P-071 二本足の獲物
次の日。早めに朝食を終えて、俺達の家を出る。
昼食は少し多めに薄いパンで包んだ野菜サンドのような品をシグちゃん達が用意したし、野宿の準備品は大型水筒を含めて背負いカゴに入れて俺が背負っている。隣の番屋に数日留守にすることを伝えに行ったファーちゃんが帰ってきたところで、俺達はギルドに向かった。
ギルドで暖炉に掛かったポットのお茶を皆で頂きながらローエルさん達を待っていると、入り口の扉が開いて、ローエルさん達が入ってきた。
「待たせたかな。俺達もお茶を1杯だ。それからでも遅くはない。今夜は第4広場の先にある林で野宿だ。レビト、俺達でお茶を入れるから水筒を頼む」
そんな話を聞くとシグちゃん達が直ぐに席を立った。お茶を入れるんだな。レイナスはレビトさんの持った大きな水筒を1つ抱えてあげてるぞ。
「すまんな。それで相手だがどうやら数体いるらしい。3体以上の目撃例はほとんどないんだが、今回は例外のようだ」
「それで、作戦が変わりますか?」
「変わらないな。可能な範囲で槍を使い、最後はこれで止めを刺す」
クロスボウのボルトを2本ずつでも増やしておいて良かったぞ。俺とレイナスで投槍は2本ずつ。ローエルさん達がパーティで3本の7本だ。動きが速い相手なら命中するのは3本ってところだろう。残りのサラマンドはシグちゃん達のクロスボウが頼りだ。
俺達はのんびりと北の門を出て東へと向かう。
森が近づいたところで一休み。パイプを一服したところで、先頭をレイナスとローエルさんのパーティのギミルさんが務める。その後ろをレビトさんにシグちゃん達が続き最後に残った俺達だ。レイナスが担いでいた背負いカゴは今度は俺が担ぐ番だ。
第2広場で昼食を取り、お茶を1杯飲んだところで、さらに東を目指す。
俺達が狩場とするのは、精々この辺りまでだ。この先はまだ俺達4人では心もとないからな。
先頭を歩く2人も、周囲に気を配っているのが分かる。いつどんな獣が飛び出してくるか分からないからな。ギミルさんは短槍を持ち、レイナスは昼食時に切り取った太い杖を持っている。
「まあ、そんなに緊張しないでもだいじょうぶだ。ネコ族が先を行くんだから、周囲1M(150m)位で危険な獣を探ってくれるはずだからな」
「それは分かってますけど、やはり心配ですね。この辺りまで遠出することはあまりありませんから。それこそ、ローエルさんやイリスさんと一緒の時ぐらいです」
「そうかも知れんな。だが、そろそろ第3、第4広場辺りを狩場にしてもいいと思うぞ。獣の種類も豊富だ。青の連中の良い狩場なんだ」
そんな事を言っているけど、俺達はまだ白だぞ。レイナスがようやく白の8つになったところだ。青は遥か彼方ってとこだな。出来れば来年には青になりたいところだけどね。
先方が開けてきた。あれが第4広場になる。
広場の片隅で休息を取り、また東へと進む。広く広がる森の木々が段々と少なくなってきた。先を行く2人が立ち止ったところをみると、どうやらこの辺りで夜を過ごすことになるらしい。
そんな林の中で数本の雑木が密集している場所を野宿場所に決めると、俺達4人で周囲の林から焚き木を集めて焚き火を作る。
その間にローエルさん達がロープを使って周囲に簡単な柵を作っていた。
担いできた少し長めの木を、雑木から斜めに突き出すようにと結び付けて、天幕用の布を張ると、簡単なテントが出来上がる。テントの両端に背負いカゴを置いてちょっとした防壁変わりにしておく。これで、少しは安心して眠れるだろう。
「少し過剰にも思えるが準備に越したことはない。サラマンドの目撃された場所はここから東に20M(3km)というところだ」
「近すぎませんか?」
「奴らの獲物はマゲリタだ。手でマゲリタの穴を掘って捕まえる。この先の草原にはマゲリタがたくさんいるんだ。そしてこの林にはマゲリタはいない。木の根っ子が穴掘りの邪魔をするからな」
あのモグラモドキを食べるのか。確かに子犬程の大きさらしいから木の根は邪魔になるだろう。だとすると、この柵は森の獣避けって事になるんだろうな。ガトル辺りになるのかな?
