魔王の親心と魔蟲将ジゴックローチの忠誠心
魔王城では魔王子コゾーマとアメリアの結婚式が行われようとしていた。
コゾーマはブヒブヒとやたらテンションが高かったが、対照的に、アメリアはなんかレイプ目で虚ろな表情をしていた。
どんだけ嫌やねん。
魔王はこれでようやくデキの悪い息子にも嫁ができると喜んでいた。
コゾーマは何というか、顔も性格も頭もあまり良ろしくなく、魔王と違って強くもなく、カリスマも無く、ついでに仕事もない、困った息子であった。
もう良い年だというのに、いつまでも親の脛を囓って、毎日部屋に閉じこもって空想のお話を読みふけり、官能絵画を眺めて一日を過ごすような魔物である。
これにはほとほと魔王も参っていたが、こんな風に育ててしまったのは己の責任という思いと、親心から、追い出せずにいた。
まぁ、魔王は何せ魔物の王であるから、デキの悪い息子一人ぐらい、いくらでも養っていけるし、経済的な心配はしていない。
ただ、孫の顔を見るのは絶望的だったので、それがとにかく悩みの種だった。
何度か魔お見合いをさせてみたが、コゾーマは無駄に女の理想が高く、特に淫魔の類などはビッチだ中古だ、などと一蹴する為、なかなか良い魔物が見つからない。
ラミアや蜘蛛女といった魔物娘を紹介しても、気持ち悪いと言って首を縦に振らない。
どうやらコゾーマは官能絵画の影響か、人間の女、それも年端のいかない幼い女の子にしか欲情しないらしい。
魔王の息子という肩書きがあれば魔物娘ならいくらでも嫁の来手があろうに、よりによって人間の娘とあっては、さすがの魔王も嫁を工面できない。
そんな折、属国パリトットに美しい姫がいると知らせを受け、これ幸いと、パリトットの姫アメリアを、コゾーマの許嫁にした。
これで孫の顔が見れると安心していたのも束の間、先王が死んでアメリアが女王となるや、パリトットは魔族に反旗を翻し、コゾーマとの婚約も破棄されてしまった。
一時はどうなる事かと思ったが、結局はパリトットは再び魔族の支配下に置かれ、パリトット女王アメリアもコゾーマの許嫁に戻った。
そこで、また気が変わられてはたまらないと、急ぎアメリアとコゾーマの結婚式を執り行う事となったのだった。
魔王はようやく一息つけた気がした。
これまで色々あったが、これで息子も落ち着いて、並の魔物になってくれれば、と期待を抱いていた。
だが、魔王のそんな親心は、切羽詰った様子の魔兵士の報告によって砕かれた。
「た、大変です魔王様!!箱が、巨大な箱が、ものすっごい速さでこちらに向かってきます!!」
「何だと?!」
魔王は急ぎ、外を見る。
地平の果てから何か山のように巨大な四角い物体がこちらに向かってきている。
その四角い箱は魔族達の街や村を次々と踏み潰してゆく。
「な…何だあれは……まさか……勇者、なのか……?」
魔王はぎりりと歯を噛み締めた。せっかくの息子の晴れの舞台を、誰にも邪魔はさせない。
「全軍出撃!何としてもあの四角い物体を阻止せよ!!」
淳は車を東へと走らせた。
AT車なので運転は簡単だ。
免許のない淳でも、親の運転の見よう見まねで運転する事ができた。
こんなに運転が簡単なAT車を馬鹿にする人がいるなんて、淳にはちょっと信じられない事だった。
ちなみに、ここは日本ではなく異世界なので、無免許運転しても犯罪にはなりません。
「ここは通さぬ!!」
「我ら魔獣軍残党、命に代えてもここから先へは」
グシャ
何かいたけどとりあえず轢いておいた。
「調子に乗るのも今のうちだぞ勇者よ!」
「数が足りずに四大魔軍にこそなれなかったが、個々の強さなら最強クラスの、我らが魔竜軍が貴様を倒」
ドカッ
メチョッ
気にせずどんどん轢き殺していく。
魔族にくれてやる慈悲などないのだ。
「ひゃっほー!!すっごい速い!!これ、楽しいですね!!勇者殿の世界にはこんなに楽しい乗り物があるんですね!!」
ロサナがハイテンションではしゃいでいる。
対照的に、淳はさっきから少し表情は曇っている。
(まずい…さっきから大型の魔物とかも撥ねまくってるから、バンパーが凹んでたり車体にキズが付いてたらどうしよう……ま、いっか、そん時はバイトして弁償しよう。)
淳の運転する車の通ったあとには、多数の魔物の死体が転がっていた。
「ダメです!!止められません!!」
「魔竜軍や魔壁軍や魔巨軍が道を塞いでも突破されてしまいます!!」
「ば…馬鹿な…大きさがウリの魔巨軍や、頑丈さがウリの魔壁軍ですら駄目なのか…?!」
