P-009 弓での採取
次の日、昨夜のスープを温めて、薄くて平たいパンを食べる。
お弁当は黒パンにハムを挟んだものだと思うが、このパンにハムを乗せてクルクルと巻いても美味しそうだな。
囲炉裏の火を真中に寄せて灰を乗せる。
こうしておけば帰って来た時に火種として利用できるはずだし、火事の危険性も無い。
装備を整えて、スニーカーを履く。これもだいぶくたびれてきた。
俺とシグちゃんが外に出ると、レイナス達は既に準備を整えて外で待っていてくれた。
「すまない、待たせてしまって!」
「なに、構わないさ。まだ、朝は早い。それに依頼の期限は5日もある」
そして俺達は歩き始めた。
先頭は、レイナスだ。その後をファーちゃんとシグちゃんがおしゃべりしながら歩いてる。そして最後尾を俺が杖をつきながら歩いて行く。
村の中へと戻らずに、海岸線を辿るようにして東に向かうと、村の防壁を過ぎたところで森が見えてきた。
意外と近い場所にあるようだ。まだ1時間も歩いていないぞ。
「森に入るぞ。足元に注意するんだ」
先頭を歩くレイナスが後を振り返って俺達に伝える。俺達よりは経験が豊富だ。此処は言われる通りに動くのが賢明だろう。
シグちゃんは弓を背負って杖をついているがファーちゃんとレイナスは杖を使っていない。
足元が不安なら杖を使った方が安心だから、昼食時にでも作ってやるか。
「デルトンの依頼があったという事は、毒蛇がいるかも知れない。なるべく俺の後を付いて来てくれ」
「なら、これがいるだろう。使ってくれ!」
レイナスの話を聞いて、俺が持っていた杖をレイナスに投げる。
パシ!っと手で受け取ると、足元を探るようにして先に進んでいく。
やはり、杖は必需品だな。
1時間程歩いた所で、森が開けた。小さな公園位の広さに草原が広がっている。
俺達はきょろきょろと辺りを見渡しながら薬草を探す。そしてレイナスは周囲に監視の目を光らせていた。
「あった!」
「ホントにゃ。集団で生えてるにゃ!」
早速、俺達はサフロン草を採取し始めた。
3人で取るからたちまち10個以上が籠に入る大きめの籠をファーが持っていたようだ。シグちゃんのでは50個は無理だからな。
1箇所見つかればしめたものだ。次々と群落が見つかる。
そして、昼近くになった頃には70個近いサフロン草の球根を手に入れた。
残りは、ライトンの実が20個だが、日当たりのいい場所探していたレイナスは、此処には無いと言っていた。
「とりあえず、食事だ。その後で少し森を進んでみよう」
直ぐに俺達は準備を始める薪を取るついでに真直ぐで手頃な枝を2本手に入れる。俺とファーちゃんの杖を作らないとね。
昼食のハムを挟んだ黒パンをお茶を飲みながら食べ終えると、パイプを咥えながら杖の製作に取り掛かる。
と言っても、長さをあわせて余分な枝を切取るだけだ。
「杖を作ってるのか?」
「あぁ、レイナスとファーちゃんのだ」
「悪いな。悪いついでにこの杖より少し長めに作ってくれないか?」
そう言って、これ位と両手で長さを俺に教えてくれる。
30cm位か、俺が使ってたのが1.5m位だから、6尺棒って感じになるな。
先ずはファーちゃんのを作って、レイナスの杖は最後に仕上げた。長いから太さを合わせるのに苦労するぞ。
ホイって2人に渡すと、頭を下げて俺に礼を言う。
皆で杖を手にしたところで、少し森を奥に進んだ。
相変わらずレイナスは杖で足先に探りを入れている。少し長さが増したから探るのが容易に見える。
丹念に探っているのは、何か因縁でもあるのだろう。一度痛い目に合うと、人は忘れないからな。
そして、2つ目の開けた場所に出た。広場の大きさも最初とほぼ変わりない。
その森の北側の梢を丹念にレイナスが調べ始める。
「あったぞ。あれだ!」
レイナスの指差した梢の先には、握り拳位の青い木の実が蔦からぶら下がっている。
だが、ちょっと高くないか?
