守るべきもの
王都はほとんど無傷だった。
アメリアもロサナも無事だった。
淳がすぐ引き返してきたからというのもあるが…
「そもそも最初から王都を攻め落とす気など無かったのだと思います。奴らの攻撃には、まるで真剣さを感じませんでした。」
ロサナは言う。
「おそらく、勇者殿に引き返して来させる事こそが狙いだったのではと。」
「何のために?」
「食料を入手させないために。」
「勇者が食料のある地域にまで行こうとすれば、その間に王都が攻撃を受ける。すると勇者は引き返さざるを得なくなる。王都を守ろうとする限り、食料を入手する事はできないって事ね。」
ロサナの言葉に、ソニアが補足する。
「は…はは……もう終わりじゃな、いや、終わっておったのじゃな、パリトットは…」
アメリアはひきつった笑みを浮かべた。
「生き残っているのは王都周辺ぐらいしか無いとは……これではもうとても国とは呼べぬ……」
「アメリア様…」
「妾のせいで……妾が……魔族に歯向かったばかりに…この国を…皆を……」
アメリアの目は正気を失っていた。
「アメリア様!お気を確かに!!まだこの王都の者が残っております。彼らまで死なせるわけにはまいりません!!しっかりしてください!!」
ロサナがアメリアを揺さぶる。
「でも…このまま食料を確保できないと……王都の人々も私達も皆…」
エマが暗い顔をする。
「ここはもう、開き直るしかないかと。」
周囲の絶望を切り開くかのように、ソニアが言った。
「いいですか?確かにパリトットは今、絶望的な状況です。補給路を断たれて食料が無い。しかし食料を取りに勇者が離れれば、たちまち魔族に襲われてしまう。でも、よく考えてください。これ、勇者個人にとっては何一つ危機的状況ではないんですよ。」
ソニアは確信を突いた。
「勇者は魔物に襲われたって返り討ちにできる。なにせ、最強ですからね。ですから勇者は、パリトットが滅亡する事を気にしなければ、食料のあるところまで進んで自分の分の食料は確保できるんです。」
ソニアはここからが本題と言わんばかりに改めて一同の顔を見渡した。
「それだけじゃありません。勇者はここから国境を越えて東に向かい、魔物達の国、キュスブレフの魔王城に直接乗り込んで、魔王をやっつける事だってできるんです!そう、追い込まれてるのはあくまでパリトットという小国だけ。勇者は依然として、魔族に対して圧倒的に優位なままなんですよ!」
「つまり、勇者殿はパリトットを見捨てて魔王を討ちに向かうべきだと?」
「じゃが、それではパリトットは今度こそ完全に滅びてしまうではないか!生き残った王都の者達まで全て、皆、今度こそ…」
「そうとも限りません。勇者が本気でキュスブレフの魔王城を目指すと判ったら、魔物達は全力でそれを阻止せざるを得なくなるハズです。そうなれば、こんな死にかけの小国など後回しにする可能性が高い。」
「なるほど。確かにそれは一理ありますね。」
「イチかバチかの賭けというわけか……どの道この国の滅亡が避けられぬなら……」
ソニアの提案に皆が乗ろうとした。
だが、ただ一人、勇者本人だけがそれを否定した。
「駄目だよ。それじゃ意味が無い。僕はこの国を守る為に勇者になったんだ。僕が生き残って、魔王を倒しても、この国が滅びるかもしれないんじゃ、意味が無い。」
「いえ、ですから、勇者が魔王城を目指すとなれば、彼らもここを後回しにする可能性が…」
「でも、確実とは言えないんだろ?」
「それはそうですが、でも、もうこの方法しか…」
「それにね、例えそうだとしても、僕がこのまま魔王と戦いにいけば、多分、僕は負ける。」
「ええ?!そんなはずないわ!!あなたは最強なのよ?」
