P-092 カゴ漁をやってみよう
俺が知っているカゴは筌と呼ばれる小川や池で使うカゴなんだけど、海で使っても少しは魚が入るんじゃないかな。
お祖父ちゃんと一緒に、田舎の小川に仕掛けに出掛けたのを今でも覚えている。
俺達の家にいると何となく邪魔になりそうだから、翌日は朝からレイナスと一緒に漁師達の番屋で時間を潰しているんだが……。
「だが、良く考えられてるな。これなら入れば出られないだろう」
「ところで、どうやって沈めるんだ? これだと浮かんじまうんじゃないか」
大きな囲炉裏を囲んだ漁師達が一斉に俺を見る。
そうだよな。お祖父ちゃんは石で押さえてたけど、海に沈めるとなると重りって事になりそうだ。
「この辺りに石を縛れば沈みますよ。それと、長い紐を付けないと引き上げられませんよ」
「そうだな。その先には浮と目印も必要だ。あまり沖には仕掛けなくとも、波で見失ってしまいそうだ」
番屋の奥から大きな糸巻きを持ってくると、直ぐにカゴに結び付けている。仕掛けようとしている場所の水深は、釣りをしているからある程度は分かってるようだな。
錘用の石を取りに行こうとしていた漁師がレイナスの肩を叩いて同行を促すと、嬉しそうに頷いて付いて行ってしまった。
カゴを編んでいる漁師達の指先を眺めながらパイプを楽しむ。
扉が乱暴に開くと、サルマンさんが酒のビンを持って現れた。
「やってるな。何個作った? ……6個だと!」
乱暴な口調で漁師達とやり取りをしながら、酒のビンを若い漁師に渡している。口調と行動がかみ合わないんだが、サルマンさんは知れば知るほど性格が良いのが分って来た。まあ、ジラフィン漁をやる位だから口調は我慢する外に無さそうだ。
「10個は欲しいところだな。ところで餌はどうするんだ?」
「魚のブツ切りを中に入れれば良いんじゃないかと……。でも、初めてですから何が入るか分かりませんよ」
「ダメで元々だ。誰の懐も痛まねぇ。こいつ等だって、潮待ちしてるんだから退屈だろうさ。それに、万が一にもこれで金になる獲物が取れたなら、俺達の暮らしが少しはよくなるだろう」
「期待してるんだ。何せ、嫁達が俺より稼ぐとなっちゃあ、男としての名折れだからな!」
「そうともよ。良く言った!」
飲む前から出来上がってる口調だが、確かにそんな気持ちにもなるんだろうな。
家の中の実権が変化するかもしれない事を感じているに違いない。
カゴを編みながら、茶碗酒を飲み始めた。
俺も、用意しといた小さなカップに注いで貰って一緒に楽しむ。レイナス達ももうすぐ帰って来るだろう。
「餌は今夜の夜釣りで良いだろう。売り物にならない物でも使い道はあるって事なんだろうな」
「リュウイの糸のおかげで漁獲も増えている。昔の3割増しにはなるんじゃないか?」
「あの釣り糸はありがたい話だ。全て織物にせずに少しは俺達の分を確保しといてくれよ」
釣り糸にするならテグスを使いたいが、生憎と俺にはどうやって作るか分からない。絹糸で我慢して貰おう。
レイナス達が帰って来ると、石をカゴに結び付け始めた。
俺とカルマンさんはそんな漁師達の仕事を見守ること位しかできないな。カルマンさんは細かな仕事は不得意みたいだ。
夕暮れが近付いて来た時、漁師達が囲炉裏の傍から腰を上げた。
奥の棚からカゴを持ち出して次々と番小屋を後にする。
「頑張れよ。今回は餌も必要なんだからな!」
「任せてください。それでは、番をよろしく……」
最後の漁師がサルマンさんとそんな会話をしているのを見ると、これから出漁と言う事なんだろうか?
初冬なんだよな。夜の漁はきつい仕事に違いない。
「夜半まで漁をするんだ。そろそろチラが連れる頃なんだが……」
「カゴ漁は春からの方が良いのかも知れませんね。冬は何が取れるか分かりません」
「まあ、何かは入るんじゃないか? 1年続ければ季節ごとにどんな獲物がどれ位取れるか分からんからな」
初めての取り組みなら、そんな感じになるのかな? 色んな漁法を知っていれば、季節ごとに漁法を使い分けることも出来るわけだ。
いつもならサルマンさんが1人で囲炉裏の火の番をして猟師達を待つのだろう。今夜は俺とレイナスがいるから機嫌が良い。手酌で酒を飲んでいる。
トントンと扉が叩かれ、シグちゃんが少し開いた扉から顔を出した。
「ここにいたんですね。メルさんが見て来て欲しいと言ったもので」
「ここで夕食にすると、メルに伝えてくれ。リュウイ達の家をあまり汚すのも問題だろう」
サルマンさんの言葉にシグちゃんが頷いて扉を閉めた。
絹を織っている間、俺達が気を使って食事を作っているのを知っているんだろうか?
「レイナス。そっちのカゴに売れ残りの魚が入っている。串に刺して焼いてくれ」
嬉しそうな顔をして、レイナスが席を立った。
鼻歌でも歌いそうな感じで、カゴを持って外に出て行ったから、鱗と内臓を取るんだろうな。
パイプにタバコを詰めて、囲炉裏で火を点ける。
俺の顔を見てニコニコしているカルマンさんは一体何を考えてるのかな?
