、先日、リリさんから「ここのシスターは神父を追ってるの。だから私はお留守番なの」と、言われた。
神父を追ってるシスターって何だ。
そう言いたかったが、出会ってからそう時間もたってないのにプライベートにつながる質問をしていいのか、と思った僕は聞けなかった。
「theyってなんだっけ・・」
英語は苦手だ。全然理解のできない言葉だし、それを理解して後にどう役に立つかという事が思い浮かばない。楽天にでも就職しろという事か?
「?彼ら?よ。この言葉はこれからの勉強には不可欠なものだし、ちゃんと理解しないと」
僕は英語のプリントに「犯人は英語」と、ごりごり書き込みながら机に頭を置いた。
「そんなに理解できないの? だったら、私が何か――」
僕はリリさんに三日前にされた鬼のテキスト地獄を思い出して体が震えた。
僕が「数学が分からない」と、いっただけで冊子の一冊まるごとを居残りで教えてもらう羽目になるとは思わなかった。正直、その件で通うのをやめようかと思ったくらいだ。
だけど、リリさんは言えば止めてくれるし、悪気はなく真剣だという事は分かっていた。僕をちゃんと見てくれているという事が、それでも通おうと思う理由になった。
だからといって、アレを二度もくらう気にはなれないが。
この件ではっきりした事は、リリさんは人が困っていると異常なぐらいに解決しようとする所がある。
けど、この時の僕はまだかるいものだと思っていた。異常といっても聖職者だからと勝手に結論付けていた。
が、アレは聖職者とかいう義務感にとらわれたものではなかった。まるで、神に啓示でもうけたかのような、自分の人生を賭けてまでなさねばならぬ大仕事だと彼女は思っているかのようだった。
「結構、です・・」
「そう。大地君、かたくなってる」
リリさんはクスリと笑ってつんっと指先で僕の肩を叩くが、僕は冷や汗ものだった。
そこに、教会の入り口の方から声が聞こえた。
「すみませーん。リリっていうシスターは居ますか〜?」
「あ、はーい。いますよ〜」
リリさんも相手の人につられて間延び気味に声を返す。
「ごめんなさいね、大地君。勉強は一旦中断」
「気にしないでください」
リリさんは「はーい」と言って入口の方に向かって行った。
来客はどうやら女の子の様だった。うちの中学の制服で、背の高さからいって僕の先輩かもしれない。黒い眼鏡が特徴の気弱そうな女性だった。
リリさんも首を縦に振って何やら話込んでいる様子だった。来客者もいかにも真剣という感じにリリさんに肩に手を置いていた。それに反応してリリさんも遠くにいる僕に聞こえるくらいに「任せて!」と、叫んだ。
その時、僕はぞっとした。
リリさんは、やる事を決めた主人公はこんな顔つきをしているのではないかと思うような決意に満ち溢れた顔だった。
何で来客者の言葉であんな顔つきになるんだ?