木の高さも結構あるが、枝先の端に巻きついた蔓に生っている木の実を採るのは、……採るより先に枝が折れてしまうだろう。
「どうやって採るんだ?」
「これを使う。ファー、頼むぞ!」
バッグの袋から細い紐を取り出すとファーの取り出した鏃の代わりに先に乾電池位のの木片を付けた矢に結び付けた。
その矢を森の方からライトンの実がぶら下がった蔦を目掛けて放つと蔦の上を飛び越えて広場に落ちた。
「次ぎは、この紐に替えるんだ」
そう言って、先程の細紐の手元に革紐を結わえる。
広場の方の細紐を引くと、革紐がスルスルと蔦に延びていった。
革紐の先が蔦を越えて手元に戻ってきたとき、思い切り革紐を引くと枝先から蔦がパッと離れてライトンの実とともに落ちてきた。
「なっ! 採れただろ。ちょっと面倒だけど、弓矢はこんな風にも使えるんだ。直にシグちゃんも出来るようになるさ」
確かに、目から鱗の採取法だ。
細い紐と革紐か……。村に戻ったら早速手に入れなくちゃならないな。
シグちゃん達が蔦から採取したライトンの実は6個だった。
残り14個だな。
この広場で更にライトンの実を付けた蔦を見付けて、同じように採取する。採れたのは全部で23個。どうにか依頼をこなせたようだ。
日も傾いてきたところで、俺達は村へと引き上げた。
朝と同じように砂浜から村へと入ると、早速ギルドに向かう。
カウンターのミーメさんに依頼の達成を報告して、最初品を引き取ってもらい、依頼書を渡す。
丁寧に個数を確認して、俺達に渡してくれた金額はサフロン草が72個で92L。ライトンの実が20個で50Lの142Lだ。
「3個は次の依頼に使いなさい。通常価格だと1.5Lだから少し損よ」
「分りました。そうします」
掲示板に行って見ると、なるほど同じようにライトンの実の依頼書がある。
今日と同じように、サフロン草とライトンの実の依頼書を手にしてミーメさんに依頼を受ける手続きをして貰った。
そして、番屋に帰る前に雑貨屋へ向かい、細い紐と革紐を手に入れる。
「こんな形に木を削るのが、この村でできる?」
「なんか、変った糸巻きですね。簡単な木工ならお爺ちゃんができると思います。ちょっと待ってくださいね」
俺の頼みを聞くと、糸巻きを持って奥へと向かった。
「何を作るんだ?」
「ちょっとした仕掛けだ。上手く行けばレイナスも作れば良い」
直ぐに置くから娘さんが帰ってきた。
「直ぐに作れるそうです。糸巻きは1Lですが、工賃とあわせて2Lになります。大丈夫ですか?」
「あぁ、安いもんだ」
そう言って、銅貨を2枚カウンターに乗せる。
すると、そこにシグちゃんが毛糸玉と編み棒を載せてきた。
「これも、お願い!」
「あれ? シグちゃん編み物ができたの?」
「私が教えるにゃ。複雑なのはダメだけど基本は教えられるにゃ」
ファーちゃんが俺に答えてくれた。
「確かに、冬にはセーターが欲しいところだ。手袋や靴下だって俺のはファーが作ったものだ」
「へぇ~、器用だね。シグちゃんもそんなファーちゃんに教えて貰えるなら安心だ」
よろしく、お願いします。とファーちゃんに頭を下げる。
「できたら後で見せてくださいね。手袋や靴下は買取りもできますから」
そう言って、シグちゃんに編み物セットを袋に入れて渡してくれた。値段は10Lと言うことだが、手袋だけでも5Lと言うことだから、漁師のおかみさん連中の冬の収入源となっているようだ。
