P-073 盗賊だって?
数日過ぎると、傷もだいぶ癒えてきた。元々がサウスポーだからな。右手が使えなくてもそれなりに日常生活は出来るのだが、やはり両腕が使えないと細かな作業ができないのが難点だ。
腕の包帯を解いて、今は普通に動いているのだが、力を入れると少し痛みがあるな。
「治ったのか?」
「なんとかだな。まだ少し痛むが、俺は元々左利きだ」
そんな事を言ってレイナスに笑い顔を向けると、心配そうに俺達の話を聞いていたシグちゃん達の顔にも笑顔が広がる。
ほんの些細な不注意でハンターを廃業するのは良くある話らしい。完全に元に戻るにはもう少し時間が掛かるだろうが、野犬ぐらいなら今でもだいじょうぶだと思うな。
「あまり無理は出来ないな。近場の狩りをして過ごそうぜ」
「そうしてくれると助かる。雑貨屋の話だと、もう少しで筬が届くそうだ。そしたら、織機作りだからな」
「ああ、任せとけ!」と言って、レイナスが番屋を飛び出していった。俺の傷が癒えるのを待っていてくれたようだ。
ファーちゃんが入れてくれたお茶を飲みながら、パイプに火を点ける。
「たぶん、野犬の依頼にゃ。夕べお風呂で西の畑の向こうに一杯いたって聞いたにゃ」
「ですよね。野犬ならば、これでポカリです!」
そんなことを言ってメイスを準備し始めたぞ。シグちゃん達も16歳を過ぎてるからそれなりの腕力がついてきたようだ。でも、その前に遠距離攻撃が可能なクロスボウ以外の武器である弓も用意した方が良いのだろうか? 弓ならば手返しが速いからな。だが、その分威力は無い。だが、大型の獣でなければ十分に使える武器だ。
「シグちゃん達は弓はもう使わないの?」
「クロスボウがあるから弓は使いません。接近されたらメイスがありますし、群れが来れば【メル】で散らせます!」
魔法が使えたんだ。それはファーちゃんも同じ。ならばあえて弓を使うまでもないか。
俺には全く使えないけど、レイナスは使えるはずだよな。何か覚えたんだろうか? 【アクセル】辺りならレイナスには有効だろう。2割の身体機能上昇は無駄にはならない。まして中衛の素早い動きなら絶対に必要になるはずだ。
ファーちゃんが2杯目のお茶を入れてくれたところに、レイナスが帰ってきた。どかどかと床に上がると、俺達の前に依頼書を広げた。
「野犬が30だ。西の畑の奥らしいから、食料は3日分になりそうだな」
「手ごろだな。……ん。報酬が相場よりも良いな」
「農民が困ってるらしいから、その分ギルドが上乗せしてるんだろう。30匹で1匹17L。それ以上は通常価格だから15Lになる。毛皮は、まあ、通常だな」
毛皮は5Lで変化なしって事だな。
この縄を渦巻にした敷物の上に張れば少し座りやすそうだ。ガトルの毛皮だと夏はちょっと抵抗がある。毛皮の毛の長さが野犬の方が短いから丁度いい。
「野犬狩りは前と同じ方法でいいよな。となれば、背負いカゴにロープを入れて、俺は杖でいくか。レイナスはヌンチャクってことか?」
「そのつもりだ。一応、用心に槍を持ってくが、杖代わりだ」
そんな話をしている俺達から、シグちゃん達が離れていく。平たいパンを焼くのかな?
「ギルドでローエルさんから、リュウイに伝えておくように言われたんだが……。どうやら、王都で盗賊の捕り物があったらしい。50人も率いる大きな盗賊だったらしいが、取り押さえられたらしい。だが、数人に逃げられたらしいんだ。イリスさんが盗賊の残党を追ってこちらに向かってるって言ったぞ」
「この村に来るんだろうか?」
ちょっと物騒な話になってきたな。
「ローエルさん達ともう一組が村の街道を見張るらしい。だが、街道を通らなければ……、俺達が狩りをする西の畑を通ることになる」
「2つ、教えてくれ。俺達が襲われたら、当然反撃するけど、その場合に相手を傷つけても罪に問われないか? それと、相手が盗賊だとどうして分かるんだ?」
「だいじょうぶだ。ギルドに手配書が出た段階で、相手の生死を問われない。もし俺達に襲い掛かってきたら死亡させても罪に問われないそうだ。逃げた相手は分かりやすいぞ……」
そう言って話してくれた内容は、数人の中で3人に特徴がある。1人は顔に斜めの傷があり、もう1人は片目らしい。最後の1人は片腕が義手という事だ。さらに全員が右手の小指に指輪を付けているらしい。仲間って事の証らしいが、こういう時には困りそうだ。だけど、それぐらいなら、逃走するときに外しそうだな。
「俺達の狩場に来るだろうか?」
「分からないな。イリスさん達だって、他のパーティを加えて追っているだろうし、数日はローエルさん達も村の北側を見張ると言っていた」
数日が過ぎれば問題ないってことか? まあ、他の町や村にもそんな自警団が臨時に作られて街道を見張ることになってるんだろうな。
「だが、人を相手にするとなると、シグちゃん達はだいじょうぶだろうか?」
