P-088 染料作り
20匹近い山犬がこちらを睨んでいる。
殺気がガトル並みだ。明らかに野犬とは異なる。レイナスが獰猛だと言ったのも頷ける。
シグちゃん達は焚き火とカモフラージュネットの間にいるから少しは安心できるな。焚き火も焚き木を足して広げているから、良い防壁になるはずだ。
ヌンチャクを持ったレイナスが焚き火の右手に立ち、俺は三節昆持って左手に立つ。
唸り声を上げて、襲って来た山犬の群れに飲み込まれないように昆を振った。
山犬の叫び声と俺達の武器を振う掛け声だけが荒地に吸い込まれていく。
ゴツ! と昆が山犬の頭を砕いた。
次の獲物を素早く探すが、どうやら終わったようだな。
「怪我は無いか!」
「「だいじょうぶです(だ)!」」
どうやら無事だったみたいだな。
レイナスが早速、皮を剥ぎ始めたぞ。ところで、山犬の換金部位ってどこなんだ?
「私達もレイナスさんを手伝いますから、リュウイさんは穴を掘ってください」
「分かった。大きい奴だね」
とはいえ、持っているのはスコップナイフだけだからな。
薬草採取には丁度良いんだけど、大きな穴は適さない。
キャンプで使っていた携帯用のスコップが欲しいな。あれの原型は塹壕を掘るために兵隊用の個人装備だと聞いたことがある。両脇を良く研いで突撃にそれを持って行った者も多いと聞いたから、狩りでも役に立ちそうな気がするな。
魔法の袋に入れておけば持ち運びに苦労もしないだろう。
ぶつぶつ言いながら穴掘りをしている俺を不憫の思ったのか、途中からシグちゃん達が手伝ってくれた。別に不満があったわけじゃないんだが、周囲からはそう見えたのかも知れないな。
どうにか山犬を埋めたところで、お茶を飲みながら一休み。
既に夕闇が迫っているけど、この後どうするかだな。
「野犬も山犬も同じだから、依頼の数はこなしているぞ。村に戻ろうと思うんだが?」
レイナスの言葉に俺達は頷くことで返事をする。
本来の目的が染料を得るためだから、これで十分だ。一応、ローエルさんに山犬の話をしておけば良いだろう。
野犬よりは遥かにすばしこく動くやつだから、初心者ハンターにはちょっと辛いだろうからな。
背負いカゴにカモフラージュネットを入れて、村に戻った時にはすっかり夜になっていた。
閉まっていた北門の扉をどうにか開けて貰い我が家に戻った。
メルさん達がリビングを使っていたはずなんだが、綺麗に片付いているな。シグちゃん達があちこち確認して、ちょっと沈んでいる。
どうやら少し掃除をし残した部分があったみたいで、それが綺麗に掃除されてるのを見付けてしまったようだ。
でも、それほどへこむ事はないと思うな。主婦ではないんだし、俺やレイナスだったら大きいのを片付ける位で終えるところだ。
「綺麗に使ってたにゃ……」
「暖炉の灰まで掃除されてました……」
食事を取りながらまだ言ってるぞ。
「シグちゃん達は十分にやってくれてるよ。俺とレイナスだったら足の踏み場もないんだろうな。綺麗好きは織機を使いながら身に染みてるんだろうな。埃やチリを嫌うからね」
「ファー達も絹を織れば身に着くはずさ。それに俺達の本業はハンターだからな」
レイナスも気にするなと言っている。そんな俺達に頷いて、食事を取り始める。
とは言え、何となくサルマンさんが家よりも隣の番屋にいることが多いわけが分ったような気がするな。
翌日は、朝早くからシグちゃん達が掃除を始めた。【クリーネ】で一発かと思ったんだが、対象を認識しないといけないとかで、掃除に使うとどうしてもむらが起きると説明してくれたんだが、それなら多重に掛ければ済みそうだけどね。
朝食を済ませて、お茶を飲んでいると、扉を叩く音がする。
どうやらメルさん達がやってきたらしい。
今日は、糸を染める試験をしようという事だから、それはレイナス達に任せて俺はギルドに昨日の狩りの報告に向かう。
背負いカゴに入った山犬の毛皮と牙をもって、ギルドの扉を開けた。
「野犬の依頼だったんだけど、出て来たのはこいつ等だった。レイナスが一応同列と言ってたんでこれで依頼完了になるのかな?」
「どう見ても山犬よね。問題はないけど、ローエルさんに話しといた方が良さそうだわ。丁度、いるから帰りにお願い」
報酬を受け取って、奥のテーブルに向かう。ローエルさん達4人が揃ってるけど、誰かを待ってるんだろうか?
「おはようございます」と挨拶をしながら近くの椅子を持ってきて、テーブルの片隅に腰を下ろす。
「おはよう。久しぶりだな。山犬という話を聞いたが、どこで出たんだ?」
直ぐに、昨日の出来事を4人に詳しく話した。
俺の話を聞きながら、ローエルさん達は仲間と目を見合わせている。
何かあったのだろうか?