僕は首をかしげると、来客者とリリさんがこっちにやってきた。
僕は恐怖を感じたのか、立ち上がり、一歩前に踏み出していた。リリさんは僕のそれにかまわず近づいてきて、いつもよりやや興奮気味に話しかけてきた。
「大地君。この人はね、大地君と同じ中学校の三年生なんですって。名前は佐々木さん、ですって」
「はいっ! 佐々木ですっ!」
佐々木という歳上の先輩はリリさんの横で元気よく返事をした。
? パッと見た感じは弱気な少女だと思っていたが、今は百八十度見る印象が変わっている。とても元気そうな女の子だ。
リリさんと話しただけでこうも人が変わるのか? いやないだろう。
「先生からプリント預かってきた、とかですか? リリさん」
僕は佐々木先輩の手にプリントがないことは分かっていた。それでも、そうであってほしいと思って僕は質問していた。
「違うの、大地君。これは私の大事な事なの! ふふっ。久しぶりに頼まれちゃった♪」
浮かれるリリさんにどこか背中が寒くなっていく僕。リリさんは機嫌よく「それじゃあお茶でも入れてくるね」と、奥の台どころに引っ込んだ。
あまり人付き合いとは縁遠い僕にとってよく知りもしない人と二人っきりなんて・・苦行だ。
佐々木先輩は僕と二人っきりになっても何も気にせずに言った。
「そうなんですっ。やっぱり噂通りに綺麗な人なんですね、リリさん! 会えて感激ですよぉ。お願いも聞いてくれるって言うし、やっぱり来て良かった!」
「お願い・・?」
「はいっ。後輩君は聞いてないんですか? この人は現代のマリア! 人を助け、導くために存在している女神なのです!」
女神とマリア、どっちかにしろ。
この佐々木先輩というのは敬虔な子羊であり、ある意味、迷信深いというか・・・中学生独特の病にかかっているなぁ。
僕は怪訝そうに佐々木先輩を見つめ、佐々木先輩は気にせずと言った感じに僕に話しかける。
・・・僕は話しかけるなというオーラを出してるつもりなんですがね。
「リリさんには相談に乗ってもらったんですっ。途方に暮れていた私にさした光! それがリリさんです! 相談というのは私がもうすぐ引退する部活の相談、ですね! 私は美術部部長なんですっ」
「はぁ」
「美術部の人数は八人。男女比率は女六、男二ですっ。それで、最近カップルが部活内に誕生したんですよ! 見た目はどうでもいいとして、かなり仲睦まじく、見てるこっちが痛いくらいですっ。典型的なできたてほやほやカップルですね!」
この人、見た目と裏腹に本音をべらべら喋るなぁ。
「それに他の女の子がやっかんだんですよっ。前のように仲の良かった美術部は過去の姿! ネチネチと言い、カップルはカップルで逆境には愛で答えると言わんばかりの店ウケっぷりっ! しかも、私がもうすぐ引退することから誰が部長になるかという争いまで始まってるんですっ。部長になったものが天を制する!」
佐々木先輩は椅子の上に立ち、右腕をビッ! と上に伸ばした。
「・・・・わかりした」
なんて言っていいか分からなくなった。しかも噛んじゃった。
僕はぐいぐい押してくるような人間は苦手だ。この手合いの人間は押してもいいと分かるや否やべらべらと自分のペースにもってくる。自己中な人間よりも周りを見ているから恐ろしいのだ。
「お二人とも、お茶ができましたよ」
僕が黙っていると、そこにリリさんがお盆の上にコップを置いて持ってきた。
リリさんの持ってくるお茶は相変わらず変だ。コップから見えるお茶の色は紅色。何でお茶が紅色をしてるんだ。
「ありがとうございますっ!」
佐々木先輩は「喉が渇いてたんですよ〜」と言ってぐいーっとコップのお茶を飲みほした。
そして思いっきり咳き込んだ。
「ごふぉっ!? す、すっぱ! 酢とは全然違うこのすっぱさ・・これは何ですかっ!?」
「梅茶よ。すっぱくって梅独特の風味が食欲を掻きたてる、そうよ。美味しかった?」
リリさんはそう言ってにこーっと笑った。人が不愉快に思うとは一ミリも思ってない笑顔だった。
僕もちびっと少量の梅茶を口に含んで、梅のすっぱさに顔をしかめた。それでも、僕はおぼんにコップを置かずにちびちびと飲み始めた。
「・・・」
あの佐々木先輩を黙らせるとは・・梅茶GJ!