「一応、ハンターなんだから心つもりはあるはずだ。そんな依頼だってあるからな。それに、大掛かりになれば筆頭ハンターがその場のハンターを率いることになる」
人を狩るのも仕事と割り切るのも問題のような気もするが、それは俺の道徳観念って事になるのだろうな。平和ボケした国から来た以上、一番問題になるのは俺になるのかも知れないぞ。だが、シグちゃん達に武器を振るなら、俺だって黙ってはいられないからな。
シグちゃん達が外でこねてきたパン生地を、平たく伸ばしながら暖炉で焼き始めたところで、レイナスが盗賊の話を2人に始めた。
「盗賊ならば、私のクロスボウで一撃です!」
「そうにゃ。村の皆の敵を討てるにゃ。野犬よりも盗賊にゃ!」
何か、やる気を出してるぞ。人を殺めるという禁忌は無いんだろうか? 例え。盗賊でも人間なんだけどな。
「確かに取り逃がせば、直ぐに増える。辺境の村を襲って食料やお金を強奪し始めるからな。見つけたら野犬よりも盗賊を狩るぞ!」
レイナスが油を注いでいる。そんな彼にうんうんと頷いているシグちゃん達と俺に少しばかり距離があるのを感じたぞ。
となると、人間を相手にした時に動揺するのは俺だけって事になりそうだ。よくよく気を付けないといけないようだな。
次の朝は快晴だった。既に季節は秋に入ろうとしている。
見晴らしは良いから、野犬狩りは夜になりそうな気配だな。そんな事を考えながら、北門を抜けて西に足を向ける。
門番の爺さんも、盗賊に気を付けるように言っていたし、いつもの槍だけではなく背中に弓を背負っていた。そういえば、門番の数も2人から3人に増えていたぞ。やはりこの村にやってくる可能性が高いって事なんだろう。
「何か、厳戒態勢だな?」
「ああ、そうだな。たぶんサルマンさん達も浜伝いにやってこないか見張ってるんじゃないか?」
「俺達が野犬狩りをしても良かったのか? サルマンさん達の手伝いをした方が良かったんじゃないか?」
「俺達だって、ちゃんと村の役に立つぞ。俺達の分担は西の荒地だ。ローエルさんが、そう言ってたぞ」
浜辺を漁師さん達、西の荒地を俺達、街道への道をローエルさんが見張るって事か。そして王都からはイリスさん達が追ってくる。サムレイ村に向かう手もあるだろうが、それには少し距離がありそうだ。途中に町があったけど、町ならギルドのハンターが沢山いるだろう。やはり、ライトン村にやってくる可能性は高そうだな。
西の畑を過ぎると荒地がずっと遠くまで続いている。ところどころに灌木があるんだが、低木の広葉樹が数本だ。腰の高さぐらいの藪がその周りを取り囲んでいる。盗賊が数人なら隠れることも可能だろうな。昼間はジッとして動かないんだろう。
レイナスを先頭に西に歩く。レイナスが前方を、左右をシグちゃん達が、後ろを俺が監視しながら進んで行くが、ラビーが藪から顔を出しているのを見掛けたぐらいだ。
野犬の姿はどこにもないな。やはり餌で釣るしかなさそうだぞ。
「あまり遠くに行くのも問題だな。やはり夜を待つか?」
「そうだな。なら、あの辺りが良いんじゃないか? 灌木が後ろを塞いでるし、西に開いた格好だ」
俺の言葉にレイナスが頷くと先に雑木に向かって歩き出す。槍を手にしたところを見ると、何かいるのかな?
5m程に近づいた時、いきなりレイナスが槍を投げた。藪ががさがさと動き出すと、走って行ったレイナスが槍先を上げて俺達に獲物を見せてくれた。初めて見る奴だな……。
「大きいラビーです! そんなに大きいのは初めて見ました」
ラビーなのか? シグちゃんとファーちゃんは嬉しそうだけど、俺にはちょっと疑問だぞ。
「こいつがいるぐらいだから、野犬はいるはずなんだけどな……。まあ、俺達でもう少しラビーを狩ってくるよ。リュウイはここで焚き火を作ってくれ」
昼間でも、シグちゃん達なら獲物がいれば一発だからな。餌は多いほうが良いし、ラビーの焼肉も久しぶりだ。
適当に灌木から焚き木を取ると焚き火を始める。背負いカゴからポットと水筒を取り出してお茶の準備したところで、近くの灌木を回って焚き木を集める。
たっぷりと焚き火の傍に焚き木を集めたころに、レイナス達がラビーを下げて帰ってきた。
やはり、大きさが全然違うな。あれはラビーに似てるけど別の獣じゃないのか?
そんな俺の素朴な疑問をよそに、3人で手分けして少し離れた場所で毛皮を剥いで、解体している。焼肉は確定だな。肉を食べれば違いが分かるかも知れないぞ。
内臓をあちこちに散らかしている。後は待つだけだけど、たぶん夜になりそうだ。
レイナスが剥いできた毛皮を背負いカゴに入れて、ファーちゃん達が串に刺した肉に塩をまぶして焚き火で炙り出した。
1段落ついたところで、お茶を飲みながら一休み。俺とレイナスはのんびりとパイプを楽しむ。まだ夜には間があるし、ここからは周囲が良く見える。
盗賊も気にはなるけど、レイナス達がいるから夜も安心できる。宵の内はシグちゃん達に任せて深夜は俺達が変わろう。
一服を終えたところで、俺とレイナスは横になった。