P-083 規模を拡大しよう
翌日、サルマンさんが奥さんを連れてやってきた。
昼過ぎののんびりした時間だから、早速テーブルに案内してお茶を出そうとしたのだが、テーブルにドン! と酒のビンが乗せられた。お茶よりお酒という事らしい。
そんなわけで、真鍮のカップで酒を飲むことになったのだが、生憎と肴はないんだよな……。
「そんな不景気な顔をするな。直ぐに肴が運ばれてくる。それより、上手く行ったな。かみさんから話は聞いたぞ。金貨1反で金貨1枚なら上首尾だろう。娘達も村を離れずに暮らせる」
「今年は難しくとも来年には13反以上を王都に送らねばなりません。いよいよ、織り場を作る事になりますよ」
そんな俺の言葉に、顔に笑いを浮かべている。
「なぁ~に、心配は無用だ。最大の課題はリュウイが終えている。かみさんから聞く限りでは木綿用の織機に筬さえあれば十分ってことだ。織機の値段は銀貨50枚は掛からん。それ位は俺が出せるし、小屋は漁師達に作らせれば良い。1日で20Lを稼げるんなら、それ位は協力してくれるだろう」
問題は、それでも分け前が余るという事だ。半分近く余ってしまうのではないか?
「色々と入用だ。1割は村に税として還元する事で村長と内諾が出来ているが、残りは維持費として積み立てれば良い。織機の修理もあるだろうし、場合によっては職人を常駐させることも考えないとな」
確かに、維持費は重要だ。初期投資の1割程度は見込まねばなるまい。破損することだってあるだろうし、ある程度の金額はプールしなければな。
「最後に、この運営を誰に任せるかです。サルマンさんは網元ですし、俺達はハンターです。信用の厚い、村人に任せるわけにはいきませんか?」
「それは俺も気にしてるんだ。出来ればリュウイ達に任せたいが、ハンターだからな……」
「ならば、私達が何とかしましょう。私がなるんではなくて、数人が一緒に行います。1人では不正も出るでしょうけど、共同で行うならそんな事にはなりません。きちんと作業量を記録して分配すれば不平も出ないでしょう」
「織り手も娘さん達ですから、俺も賛成です。なるべく村全体の女性に作業が配分できるようにお願いします」
「分かりました。でも協力はお願いします。シグちゃんやファーちゃん達も織機を使ったのですから、娘さん達に十分織り方を指導できますし、私には繭から糸を紡ぐ作業は想像すら出来ませんからね」
それ位は手伝うべきだろう。後はお任せではあまりにも無責任だからな。レイナス達も頷いているから分かっているようだ。
「となると、早速小屋造りだ。織機が5台置けるように立派な奴を作ってやるぞ。リュウイ達も少しは手伝ってくれ。不具合があると手直しが面倒だ。そうそう、紡ぎ小屋も作らねばならなかったな。小さな事務所も併設すれば良いだろう」
隣の番屋から魚が届けられ、シグちゃん達が早速調理を始める。トントンと軽く扉を叩かれたので、レイナスが扉を開けると、サルマンさんの奥さんと同じ年代のご婦人が2人現れた。更に大工さんまでやって来たぞ。
どうやら、この場で織り場と紡ぎ場の概要を決めるという事らしいが、手回しが早すぎる気がするな。
「あの織機が6台置ける小屋を作ってくれ。そうだな。左右に3台ずつ置けるようにすれば良いだろう。ホコリを嫌うらしいから、その辺りは工夫してくれ。床は板張りだ。冬は寒そうだから、その辺りも考えて欲しいな。後はリュウイ、何かあるか?」
「それで十分でしょう。簡単な暖房器具は俺の方でも考えてみます。冬は冷え込みますからね」
「問題は、紡ぎ場だな。これはリュウイが詳しいはずだ」
「囲炉裏を2つ作ってください。奥行きはこの部屋よりも大きい方が良いでしょう。横の長さは、50D以上欲しいです」
サルマンさんと俺の話を聞いて簡単な図面を描く。結構大きな建物になるが、ちゃんとできるんだろうか?
「かなりの材料が必要ですね。木材は購入できるとしても、土台はキチンと作らねば後々苦労しそうです。それと、この家で暮らすわけではありませんから天井は必要ないでしょう。ホコリを嫌うなら海の近くが良いでしょうね。砂はある程度防ぐことができますから」
サルマンさんが図面を眺めて、俺の顔を見た。俺が頷くのを確認すると大工に作業を依頼する。
「材料代は手始めに金貨5枚だ。足りなければ俺に言え。手間賃は相場で良いのか?」
「材料が入手出来次第作業に掛かりますが、弟子を2人使います。月に銀貨20枚でどうでしょうか?」
「弟子は半額って事か。それで良いぞ」
大工さんが俺達に頭を下げて帰っていく。
「後は、土台用の石集めだが、農家の連中が南の開墾をしているそうだ。かなり手ごろな石が出て来るだろう。それを買い取れば良い。荷車1台で30Lも出せばたっぷり集まる筈だ」
そんな言を言いながら酒を手酌で飲んでいるぞ。かなりの散財になるがだいじょうぶなんだろうか?
