P-008 お裾分け?
「今日は!」
カウンターのお姉さんに声を掛けて、俺達全員のカードを纏めて差し出す。
「今日は、……預かるわね。」
「あのう、レイナスとファーを俺達のパーティに登録したいんですが?」
「この2人ね。了解です。遠くから来たみたいね。この村に長くいてくれると嬉しいわ。レベルが上がると皆出て行っちゃうから」
「しばらくはここで暮らしたいと思ってます。良い宿があれば紹介して欲しいんですが……」
「はい、終ったわ。宿はこの村に2軒だけなんだけど、1軒は商人達の常宿だし、もう1軒は小さな宿だから、数日前に紹介したハンターで埋まってる筈だわ」
「そうですか……。しばらくは野宿します」
後を振り返ると、シグちゃん達が恨めしげに俺とお姉さんを見ている。
「ちょっと待って! 野宿よりは良い手があるわ。古い番屋を借りればいいのよ。番屋って言っても、真中に炉がある一間なんだけどね」
「潮待ちする時に使う家ってこと?」
「知ってるなら、話が早いわ。そうよ。今年新しい番屋を作ったから今までの番屋が残ってるのよ。板敷きだけど数人なら十分寝られるわ」
「俺達はそこで良いぞ。野宿よりはマシだし、気兼ねなく暮らせそうだ」
レイナスが俺の後ろから声を掛けてきた。
振り返ると、皆が頷いている。
「問題は家賃ですね。宿に泊まりながら狩りをしようとしていたんで、それ程持ち合わせがありません」
「それは、心配しないで。……マスター、ちょっと出掛けてきます!」
後ろの開いている扉越しにそう言うと、端の方にあるカウンターの扉を開いて俺達の所にお姉さんがやって来た。
「さぁ、出掛けましょう!」
「案内してくれるんですか?」
「頼られたらそれに応えるのが、この村の人情よ。それに、持ち主が知り合いだしね」
ギルドのお姉さんに連れられて、道なりに南に歩く。
段々と潮の匂いがしてきたな。たぶん村の裏手は直ぐに海なんだろう。
「この家が家主のサルマンさんの家なの。ちょっと待ってね」
そう言うと、お姉さんはやおら扉を開けると、家の中に大声を上げた。
「サルマンじいさ~ん、いるぅ!!」
「なんだぁ……俺はまだ耳は確かだぞ! そんな大声を出さんとも……っと、ミーメじゃねぇか。どうした?」
一瞬出て来た人物に剣を握ろうと思ったほどだ。
ツルツル頭のプロレスラーって感じで、赤銅色に日に焼けた肌は筋肉がごつごつと浮かんでいる。
「実は、村の宿に入れないハンターがいるのよ。お祖父さんの古い番屋を彼等に貸してあげて欲しいんだけど」
「あれは、壊すしかない代物だ。それでいいならミーメの好きにするがいい」
「それで、宿代なんだけど……」
「あんなんで、金を取ったら他の猟師の笑いものだ。タダでいい」
「でも、他のハンターはちゃんと宿に泊まって宿代を出してるのよ」
「なら……、そうだ! 金はいらん。酒で十分だ。酒を1ビン新しい番屋に届けてくれれば十分だ。5日に一度でいいぞ」
「ありがとう、お祖父ちゃん」
お姉さんの言葉に、サルマンさんは目を細めてお姉さんの肩をポンポンと叩いてる。
孫馬鹿祖父さんって感じだな。姿が姿だけにギャップが凄いぞ。
「ミーメに案内して貰え。そして気に入ったら暮らすがいい」
サルマンさんに手を振るお姉さんに連れられて、更に道を進むと海が見えてきた。
道から外れて、今度は砂混じりの土地を2軒分程歩くと、掘っ立て小屋が現れた。
かなりの年代物だな。隣の掘っ立て小屋と比べるとだいぶ古臭い感じがするぞ。
「こっちが古い番屋よ。さあ入ってみて」
お姉さんが先になって番屋に入る。
たぶん小さい頃は頻繁に出入していた感じだな。
10畳近い小屋の中心には囲炉裏が切ってある。これなら4人では広すぎる位だな。
「どう? ここで猟師達が出漁を待って過ごしてたの」
「ホントに貸してくれるのか? しかも酒1ビンは安すぎないか?」
「大丈夫。ここで暮らして、何か言われたらサルマンさんと話が着いてるって言えば誰も文句は言わないわ」
「リュウ、此処なら俺は文句はない。ファーもいいな?」
「いいにゃ。それに此処は美味しそうな匂いがするにゃ」
「リュウさん、私もここがいいです。こんなに海が近いなんて……」
「ミーメさんでしたよね。ありがたく此処を使わせてもらいます」
「良かった。貴方達が住めば壊されないで済むわ。井戸は裏手にあるし、食料は村の雑貨屋で買えるわ。お酒もね。漁師達が飲むのはレブナンというお酒よ。1ビン20Lだけど、それ位は大丈夫でしょう」
そう言って、ギルドのお姉さんは帰っていった。
しかし、5日で20Lしかも4人で……。とんでもなく安くないか?