リリさんはそのだんまりを事件によって傷ついてしまったものだと思ったのだろう。心配そうに佐々木先輩を見つめると、佐々木先輩の手を取った。
「佐々木さん。美術部を去る前にこの様な事が起きてしまった事、心を痛めてることは理解しました。全力で解決に向かわせましょう。多少強引な手を使っても」
「助かりますっ」
「さしあたって、私に提案があるんです。その提案をのんでください」
始めから遂行前提のものなど果たして提案と呼べるのだろうか。
「リリさん。本気なんですか?」
僕はつい、そう聞いてしまった。それを口にした理由はリリさんが佐々木先輩の為に自ら動くことを僕は快く思わなかったのだ。
「ええ。その為に、大地君には部活に入ってもらわないとね」
さらりと言われたその言葉に「え・・」と、耳を疑った。
「大地君。今日から貴方は美術部の新入部員よ。新入部員として部の動向を見ること。頑張ってね」
「無理です!」
僕は即答だった。
「ごめんね、大地君。でも、今の私は中学生とは言えないから・・。一週間でもいいのよ?」
一日でも卒倒しそうなのに一週間とか胃に穴が開くと思った。
「無理です」
「そう? 部活なんて大したものではないでしょう。佐々木さんに言って絵を描かなくてもいいようにする。それでも駄目?」
「む、無理です・・」
どんどん勢いもなくなって苦しくなってくる。リリさんの目は本気そのもので、僕へのいたわりなど吹っ飛んでいる。いや、これでもリリさんとしては譲歩してるのかもしれない。
「む――」
「大地君。お願い」
「・・・・・・・・・・・・・はい」
いつもとは違う低い声音に僕の心は折れた。
そしてリリさんの命令で(あれはお願いというものではないだろう)僕はなんと、当日から美術部に行く羽目になった。
リリさんいわく、
「タイムリミットがあるんだったら早くしないとね。大丈夫よ、大地君。大地君は一人じゃないから」
などと、説得力のないフォローを受けて美術部の部室に僕はやってきた。
部員数の少なさもあってか比較的綺麗な物置の一室で美術部は活動していた。
「今日は新しい見学者が来ていますっ。羽風大地君です! 中学二年生ですっ」
教室に来る人は日々減少してるのだろう。総勢八人とのことだったが、実際はその半分しか教室にいなかった。
「ふーん、よろしく。――なぁ、花梨は俺とあいつ、どっちがいいと思う?」
「えー。シュウちゃんって意地の悪いこと聞くね☆ もちろんシュウちゃんだよ」
と、もはや意地で言ってるとしか思えないカップル。これが佐々木先輩の言っていたカップルたちだろう。
はぁ。来て早々こんな事を言われて・・・帰りたい。
「「チッ」」
そのカップルの様子に他の二人の部員が舌打ちした。
不快だという事を全く隠していない・・。ナンテ部員たちだ。
佐々木先輩は「そういうのはよくないよっ」と言うが、四人は互いを憎々しげに睨みつけて各々の作業に戻った。
僕は絵を描かずに紙を取り出すと、さらさらと佐々木先輩への伝言を書いて本人に渡した。
『佐々木先輩へ
他の部員はどこに行ったんですか? もしかすると、あの二人が主だってカップルに嫌がらせをしているんですか? 教えてください』
我ながら小学生のような文だ。
佐々木先輩はその紙を受け取ると、その裏に質問への答えを書いていく。
『その通りですっ。予定が会わなくて来れない人もいますけど、純粋に絵を描くことを楽しんでる人はもうずっと顔を見てません。主だって意地になってるのはあの二人ですけど、他の部員も快く思ってないんですよねっ。あの二人はそれが顕著なだけ・・。悲しやっ。
佐々木』
僕はリリさんの報告の一つとしてその紙を鞄の中にしまった。偵察をちゃんとしないとまた行け、と言われるかもしれない。
話だけは聞いた方がよさそうだな・・。
ちらっと四人を見るともぁあっとした嫌悪漂う空気が漂っている。眉にしわがより、乱暴に鉛筆を触る四人に話しかけたくない。
・・・。これが続くとなると新入部員も入ってはこないだろう。いずれ部活休止の話が出るかもしれない。
僕はとりあえず、花梨と呼ばれている彼女に話しかけた。
「デッサン・・・・・・好きなんですか?」
花梨が描いているのはコップの様だ。すでに画用紙に描かれているコップは大体の形をあらわしている。
「僕、美術とかあんまりできなくって・・」
そんなことを僕はぼそぼそと小さい声で言った。
「うん」
「そ、そうですか・・」
「「・・・・」」
会話が終わった。僕に会話をつづける才能はないようだ。
デッサン好きですか?で、そりゃ返事だけで終わりだよね。もっと何かある時大した僕は悪かったんだよね。・・・・何て言えばいいんだろう、この場合。
「あんたってぇ、美術部がこんな状況だって知ってて来たわけ? マジありえなくない?」
気を使ったわけでもなく、花梨は僕を見て怪訝そうにそう言った。
「え? あ・・はい」
「ふーん。じゃあ目的は何なの? まさか、ウチ狙い?」
その言葉を聞いた瞬間、シュウと呼ばれていた彼氏の方が僕の方を見た。その敵意がありありと浮かぶその目に僕は震え上がった。
「そんなわけないじゃん。あんたって自意識過剰」
そこに、カップルをねたんでいる二人の片割れが花梨を見て鼻で笑う。
「あ? 冗談なんですけど。本気にしないでくれる?」
花梨もそれに突っかかる。二人は目に見えるのではないかというほど睨み、バチバチと火花を散らせた。
僕はせめてシュウに花梨をなだめてもらおうと、彼の名前を呼んだ。
「えっと、シュウ先輩、その――」
「シュウって呼ぶな。それで呼んでいいのは花梨だけだ。俺の名前は秀ノ介だ」
めんどくさ・・いや、めんどくさくない! 早く彼女を止めてもらわないと!