「正面対決ならね。でもさっきあの鳥型の魔物達に逃げられた時に解ったんだ。僕は僕のジャンプで届かないところにいる敵には手が出せない。空を飛ぶ敵は僕の天敵なんだ。」
「でも、それは向こうも同じでしょ?空に避難してる限り、勇者に攻撃を加える事はできない。攻撃する為に高度を落とせば、勇者の攻撃範囲に入ってしまう。うかつには攻撃できない。上手く攻撃が入ったとしても、僅かなダメージしか与えられない。一撃必殺のあなたの方が有利だわ。」
「僕が自由に動ける間はね。でも、動きを封じられたら?逃げられない状況で襲われて持久戦を強いられたら、不利なのは僕だ。
それだけじゃない。もし魔王城まで行って、魔王がいなかったら?何か罠を仕掛けられていたら?何せ魔族の本拠地だ。いくらでも罠を仕掛けておくことはできる。そしてそれこそが奴らの本当の狙いだったら?」
「そんな…まさか…」
「多分、奴らはそこまで考えてると思う。でなければ、パリトットを包囲したくらいじゃ、僕を止める事なんてできないんだ。むしろこれは、僕を魔王城へと誘い出す為の罠だと考えるべきだ。」
「じゃあどうすれば…」
「…僕に一つ、考えがある。」
淳はソニアに向き直る。
「僕を、元の世界に帰してくれ。」
「はあああ?!!」
「ななな、何を?!!」
「勇者様、どうして…」
皆が口々に驚きの声をあげる。
「昨夜アメリアから聞いたよ。元々この国は魔族の支配下に置かれていて、その時は魔族に攻められず、ちゃんと共存できていたんだろう?」
「共存というより、属国です。あまりに小さくて弱い国だから、わざわざ攻め落とすまでもないと、多数の貢物や戦争協力を条件に、見逃されていただけです。」
「それでもいい。魔族に殺されずに済むなら構わない。魔族に頭を下げて、もう一度属国にしてもらうんだ。その証として、勇者を元の世界に返すんだ。魔族にとっても、一番の脅威である僕がいなくなるなら、悪くない取引のハズだ。」
「そんな!それでは死んでいった者達が無駄死になります!!」
「死んだ人の事より、今生きてる人の事を考えるんだ!!」
「そんなの駄目よ、絶対!困るわ!私は、魔王を倒してもらう為にアンタを召喚したのよ?!こんな所で帰られちゃ、計画丸つぶれだわ!!」
「ソニア。君がそんなに反対するという事は、僕を元の世界に返す事自体はできるんだね?」
「できるわよ。でも、アンタを元の世界に戻してしまったら、次はもう二度と勇者が現れないかもしれない。そんな案には乗れないわ。」
「頼むよソニア。この国を、皆を守るためなんだ。」
「淳…」
アメリアはぽろぽろ涙をこぼしている。
「わ、妾が、あまりに不甲斐ないから、女王失格じゃから、お主の妻らしい事を何もせんかったから、愛想を尽かしてしもうたのかえ…?」
「アメリア…違うよ。愛想も何も、そもそもこの結婚は間違いだったんだ。君はこの国を救いたい一心で、自分の身体を差出しただけに過ぎない。僕も一時の感情に、勢いに任せて婚約してしまった。それじゃ駄目だったんだ。もっとよく考えるべきだったんだ。」
「わ、妾は…それでも…」
「勇者殿は…それでよろしいのですか?」
アメリアの言葉を遮るように、ロサナが問う。
「…うん。元々、僕はハンパな覚悟で勇者になってしまったんだ。本当に皆の為に戦う覚悟なんて、なかったんだ。だからこんな事態を招いてしまった。こんな僕じゃ、皆を救えない。」
寂しそうな顔を向ける者、呆れた顔を向ける者、泣き出す者、様々な顔を向けられる。
「…それにね、やっぱり、僕はお腹いっぱいご飯を食べて、暖かい風呂に浸かって、暖かい布団に包まって、眠りたいんだ。」