「全滅!全滅です!防衛出撃部隊、全軍撃破されました!!!」
「ぜ…全滅だと…?!」
魔王は青ざめた。
「魔鳥軍はどこだ?何をしている?!」
「それが…先程から魔鳥軍とまったく連絡がつきません!!おそらくあの箱に……」
「な…何ということだ……」
もはや城の中に残る魔王直属の護衛軍と、城の周りの落とし穴で待ち構えている魔蟲軍しか残っていない。
魔魚軍は海の方に出張してるから使えない。
「大丈夫です。魔王様。例え魔鳥軍がいなくても、魔魚軍が使えなくても、我ら魔蟲軍だけで、あの箱を止めて見せます。魔王様は魔王子殿の結婚式を続けてください。」
魔蟲将ジゴックローチは、魔王への忠誠心を胸に、死地へと歩む決意をした。
魔蟲将ジゴックローチは嫌われ者であった。
強い生命力、優れた繁殖能力、どこにでも侵入できる薄っぺらい体、あらゆる攻撃を受け流すヌルヌルした体皮。
だがそれらは見る者に生理的嫌悪感を抱かせ、それゆえジゴックローチは同じ魔族達からも嫌われ、馬鹿にされていた。
社会から受け入れてもらえないジゴックローチは、社会への反発心を募らせ、自分と同じ嫌われ者の魔物達を集め、魔暴走族として暴れていた。
魔族達の間では有名なワルで、魔警察ですら手に負えない程だったという。
そんな折、魔王に出会った。
魔王は自分達に対して嫌悪の感情を見せる事も馬鹿にする事もなく、むしろ、その力を魔族のために役立ててみないかと誘って来たのだ。
ジゴックローチは、初めて誰かに受け入れてもらえたのだった。
こうして、ジゴックローチ配下の魔暴走族は、そのまま魔蟲軍として、四大魔軍の一つにまでなった。
今ではジゴックローチらを馬鹿にする魔物はいない。
ジゴックローチは、自分たちをまっとうな魔族にしてくれた魔王に対して、感謝しきれない思いを抱いていた。
その魔王様の心の平安を守る為なら――魔蟲軍一同、特攻する覚悟だった。
「勇者殿!あれが魔王城です!!」
「よし!このままぶつけてやる!!」
「ちょ、ダメですよ!!城の中にはアメリア様が!!」
「おっと、そういえばそうだった。」
淳はブレーキを踏んで速度を落とし、魔王城の正面につけようとした。
だが、魔王城まであと僅かのところで、前輪が急にガクンと落ちる。
「うわぁ!!」
「きゃあ!!」
駐車の為にスピードを落としていたのが幸いした。
もしスピードを緩めていなければ、つんのめってひっくり返っていたかもしれない。
「いてて……これは…落とし穴?!」
「ククク…勇者よ、よく来たな!!だが魔王城へは、我ら魔蟲軍が決して進ません!!」
穴の中から大量の魔蟲が湧いて出る。
それは昆虫だけでなく、ムカデやゴキブリやクモやゲジゲジといった、生理的嫌悪感の激しい蟲も大量にいた。
「うぎゃあああああ!!!き、気持ち悪いぃいいいいいい!!!」
淳はサーッと血の気が引いた。
彼がこの世界に来てから、今までなかったほどに。
淳は急いで車をバックさせ、穴から脱出した。
そして元の世界から持ってきた大量の殺虫剤を取り出し、穴に向かってありったけ噴射した。
「ぐぉおお…く、苦しい……」
「ゆ、勇者は毒まで使えるのか…」
魔蟲達がのたうち回る。
「うぇええ…き、気色わりぃ…」
淳は心底嫌そうな顔をしながら、一心不乱に殺虫剤をかけ続ける。
だが魔蟲達の数は多かった。
ついに殺虫剤が底を尽きる。
大多数の魔蟲達は殺せたが、殺虫剤に耐性を持つ一部の個体は殺す事ができず、穴から這い出そうとしていた。
「ひぃいい!!く、くそ、こうなったら!!」
パニクった淳は、元の世界から持ってきた灯油缶を取り出し、穴の中に灯油をぶちまけ、火をつけた。
「ぎゃああああああ!!」
「熱い熱い熱いぃいいいい!!!」
魔蟲達の悲鳴がこだまする。
「へへ、これでどうだ!」
だが、魔蟲の何匹かは熱さに耐え兼ねて、全速力で穴を這い出して来た!!
「ぎゃああ!こっちくんな!!気持ち悪ぃいいい!!!」
淳は魔蟲達から逃げ惑う。
魔王城周辺は敵も味方も悲鳴を上げて逃げ惑う、阿鼻叫喚の地獄絵図となった。
熱さに耐え兼ねた魔蟲の何匹かは、助けを求めて魔王城の中にまで侵入した。
「た…助けてくれぇえええ!!!」
「こ、こら!そんな燃えた体で城に入るんじゃ…ぎゃああああ!!!」
魔蟲の体から、炎が瞬く間に魔王城に燃え広がっていった。
魔王城は炎に包まれた。
魔蟲将ジゴックローチはその炎の中で焼け死んだ。




