魔鳥将ブラニックスの復讐
淳とエマは急いで王城へ帰った。
その頃にはすっかり夜は明けて、アメリアらも起床していた。
淳はソニアとアメリアに事態を報告をした。
現在、パリトットの王都に続く補給路は全て魔族軍によって断たれ、孤立状態にあると。
このままでは王都は深刻な食糧不足に陥る恐れがある。
報告を聞いたソニアは頭を抱え、「ああ~やっぱり~」と呻いていた。
「そんな…魔族軍どもは撤退したのではなかったのか?」
「どうも一部がまだこの国に残ってたみたいです。」
「ごめん…。僕が昨日、しっかり追いかけてあいつらを全部退治しておけば…」
「淳のせいではない。妾に人望がなく、戦争の解る者が逃げ出してしまったせいじゃ。そのせいでこうなる事を予期できなんだ。」
将軍や大臣らの多くは魔族との戦争が始まった際に、国も女王も裏切って魔族側に寝返ってしまった。
その為、ここパリトットには戦争に関しても政治に関しても、素人しか残っていなかったのだ。
こうなっては風呂とか布団どころの話ではない。
早く何とかしなくては、パリトットが滅びる。
「あれは?あの、昨日僕が殺した魔物達。あの肉は食べられないかな?」
淳は昨日殺した魔物を思い出す。城下町にはまだ魔物の死体が転がっているハズだ。あの肉が食えるなら…
「魔物の肉は基本的に強い毒性を持っていて、人間には食べる事ができないのです。勿論、中には食べる事のできる物もありますが…」
エマが答える。
どうやら昨日淳が殺した魔物では食糧問題を解決できないらしい。
「こうなったら、僕が直接農耕地帯まで行って食料を運んできます!僕ならいくら魔物に襲われても平気だし。」
「お待ちください。近場ならともかく、遠くまで出て行かれてしまっては、その間にまた魔物達に攻めてこられたら今度こそこの王都は落ちます。」
淳の提案はロサナに止められた。
パリトットの兵力は昨日の魔族軍の侵攻によってボロボロになっていて、とても次の戦闘に耐える事はできそうになかった。
「でも、どのみちこのままじゃ皆飢え死にしてしまう。大丈夫。全力疾走してすぐ帰ってくるから!」
「淳の言うとおりじゃ。今はとにかく魔族の包囲を突破する事が先決。淳よ、頼むぞ。」
「了解!ちゃちゃーと行って、すぐ帰ってくるよ!」
淳は元の世界から持ってきていた買い物袋を取り出した。
元の世界でフィギュアを買って入れていた袋だ。
この買い物袋を使えば、王都中の人々の今日一日分の食糧ぐらいは持って来る事ができる。
案内役のエマと、魔法通信による連絡用にソニアをポケットに入れ、王城を出発した。
まずは北の農耕地帯だ。
この世界の人間の10倍の大きさの淳の足なら、ものの数十秒全力疾走すれば着くはず。
「エマ、ソニア、しっかり捕まってて!」
淳は全力で駆け出した。
「ブラニックス様!勇者の奴が王城より出発しました!今度は全力疾走のようです!」
王都から離れた上空で勇者を監視していた魔鳥軍が魔鳥将ブラニックスに報告する。
「よし、作戦通りだな。勇者は農耕地帯まで直接食料を取りに行くつもりのハズ。全軍、パリトット王都に向けて進軍せよ!ただし無理はするな!合図したら直ぐに離脱せよ!!」
「はは!!」
パリトット南の上空に魔鳥軍が一斉に現れた。
「デスベロスよ…見ているか?貴様の仇は俺がとる!!」
魔鳥将ブラニックスの瞳は復讐の炎で燃えていた。
「これは酷い…」
淳は走りながら、ところどころに点在する農村を見つけては足を止めて食料を調達しようと試みたが、いずれも全て魔物達に襲われた後だった。
