P-090 胴を貫けばこっちのもの
俺達が向かうのは第4広場の先らしい。前にサラマンダーを狩った場所の近くになるんだろうか?
北門を出て畑の小道を東に歩く。
途中で昼食を食べ、今夜は第4広場の西側で野宿をする予定だ。
どうにか、夕暮れ前には着いたけど、最近狩りをしていないから、足が鈍ってるようだな。少し足が疲れてしまった。
夕食を終えて、焚き火を囲みながら足を揉んでいると、レビトさんが魔法を掛けてくれる。【サフロ】と呟いたから、治癒魔法なんだろうけど、こんな使い方も出来るんだな。
「ありがとうございます。足が軽くなりました」
「リュウイはハンターなんだから、体を鍛えておかないとイザと言う時に困るぞ。まあ、事情は色々と聴いてるけどな」
ローエルさんが蜂蜜酒をちびちびと飲みながら俺を見て笑っている。
確かにそうなんだけどね。
チラリとレイナスを見たが、彼はいつも通りで疲れた様子も見せない。俺だけって事なんだろうか? これでも毎日砂浜で素振りをしてたんだけどな。
「砂浜を駆けると足の力が付くぞ。俺は朝稽古の前に西の岩場まで往復してるんだ」
俺の姿を見て、苦笑いしながらレイナスが教えてくれた。
確かに砂浜を駆けるのは足腰の鍛錬になると聞いたことがある。俺も帰ったら始めよう。これ位でへばっては、イリスさんの教えを受けたハンターとして恥ずかしくなるからな。
「明日は、いよいよオルゴルコイだ。2人ずつ交代で休むが、リュウイ達は最初に安め。夜明け前に起こすからな」
ローエルさんの言葉に、早速マントを体に巻き付けて焚き火の近くで横になる。
直ぐに睡魔が襲ってくるのはそれだけ疲れたと言う事なんだろうな……。
身体を揺すられて目が覚める。
東の方向が少し白んできているが、朝はまだ遠いようだ。俺とレイナスの番だな。
いびきをかいて寝ているレイナスを揺り起こして、ローエルさん達と焚き火の番を交替する。
大きなアクビをして目をごしごしと擦っているレイナスにお茶を渡して、俺も一口飲んだ。少し苦いが、眠気覚ましには丁度良い。
「ニガ! これは苦すぎるぞ」
「まあ、我慢して飲むんだな。俺も一緒だ。焚き火の番だから目を覚ましとかないと大変だ」
俺の言葉に頷いてゆっくりと飲んでいる。パイプに焚き火の火を移して、とりあえずのんびりと周囲を観察した。
虫の鳴き声も聞こえるし、早起きの小鳥が何羽か目を覚ましたようだ。
今のところ危険は無さそうだな。それでも、手近に短槍を置いていつでも攻撃できる状態を保つ。
「第4広場は久しぶりだな」
「ああ、この辺りから奥は上級者向けだからな。俺達にはまだまだ狩るのが難しい奴らもいるはずだ」
俺の言葉にレイナスが頷いて、パイプにタバコを詰めている。
明るくなればレビトさん達も起きてくるだろうけど、それまではまだ間がある。
昔の狩りを色々と思い出しながら、互いに反省する。たまにこんな話を皆でするのも良いかもしれないな。
帰ってから暖炉の前でワインや蜂蜜酒を飲んで狩りの思い出を語ることはあっても、昔の狩りまでは話題にはしたことが無かった。
今考えると、もう少しマシに狩れたのかも知れないと、互いに反省することが多々出てくる。
「いろんな武器の使い方を覚えた気がするぞ。だが、一番のお気に入りはヌンチャクだ。昔あれを知っていたなら、ひょっとしてここに流れて来る事が無かったかもしれないな」
「だけど、それで満足したらガトル止まりになる。やはりある程度は武器を使いこなせないといけないって事になるんだろうな。俺達は片手剣に短槍、クロスボウにヌンチャクが使える。かなり狩りの幅が広がっていると思うな」
レイナスが、ポットのお茶を自分のカップに注いで俺にポットを渡してくれた。
注いだお茶は、さっきよりもだいぶ薄く感じる。ポットを戻して一口飲むと、丁度良い感じだ。レイナスと顔を見合わせて苦笑いを交わす。
空が明るくなるころに、ローエルさん達が起きて来た。
朝食をさっさと済ませて、俺達はいよいよ狩りを始めることにした。
先を行くのは、レイナスと少し年上のネコ族の青年だ。周囲をしきりに眺めながら進む姿を後ろで見ているとネコ族が生まれながらの狩人だと言う事が良く分かる。
「中々姿が見えねえな。すでに東に向かったんじゃないのか?」
「そうでもなさそうだ。先を行く連中の警戒の度合いが高まっている」
確かに尻尾が太くなっている。やはり近くにいると言う事になるんだろうか?