「秀ノ介先輩。彼女が怒っていますけど、いいんですか?」
「はぁ? あんな奴らに対して俺らが引き下がるとかマジありえねぇ。大体あいつらガキっぽいんだよ。自分がモテないからって・・。一生、モテないな。あれなら」
火に油を注ぐんじゃない。
その発言で二人目の女の子が怒りだし、事態はまさに収集つかず。かろうじて佐々木先輩が「皆、落ち着こうっ!」と言っているが、誰も聞く耳を持っていなかった。
こんなのが日常的に繰り広げられているなんてまさに末期! 世紀末だ!
「そんなわけで、もう無理です」
僕はその後すぐ「予定がある」などと言って逃げ出した。すぐに教会に駆け込むと、今日あったことを包み隠さず言った。
「そう。お疲れ様」
労をねぎらってはくれたものの、リリさんは諦めた様子がなかった。
「あんな無茶な願いをどうして聞くんです。もうあの部は手の施しようがありません。どっちかが部長になるのを待って、自然回復するのを待ちましょう」
「それは無理ね。大地君もちょっとは思ったでしょ? このままだと、あの部は崩壊する。人間関係のいざこざで部の休止はありえない事じゃない。もしかすると今、顧問の教師は休止を視野に入れてるかもしれない。だったら、今解決しないといけない」
リリさんとは思えない自分勝手なその言葉に僕は声を張りあげて反論した。
「働くのは僕でしょう! 自分はお茶を飲んでるだけなくせに人を助けるとかいい加減な事を言わないでください!」
それを言った後、僕は後悔した。僕はリリさんの誰かを助ける、という思想の元に教会に通わせてもらっている。リリさんは僕の事なんていつでも追い出せる。
もう来るな、って言われたら・・。
「私は・・人を助けないといけないの。前は私を救いだしてくれた人の生活を少しでも楽にするため、でも今は――」
リリさんは怒るわけでもなく、とても困った顔をしていた。本当にやりたくて仕方がないのにその手段を奪われてしまったような、そんな顔をしていた。
「分かってる。身勝手だって。こんな浅い考えで手を出して良い問題じゃないのは分かってる。でも・・それでも人が困っているとどうにかしなくちゃと思って」
リリさんは穏やかな顔で僕の頭を撫でた。
「私はずっとこんな人だから。学習できなくていつまでたっても残念な人。それでも、私は成長したいと思うし、頑張りたいと思うから」
「リリさん・・」
「だから成長して・・私の手であのカップルをぼこぼこにして部を辞めさせてあげる」
ナニイッテルンダ、コノ人。
「どちらかをタイムリミットまでに排除すればいいのよ。佐々木さんの願いは部長卒業の前に事態の収拾をつけること。特に問題はないしね」
「いや問題ありまくりなんですけど。っていうか、リリさん一人で中学生男子をボコれるんですか?」
いかん。話が凄い勢いで全く別の所に逆走している。
「大丈夫。私、とある場所で暮らしやすくするためにトンファーを習ってたから。ちゃんと日本でも手ほどきを受けたのよ」
にっこりとリリさんは笑っているが、僕はちっとも笑えなかった。
するとリリさんは足首にまで達する長いスカートからトンファーを取り出した。パイプを繋ぎ合わせたパッと見、安物だが十分に中学生男子をボコれそうな代物だった。
「常に常備してるんですか・・」
「泥棒が入ったら大変だからね」
泥棒もここには絶対盗みに入らないだろう。
「本気で・・殺るんですか?」
「ええ。どうせなら両方とも倒そうと思うんだけど」
「やめて!」
「じゃあ、ここで大地君は待っててね」
言うが早いかリリさんは駆け出し、その恐るべき速度は僕の目視をあっさり振り切って彼方に消え去った。
