P-093 エビがたくさん
夕刻に番屋を訪ねると、漁師達が揃っていた。
明日の漁の相談でもしていたんだろうか? 邪魔になるとまずそうだから直ぐに引き上げようとすると、奥からサルマンさんが俺達に声を掛けてきた。
「誰かと思ったら、お前達か。さあさあ、入れ。こっちだ!」
自分の隣を指差してるから、帰るのも問題がありそうだ。
レイナスと顔を見合わせて頷くと、番屋の中に入って行く。
大きな囲炉裏の傍に座った途端に、酒が渡される。全く、この人達は……。
「筌というカゴを仕掛けてきたぞ。都合10個を岩礁の間に落とし込んだ。明日の朝が楽しみだな」
「あの仕掛けは、川や池で行うんです。はたして海で効果があるかどうか」
「そん時は、そん時だ。何もしねえんでは始まらねぇぞ」
俺達の話に、漁師の1人が声を上げる。だいぶ酔ってるようだけど、だいじょうぶなのかな?
「シモンの言う通りだ。海なんて池の大きなもんだろうが? 同じように獲物が掛かると思うんだがな」
「それに、季節もあります。今は冬ですから魚の動きもそれなりでしょう」
俺の言葉に漁師達が頷いている。だいたいにおいて海水温が低ければ魚の活性も鈍くなるし、少しでもあたたかな海域に移動すると聞いたことがあるんだけどな。
漁師達が頷いているのは、冷水域を好む魚がいるって事になる。チラもそんな魚なんだろう。冬季限定で獲れるらしい。
そうなると、何が入るか俺もちょっと気になり出して来たぞ。
「明日になれば分かるだろう。何回かやってみるつもりだ。それでダメなら春になってからもう一度だ」
「春は、地引網も始まるぞ」
「ジラフィンも回って来るかも知れんなぁ……」
「そう言う事だ。冬はあまり仕事にならん。今年は嫁さん連中が色々と頑張っているようだが、俺達だって見てるだけという訳にも行くまい」
何となく理解できるな。要するに、嫁さん達が頑張ってるんだから俺達も! と言う事なんだろう。筌の漁が上手く行けば自己満足だけではなく、それだけ冬越しの資金が得られるということになる。
「ジラフィンと言えば、櫓を建てて見張ることも必要なんでは?」
「確かに良い考えだ。浜で眺めるよりは遥かに良い。高さは……そうだな、2階の屋根位は必要だろう。この番屋の屋根を使っても構わんぞ」
視点が高くなればそれだけ沖を見ることができる。岬の突端にそんな櫓を建てていたところもあるらしいからな。
生憎とこの辺りは砂浜と少しばかりの岩礁だから、岬のようなものはない。櫓を建てる位しか考え付かないけど、有効に使えるかは作ってみないと分からないな。
・・・ ◇ ・・・
翌日の朝。朝食もそこそこにレイナスを連れて番屋へと向かった。
すでに筌を引き上げる小舟は沖に出たみたいだ。サルマンさんと数人の漁師が沖を見ながらパイプを咥えている。
「やって来たな。もうすぐ帰ってくるはずだ。何が入っているかは分からんが、網漁と同じで待つのが楽しくなる」
「入っていれば良いんですが……」
俺の呟きに漁師達が笑い出した。
「悲観するのは良くねぇぞ。そん時は別の場所に仕掛ければいい」
「全くだ。誰もやったことが無いんだからな。最初から上手く行くとは限らない。だが、考え方は悪くないぞ」
そんな事を言うから、余計に気になりだした。
10個以上仕掛けたらしいから、何も入っていないと言う事は無いと思うんだけど、そんなに獲れるとも思えないんだよな。
「帰って来たぞ! 平ザルを持ってこい。中を確かめなければならんからな」
サルマンさんの指示で漁師が2人、番屋に走っていく。
少しずつ大きくなる船には数人が乗っているようだ。両側に2本ずつ櫂を出して漕いでいるのが見える。
番屋から大きなザルとカゴを持って漁師達がやって来た。番屋で休んでいた者もいるようだ。
漁師達が浜に旗を立てている。そこに丸太が並んでいるから、船を引き上げる場所の目印なんだろう。
すでに100m程のところに船が来ている。このまま砂浜に乗り上げるんだろうか?
砂浜から20m程のところで櫂をしまい込むと、俺達に向かってロープが投げられる。
ロープを手繰って俺達全員で船を引きよせる。
ズズズーっと丸太に乗り上げたところで、船の漁師達も下りて来て船の引き上げを手伝ってくれた。
早めにロクロを教えてあげた方が良いのかもしれないな。これだけでも結構な重労働だ。
「どうだ?」
「結構入っているな。何が入っているかまでは分からねぇ」
最初の筌を船から下して、端の仕掛けを抜き取り、平たいザルに中身を取り出した。
途端にオオォ! っと歓声が上がる。
数十匹のエビが入っていた。大きさは20cm程だが、鍋に入れれば美味しそうだな。
漁師達がカゴに取り分けていると、エビの下から30cm程の魚も出て来た。スズキのような体形だが、これも食べられるのかな?