「皆で来ましたよ。息子達には夕食はこちらで取ると伝えてありますからね」
「おお、やって来たな。入れ、入れ」
メルさんがシグちゃん達だけでなくミーメさんまで連れてきている。番屋は男の世界かと思ったけど、そうでも無さそうだ。
大鍋を囲炉裏に下げて、メルさんが料理を始めたけど何が出来るか楽しみだ。
やがてレイナスも戻って来て囲炉裏の周りに魚の串を差し込んだ。串焼きはレイナスに頼んでおけば良いだろう。
シグちゃん達がメルさんを手伝っているけど、ミーメさんは素知らぬ顔でお茶を飲んでいる。ひょっとして料理が出来ないとか……。
「ちゃんと出来ますよ。今日はお祖母ちゃんにお任せなの!」
頬を膨らませて俺に言ってるけど、俺の心を読んだのか?
「声に出てましたよ……」
シグちゃんが耳打ちしてくれた。とりあえず謝っておこう。
「確かに、たまには手伝ってくれますけどね」
アクセントを聞かせてメルさんが俺達に笑いかけてくれた。やはり、あまり手伝いはしていないんだろうな。
「まぁ、それも残り数年だろうな。嫌でも作らねばならんだろう。今の内は、それで良い」
カルマンさんは孫馬鹿状態に入ったようだ。ずっとミーメさんをそうやって甘やかせてきたんだろう。
それで俺達が助かってるところがあるから、この辺りで別の話題に切り替えた方が良さそうだな。
「ところで、まだ筬は王都から届かないんですか?」
「こればっかりは待つしか無さそうだ。だが、筬が無ければ織れんだろうから、ガリナムの旦那の嫁さんがせっついてくれるに違いねぇ」
「となれば、糸を紡ぐだけでもしておかねばなりませんね。糸車は手配してくれたのでしょう?」
「経糸用と横糸用を3台ずつ頼んである。足りなければ更に増やすぞ」
そうなると、紡ぎ場も賑やかになりそうだな。
「受け取ったらちゃんと教えてくださいよ。リュウイさん達に教えて貰わねばなりませんからね」
分かった、分ったと返事をしてるが、サルマンさんも奥さんには頭が上がらないみたいだな。それを小さなころから見ているミーメさんが家庭を持ったら、同じように旦那を躾けるんだろうか? ちょっと、まだ見ぬ未来の旦那さんが気の毒になってきたけど、美人の嫁さんを貰えるんだからそれ位は我慢できるだろう。
いつもよりも野菜の多い漁師鍋で夕食が始まる。
食事が終わったところで俺達は引き上げることにしたのだが、サルマンさんは漁師達の帰りをここで待つつもりのようだ。
全員の無事な姿を見てから家に帰るのだろう。
・・・ ◇ ・・・
翌日も、俺達の朝食が終わった辺りで、ご婦人方が訪ねてきた。
俺達は邪魔だろうから、レイナスを連れてギルドに出掛ける。本職はハンターだからな。おもしろそうな狩りがあればシグちゃん達を誘ってあげよう。
ギルドに入ると、ミーメさんに挨拶したところで掲示板の依頼書をレイナスと眺める。
冬場だから本来は大型の食肉用の獣を狩りたいところなんだが……。
「おもしろそうな狩りが無いな」
「ああ、それに肉用の獣の依頼も無いぞ」
チラリとカウンターに目をやると、ミーメさんが俺達のところにやって来た。他にハンターもいないから暇なんだろうな。
「リュウイ君達向けは残念ながら、今朝がた2つのハンターグループが請け負ってくれたわ。リスティン狩りとヤクー狩りよ」
「やはり早起きしないといけないんだろうな。リュウイがもう少し早く起きてくれれば……」
「これでも早起きになってるんだぞ。昔は朝日が昇るところなんて見たことも無かったからな」
俺の言葉を聞いて、2人がため息をついて頷いている。もっと早く起きろって事なんだろうか? だが、人間無理なものは無理だと思うんだけどな。
そうなると、残ってるのは野犬狩りがほとんどだ。
誰も受けないなら、俺達が受けることで良いんじゃないかな。
「やはり野犬狩りって事になりそうだな?」
「ああ、だが、まだまだ依頼の期間がありそうだ。レベルの低い連中に残しておくべきじゃないのか?」
それも考えなければならない。
全てのハンターがこの村に家を持っているわけではないのだ。多くが宿屋暮らしか民泊だから、レベルが低い連中の宿賃用に残しておくというのも理解出来る。
レイナスも苦労人だから、そんな配慮を自然としているんだよな。少し見直してしまったぞ。
「ある意味、平和って事なんだろうな。ヤバそうな獣はいないようだし、ハンターは俺達以外はキチンと依頼を受けて狩りをしている」
「俺達も、その日暮らしなら直ぐにも依頼書をカウンターに持って行かなくちゃならないからな。家を譲って貰ったサルマンさんに感謝だ」
そんな事を言いながら暖炉の傍に椅子を持ってきてレイナスが腰を下ろす。
俺達も椅子を持ち寄って腰を下ろすことにした。2、3日は狩りを休みにしても良さそうだ。
パイプを取り出して火を点ける。今日はここでのんびりしていよう。