僕はぽかーんとリリさんの消え去った彼方を見た。
「あ・・。待って! リリさん!」
僕が教会の外に出ると、すぐに「ひゃあっ!」と、悲鳴が上がった。
は、早い・・。
僕は悲鳴が上がった方に行くと案の定、リリさんがカップルを襲撃していた。恐らくだが、偶然リリさんの近くで帰宅していたのがこの二人だったんだろう。あのいじわるな二人が近くを通った所で結果は変わらなかっただろう。不幸な。
秀ノ介が自分の持っている鞄で対抗しようと乱暴に振り回すが、リリさんはそれを見事にはじき、余計な怪我をさせないようにトンファーで秀ノ介から鞄を落した。
その見事な動きは確かにリリさんのいった事は間違いではないことを証明していた。
「リリさん。待ってください!」
「あれ? 大地君、教会で待ってるんじゃなかったの?」
今日の天気って何?みたいな気軽さでリリさんは言った。別にみられてもどうとも思わないらしい。
「待つとは言ってません。お願いですから、もう勘弁してください」
「勘弁って・・。そんな頭を下げなくてもいいのに」
いやいや、リリさんが人に暴力を振るおうとしてると聞いたら頭も下げますって。
「何なんだよ・・。こいつぅ」
僕が止めたのを見て、ひとまず安心したらしい。秀ノ介と花梨は涙目でお互いにしがみついた。
リリさんはそれを見て「驚かせてごめんなさいね」と、笑った。彼らには悪魔の笑みに見えているだろう、二人はさらに震え上がった。
「佐々木さんから貴方達が迷惑をかけてると聞いたの。それでちょっとね」
「どこがちょっとだ! 俺なんてトンファーで手を叩かれたぞ!」
「私、彼氏さんのアレには手加減したつもりだけど。本気だったら手は折れてるから大丈夫」
どこが大丈夫だと言うのか。
「い、いい加減にしてよ! 私達が迷惑をかけてる? 邪魔してるのはあっちであって、悪いのは私達じゃない!」
花梨がとうとう涙を流してリリさんに訴えた。
「はぁ。佐々木さんからすればどっちも同じだと思いますよ。私は佐々木さんにお願いされてやってるんです。佐々木さんが幸せになるならどちらが悪いとか気にしませんよ。
それに、こんな涙目になってしがみついてくる彼氏さんなんていらないと思いませんか?」
「そんなの関係ない! 私はそれでもシュウちゃんが好きなの!」
「「!」」
僕と秀ノ介はその言葉に驚いて深く感心した。僕はてっきり、互いに理想の相手を見てるのだと思ったが、花梨はそんなのを気にしていなかった。
「恋は障害がある程燃え上がる! 私、そんなの気にしないんだから!」
「でも、それって障害があるからこそ燃え上がるのであって、障害がなくなれば自然鎮火するのでは? 結婚までお互い付き合ってるとか本気で思ってないんでしょう?」
まぁ、少女マンガのように恋は永遠という訳じゃないのは分かる。だが、もっと夢のある言い方はないものか。
「・・で、でも、もしかするとぉ・・」
「中学のカップルなんて自然に別れるものです。まさか、お互いに結婚を前提に付き合ってるわけじゃないでしょう。人に迷惑をかけてまでする恋って何です? 迷惑をかけられてる側の気持ちって考え事あります?」
駆け落ち全否定・・。
「・・・。リ、リリさん」
僕は二人に助け舟を出したつもりはない。二人がもっと穏便な付き合い方をしていれば僕が部活動なんてする羽目にならなかったんだろうし、いつも通りの日常がおくれていた。それは分かる。けど、どうしても否定しなければならない部分があったんだ。
「別れるんだったら最初から恋をしなければいいとか、そんな事を言わないでください」
「どうして?」
