O-091 髪飾り
森の中の第2広場で一泊して、村に戻ってきた。
報酬の銀貨を4枚ずつ受け取って俺達の家に戻ると、家の外にまで機を織る音がトントンカラリと聞こえてくる。
何人か娘さん達も来ているんだろう。そうっと扉を開けて中を覗くと、案の定シグちゃん達の外に数人の御婦人と娘さんがいる。テーブルに座っておしゃべりを楽しみながら刺繍をしているようだ。
「あら、帰ったんですね。ご苦労さまでした」
シグちゃんが直ぐに席を立って、俺達のところにやって来ると、俺達に【クリーネ】を掛けてくれた。
絹を織っているから埃やゴミは厳禁だからな。狩りから帰った俺達はシグちゃん達から見れば埃の塊に違いない。
「ありがとう」と言って、シグちゃんに報酬を渡したところで自室に戻って着替えを済ます。
俺達がリビングに来た時には、刺繍道具が綺麗に片付けられて、お茶が用意されていた。何か、無理に休息を取らせてしまった感じだな。
シグちゃん達の隣に座ってお茶を頂いていると、メルさんがテーブルの下に置いた手カゴから何やら取り出してテーブルに乗せた。
俺の折ったツルじゃないか……。やはり、教えてくれというのかな?
「これはバンターさんが紙を折って作った、とシグちゃんが教えてくれました。その時、紙と同じように布が作れれば折れると言っていましたね?」
もう1度、テーブルの下に手を伸ばすと、正方形の布を取り出したのだが……、ピンと張っているから、まるで紙のように見える。
「ははぁ……。糊付けしましたね。ですが、これなら織ることが出来ますよ」
慣れた手つきで三角に折って、次に両側から折って行く。
ぱたぱたと慣れた手つきで織るのを、テーブルでお茶を飲んでいるご婦人方が感心してみているようだ。
「はい。これで完成です。やはり絹ですから光沢があって綺麗ですね」
全員からため息が漏れる。確かに綺麗だからね。
「もう少し小さな布でも折ることができますか?」
「たぶん準備しているんでしょう? 全部出してください。どこまでの大きさなら出来るかを試してみましょう」
「分かりますか?」といたずらが成功したような笑顔を見せて手カゴから取り出した布は、パリと張りのある絹だ。10cm程の大きさから5cm程の大きさまで数枚ずつ揃っている。
それでは……、と折り始めたのだが何度も折り返すとツルの姿に似せた物体が出来るのを魔法のように皆が見ているんだよな。
もう少し小さなものも折れそうな気がしたので、3cm四方に絹を切り取って折ってみた。さすがに折り返し部分が指先でつまめないので、シグちゃんにボルトを1本借り受けてヤジリを使って折り続け、どうにか小さなツルを作ることができた。
「順番と折る方向が分れば私達にも折ることができそうですね?」
「それ程、難しくはありませんよ。俺にでも作れるんですから。でも、これをどうするんですか?」
メルさんが手カゴから取り出したのは、銀の鎖と短い棒のようなものだった。
俺の作った小さなツルを銀の鎖の先端に絹糸でしっかりと縫い付けると、鎖を銀の棒に小さなペンチで取り付けた。
「これを作ろうと思ったんです。最初に折って頂いたコーレルなら1羽を鎖で下げられますが、この大きさなら2羽下げられますね。綺麗な髪飾りになります。それと、これもバンターさんの提案でしたね」
綺麗なコサージュがカゴから出て来た。すでにコサージュを作る技術はあったんだな。材料が変わっただけだから比較的簡単だったようだ。
「絹の反物以外に、この装身具を届けてみようと思っています。端切れで作ってありますから、それほど値段が高くなるとは思いません。ですが、絹を身に着けることが出来るでしょう」
ツルなら部屋の飾りに丁度良いと思っていたんだけど、こんな使い方もできるんだな。
シグちゃんにせがまれて、皆にツルの折り方を教えることになった。
折紙という概念は無かったようだ。最初は戸惑っていたけど、段階を追ってきちんと教えると、直ぐに大きめのツルなら折れるようになった。
後は慣れるしかないんだけどね。ついでにふくら雀も教えてあげると、かわいらしいと喜んでくれた。
メルさん達の顔がほころんでいるのは、少女のような手習いをしているだけではないんだろう。少し手先の器用な婦人なら十分にこの仕事を行うことができると確信しているからに違いない。
これも特許を取っておいた方が良いのかもしれないな。
翌日は朝から雨が降っている。
すでに初冬なんだろう。雪は降らないようだが、冷たい雨は結構降るんだよな。
絹を織りに来るご婦人方の為に暖炉に火を起こしたところでレイナスを伴って、機織り場の様子を見学に出掛けた。
機織り場は建物の外装が終わって中を作っている最中だ。大工さん3人と、漁師の小父さん達が一緒になって働いている。
