P-084 バジル狩りは裏の裏をかく
「何を悩んでるんだ?」
「ああ、悩んでると言うか……、これだ!」
掲示板に張り出された依頼書の1つをレイナスが指さした。
その依頼書を腰をかがめて読んでみた。
『バジル狩り。5匹で120L』
バジルというのは少なくとも香草では無さそうだ。匹というからには動物なんだろう。どんな獣なんだ?
シグちゃんに図鑑で調べて貰うと、出た来たのはキツネ?
「それがバジルだ。昔その依頼を受けたんだけどダメだったんだよな。かなり慎重な奴なんだ」
「罠って事か?」
「いや、罠は見破られる。弓を使ったんだが……」
テーブルに座り込んで、どうやったら狩れるかを考えた。レイナスとしても敗者復活戦って事になるんだろう。久しぶりに出会った依頼だけに難とかして今度は捕えたいって事なんだろうな。何とかしてやりたいけどね。
「しばらくだな。どうしたんだ? そんなに深刻な顔をして」
「実は、バジルを狩ろうかと考えていたんですが、かなり賢い相手だとレイナスから聞きましたので悩んでたところです」
声を掛けてくれたのは、ローエルさん達だ。隣のテーブルから椅子だけ持ってきて、カウンターにお茶を注文している。
しばらく会ってなかったから俺達の状況も効きたいって事だろう。
ありがたくお茶の礼を言うと、パイプに火を点けた。
「まあ、おめえ達が悩むだけたいしたもんだと思うぞ。何も知れねえ奴がそのまま依頼を受けるのは良くある話だ」
サドミスさんの言葉にローエルさんも頷いている。
「確かに賢いと思う時もあるな。だが、俺達はそれ程苦も無くその依頼を受けられるぞ」
「正直者には難しいと?」
「ははは。まあ、その通りだな」
少し分かってきたぞ。レイナスはある意味真っ直ぐな性格だからな。それで失敗したという事か。要するに化かし合いって事になるんじゃないか?
俺がニコリと笑うのを見て、ローエルさんが頷いた。
「理解できたようだな。それでバジルは狩れるぞ。あのガリナムでさえ苦労した獣らしい。それだけその狩りにはハンターとの相性があるって事だ。レイナスでは難しいだろうがリュウイがいるなら簡単だと俺は思うぞ」
「何となく飲み込めました。ですが、バジルを狩れるハンターをあまり信用したくなくなりますね」
俺の答えがおもしろかったのかローエルさん達の仲間は大笑いだ。
それをレイナス達3人がキョトンとした表情で眺めている。
「確かにそうだな。だが、それ以外で実績を積んでいればだいじょうぶだろう。リュウイだってそうだろうが、俺達だってそう思いたいな」
「全くだわ。確かにバジル専門に狩るハンターでは、誰も一緒に狩りの同行を頼む人はいないでしょうね」
そんな事を言いながらまだ笑ってるんだから困ったものだ。
そんな話で一笑いした後に、俺に聞いて来たのはサンガの繭についてだった。
あまりこの繭の依頼は無かったらしいが、依頼主がサルマンさんだとミーメから聞いて、俺にその理由を聞きたかったらしい。
これまでの経緯を話したんだけど、反物1つで金貨10枚と聞いてレビトさんが驚いていた。
「でも、あのサンガの繭の糸で服が作れたのなら、それ位は反物に出すんでしょうね。あの光沢は他の糸では不可能だわ」
「よくも考え付いたものだ。しかもそれを形にするとはな。メイルーさんが一枚噛んでいるなら不正は起こらないだろうし、王都の来年の貴族達の動きが見ものだな。後でガリナム殿に聞いてみたいものだ。バジルを狩れたら教えてくれ。リュウイ達がどうやって狩るかはギルドに集まるハンター達も気になるに違いない」
最後に、頑張れよ! と言ってテーブルを離れて行った。残ったのは俺達だけなんだが、全員が俺を見てるぞ。
「俺には難しくて、リュウイにはそれ程ではないってのが良く分からないんだが?」
「そうです。私の顔もそんな風に見てましたよ」
シグちゃんの言葉に、ファーちゃんまで頷いてるぞ。ここは早めに話して置く必要がありそうだな。
「『正直者には難しい。バジルを何度も狩るような者とは付き合いたくない』と言うのがヒントだったはずだ。要するに相手を誤魔化すという事になるのかな。
案山子を使った狩りをしたことがあるよね。あれもヤクーを騙したようなものだ。今回の狩りもそれを応用することが大事になるって事だよ」
「相手を俺達と同じに考えれば良いのか? どうやれば裏を掛けるって?」
「その通り。俺もバジルに似た獣を知っているけど人間よりも知能があるんじゃないかと思うような話を随分聞いたことがある」
「獣相手と考えてはいけないと言う事ですね」
「かなり汚い手を使う事になりそうにゃ。付き合いを考えるさせられると言ってたにゃ」
それ程にはならないだろうけど、何度もそれをやれるってことは、やはり付き合う上で問題になるだろうな。