「過程だってちゃんと必要です。過程があるから結果があるんです。花梨先輩と秀ノ介先輩が最後まで一緒にいる可能性は低い。でも、それがいつかの出会いに繋がるかもしれないし、二人が新たな恋に目覚めたときにそれは経験となって二人の力にっ・・なります」
僕は長く喋り過ぎたせいで咳き込んだ。これだけ喋るのは何年ぶりだろう。
「へぇ。大地君ってちゃんと考えていたのね。そっかぁ。そんなことを思ってたんだ」
リリさんは僕を馬鹿にするわけでもなく、僕の主張を聞けてとても嬉しそうだった。
「・・ごほっ。ぼ、僕は不登校が長かったから、一人で考えることも多かったんです。それで・・・不登校になるくらいだったら最初から学校に行かなければ良かったんじゃないかってよく、考えてました」
「そう。自分の意見を持つってのは大事だからちゃんととっておくこと」
リリさんはフと全身の気を緩めると、ここがチャンスとばかりに花梨が「お願いします!」と、頭を下げた。
「願いをかなえてくれるシスターさんなんだよね!? だったら、私とシュウちゃんを別れさせないで。その上で部の不仲を解決してくれないかな!」
「はっ・・?」
僕はそんな無茶な願いに眉をひそめた。
「そ、それは・・そう思うんだったら、少しはあっちと衝突しないように努力を・・」
「はぁ? あっちが突っかかってくるから悪いの。あっちが突っかからなかったら私達も何もしないし」
僕の紹介時にどっちが先に吹っかけたのか覚えてないのか!
と、言いたかったが、ギロッと睨んでくるその目に僕は震え上がって何も言えなくなった。
「分かった。貴方達を別れさせずに部をつぶさない方法ね」
リリさんは迷わずに強くうなずいた。「努力します」と言わない辺り、絶対解決して見せるつもりなのだろう。
「まさか。あの二人を倒して部を辞めさせるとか言いませんよね?」
「大地君も私の事わかってきたね」
そんな理解はしたくなかったなー。
「私は腕っぷしで解決しようとするから。だって、その方が早いし、だれにも負けない自信もあるもの」
腕っぷしで勝てない相手にはどうしてるんだろ、この人・・。
「かみつく相手には気を付けた方が良いと思います」
「・・・・・・そうね」
僕はてっきり、強気な発言をすると思ったが、リリさんは分かってると言わんばかりにうなずいた。
・・・僕のような14歳の言葉なんてきっとリリさんにとっては今さらなんだろうな。
その言葉の意味を深く理解していない人の含蓄なんて表面上の薄っぺらなものでしかない。昔、教科書に書いてあったな。
「じゃあどうすればいいと思う? 人の案を否定するにはそれなりの代案が必要なの。大地君は何か考えてるんでしょ?」
いつもより言葉が刺々しい。自分のやろうと思ってることを止められてむすっとしている。
「リリさん怒ってます?」
僕は恐る恐る聞いた。
「怒ってないからさっさと言ってくれる?」
怒ってるじゃないですかー。
「えー、えーっと」
とくに考えてはいなかった。ヤバイ・・。
とりあえず適当にその場で考えた案を言った。
「合コン・・とか?」
今回のオチ。
僕のあまりにも穴だらけな案はまるで神の見えざる手によって動かされたかのように成功した。
僕の案はとりあえずモテない人たちと他の人を交えて合コンすればいいんじゃない? というまさに思いつきの発想だった。
「と、とにかく恋人がいないからひがむのであって、恋人ができれば変わるんじゃないですか・・?」
できない人はいても、部の半数が恋人がいる事になれば今よりもずっとやりにくくなるはずだ。あんなあからさまな事はできなくなるだろう。
だが、この案には穴がいくつもあった。