「リュウイの話では1つの群れを潰したようだな。第1広場はこれで問題なさそうだ。となれば俺達が向かうのは第4広場という事になるな」
「やはり、これを持ってるだけの事があるんだろう。レイナスは俺の上を行くし、リュウイもあの杖を使うからな」
ネコ族の青年の話からすると、どうやらローエルさん達は山犬狩りに出掛けるらしい。
薬草採取に森に入った低レベルのハンター達が何度か襲われたようだ。幸いにも怪我で済んだらしいが、数日間の休業でもレベルが低いパーティでは苦労するんだろうな。
数人の新たなハンターがローエルさんのところにやって来たところで、俺はローエルさん達に軽く頭を下げてギルドを後にした。
雑貨屋に寄って、山犬の毛皮を売ると1匹10Lにもなった。これで報酬と合わせれば225Lになる。1人45Lにはなりそうだ。
番屋の近くに来ると外で3人が鍋をかき混ぜている。
鍋を覗いてみると、早速、草木染をするようだ。赤い花が煮込まれているぞ。
シグちゃんに報酬を渡して、俺達は45Lを受け取る。
メルさん達は広間で糸を紡いでいるそうだ。背負いカゴ2つ分の繭がギルドから届いたそうだが、これはこの村のハンターが集めたと言っていた。
俺が戻ったところで、焚き火の傍らのポットでお茶を入れて一休みになった。ベンチを持ち出して、レイナスと肩を並べてパイプを楽しむ。
「ローエルさん達が山犬狩りをするらしい。だいぶ森にいるみたいだな」
「繭に血が付いていたとメルさんが言ってたな。俺達なら何とかなっても、レベルの低い連中だと苦労しそうだ」
怪我をした者もいるって言ってたな。
ローエルさん達の仕事が終わるまで、こっちを頑張ろうか。
「ところでどんな感じ?」
「メルさんが教えてくれたんだ。冷めてから糸を入れて半日程漬け込むらしい。その後で灰を溶かした水に入れて、良く洗って乾かせば良いらしい」
昔からのやり方なんだろうか? そんな知恵を持ってるメルさんを仲間にしたのは正解だった。
「濃い赤、薄い赤、それに黄色が作れるらしい。次は、サフロン草だと言ってたな。緑が作れるらしい」
球根はギルドで買い取ってくれるから、美味しい話じゃないか?
小遣い稼ぎが出来そうだぞ。
「休んだら雑貨屋に行ってツボを買ってきてくれませんか? この鍋の中身を入れないと次が作れないんです」
確かにそうなるな。2人で顔を見合わせて頷くと、カゴを背負って雑貨屋に急いだ。
10ℓ程が入る広口のツボを背負って戻って来ると、シグちゃんが直ぐに【クリーネ】で中を綺麗にする。
木綿の布を濾紙のように使って煮汁を入れるらしいのだが、夕方までこのまま煮続けてから移し替えるようだ。半日煮続けるって事なんだろう。
となると、その間に次のツボを買ってきた方が良さそうだな。
再びカゴを背負って雑貨屋に向かった。
帰って来た時、メルさんが鍋の中をオタマで掻き混ぜて、発色を見ていた。
「こんにちは。お手数をお掛けします」
「あら、大変だったそうですね。でも、良い染料ができましたよ。そろそろだいじょうぶです。移し替えて次に進みましょう」
俺とレイナスでゆっくりと鍋の中身をツボに移す。
5ℓ以上はありそうだな。刺繍用にするみたいだから、とりあえずはこれで十分なんだろう。
移し替えたツボを軒下に移動して、しっかりと蓋をしておく。
俺達が戻った時には次の花を入れた鍋が焚き火に下がっていた。
夕暮れが近付いたところで、メルさん達は今日の仕事を終わりにしたみたいだ。俺達に簡単な挨拶をしておばさんと娘さんが帰っていく。
「明日も、朝から来ますからね。残りの染料をお願いします」
「お疲れさまでした。よろしくお願いします」
互いに頭を下げると、メルさんは自宅に帰っていく。
「さて、俺とレイナスで鍋を煮続けるから、シグちゃん達は夕食をお願いするよ」
半日煮続けるのは結構な作業ではある。深夜まで続くって事だろう。
焚き木は十分にあるから、のんびりやるしか無さそうだな。
すっかり暗くなった頃、シグちゃん達が夕食を俺達のところに運んで来た。
何となく、森での狩りを思い出すけど、この焚き火の周りにはベンチもあるから、遥かにマシなんだけどね。どちらかと言うと、前の世界で楽しんだキャンプの夜って感じかな。
食事が終わると、4人でこれからの暮らしを話すのも楽しいものだ。
織り場ができれば、冬限定で参加したい事をシグちゃん達が話してたけど、上手く行くと良いな。
その時には、俺とレイナスで狩りをすることになりそうだが、冬は罠猟だからな。
寒さに震えながら罠を確認するよりは、若い娘さんに混じって機織りをしながら世間話をしてくれた方が、俺もレイナスも望んでいる事ではあるのだが……。