「エビが獲れるとはな……。リブックは少し小さいから売り物にはならんな」
「エビは売れるんですか?」
俺の質問に漁師達が振り向いた。
サルマンさんが笑いながら俺の隣に来て腰を下ろす。
「売れるぞ。西の方の漁師は網で獲るらしいが、どんな網か教えて貰えなかった。浜値で1匹1Lになる。これだけで30Lはありそうだな」
次の筌が開かれ、エビがたちまち山になる。
漁師達が番屋にカゴを取りに出掛けた。あまり獲れないだろうと用意したカゴが小さかったようだ。
ほとんどの筌にエビがはいっていたが、最後の2つにはカニが入っていた。手の平よりは大きいけれど、これも食べられるんだろうか?
俺の見ている前で、漁師さんがカニの甲羅を掴むと、ハサミと一緒に紐で巻き付けた。けっこう大きなハサミを振って威嚇してたからな。グルグル巻きにしてあれば危険は無さそうだ。
「ギジムまで獲れるのか! 仕掛けた場所は分かってるんだろうな」
「エビが岩礁近くで、ギジムは浜の沖です」
仕掛けを担当したらしい漁師がサルマンさんに即答している。筌に結んだ布で場所が分かるようにしてあるみたいだな。
「もうすぐ、チラの引き取りに商人がやって来る。それまでに売れる状態にするんだぞ!」
サルマンさんの大声が浜に響く。大きめのカニも売れるみたいだな。
漁師達が魔法で氷を作ると小さく割ってザルに投げ込んでいる。鮮度を保つために漁師には必携の魔法って事なんだろう。
「さて、リュウイ達は番屋に来い」
有無を言わさずに俺とレイナスを連れて番屋に入ると、20本近いエビが串に刺されて炙られていた。
「この辺りは食えそうだな。ほれ、食べてみろ」
串を受け取ったけど、どうやって食べるんだろう? サルマンさんを見ていると豪快に頭から齧りだした。
俺達も直ぐに真似をして齧りつく。
「「美味い!」」
「そうだろう、そうだろう。夏にはごつい奴が獲れるんだが、冬場はこれに限る。色々な料理法があるんだろうけど、串焼きが一番だな」
何もつけてはいないんだが、食べた瞬間に感じる塩味は海の塩なんだろうな。
「それにしてもだ。仕掛けるだけで銀貨数枚にはなったぞ。チラとあわせればそれなりの収入になる。数個追加して冬の漁をしよう」
「これが獲れるんなら頑張らないといけませんね。船の引き上げは手伝いますよ」
俺の言葉にレイナスが相槌をうっている。
このエビが食べられるんなら安いものだと思っているのが良く分かるぞ。
「後は俺達で何とかなる。もう婆さん連中が来てる頃だろう。これを持って行ってくれ」
サルマンさんが小さなカゴに囲炉裏で炙った串焼きを無造作に突っ込んでいる。囲炉裏に残ったのは数本だけど、漁師さんの分はどうするんだろう?
「そんな顔をするな。こっちにまだあるからな。新鮮だから直ぐに焼ける」
笑いながら俺達に教えてくれた。
ありがたく礼を言って番屋から俺達の小屋に戻ったのだが、小屋の中から楽しそうな笑い声が聞こえてくるからすでにメルさん達が来ているようだ。
扉を開けて、挨拶したところでサルマンさんからのお土産を見せると、メルさん達が大きく目を開いた。
シグちゃん達が入れたお茶を飲みながらエビを頂いたんだけど、俺達はすでに1匹食べてるんだよね。
「美味しいにゃ! 冬はチラだけじゃないにゃ」
「全部食べられるんですね。でも、今までは食べられなかったですよ?」
「ちょっとした漁の仕掛けを教えたんだ。何が捕れるか分からなかったんだけど、このエビとカニが獲れたんだよ。チラと一緒に売れると言ってサルマンさんが喜んでたな」
「このエビが獲れるならそうでしょうね。春先には一回り大きな種類のエビが獲れるようですけど、地引網を使うようですよ」
メルさんが教えてくれた。季節ごとに漁の獲物が変わると言う事なんだろう。
シグちゃん達が片づけを始めたところで、俺達はギルドに出掛けることにした。
機織りが俺達にできるとは思えないし、紡ぎ場には糸車がまだやって来ないから、紡ぎを教えるのはもう少し先になりそうだ。
ギルドは閑散としている。
冬にはあまり依頼が無いからな。掲示板にあるのはリスティン狩りと野犬の狩りぐらいなものだ。
期日に余裕があるから、今日もギルドで暇をつぶすことになるんだろうな。