P-075 特許のようなもの
野犬狩りの報酬をカウンターで頂くと、ホールの暖炉にいたローエルさん達が手招きしている。
レイナス達が雑貨屋に向かうという事で、例の品が届いたかを確認してもらうつもりだ。
「ああ、いいぞ。食料品が多いらしいから俺が運ばないとな。ついでにタバコは買っておくから安心しろ」
「頼んだぞ!」
後、2回分位しか残っていないのはレイナスも同じなんだな。3人に手を振って別れるとローエルさん達のところに歩いて行った。
ベンチの空いた場所に座ると、おもしろそうに俺を見ている。
「盗賊をやったそうだな。イリスから話を聞いた時は驚いたぞ」
「どうにかです。1人逃がしてしまい、イリスさんの手を借りてしまいました」
簡単に盗賊狩りの話をする。そんな話を感心して聞いていたが、いつの間にか運ばれたお茶を飲んで、一区切りをつけることにした。
「これで、この国を荒らしまわっていた盗賊団の1つが壊滅したって事だな。もう一つあるんだが、これは強盗と言うよりは盗人の集団だから活動は王都に限定されているし、規模は小さい。辺境の村も一安心って事になる」
「ということは、レイナスの村を襲った盗賊なんでしょうか?」
「あれは、隣の王国に拠点を構えてる盗賊団だ。レイナス達の村は隣国に近かったからな。だが、あの1件以来、この王国にはやってこないようだ。国境線に何か所か屯所が作られたのも影響があるんだろう。この村は、どちらかと言うと王都の南東にあるから国境までは、王都よりも遠いはずだ。俺達にとって目障りな盗賊団は壊滅したと考えて良いだろう」
とは言っても、しばらくすれば別の盗賊団が出来そうだな。そんな盗賊団とは距離を保ちたいものだ。
それに、初めて人を殺してしまった。悪人とはいえ、俺の倫理観からすればかなり問題なのだが、それほど罪悪感が無いのは、この世界で長く暮らしたせいなのかも知れない。ハンターである以上、生活のために害獣殺すし、肉を得るために狩りだって行うのだ。盗賊は人間だけど、俺達には害獣の一種と割り切れるのだろうか?
あまり考えないでおこう。この世界の倫理観と、俺の昔育った世界の倫理観は一緒ではないようだ。事の善悪の判断に迷う場合はレイナスやシグちゃんの判断に任せれば良い。
番屋に帰ると、シグちゃん達が夕食作りの最中だった。ラビーの串焼きが4本美味しそうに暖炉から匂って来る。
隣の番屋にもおすそ分けは済んでいるようだな。
「報酬を貰ってきたぞ。全部で640Lになった」
「ありがとうございます。そうすると……、1人128Lですね」
少し悩みながら計算を終えて報酬を分配してくれた。レイナスに5Lを渡してタバコの包みを受け取ると、革袋に入れて残りをパイプに詰める。残った紙を使って暖炉から火をパイプに点けた。
「ローエルさんが感心してくれた。何となく褒められると嬉しくなるな」
「そりゃあ、ローエルさんが褒めてくれたからさ。あまり人を褒めない人だと聞いたぞ。ある程度俺達を認めてくれてるんだと思うと、確かに嬉しくなるな」
そんな事を言って、レイナスもパイプに火を点ける。
狩りが終わった後の充足感で互いに顔を見合わせつつ笑いを浮かべる。番屋に戻れば安心できる。ここは俺達の住処なのだ。危険は一切ない。安心して眠ることが出来る。
「出来ましたよ。テーブルを用意してください!」
シグちゃんの声に、俺達はパイプを仕舞うと、部屋の隅からテーブルを持ち出した。直ぐにファーちゃんが布巾でテーブルを拭き始める。
お皿が並び、スプーンが配られる。大皿に乗ったのは2つに切られた黒パンだ。野菜スープには魚の切り身が入っているし、皿にはラビーの串焼きが乗っていた。カップに蜂蜜酒が半分程注がれ、そこにファーちゃんがポットのお湯を注ぐ。
何と贅沢な夕食だよな。この村で、これほどの食事を頂けるのは限られてるんじゃないか?
