P-087 花を集めよう
鍋に入れた繭がくるくると回って糸が糸枠に紡がれていく光景を、女性達が目を丸くして見つめていた。
しばらくして、シグちゃんから糸枠の操作を代わって貰い、同じようにして糸をおばさん達が紡ぎ始める。たぶん、綿花ではやったことがあるに違いない。シグちゃん達よりは遥かに手慣れているし、均等な太さを保っている。娘さん達は少し危なっかしいが、まあまあの出来栄えだ。
絹の反物にした場合に、品質が問われそうな感じだが、俺達の卸値は安いんだから我慢してもらおう。
王都のサロンで品質の等級を決めても良さそうだ。
サロンのご婦人方の審美眼が試されそうだな。
「慣れが重要ですね。でも少しコツが飲み込めてきたようです」
メルさんが一生懸命糸繰り器を回す娘さんを見て呟いた。
「繭はたっぷりありますから、練習あるのみですね。明後日、いらしていただけませんか? 今度は今干してある繭から紡ぐ方法を教えます」
「縫糸や釣糸にすると言ってましたね。今紡いでいる糸を撚っても良いのでしょうけど、他にもあるのですか?」
綿を紡ぐやり方が出来ることを教えておく。
その為には軒下で乾かしている繭を使う事になるんだが、今日は無理だ。中1日置けば十分に乾いてくれるだろう。
おばさんと娘さんで夕方近くまで糸を紡ぐと、かなり細い糸を安定して紡げるようになってきた。
明日も近場で繭を取ってくるか……。練習はいくらしても無駄にはならないからな。
2日後、俺達が集めてきたサンガの繭を、メルさん達が一旦茹でてさなぎを殺す。
その後の2つの作業は、俺が傍で見ているだけだったが、あまり注意することも無く作業を終えることができた。
リビングの梁に竹竿を通して、いくつもの絹糸が下がっている。これは経糸用だからかなり細い品だ。メルさんが言ったように、これを撚り合わせて釣り糸を作っても良さそうだな。
近場で採ってきたからそれほど数が無い。
今までの仕事を簡単に復習したようなものだ。お茶を頂いて、おしゃべりに興じた後で、今度は糸車を使って糸を紡ぐやり方を教える。
影干しした繭を広げるようにして台の柱に巻きつけると、端を持って引き延ばす。
つうっと繊維が伸びて来るのを、メルさん達が驚いて眺めている。そのまま引き延ばして糸棒に絡めると、指で撚りを調節しながら糸車を回して行く。
これはファーちゃんが得意だから、ファーちゃんに実演をお願いして、俺達は後ろで見ていたのだが、メルさん達はファーちゃんの手元までジッと見ているぞ。
ある程度、糸が巻かれたところでメルさん達が交代で糸車を回し始めた。たっぷり繭はあるから夕方まで練習できそうだな。
夕暮れ前に作業が終わる。
この糸を使って機織りの練習位は出来そうだ。横幅は20cm位でもメルさんに言わせれば色々と使い物になるらしい。
道具を片付けて、皆でお茶を飲む。何とかなりそうだとおばさんや娘さん達の顔は明るく輝いている。
「やはり一番の問題は手仕事だと言う事ですね。どうしても慣れが必要ですし、器用不器用がでてきます」
「不器用では雇えないと言うのも困ります。何とかならないでしょうか?」
メルさんの言葉に、俺は思わずたずねてしまった。
せっかくサルマンさんが村の娘達を村に止め置く事業を始めようとしているのだ。少しぐらい不器用でも採用してあげなければ可哀想だし、サルマンさんが恨まれる事にもなりかねない。
「だいじょうぶですよ。リュウイさん達は、布でこの価値を作ろうとしていますが、端切れを使っても小物や刺繍物を作ることができます」
「練習で作った布も無駄にはならないと言う事ですか?」
「そうです。そこに雇用が生まれます。どんな不器用と言われる人でも、一つ位は秀でているものがありますよ」
さすがに、長く人間をやっているだけあって、そんな見方が出来るんだろうな。他のおばさん2人もその為に参加してもらったんだろう。適材適所を見極めると言うのは簡単そうで難しいからな。
だけど小物というところに目を点けたのは、さすがと言わざるおえない。
簡単なところではハンカチだろうな。刺繍でも入ればかなりの値段になりそうだし、リボンやコサージュも良さそうだぞ。
「リボンも良さそうですね。コサージュという手もありますよ」
「コサージュ?」
「こんな形の装飾品です。花が多いですけど、そうなると染料が欲しくなってきました」
簡単な絵をメモに描くと、娘さん達が興味深々で眺めている。シグちゃん達まで身を乗り出してテーブルのメモの絵を見ているぞ。
「綺麗にゃ……」
「おもしろそうですね。リボンやハンカチを考えていたのですが、これもやってみるべきでしょう」
なんか小間物屋を開けそうだな。
とは言え、ニーズの調査はすべきだろう。幸いにもガリナムさんの奥さんが王都のサロンを仕切っているからね。
もう少し糸が揃った段階で織り方を教えることになったようだ。
染料は花から採るらしい。要するに草木染めなんだろう。野原や森に咲く花を集めることになるけど、これもギルドに依頼すれば低レベルのハンターの良い収入源になりそうだぞ。
・・・ ◇ ・・・
何日か過ぎてギルドに行くと、大量のサンガの繭を渡された。
どう見ても背負いカゴに2つ分はありそうだ。