まず、どこの生徒と誰が合コンするのか。アテはあるのか。そもそも、恋人がいないからひがむのではなくて、ただ単にイチャイチャされるのが気に入らないからという可能性もある。その場合、合コンは余計なお世話なのでは? などと、成立しないところも多々ある。
そのことをリリさんに言うと、リリさんは感心しながらこう言った。
「人って気に入らないって思う時にはなんやかんや言いつつ、理由があるのよ。別の事があってすぐに怒りやすかったとか、そもそもとしてその人が嫌いだから何してもムカつくとか。嫌いな理由にも突き詰めていけば、具体的な理由もあるし・・。
ただ気に入らないという可能性は低いと思う。何か別の悩みがあって当たってる場合はそれを解決すればいいし、まぁそれがなかった場合はやっぱり根底で恋人がいない事に引け目を感じてるんじゃないかな?」
と、さすが年上と思えるような大人な発言をした。
合コンのセッティングは驚くことに花梨が引き受けてくれた。これが成功すれば二人を阻むものがなくなるからだろう。にしてはすんなりと納得したあたり、二人とは何かあったのかもしれない。まぁそれは僕の知るところではない。
花梨がセッティングしたことを伏せて美術部で合コンをしたところ、女子二人に新たな恋人ができた。仲が続くかどうかは置いておいて、ひとまずは目標の半数だ。
カップルをいじめていた二人の片方には恋人ができたらしい。恐らく、恋人のできていない片方は恨みが強まっただろうなぁ。
「でも、佐々木先輩に恋人はできなかったんでしょう」
僕は教会でまたも謎のお茶を飲みながら、ぼそりとつぶやいた。
昨日、僕が教会から帰った後に佐々木先輩が来たらしい。嬉しそうにしていたが、同時にしょんぼりしていたらしい。
その理由が合コン中、いい仲になった人がいたらしいが、佐々木先輩の押しの強さに恐れをなして逃げたらしい。
「ええ。またもお願いされちゃった」
「え」
まさか、自分の恋人探しとか・・・?
「自分の話を聞いてくれって」
「そっちですか」
ほっと僕は息を吐いた。
「・・。そういえば、リリさん。今日のお茶は何ですか? 何か香ばしい香りがしますけど」
「ん〜。ゴボウ茶、かな。結構、ポピュラーな飲み物なんだよ。美味しいでしょう」
「ソウデスネ」
ゴボウ茶なんて聞いたことないよ。
僕はゴボウ茶を飲みながら、まるでいま思いついたかのように質問した。
「あ、あーそういえばリリさんってどうしてこんな人助けをしてるんです?」
あまりにも棒読み臭い言葉に僕はリリさんは答えてくれないと思った。が、リリさんは「そうねぇ・・」と、考え始めた。
「んー。シスターだもの、人助けくらいはねぇ」
「それにしてはやけに固執してませんでしたか?」
「大地君。さっき思いついたんじゃなかったの?」
これ以上は答えてくれないのか。にっこりと笑ったリリさん顔がいつもと違って見える。
「そんなことより、勉強をしましょう。大地君は英語をどうにかしないとね」
「うぅ・・」
僕はうなりながら、鞄から英語の教科書とテキストを出した。
僕はテキストを広げながら「最後に」と、苦し紛れの質問をした。
「リリさんって地元では何て呼ばれてたんです?」
地元の事を少しでも聞いてリリさんの人助けの理由を聞こうと思っていたが、答えはとても意外・・いや、的を得ているものだった。
「んー。不本意だけど、クレイジーシスターって呼ばれたよ。ほんと女性につけるような名前じゃないよね。狂ってる、なんて」
「ソウデスカ」
そいつはきっとリリさんによって苦労したのだろう。
クレイジーシスターは今の所、4話までとなっています
続きの2話である「自己作成ゲーム」は1週間後に掲載します