まぁ、番屋は古いけど丈夫そうだ。
皆で雑魚寝だけど、それも面白そうだ。
「とりあえず、食料の買出しだな。ファー、シグちゃんと行ってくれるか? リュウ、割り勘でいいな?」
「あぁ、シグちゃん頼む。俺達は火を起して、水を汲んでおくよ」
番屋には小さな土間がある。どうやら靴を脱いで上がるらしい。
誰かがたまに掃除をするらしく、土間の片隅には桶と雑巾が置いてある。
俺は桶を持って裏に行こうとすると、レイナスが大型の水筒と鍋を持って付いて来た。
「これか?」
「そうだな。跳ねツルベという井戸だ。こうやって使う」
レイナスがヤジロベイみたいな構造の片側の竹竿の先に付いた桶を井戸に投げ込むと、竹竿を掴んで持ち上げる。
「反対側の石の錘で、それ程重くは無いんだ。やってみるか?」
レイナスに頷くと早速竹竿を持って水を汲んでみる。
なるほど……、これは簡単だな。それにツルベ井戸じゃないから、オバケの心配もない。
桶に水を満たすと早速番屋に引き上げて、板敷きの掃除を始める。
雑巾掛けなんか部活以来だな。
それでも、拭き掃除をすると、なんとなく綺麗になったように思うのは俺だけか?
そんな俺を見ながらレイナスは囲炉裏に火を起そうとしている。
カチカチと火打石を打ち付けているが、あれではしばらく掛かりそうだ。
薪の組み方に問題は無さそうだ。薪の1本を取って細くて長く削ると、その切片にライターで火を点けると中の細い小枝に火を移した。
「ほぉう……、初めて見るな。そんな道具があるんだ」
「あぁ、俺の故郷から持ってきたんだが、これ1つなんだ。そしてこの中にある油が無くなったらもう使えない」
本当は液化ガスなんだけどね。油と言っておいた方が理解し易いだろう。
火が太い薪に燃え移ったところで、水をみたしたポットを端に置いておく。結構大きいな。1.2ℓ位あるんじゃないか。
2人で囲炉裏を挟んで腰を下ろす。
なんとなく、落着いた感じだな。バッグからパイプを取り出すと、タバコを詰めて囲炉裏で火を点ける。
「しかし、此処で良かったのか?」
「十分だ。部屋が空いていても止めて貰えないのが王都や町だ。村はそんなでも無いがな。この村で分け隔てが無いのに驚いてるよ。
それに、長年風雨に晒されてるだけあって安心できる。いい物件だと思うぞ」
そんなものかな?