魔族軍は補給路を断っただけではない。
食糧生産地そのものも潰して回っていたのだ。
「まずいわね…完全に先手を打たれてる。この分じゃ、多分北の…ううん、この国の農耕地帯も全滅してると思うわ。」
「そんな…何でそこまで?!」
「奴らは勇者であるあなたを飢え死にさせる事で倒すつもりなのよ。その為なら、この国の人間なんて皆殺しにしても構わないと考えているようね。」
「ぼ…僕のせい…?僕がいるから、この国の人達が……」
「それはあまり関係ないわ。どのみち魔族は人間を食う生き物だもの。例え殺さなくても、奴隷同然に扱う。魔族がいる限り、どの道いつかはこうなるのよ。」
「それが、魔族…?」
「そうよ。あなたにとっては子犬やネズミといった小動物にしか見えなかったあいつらの正体がソレよ。」
その皮肉めいたソニアの口調に、淳はチクリと胸が痛んだ。
「ゆ、勇者様!止まってください!!」
突如、エマが叫んだ。
「そこの赤い屋根の民家に降ろしてください!!」
淳は言われたとおりに、エマを赤い屋根の民家の前に下ろす。
エマは民家の中に駆け込んでいった。
少し間を置いて、中からエマの泣き声が聞こえた。
「お母さん!お父さん!何で…何で…うわぁあああああ……!!」
そこはエマの故郷の生家だった。
淳は激しい後悔に襲われた。
僕のせいだ。
生き物を殺すのが嫌だ、なんて呑気で悠長な事を言っている場合などではなかったのだ。
自分ははこの世界の人間ではない。自分には関係無い。生き物をむやみに殺したくない。
そんな自分の都合ばかりで、この世界の人々の都合を考えもしなかった。
この世界の人々は、いつ魔物に殺されるかわからない恐怖に怯えていて、勇者が自分たちを救ってくれる事に一縷の望みを託して、僕を召喚したのに。
それなのに、僕は彼らの切実な状況を理解する事なく、生き物を殺すのが嫌だんて気楽な理由で…
『な…何をあまっちょろい事を言っておるのじゃ!奴らは人間を食うバケモノじゃぞ!!妾の民も大勢奴らに……』
昨日の、アメリアの言葉を思い出す。
アメリアはあんなに切実に訴えていたのに。
それなのに僕は何て言った?可哀相だと思うだって?まるで他人事のような…いや、実際に他人事だったけど……だからって…
『…お主は、優しい人なのだな。』
違う。優しいんじゃない。生き死にに関わりたく無かっただけだ。他人事のままでいたかっただけなんだ。
その時、ソニアの元にアメリアから魔法通信が入った。
「ソニア!聞こえておるか?!王都が魔鳥軍に襲われておる!大至急引き返してくれ!!」
「勇者さん、聞こえた?すぐ帰るわよ!」
「…わかった。今度こそ、あいつら、一匹残らず、殺してやる!!」
淳は未だ泣き止まぬエマを回収してポケットに入れると、来た道を逆走した。
「ブラニックス様!勇者の奴が引き返すようです!!」
淳達を遥か後方の上空から偵察していた魔鳥がブラニックスに報告する。
「よし、王都攻撃部隊に直ちに撤退命令を送れ!!速やかに離脱せよ!!!」
撤退の合図が上がると、瞬く間に魔鳥軍は離脱を始めた。
「くぉんのぉおおお!おまえら、全員、引っ捕まえて、焼き鳥にしてやるぅううう!!」
王都まで全力疾走して戻ってきた淳は、その勢いのまま跳び上がり、上空を飛び回る魔鳥達に手を伸ばす。
が、その手は虚しく空を切る。
あと少しのところで魔鳥達に上空に逃げられてしまった。
「ちっくょおぉ……」
淳は上空に舞う魔鳥達を憎々しげに見上げた。