「リュウイじゃないか! どうだ、この出来で?」
俺を目ざとくサルマンさんが見つけると、俺達のところににこにこしながら歩いて来る。
「だいぶ立派になりますね。6台置けそうです」
「もっと作れと言われるに決まってるからな。とりあえずはこれで良いだろう。需要があれば隣にもう1つ建てれば良い」
すでに床板を張るところまで来ているから、10日も経たずに完成しそうだ。その後で織機を運び込むことになるんだろうな。
建物は東西に長いので、両側に暖炉が作られている。それでも寒いようなら、建物の真ん中に火鉢を置けば良いだろう。炭屋も儲かるだろうな。そんな事で村の全体が動くから、何らかの形でこの事業に参加することになるのかも知れない。
「隣が紡ぎ場だ。そっちは完成してるから、妻達がそろそろ紡ぎを教えると言ってたな」
「糸が無ければ織れませんからね。今年の冬には本格的に始められそうです」
「ああ、俺達は海で漁をする。妻達は浜で機を織る……。そんな暮らしだが、他の村から比べると格段に豊かになるんだろう」
そんな事を言いながら俺の肩をポンっと叩いて歩き出した。付いて来いって事なんだろうな。レイナスと顔を見合わせて頷いたところでサルマンさんの後ろに付いて行く。
着いたところは番屋だった。
数人の漁師達が、大きな囲炉裏を囲んで漁具の手入れをしている。サルマンさんに気が付くと、頭を下げて奥の席を空けているから、網本というのは皆から尊敬される立場なんだろうな。確かに、色々と仕切ってるけどね。
「ハリネイも来てたのか。リュウイよ、こいつが俺の跡取りだ。俺に万が一があったら、こいつを支えてやってくれ」
サルマンさんの息子さんと言う事は、ミーメさんのお父さんって事か?
赤銅色にはまだ焼けてはいないけど、精悍な顔つきは若い時分にはさぞかし村の娘さん達に騒がれたに違いない。
サルマンさんよりも、メルさんに似ている感じだな。
「父より散々話を聞かされましたよ。ハリーと呼んでください。しばらく村を離れてましたので、この村の変わりように驚いてますよ」
「サルマンさんに世話になってますリューイと言います。隣はレイナスと言ってハンター仲間になります。隣の古い番屋を譲っていただきましたので、この村でハンターを続けています」
俺達が思ったよりも若いので、最初は驚いていたように思えるな。サルマンさんが若いハンターだと言っても、20歳そこそこだとは思わなかったんだろう。
「この村に置いておくのがもったいないくらいの物知りだ。王都のギルドからガリナム殿が欲しがってるくらいだがこいつらはそれを良しとしないようだ」
「人が多いと息が詰まりますし、俺達はハンターですからね。近くに良い狩場があるんですから狩場を離れる必要はありません」
そんな俺の言葉に苦笑いを浮かべながら、酒カップをハリーさんが渡してくれた。
酒を飲みながら、狩りや漁の話で盛り上がる。
囲炉裏では干し魚が次々と炙られ、酒のビンが回される。
嫁さん達が頑張って新しい産業を作ろうとしているのに、夫達の酒盛りは何となく問題があるようにも思えるが、手伝える仕事が無ければ祝う事も手伝いの内というサルマンさんの話に皆が頷いている。
良い漁師は飲める猟師、という一家言を持っているくらいだからそうなるんだろうな。
奥さん連中にとっても邪魔をされたくないから、ここで飲んでいる分には旦那に文句を言わないのもあるんだろうな。
「それでだ。……リュウイよ、おもしろそうな漁を知らないか? 簡単な奴が良いぞ」
「そうですね……。大掛かりなら色々とあるんですが、簡単と言う事でしたらカゴ漁というのはどうですか?」
サルマンさん達の漁は、グラフィンを除けば網と釣りになる。
網は大潮で魚の群れが見えた時に行う地引網と、50m程の長さの刺し網だ。釣りは胴付仕掛けの底物狙いと言う事になる。
水温が高い時分には素潜りで銛や小さな網を使っての漁が行われている。見た感じではカゴを使った漁は行われていないようだ。
「何だ、そのカゴ漁ってのは?」
「こんな感じのカゴを作って中に餌を置くと、魚やエビが入るんです。冬ですから皆さん胴付仕掛けで手釣りですよね。一晩仕掛けて翌日に引き揚げれば何匹かは入ってるかも知れませんよ」
俺の描いたメモを真剣な表情で漁師達が眺めている。
直径2D(60cm)で長さが6D(1.8m)、左右の開口部には円錐状の仕掛けを付ける。
「入ったら、これが邪魔で出られないって事か……。おめえら、分ったな? 明日から3つ作るぞ。それでどんな具合か分かるだろう」
サルマンさんの言葉に漁師達が一斉に頷いた。
果たして、どんな魚が掛かるんだか分からないけど、何も入らないってことは無いんじゃないかな。