まぁ、納得してくれるんならいいんだけどね。だけど冬は寒そうだな。結構隙間がありそうだ。
何かで塞ぐしか無さそうだが、あと二月ぐらいは何とかなりそうだ。
そんな所に、シグちゃん達が帰ってきた。
「「ただいま(にゃ)!!」」
そう言って扉をガタガタ言わせながら開くと、急いで中に入ってきた。
「いろいろとおまけしてくれたにゃ。お酒を買って届けてきたにゃ。後は5日後にゃ!」
ファーちゃんは嬉しそうだ。
嫌なことも色々あったに違いない。ちょっとした親切が嬉しかったんだろうな。
レイナスの隣に腰を下ろすと、兄貴に頭を撫でられてるぞ。
まぁ、レイナスだって嬉しそうだし問題はないか。
シグちゃんも俺の隣に腰を下ろしてファーちゃんを見ている。その顔もやはり嬉しそうだ。
「それで、目的の物は?」
「ちゃんと買ってきましたよ。スープやシチューは作れますから材料を仕入れてきました。3日分はあります。それにパンと明日のお弁当も仕入れてきました。
最後にギルドに行ってどんな依頼があるか2人で見てきたんです」
シグちゃんの話では村の東に大きな森があるそうだ。
その森の中に小さな広場が沢山あって、そこが薬草の宝庫になっているとのことだ。
「漁師さん達の怪我が多いらしく、薬草の需要が高いって聞きました。掲示板には沢山ありました。それに、小型のヤクーが多いみたいでその依頼をハンター達がこなしているようです。でも、森の奥にはヤクーを同じように狙うフェルトンがいるそうです。人よりも師越し背が低い大型の昆虫だと言っていました。単独でいると言ってましたから、見掛けたら直ぐに逃げれば問題ないそうです」
大型の昆虫ってのがクセモノだな。
「レイナス知ってるか?」
「いや、俺も初耳だ。肉食獣なら野犬とガトル位しか知らんぞ」
「まぁ、森の奥に行かねば問題ないらしいから、なるべく近場で薬草採取を頑張ればいい」
「そうだな。宿代があの値段だから、薬草でも十分だ。そろそろ、武器を替えたいしありがたい話だ」
明日の早朝から出掛けようと、俺とレイナスで依頼を受けてくることした。
その間、シグちゃん達は夕食を作ると言っていた。どんなのが出来るか楽しみだな。鍋でちゃんと煮れば大概の物は食べられる筈だ……だと良いな。
ギルドは、数人の男女がカウンターに依頼の完了届けをしているようだ。チラリと俺達を見たミーメさんに頭を下げると、早速掲示板に向かった。
「俺は文字を読めないから、レイナスが選んでくれ」
「最初は軽く薬草採取で良いな。それに意外と高値だぞ。サフロンが50で70L、ライトンの採取まであるのか……、これは20で50Lになる」
「ライトンって初めて聞くぞ!」
「蔦みたいな植物になる実だ。……肩こりに効くらしいが、使ったことはないな。どちらも余分に取った場合は買取ってくれるようだ」
「その2つを受けるか?」
「ライトンは日当たりの良い場所に生える。森の奥に行く必要は無さそうだ。これで行こう。最初だからな」
そんな訳で、2つの依頼を受けると番屋へと引き返す。
もう外は暗いが上手い具合に今日は上弦の月だ。足元位は十分に見える。
村の外れに着くと新しい番屋では酒盛りをしているみたいだな。賑やかな声が聞こえるぞ。シグちゃん達が酒を1ビン差し入れたらしいからそれを皆で飲んでいるのだろう。
そんな新しい番屋の前を通り過ぎて、俺達のねぐらに入って行った。
ぷ~んっと焼き魚の匂いがする。
囲炉裏の灰に4本の焼き串が刺してあり、遠火で魚が焼かれていた。
「どうしたんだ?」
「猟師さんがお裾分けしてくれたの。串に刺して焼くだけになってた」
お酒のお礼かな?
何か日本の田舎に来た感じだな。
爺ちゃんの家では、近所で皆が少しずつ物々交換みたいなことをしていたな。婆さんが多めにオカズを1品作って近所に配れば、たちまち数品のオカズに変化する。あれを最初に見た時は驚いたもんだ。
あのシステムを町で行なうのは難しいだろうな。