ミーメさんにこれ位で十分と伝えたのだが、今日も採取に出掛けたハンター達がいるらしい。
「ところで、花がたくさん咲いてる場所を知りませんか?」
「それなら森の手前の山側が良いわ。この季節はお花畑になってるはずよ」
礼を言って依頼掲示板を探すと、野犬狩りがあるぞ。畑作が始まるから邪魔をされたくないのかも知れないな。場所も森の手前の畑だから丁度良いだろう。
依頼書を取ってカウンターに持って行った。
「あら、これで良いの?」
「もうすぐ期限切れですよ。花を摘みたいんで丁度良い依頼です」
家に戻りながらサルマンさんの家に立ち寄り、メルさんに繭が大量に届いたことを告げる。
「あら、それでは明日にでも始めませんと……」
「俺達は狩りに出掛けますから、よろしくお願いします。家のカギはありませんから、リビングを存分に使ってください。明後日には戻れると思います」
メルさんが監督してくれるなら安心できる。
あれだけの量だから、2日では処理しきれないだろうし、草木染の練習もできそうだ。
家に戻ると、狩りの準備を整える。
直ぐに出掛けようとしたら、シグちゃん達が掃除を始めた。
おばさん連中が家に来るって事だかららしいけど、俺には十分綺麗だと思うんだけどな。
外でレイナスとパイプを楽しんでいると2人が出てきた。
隣の番屋に、明日はメルさんが家に来ると伝えると、数人いた猟師さん達が慌てて掃除を始めた。
この番屋には来ないと思うけど、メルさんは整理整頓には煩いらしい。
シグちゃん達もそれを微妙に感じ取ったんだな。
俺とレイナスがカゴを担ぎ杖代わりの手槍を持つ。シグちゃん達はクロスボウを背中に背負って杖を持った。まあ、いつもの格好だが、どう見ても狩りと言うよりは山に芝刈りに行く姿のような気がするな。
のんびりと北門を出て真っ直ぐに北に向かう。この村に来た当初は荒地だった道の左手が少しずつ開墾されている。
まだ道の近くだけだが今後は少しずつ東に向かうんだろう。これも変化って事だろうな。
開墾畑が過ぎたところで道右にそれる。2km程先に森が広がっているが、その手前は、なるほど花畑だな。
「繭を取った帰りには気付かなかったな?」
「ああ、だけどあれはもっと南側だったぞ。開墾畑の中を歩いて来たようなものだ」
そんな花畑は一面と言うよりも3m四方位の群生がたくさんある感じだ。花の名前は分からないけど、俺達が欲しいのは花の色だからな。
4人で手分けして種類ごとに集めることにした。
布袋に俺が集める花は黄色なんだが、タンポポに似た花だ。数本は根っ子から採取して後で押し花を作ろう。植物図鑑が無いから標本で代用すれば良い。
それが終わると、花だけをもぎ取るようにしてひたすら布袋に詰め込んでいく。
1時間も過ぎると、パンパンに膨らんだ布袋がずっしりと重く感じる。どれ位集めたんだかわからないけど、こんなものだろう。
シグちゃん達が丁寧に花を採取しているのを見ていると、俺と同じような取り方をしていたレイナスが焚き木を抱えてやって来た。
「終わったのか?」
「まあな。シグちゃん達はまだだからお茶を作って待っていようぜ」
焚き火にポットを乗せて、お茶が沸く間に、俺は銛の近くまで行って焚き木を集めて来る。
今夜はここで野宿だから少し多めに集めても問題は無い。
背負いカゴと両手に焚き木を集めてきた俺に、レイナスがお茶のカップを渡してくれる。
シグちゃん達はまだやってるけど、俺達は少し早めに終わらせて貰おう。
パイプに火を点けて、野犬狩りの相談をレイナスと始めた。
「やはり餌で釣るしか無さそうだな。野犬は何匹狩れば良いんだ?」
「それが、狩れるだけとしか書かれていなかった。1匹10Lだから、10匹も狩れれば良いんだけどね」
春先の野犬は活発に動き回るから、たまにはこんな依頼も出て来る。要するに現場で遭遇した群れの数って事なんだろうな。全部狩れるとは思わないが半分も狩ることができれば群れは遠くに行ってしまうらしい。
「ファー達が一休みしたら、ラビーか何かを狩って貰おう」
レイナスの言葉に頷いた時だ。森で、何かが動くのが見えた。
「レイナス!」
「ああ、野犬だ。向こうから来てくれるなら都合が良い。ファー! お茶にしなよ」
レイナスがファーちゃん達に休むように言ってくれた。
2人がこっちを見て頷いたところをみると、どうやら花を集めるのを終えるらしい。
ゆっくりとこちらに近付いて来る。
「レイナス、あれは野犬より大きく見えるんだが……」
「確かに。だが、ガトルよりは小さいぞ? となると、あれは山犬だ!」
「初めて聞くが?」
「ガトルの小さい奴だと思えば良い。獰猛らしいぞ」
上手い具合いにこの間のカモフラージュネットがレイナスのカゴに入っている。
急いで、俺達の投槍とカゴを使って後ろにネットを張っておく。左右のカゴが障害になるからシグちゃん達を焚き火とネットの間に入れておけば少しは安全だろう。
ようやくシグちゃん達がやって来たところで、お茶を飲ませながら山犬の話を伝えた。
目を大きく開いたところをみると、少しは知っているのだろう。直ぐに準備を始めようとしたので、とりあえず休ませることにした。
少しずつ森から山犬が姿を現す。10匹どころか更に増えてきたぞ。