念のために、その辺りの事を遠まわしに聞いてみたら、奥さんが笑い出した。
「リュウイさん。主人にそんな遠回しの話は分かりませんよ。でも、その心配は無用です。網元としての蓄えはキチンと出来ていますし、私には無駄な投資とも思えません。それにちゃんと回収する事も考えてますしね」
その回収方法と言うのが無利息の長期ローンみたいなやり方だった。毎年銀貨10枚を回収する予定らしいが、それだと50年以上掛かるんじゃないか?
それでも、子供達には遺産として残せるから十分だと言ってるんだけど、儲けが出るならもっと回収した方が良いんじゃないかな。
「となると、俺達はしばらく猟が出来そうだな」
「猟と言うより、サンガの繭を集めなければ。その繭を使って紡ぎ方を教えないといけないぞ」
「そうですよ。私は織り始めからは一緒でしたが、紡ぎ方は知りませんからね。早めに教えて下さらないと計画がとん挫しそうです」
のんびり猟も出来ないな。まあ、合間にすれば良いのだろうけど、俺達はそれ程器用じゃないからな。
「とりあえず、リュウイ達はサンガの繭を集めてくれ。それからすべてが始まりそうだからな」
「了解です。道具は一揃い揃ってますから、それを使って糸を紡ぎましょう。でも、「織機は1台だけですから、早々に揃えないといけませんよ」
そんな俺の言葉にサルマンさんと奥さん達が笑っている。どういう事だ?
「今日来ていただいた私の友人達も、織機を持っているのです。私と同じで子供達は織機を使う事は無いそうです。ですから私と同じようにこの施設に寄付することになりますわ」
先ずは3台が揃うって事だな。それを使って織り方を教えていくのだろう。そうすれば新たに織機を揃えるだけで直ぐに織ることができるはずだ。
さすがは奥さんだけあって、サルマンさんの良き理解者だな。と言うか、奥さんも村の暮らしを何とかしなければと、ずっと考えていたのかも知れないな。
「リュウイさん。ハンターの方々にもサンガの繭を集めて貰いましょう。1個1Lなら結構集まるんじゃないですか?」
シグちゃんが提案してくれた。ついでに俺達にお茶のカップを配ってくれる。このまま酒を飲まされたら、明日は一日寝てなくちゃならなくなりそうだから、ありがたい行動だし、ありがたい提案だ。
「そうですね。もちろんリュウイさん達が集めて来る繭もその金額で良いですよ」
「となると、レベルの低いハンター達が頑張るでしょうね。集めた繭は直ぐに中のサナギを殺さなくてはならないんですが、それも簡単な方法があるので教えましょう。それに、サルマンさん。サナギが大量に出てきますが、これを干して粉にすると魚の撒き餌になりますよ。グチヌが好むんです」
俺の言葉に、サルマンさんがニタリと顔をほころばせる。
「本当か? それならその粉を買わねばならんな。グチヌの値段は知っての通りだ。あの糸のおかげで、グチヌを狙う漁師も多くなっている」
いろんなことが1つの行動で引き起こされるんだな。
産業が産業を呼ぶって事になるんだろうか? まあ、俺達ハンターにも恩恵があるならそれで十分だ。住む家があるし、村人は俺達をここで生まれた村人同様に付き合ってくれる。
そんな話をして、今日はお開きになった。土台は石が集まり次第、漁師仲間で作ると言ってたから、俺達はサンガの繭集めに頑張らねばならないようだな。
「それにしても、サルマンさんは太っ腹だな」
「確かにお腹が大きいにゃ。でも凄い力瘤にゃ」
レイナスの言葉にファーちゃんがそんな答えをしたんで俺達は大きな声で笑い声を上げた。確かに太っ腹で、お腹も太っ腹だ。
でも、何か急いでいるようにも思えるな。
どこか悪いところでもあるんだろうか? かなり気になるサルマンさんの行動ではある。ミーメさんに一度聞いてみよう。
「まあ、サルマンさんの事は置いといて、やはり薬草採取になるのか?」
「そうですね。そろそろグリルの新芽が出そろうんじゃないですか? 私達も頑張らないと!」
確かに早春は薬草採取の季節ではある。
俺とレイナスでギルドに向かって依頼を探すことになった。
ギルドの扉を開けると、レイナスは依頼掲示板に向かう。俺は、ミーメさんにちょっとした依頼をしなければならない。
「あら、しばらくね。お祖母ちゃんから話を聞いたわ。すでに依頼書にして張り出してあるわよ」
「先を越されました。それを頼もうかと思ってたんです。ところで、サルマンさんはどこか悪いところでもあるんですか?」
「突然ね……。そうね、酒癖が悪い位かな? 昔からあんな感じよ」
となると、俺の気のせいって事だな。なら問題ない。
「私も、織り手になろうかしら? お婆ちゃん達の話を聞くと、おもしろそうだもの」
「かなり大変ですよ。それに辛抱強い性格でないと務まらないと思います」
「なら、私にぴったりだわ!」
そうかな? かなり前向きな性格だけど、辛抱強いって感じじゃ無いんだけどな。
まあ、本人がそう思ってる事にあまり口出しはしない方が良いだろう。
ミーメさんに、「それでは」と挨拶をして、掲示板で悩んでいるレイナスのところに向かった。