「できたぞ。こんな形に糸巻きを作って意味があるのか?」
三角錐の上部を横に切ったような形の糸巻きだ。
ロクロがあるらしく、綺麗に仕上がっている。
「これで良いんです。これに紐を巻きつけると、こんな風にひっかからずに紐を伸ばすことができるんです」
「糸巻きの糸を縦に引き出すなどあまり聞かないのう。長生きはするもんじゃ」
そう言って、俺の掌に糸巻きをポイっと置いて奥へと歩いて行く。
カウンターの娘さんに礼を言って俺達も番屋へと引き上げた。
これで俺達も、レイナス達と同じようにレイトンの実を採ることができるだろう。
番屋に着くと、レイナスが囲炉裏の灰を退けて種火を取り出して薪に火を点ける。
俺はポットと鍋を持って裏手の井戸から水を汲んでくる。
夕食をシグシグちゃん達に任せると、薪の中から太い枝を5cm程切り取って矢の先端の錘を作る。
簡単にナイフで整形して、サバイバルナイフの先を錐のように使って穴を開ける。
シグちゃんから矢を1本貰い、松のような枝から採ったヤニを棒の先で囲炉裏の火にかざして温めると、手製の錘に作った穴に流す。そこに鏃を外した矢の柄を強く押し付けて固定した。
「お前も中々器用だな。見ただけでそこまで作れるとは……」
「まぁな。次ぎはこれだ」
そう言って、テーパのついた糸巻きを取り出した。間を大きく取って螺旋に細い紐を巻いていく。
スピニングリールに糸を巻くようなものだ。これはオヤジから教わったからな。テーパにすれば、簡単に抵抗なく糸が伸びる聞いたぞ。
流石に革紐はこのまま持っていくしかないけどね。
「できたよ。カップを出して!」
シグちゃんがそう言って俺達のカップにお玉でスープを入れてくれた。
ファーちゃんが薄いパンを1枚ずつ配ってくれる。最後に1枚のパンを半分にして俺とレイナスに渡してくれた。
塩味の利いた野菜スープにはハムの薄切りが浮かんでいる。
相変わらずシグちゃんは料理が上手だな。
そして夕食が終ると、シグちゃんはファーちゃんの横に並んで編み物を教えて貰い始めた。
仲が良い姉妹のようだな。
そんな2人を眺めながら、弓と一緒に手に入れた中古の短剣を分解していく。
鉄の板を短剣の形に整形して刃先をヤスリか回転砥石で無理やり削って作ったような品物だ。プレスで作ったような感じだがこの時代には無い筈だから、熱した状態でタガネで切取ったんだろうな。
全体的に同じ厚みで作られてるから、かなりの安物には違いない。
だが、それが丁度良い。
サバイバルナイフのサイドケースに付いている小型の鋸を取り出すと杖の上部を縦に切れ目を入れていく。
短剣の握りに入る刀身の部分は5cm程だ。それが入る厚みと深さに鋸で切れ目を入れていく。
「何をしてるんだ?」
「これか? 槍を作ろうと思ってるんだ。中古で数打ちの短剣だからな。短剣としては余り役立たないだろうが、槍なら少しは使えるんじゃないかと思ってな」
ふ~んっと言う、懐疑的な応えをしてる。
それでも、レイナスはパイプを咥えながら俺の作業をジッと見ていた。
留金の位置を慎重に測ってナイフの刃先で杖に穴を開ける。
終わった所で、短剣の刃先を杖に取付けると、留金を打った。
そして、今度は革紐を1m程切り取って桶に入れるとポットのお湯を注いだ。
パイプを一服する間お湯に浸け込むと、切れ目を入れた部分に紐をきつく巻つける。
末端を縛ると巻きつけた紐に紐の先を通して切取る。
最後は紐を囲炉裏の火でゆっくりと乾かせば完成だ。