P-098 狩場に着いたら穴掘り開始
翌日、お弁当をバッグに入れて、俺とサリーさんはギルドに向かう。
レイナス達は雑貨屋に出掛けたし、シグちゃんは織場に行ってしばらく休むことを伝えてくるそうだ。
「お願いするわ。ローエルさん達は東の村に向かったの。リュウイ達なら十分に倒せるはずだって言ってたわよ」
カウンターからお願いされたけど、どうにかできる大きさを越えてると思うのは俺だけなんだろうか?
レイナスは任せとけ! と言って意気込んでるし、ロクスもうんうんと頷いている。
とりあえず苦笑いの表情で片手を上げて了承を伝えといた。
「穴を掘る道具は?」
「ちゃんとスコップを2本入れてある。落とし穴の位置と大きさはリュウイに任せるからな」
「それにしては大荷物だな。そんなに何に使うんだ?」
魔法の袋に入らないものをカゴに入れて担いできたからロクスにはそう見えるんだろう。
「いろいろと必要になるのさ。昔、イリスさんとピグレムを狩った時の装備だ。俺達じゃなくてシグちゃん達の装備なんだよ。それに隠れる道具を持ってきた。バジル狩りにも使えたから今回も役立つはずだ」
「バジル狩りか……。俺達にも教えてほしいところだ」
一度やったんだろうな。ガイエンさんでさえ手こずった相手らしいから、トラ族に取って最大の関門ではあるんだろう。
「次があれば教えるさ。俺もあれほど簡単に狩れるとは思わなかったからな」
「ネコ族なら無理だと聞いたことがあるぞ?」
「そこは、それってやつだ。リュウイがいるからな。俺とファーでは無理な話さ」
正直者同士がいくら集まっても無駄に違いない。
裏を掛ける者がどうしても必要だ。できれば詐欺師ぐらいの人物なら簡単だと思うんだけど、そうなると俺って結構卑怯な人物になってしまうぞ。
少し自己嫌悪に陥っているところに、シグちゃん達がやって来た。
ここは気持ちを切り替えて、狩場に向かおう。
第三広場は第一広場の東にあるから、今日は第一広場の端で野営ということになるだろう。
しばらく大きな狩をしてなかったから、遠くまで歩くことが無かったな。途中で休みを取りつつ森の手前で昼食を取り、夕暮れには第一広場を過ぎた林で早めに野営をする。
野営の場所は、後ろが密集した藪だ。この前に小さなテントを張れば少なくとも後方から襲われることは無い。
レイナスとロクスが焚き木を集めている時間に近場から拾った焚き木で小さな焚き火を作った。ファーちゃんがポットを乗せているのは、お茶が先ってことだろう。夕食の準備をしている間に周囲をツタで簡単に囲っておく。地面から30cmほどの高さだが、結構役に立ってくれる。
2人で担いできたカゴをテントの両側に置けば、テントは比較的安全になる。この中にシグちゃん達が隠れて援護してくれれば、ガトルの群れだって何とかできるだろう。
日暮前にたっぷりと焚き木を2人が運んでくれたから、もう一つの焚き火を作れるように準備しておいた。
「ここで狩るわけではないのに、やけに入念だな」
「いろいろと出るんで、こんな形で野営してたんです。今夜は2人が加わってくれましたから安心してはいるんですが……」
「人間族とネコ族ならそんなものだろう。力が劣るのは仕方がないが用心で補っていたんだな」
ロクスがそんなことを言いながら頷いている。
まぁ、イリスさんも似たところがあった気がするな。自分達の体力こそ一番と考えているんだろうが、狩に必要なのは体力よりもいかに狩るかという作戦が大事なんだけどね。
ファーちゃんが皿に入れてくれたスープを受け取り、シグちゃんが配ってくれた平たいパンをスープに浸して食べる。
やはり、焚き火を囲んだ食事はいつもと違うな。皆でスープをお代わりしたけど、それでも余ったようだ。いつもより多めに作ったんだろうけど、良く気が付いてくれたものだ。
食事が終わると小さなカップでワインを飲む。
パイプを取り出して焚き木で火を点けると、イリスさんとの狩の話が始まった。レイナスは中々話し上手なところがある。
トラ族の2人がイリスさんの活躍に頷きながら聞いているのもおもしろいな。
「すると、姉様はいつも一歩後ろでお前達を見ていたのか?」
「レベルが高すぎるから、俺達が危なくなったらといつも後ろで見ていてくれた。おかげで安心して狩が出来たのも確かだ」
「俺達は姉様のようには動けんからな……。やはり最初から狩に参加していた方が安心できそうだ。お前達に万が一でもあれば姉様に顔向けできん」
「王都にいられなくなるわ。だいじょうぶ、2人の娘さんは私が守ってあげる」
イリスさんよりは俺達に年代が近いせいもあるんだろう。直ぐに砕けた口調で話が始まる。
カップ1杯のワインがそうさせるのかもしれないな。昔なら狩の途中で酒を飲むなど考えもしなかったけど、猟師さん達との付き合いで飲めるようになってしまった。