問題は、今回のやり方だ。
バッグからメモ帳と粗末な鉛筆を取り出してテーブルに簡単な絵を描く。
「ここに餌を置いて罠を仕掛ける。これにバジルは近付いて来るだろう。だが、簡単に罠を見付ける」
「この近くにファー達が隠れれば、クロスボウで倒せるんじゃないか?」
「それを見破るのがバジルだという事さ。だから化かし合いとローエルさんは言ったんだ。ここに潜むのは俺とレイナスだ。シグちゃん達が昔使っていた弓を持ってね。狙うだけで良いぞ。撃った瞬間に逃げてしまうから、俺達には無理だ」
「ん? するとファー達は」
「この辺りに潜んでもらう。茂みも無い場所だが、隠れる方法はあるんだ。100D(30m)離れてもシグちゃん達なら間違いなく命中させることができる」
「裏の裏をかくって事ですか?」
「そうなる。これでダメなら、もう一つ裏をかくことになるんだけど、先ずはこれでだいじょうぶだと思うぞ」
「最初から、ファー達ではダメなのか?」
「たぶん、寄ってこないと思うぞ。俺達がいることが分かって近付いて来るんだ。祖の位置では矢が当たらないと思ってね」
問題はシグちゃん達を隠す方法なんだが、小さな網を貰うか買うかしなければならないな。
いったん、家に戻って明日出掛けることにして、依頼書だけを受け取って帰る事にした。
雑貨屋で黒と緑それに黄色の布の端切れを大量に買い込んでもらう。カゴ1つ分もあれば良いと言っといたけど、切れ端でも結構な値段になりそうだ。まあ、1度作っておけば色々と役に立ちそうだから、それでも良いだろう。
途中で番小屋に寄って見るとサルマンさん達猟師が集まっていた。
修理できないような網が無いかと聞いたら、奥から丸めた網を持ってきてくれた。
「これなら捨てるしか用がねえ。おめえも色々変わったことをするが、こんな網で獣を取るなんぞ考えねえほうが良いぞ。あっちこっち破れてるからな」
「ありがとうございます。ところで、この代金は?」
「そんな網で金を取ったら笑われちまう。後で狩りの話を聞かせてくれれば良いさ」
ありがたく網を受け取って番小屋を後にした。ぐずぐずしてたら酒盛りに引き込まれてしまいそうだからな。
俺達の家に着くと、リビングに網を広げてみる。けっこうな大きさだ。リビングの4倍はありそうだぞ。道理で重いはずだ。担いで来たんだけど、肩にずっしりと来たからな。
あまり破れが無いところを、リビングの半分程の大きさに切り取って準備完了だ。残った網は何かに使えそうだから、クルクル丸めて風呂の近くの軒下に吊るして置いた。
「こんな網をどうするんだ?」
「この下にシグちゃん達が隠れるんだよ。カモフラージュネットという網を作るんだ」
「だって、これでは下が透けて見えるぞ」
「その為に布切れがいるんだ。俺も作るのは初めてだから、手伝ってくれよ。上手く作ればどこでも藪を作る事が出来るぞ」
暖炉近くで、2人でパイプを楽しんでいるとシグちゃん達が帰って来た。
2人でカゴを1つずつ持ってるぞ。ちょっと量が多いけど、色んな色の切れ端が混じってるな。
「貰ってきましたよ。捨てる外なかったと言ってました。近所の仕立物をしてる家からも届けて貰ったんで遅くなってしまい申し訳ありません」
「謝ることは無いよ。それにしても色んな色があるね。これなら理想的だ」
カゴの中の切れ端を長さ1D(30cm)横幅は指2本分位のリボンにして貰う。
シグちゃん達が作ってくれたリボンを、俺とレイナスで網に次々と結んで行った。
なるべく同じ色が一カ所に集中しないように結びつけるのは骨がおれるな。
それでも、夕方近くには作業を終えることができたのだが……。
「これで隠れるのか?」
「一応、森では有効だと聞いたことがあるんだけど……」
どう形容していいか分からないものが出来上がったぞ。色だって、何色と一言では言えないんだよな。何となく緑がかった色ではあるんだけどね。
「シグちゃん達はこの網の下に隠れることになる。シグちゃん達はずっと前に弓を使ってたよね。あれを俺達に貸してくれないか?」
「弓は構いませんが、この中に隠れてだいじょうぶなんですか?」
一応、頷いてはみたものの、俺にだって自信は無いんだよな。
こんな色が森の景色に溶け込むとは俺にだって信じられないぞ。
翌日、朝食を済ませるとお弁当を持って森に向かう。
第3広場近くにいると言っていたから、狩りは明日になりそうだな。
大きなカゴに網を入れた俺の姿を見て、門番さんが驚いてた。どこまで出掛けるんだと聞いてたから、食料を大量に入れてると思ったに違いない。
森の手前で昼食を取り、ゆっくりと体を休める。
第3広場は森のかなり奥だから、途中の休憩を取らずに向かうつもりだ。