P-097 大きなイネガル
ガリナムさん達が帰った後には、ロクスさんとサリーさんが残った。イリスさんよりは遥かに俺達に近い年代だ。ほとんど同じぐらいじゃないのかな。
「サリーとしばらく厄介になる。敬称は無しで良いぞ。同じ年代だからな」
「その方が俺達も助かる。ところで、今は冬だ。俺達は罠猟と言う事になるんだが……」
「2人増えたんだから、狩りでもだいじょうぶだ。明日出掛けられるか?」
レイナスの言葉にロクスが頷いたので、レイナスはロクスを連れてギルドに出掛けて行った。
さて、どんな依頼を持ってくるんだろう?
レイナスが一緒だから、あまり変な依頼は取ってこないと思うんだけどね。
「サリーさん。織り場を見てみます? 狩りなら私達も参加しますけど、罠猟の時はファーちゃんと絹を織ってるんですよ」
「見せて貰えるのか! 是非ともお願いしたい」
見てるのはおもしろいんだろうか? 単調な作業だから直ぐに飽きてしまいそうな気がするんだけど。
皆が出掛けてしまったので、万が一にも狩りの依頼を取って来るようならと、シグちゃん達のボルトを研ぐことにした。
普段から軽く砥いでいるから、予備のボルトにはサビすら浮かんでいないけど、砥げば研ぐほどに刺さりが違うからね。
最初に戻ってきたのはレイナス達だった。
ギルドにいたローエルさんから頼まれたと言っていたが、これってイネガル1頭の依頼だぞ。
「緊急だと言ってたぞ。ローエルさん達は別の依頼を何とかしなければならないと言ってたから、引き受けて来たんだが……」
問題は、その大きさらしい。通常のイネガルの3倍はあると話してくれた。
「受けなくちゃならないだろうな。シグちゃん達が帰って来たら皆で相談してみよう。大きくたってイネガルには違いないんだからな」
困った表情だったレイナスが俺に向かって頷いた。その表情には迷いが無い。狩ると言う事で俺が了承したからなんだろうけど、シグちゃん達の意見も聞きたいところだぞ。
シグちゃん達が戻ったところで、夕食の準備が始まる。
この家は中と外で調理できるんだが、外で支度を始めたところを見ると夕食はスープになりそうだ。
低いテーブルに食器を乗せて俺達は胡坐をかいてすわる。すでに外は真っ暗だ。月の出も下弦だからまだ時間がありそうだな。
「それで、どこで狩るんだ?」
「ミーメさんの話だと、第3広場付近らしい。あの辺りで何度か目撃されたようだ」
となると、狩りは3日目になりそうだ。この季節だと森の野犬はガトルに代わっているだろうから、場合によってはガトル狩りとの2連戦にも鳴りそうな気がするな。
「やはりウーメラか?」
「そうなるだろうな。投槍は何本あるんだ?」
素早くレイナスが席を立って、玄関口の壁に並べてある投槍を数えている。
「投槍で大型イネガルを仕留めるのか? かなり接近しなければならないぞ」
「ちょっと工夫がしてある投槍です。レイナス、1本持ってきてくれないか!」
ロクスさん達は知らないだろうな。早めに教えといた方が良さそうだ。
「持ってきたぞ。これが俺達の使う投槍だ。およそ80D(24m)先を狙って投げる。だいぶ慣れたから、かなり当てられるようになってきたな」
テーブルの上に投槍を乗せると、直ぐにロクスさんが手に取って確認している。立ち上がって投げる仕草まで行って感触を確かめているようだ。
それが終わると、手を伸ばして来たサリーさんに渡したけど、サリーさんも同じように投げる仕草をしている。
「バランスは良いが、少し柄が細くないか? たぶんサリーも同じだと思う」
ロクスさんの言葉にサリーさんも頷いている。
「確かにバランスは良い。手作りだと思うが、そうなれば当然自分達の手になじむ柄を付けるはずだ。あれを投げるにしても、お前達の手はそれ程小さくはあるまい。シグ達の手にだって、この柄は細すぎるぞ」
「誰もそう思うよな。俺も最初は驚いたからな。だけど、この柄の太さが丁度良いんだ。それに、投槍の持ち方が少し違うぞ。これは、こうやって使うんだ」
自分のバッグからウーメラを取り出して槍の柄に合わせると、片手を柄にそえる。
「こうやって構える。左手で獲物の方向を見極めて右手を振りぬくんだ。リューイなら100D(30m)は軽く狙える。前回のイネガルもこれを使ったんだ。1本で十分だったぞ」
レイナスの説明に目を丸くしている。道具を使って投げる槍等聞いた事も無かったにちがいない。