焚き火を大きくして大声で話しているから獣も寄ってこないだろう。とはいえ、明日はイネガル狩りだから早めに休むとしよう。
俺が起こされたのは、東の空が少し白んできたころだ。
レイナス達と見張りを交代する。レイナス達も数時間は眠ることができるだろう。今日は狩をするだけだからね。
シグちゃんが濃いお茶を入れてくれた。ゆっくり飲んで眠気を覚ます。
「大きなイネガルなんて狩れるんでしょうか?」
「ピグレム狩りの要領だから、何とかなるんじゃないかな? 今度は落とし穴で決まると思うよ」
「子供だって、落とし穴なんて今時作りませんよ」
「もったいないな。結構、利用価値があるんだよ。俺達の番屋よりも大きな獣だって、昔は落とし穴で狩る事が出来たそうだ」
マンモス狩りの話をすると、目を大きく見開いて聞いている。
この世界ではそんな狩をすることが無かったんだろうか? まだ発掘なんてことはしてないから、そんな大きな獣を想像することも出来ないみたいだな。
朝日が昇ったところで、シグちゃんが朝食のスープを作り始める。
季節は冬だが、この海辺の村には雪が降らない。
おかげで狩をするには都合が良いのだが、朝晩が冷え込むのは我慢することになるんだろうな。
毛布を巻いた体はそれほど冷えることは無いが、それはいつもより大きな焚き火を作っているせいかもしれない。
皆が起きたところで、朝食を取りながら今日の予定を話し合う。
少し行儀が悪いけど、今日はいろいろとやることがあるからね。
「すると、イネガルを探す担当と、穴掘りをする担当に分けて作業するということになるのか?」
「そうなります。サリーさんにシグちゃん達を連れてイネガル探しをしてもらって、その間に俺達で落とし穴を掘ります」
「力で分けるってことか? まぁ、そんな感じだろうな。ファーがいればイネガル探しも楽だろうし、サリーさんが一緒なら安心だ」
レイナスも賛成してくれてる。シグちゃん達は目を輝かせてるし、サリーさんも頷いてくれた。
「となると、狩りをする場所を探すのがこの後の仕事になるな」
「このまま東に歩けば、昼前に同じような広場に出ます。そこが第三広場と呼ばれる場所で、狩場になるところです」
「広場の西側なら良いんだけどな。東側ならガトルも考えなくちゃならないぞ」
それもある。だけど、それほど大きくない広場だ。東も西もそれほど変わらないと思うけどね。
テントを素早く畳んで準備を終えると東に向かって歩き出す。
直ぐに林が森に代わって俺達の視界を悪くする。それでもレイナス達がいてくれるから安心して進むことができるのがありがたいところだ。
森の中で1回休憩して、さらに東に向かうとだんだんと視界が開けてきた。どうやら第三広場の西の林に着いたようだ。
なるべく幹の太さがある木を探す。幹が太くても手ごろな枝が張り出していないと、シグちゃん達がぶら下がれない。
中々手ごろな木が見つからなかったけれど、30分以上探してどうにか気に入った木を見つけることができた。
「これなら良さそうだ。横枝の太さも十分だし、高さも手ごろだな」
「あまり周囲に木が無いが、だいじょうぶなのか?」
ロクスさんが心配そうに呟いたけど、すぐ近くに藪もあるし、直径1m近くもありそうな木の幹なら、通常の3倍近い大きさのイネガルの突進でさえびくともしないだろう。
簡単な昼食を取ったところで、サリーさんはシグちゃん達を引き連れて周囲の偵察に出掛けた。残った俺達は急いで穴掘りを始める。
「開けた方角にこの角度で2つの落とし穴を作ります。落とし穴と言うよりも溝になってしまいますけどね」
「横幅が2D(60cm)で深さが3D(90cm)ということだな。三角に掘るのもおもしろいが、長さは10D(3m)で十分なのか?」
「前足を落とし込めば十分です。縁で顎を打ち付けてくれますから、少しはおとなしくなるんじゃないかと。その間を使って槍を使います」
「頭上からファー達がボルトを放つ。背中は肉が薄いからね」
「俺達は藪に潜んで止めを刺す頃合いを待てば良いわけだな」
そんな話をしながら落とし穴を掘り始めた。レイナスが落とし穴に沿って適当に杭を打つと、ロープを結んでいく。簡単だから直ぐに終わったようだ。今度はシグちゃん達が枝に上りやすいようにロープを何本か枝を渡しているぞ。
ロクスさんと俺とでは腕力に歴然と差が出てしまう。
粗々終わったところで、俺の方の進捗を見て頭を振っていたからな。
「済みません。手伝って頂いて」
「これぐらいは簡単さ。だけど、変わった構造だね」
「これだと入った脚に力が入りにくいんです。後ろ脚がちゃんと地面にありますから直ぐに出られるでしょうが、少し苦労するでしょうね」
俺の説明に首を傾げている。疑っているようだけど、俺にも自信は無いんだよな。
その時は、その時になるんだけど、少しでもイネガルがその場に止まってくれるなら、俺とレイナスの投げ槍で倒せると思うんだけどね。