突然レイナスが立ち止った。俺のところにやって来ると、槍を俺に預けて俺の担いだカゴの中からクロスボウを取り出した。
「あそこにヤクーがいるようだな。餌に使うんだろうが片足位は今夜のおかずになりそうだぞ」
ライナスがクロスボウを持って、もう1人のネコ族の男と素早く先行していく。
直ぐに、槍の柄に縛りつけたヤクーを担いで2人が戻ってきた。
「これを餌に出来そうだが、問題は場所だな……。あそこにするか?」
「大岩のそばか。あれなら下から襲われることはねえ」
50m程先にある平たい岩を、ローエルさんが腕を伸ばして俺達に教えてくれた。
周囲の林から枯れ枝を集めて俺達は岩の上で焚き火を作る。
20m程先にヤクーを解体してばら撒いたから、ヤクーの肉を焼きながらオルゴルコイの現れるのを待つことになった。
いつでも飛び出せるように、槍を2本手近な場所に置いてパイプを楽しむ。そんな俺達にラビトさんがまとめて【アクセラ】を掛けてくれた。
「この歳になって初めての獲物ってのもあるんだな。ローエル、どう狩るんだ?」
「リュウイ達が教えてくれた。奴の胴を槍で貫くと、地面に潜れなくなる。そこを狩れば良い」
「槍ってことか。なるほどな」
サドミスさんが感心した表情で俺達と手元の槍を見ていた。おもむろに立ち上がって、近くの林から2本の棒を切り取って来た。
「俺達はこれで作れば良い。ローエルはその杖を使うのか?」
「そうだな。そろそろ作っておくか」
ローエルさん達が杖や木の棒に短剣を括り付けている。同じように簡易槍を作るつもりのようだ。
レイナス達はパイプを咥えて餌をばら撒いた付近を眺めているのだが、耳がピコピコ動いているところを見ると。周囲の様子も探っているんだろうな。
「ところでリュウイ、あの呪いは何なんだ?」
「あれですか? 地面の中を大きな奴が動くんなら地面も動くでしょう。それをあの振り子が教えてくれるかもしれません」
細い棒の先に糸で小石を結んだものを、餌の周囲に何本か差しておいた。上手く行けばやって来る方向も分かるかも知れないけど、果たしてどうなるかな。
パイプに新しいタバコを詰め込んでいると、レイナスが俺達に顔を向ける。
「リュウイの仕掛けが動き出したぞ。南西の奴が一番動きがあるが、東の方も動いてる」
「何だと! それじゃあ……」
「ああ、2匹と言う事になるな。俺とリュウイ、サドミスはレイナス達を指揮してくれ。レビトは俺達の援護を頼む」
素早く、ローエルさんが俺達を2手に分ける。
状況に応じて、柔軟にパーティを指揮するのは見ていても気持ちが良いし、パーティの連中だって信頼してくれるだろう。
さてどうしよう? 何て迷うようなリーダーなら直ぐにパーティは解散してしまうだろうな。
「良いか、奴が姿を現したらゆっくりと近付いて、槍を投げるんだ。動きは素早いと言う事だから、攻撃を受けたら直ぐに潜ってしまいかねない」
「それを槍で阻止するんだろう。だいじょうぶだ、こいつらの腕は知っているからな」
大岩の端でローエルさんとサドミスさんが餌を撒いた付近を眺めながら話している。すでに槍を両手に握っているからいつでも獲物に向かいそうだ。
俺達はその後ろから、得物を持って成り行きを見守っている。
小石を吊った棒の動きが段々と大きくなっていく。
突然、餌を撒いた辺りの地面が盛り上がり、にゅ~っと赤銅色のパイプが地面から伸びる。
パイプの上部がUの字に曲がると、先端の尖った部分が3つに割れて花のように開く。
中から鞭のような触手が出ると、辺りを探り始めた。
どうにか餌を探り取ったようで、数本の触手が更に伸びて肉片を掴んでいる。
「もう1匹も出るようだぞ!」
ローエルさんの声に東を見ると、最初の1匹より少し離れたところに、もう1匹のオルゴルコイが姿を現した。
「俺が東で、サドミスが最初の奴で良いな」
「ああ、ローエルの方が1人少ない。上手くやってくれよ」
「準備ができたら槍を上げる。レビトは俺とサドミスの槍が両方上がったところで、真ん中に【メル】を撃ってくれ。それを合図に俺達が狩りを行う」
レビトさんが頷いたのを見て、俺達は大岩の後ろからゆっくりと地面に下りる。
左右に分かれて、俺はローエルさんの後ろをなるべく静かに歩いているんだが、けっこう気疲れするな。レイナスなら足音も立てずに素早く動けるんだけどね。
大きく北に回り込んでオルゴルコイの斜め後ろに出ると、ローエルさんがゆっくりと槍を頭上に掲げた。
俺を振りかえって頷いたので、俺も頷き返す。
槍を掴んでローエルさんの左横に並んだ。オルゴルコイとの距離は10m程だ。槍をいつでも投擲できるように構えたところで、さらにゆっくりと足を進める。
数mの距離にまで迫った時、前方で火炎弾が炸裂した。
俺達は数歩前に飛び出して、オルゴルコイめがけて槍を投げる。
急いで後ろに戻って、途中に置いて来た槍を掴んで戻ってみると、オルゴルコイが地面に潜ろうと体を震わせているのが見えた。
2本の槍が奴の胴体を貫通して穂先を向こう側に出しているから、潜ろうとしても引っ掛かって出来ないようだ。傷口から体液を噴き出しているからこのまま放っておいても死んでしまうんだろうな。
「上手く行ったな。サドミス達もあの通りだが、力尽きるのを待つしか無さそうだ」
「そうなると、他の獣が心配ですね。かなり森の奥に入ってますから何がやって来るか分かりません」
早めに何とかしないと、次がやって来そうだ。
ローエルさんも俺の言葉に頷いたところを見るとその危険性を分かっているみたいだ。
俺とレイナスの残った槍を使って、1匹ずつ地面の中から頭を掘り起こしたところをローエルさんが頭を切り取った。
頭の中にある毒袋を慎重にサドミスさんがナイフで取り出して袋に入れている。
どうにか2匹の毒袋を取り出したところで、この場所から逃げるように西に向かう事になった。
レイナスともう1人のネコ族の青年がしきりに周囲を気にしてたからだろう。たぶん野犬辺りが集団で移動して来たのかもしれないな。