狩りの話と盗賊の話をしながら食事時でも会話が弾む。シグちゃん達にも人を殺したという罪悪感は感じられない。やはり俺の倫理観が少しこの世界では変わっているのかも知れないな。
夕食を美味しく頂いた後は、食器を片付け再度蜂蜜酒を酌み交わす。2杯目は半分ほどだが、お湯割りではない。ワインよりも強いけど、漁師さんのところに持っていく酒よりは遥かに弱い。それでも、カップに半分の蜂蜜酒は俺達には丁度良い感じだ。
扉を叩く音がする。今時誰だろう? とは思っても、腰の片手剣を手にして開けようとしたシグちゃんに頷く。
「誰ですか?」
そんな会話をシグちゃんがしながら、途中から急いで扉を開けた。
「夜分、邪魔をするぞ!」
そう言って入ってきたのは、イリスさん達のパーティ4人だ。
直ぐに板の間に上がってもらい、俺達はテーブルの片側に移動して、イリスさん達の席を作った。
「明日、王都に帰るのでな。風呂で頼まれていた品を思い出して急いでやってきた」
「せっかく来たんですから、のんびりしてってください」
俺の言葉に頷きながら、シグちゃん達が蜂蜜酒のカップを配っている。
「そうも、行くまい。王都で報告を済ませたら、辺境の村を一回りすることになる。秋だからな。山には危険な獣も下りてくるのだ。出来ればお前達にも手伝って貰いたいのだが、ローエル殿にクギを刺された。『お前達がいるから俺達が村を離れられる』と言っていたぞ」
そんな話をしながら、「盗賊狩りの成功を祝って!」とカップを掲げて飲むから、俺達も思わず唱和してしまった。
直ぐに、ファーちゃんが皆のカップに酒を継ぎ足しているぞ。
「まあ、俺達はこの村を気に入ってますから……」
俺の言葉に苦笑いを浮かべたが、トレードは諦めてくれたと思いたい。
「それでだ。これが盗賊狩りの報酬になる。生死を問わず銀貨5枚だから、3人で1500Lになる。それと、これは王都で頼まれたものだが、雑貨屋に持って行ったら、ここに届けるように言われたぞ。今度は何を始めるのだ? 王都の職人街で、この品物の話がだいぶ話題になっている」
銀貨15枚がテーブルに乗せられた。それと一緒に布包みが乗せられる。布の結び目を解いて中を改める。筬だな。目が非常に細かい。3本の銅の薄い金属片が一緒に入っている。確かにこれが無いと筬に糸を通せないだろう。頼まずとも、分かってくれたらしい。
「ありがとうございます。冬の内職を始めようと思いまして、王都の職人に頼んだんです。さすがは一流ですね。望みの物が手に入りました。ところで、この筬の値段はおいくらでしょう?」
「やはり、リュウイ達だったか。それは王宮職人が作りあげた。職人街の職人には荷が重いらしい。金貨1枚が代金なのだが、王宮職人の間で、その筬と言うものが話題になってな。それに見合う糸を10D(3m)見せてくれればタダで良いという事になってるぞ。私にも見せてくれぬか? その筬に通す糸を」
掛けの対象になってるって事か? まあ、それだけ職人達が暇なのかも知れないな。
シグちゃんと顔を見合わせて頷くと、シグちゃんが席を立った。しばらくして小さな糸巻テーブルの上にコトリと置いた。
「これが、俺達が使いたい糸なんです。木綿糸とは太さが違いますから、筬を特注することにになりました。他の部分は何とか工夫したいと思ってます」
シグちゃんが持ってきた糸巻をイリスさんが手に持って引き延ばしている。その細さに4人が目を見張ってるな。
「何からこの糸を作ったんだ! ……いや、リュウイの事だ。我らが考えもしない物から作ったんだろうが、きれいな糸だな。糸に光沢があるぞ」
「もし、この糸で布が織れたら……、とんでもない値段になりそうです」
同行してきた魔導士の女性が呟いた。
確かに、絹織物は高価だと聞いたことがある。それにこの場合は手織りだからな。1反が出来ればそれだけで1年の暮らしが立つんじゃないか?
何人かで交代しながら織機を使えば、少しは早く出来そうだし、利益の分配も出来る。数人が豊かになるよりはたくさんの人が少しずつ利益を分けた方が良いだろう。それはサルマンさんと相談すれば良いだろう。
「これは貰っても良いのか?」
「どうぞ。それで代金がいらないなら、俺達にとってもありがたい話です。それに現段階で布になるかどうかは不明です。出来れば、他者の横やりは防ぎたいのですが……」
俺の言葉に、イリスさんが笑い出した。
「分かっている。父様もそれを心配していた。目先が聞く商人や貴族もいるのは承知しているつもりだ。リュウイはパラメントを知っているか?」
初めて聞く言葉に俺達全員が首を振った。
改めて、イリスさんがパラメントの意味を教えてくれたが、どうやら特許に近いものらしい。その管理は教会が行っているらしく手数料を納めねばならないが必要な手続きは全て代行してくれるらしい。
「糸が出来ているなら時間の問題だろう。私から連絡を入れておく。手数料は無料だ。その売り上げの1割が教会の手数料になるから、新たな技術は教会としても保護することにやぶさかではない」
「それはおもしろい考えですね。それなら技術が保護されることになります」
レイナスはちんぷんかんぷんば表情をしているけど、俺にとっては願っても無い話だ。
これで、ある意味独占産業になるぞ。
「だが、リュウイは本当に王都に来るつもりはないのか? 父様も出来れば連れてこいと言っていたのだが……」
「それは、辞退します。人が多いと頭痛を起こします。俺はこの村でのんびり過ごしますよ。それにまだまだ白ですからね。王都のハンターでは埋もれてしまいます」
必要だと言ってくれるのはありがたいが、俺達はこの村でのんびりしていたいからな。せっかく家まで作ったし、俺達に見合った依頼も多い。
王都ではハンターが依頼書を取り合いしてると聞いたことがある。そんな状態では命がいくつあっても足りないんじゃないか? 依頼は、キチンと内容を確認して受けることが大事だとようやく分かってきたくらいだ。