ローエルさんも使い方を覚えたらしく、大型を狩るには具合が良いと言ってたのを覚えている。
「たぶん、仕留めるのはウーメラを使うしかなさそうだ。だが、それには相手を立ち止らせる必要があるぞ」
「前の、ピグレム狩りが参考になりそうだな」
「あの大きなイネガルモドキか? あの時はイリスさんがいたんだよな」
イリスさんはあれでウーメラの有効性を認識したみたいだったな。今回も似た作戦になるかも知れない。
「私達が木の枝からぶら下がって囮になりましょうか?」
「待て、そんな狩りがあるものか。そんなやり方をイリス姉様が許可するわけが無い」
これは、前回のピグレス狩りの説明から入らなくてはならないようだな。
そう思っていると、レイナスが俺に小さく頷くとピグレス狩りの顛末を2人に話し始めた。良く覚えているものだと感心してしまう。
俺達の立ち位置と役割を含めて事細かに説明している。
「なるほど、そんなふうにしてピグレスを狩ったのか。それなら先ほどの話も納得する。しかし、枝からぶら下がっても弓を射ることができるとはな」
「弦を引くのが少し面倒でしたけど、ちゃんと出来ましたよ。何か、空を飛んでる感じでした」
シグちゃんの説明にファーちゃんもうんうんと頷いている。
とりあえず夕食を取ろうと言う事になり、隣で貰って来た魚をブツ切りにしたスープと平たいパンの夕食が始まる。
ワインのカップを傾けながらの夕食だから話が弾む。
話題は、やはり大きなイネガルをどうやってし止めるかだ。
「イネガルの突進力は1D(30cm)程の太さの木をへし折るぞ。まして3倍ともなるととんでもない話だ」
「最低でも3D(90cm)を越えないとヤバそうだな」
「思い切ってピグレムと同じで行くか? 太い木で相手の突進を避けると同時に、ぶつかった瞬間にウーメラで投槍を射込めば良いような気もするな」
問題はそんな場所があるかどうかだな。太い木は以外と森に少ない気がする。それにそんな木を探している途中で相手を見付けてしまっては厄介なことになりそうだ。
「落し穴を掘ってみないか?」
「何だそれは?」
ん? 落とし穴と言うものを作ったことが無いのかな。
「俺のいたところで使っていたらしい。かなり大きな獲物でも狩れたと聞いたことがあるぞ。こんな感じだな」
食器を片付けて、テーブルの上にメモ用紙を取り出すと落とし穴の仕掛け方と断面を描いて行く。
「要するに通り道に穴を掘って、そこに獲物を落すと言う事なんだな?」
「簡単に言えばそうなるな。穴に入った獲物に槍で止めを刺すのは簡単だろう?」
「太い木を見付けたら、2つは作った方が良いな。深さは5D(1.5m)大きさは8D(2.4m)は欲しいところだ」
「こんな穴でも良いぞ」
断面をクサビ型にすれば這い出せなくなる。掘るのもそれ程大規模ならないのが良いところだ。
「ファー達に木の枝に乗って貰うのは前と同じで良いんじゃないか。イネガルの接近を知らせて貰えるし、俺達が木の裏手に回るのも容易だ」
「俺とレイナスでウーメラで相手をしよう。当たらなくても良い。それで落とし穴に誘導出来るはずだ」
「最後の止めは俺とサリーで十分だ。頭部を穴に突っ込んでいる状態なら接近も可能だろう」
「一応、俺とレイナスで投槍を撃つ込んでおきます。状況を見てロクスさんが止めを刺してください」
全員が自分の役割を確認したところで、再度ワインをカップに注いだ。
カップをカチンと鳴らして飲み始めたんだが、皆に笑顔が浮かんでいるのは、狩りの様子が容易に想像できるからだろう。
「イリス姉様が狩りは、その前が大切だと教えてくれたのはこういう事だったのね」
「依頼書を手にギルドを飛び出すようではダメだと教えてくれたな」
イリスさんは、今では有名人だからな。ガリナムさんもさぞかし誇らしく思っているに違いない。
クラスの低いハンターには、きちんとハンターとしての心得を説いているのだろう。
それが俺達と一緒に暮らした短い間に得た経験を元にしていたとしても、しっかりと自分のものに出来ているなら他人に経験を話しても、相手には得るものが多いんじゃないかな。
「となると、出発は明日で良いのか?」
「お弁当は私が頼んで来るにゃ!」
「織り場には私が知らせます」
「スコップは俺とロクスさんで買い込んで来る。2本あれば良いよな」
俺の言葉に次々と明日の朝の役割分担が決まっていく。
俺とサリーさんはギルドで待つことになるのかな?