食事の用意が出来たところで夕食を頂く。すでに周囲は真っ暗だ。今夜は曇っているのか星も見えないぞ。
野菜スープには干し肉がたくさん入っている。パンはシグちゃん達が夕べ焼いた平たいパンが1人2枚だ。
俺達が先に休み、夜半にローエルさん達と交代する。時間の経過は焚き火の焚き木の長さであらあら分かるらしい。
変わってそれ程時間が経っていないにも関わらず、周囲が明るくなってきた。かなり長い間俺達を休ませてくれたようだ。
俺とレイナスが即応できるように、剣を抜いて傍らに置きながらパイプを楽しむ。シグちゃん達はバッグから毛糸玉を取り出して編み物を始めた。まだ夜明けには程遠い。
「リュウイ、明日は人型だがだいじょうぶか?」
「狩りなんだろ? だいじょうぶだと思うけど……」
どうやら、レイナスは人型を相手にするのが初めてらしい。それは俺だってそうなんだけどね。人型した獲物と初めて対峙した人間は攻撃を躊躇するらしいとレイナスが話してくれた。
人殺しはご法度だからな。重罪になると小さいころから言い聞かされているらしい。まあ日本だって重罪には違いない。2本足で立つ獣相手だけでも人に似ていると認識すると動きが鈍るという事だ。確かに今まで相手していた狩りの獲物は2本足って事はなかったな。
「サラマンド以外にも2本足はいるのか?」
「鳥は2本足だが、姿があれだからな。一番気を付けなくちゃならないのは人狼だな。もっともこの辺りにはいないから、だいじょうぶだ」
人狼の話を聞くと、どうやら狼人間らしい。確か倒すにはロザリオを溶かして弾丸にするんじゃなかったか? まあ、この世界に銃は無いから銀のヤジリがついた矢を使うのかもしれないな。この辺にいなければ気にする必要もないだろう。
だが、ちょっとした戸惑いや躊躇が攻撃に隙を作るとなれば問題だ。俺にそれを注意してくれたんだろう。
「ところで、サラマンドの攻撃手段って何なんだ? 噛みつくぐらいはするんだろうけど……」
「噛みつくのは食べる時だけみたいです。ほら!」
シグちゃんが開いた図鑑には、10cm程の鋭い爪が手に3本あると書かれていた。短剣というよりは槍の穂先のようだ。
となると、あの爪を突き刺すように振ってくるはずだ。それが狩りに槍を使う理由なんだろう。
「槍を作るぞ。投槍を使った後で剣を使うのは難しそうだ」
「何時もの槍か? そうだな。時間はたっぷりある。待ってろよ」
レイナスが雑木の方に歩いていく。俺はバッグから短剣と皮ひもを取り出してレイナスの帰りを待った。
数打ちの短剣は刀身だけを布にくるんでいつでも持っている。俺達が手槍を作り終えるころに、シグちゃん達がスープ作りの準備を始める。
槍作りが終わったところで、革の上着の下にフェルトンの鎧を着ておく。あの爪にどれだけ有効かは分からないけど、備えあればってやつだな。
焚き火の傍でパイプを楽しんでいるとローエルさん達が起きてきた。シグちゃんがお茶のカップを配っている。
「いよいよサラマンド狩りだ。害獣の駆除に近いから、倒すだけで良い。討伐の証は足の蹴爪になる。奴らの手の爪は見せかけだ。足の蹴爪が真の武器だからな」
ローエルさんの言葉に思わず俺達は顔を合わせてしまった。
やはり図鑑だけではダメって事だな。先輩ハンターにも初めての狩りは良く聞いておかねばならない。
そんな俺達を見て、笑ってるところを見ると確信犯だな。
「たぶん、手の爪で攻撃して来ると考えてたのだろう。図鑑は、獣達の特徴を知る上では良いのだが、狩りの方法については書かれていない。だが、図鑑をよく見れば足の筋肉が発達しているのに気が付くはずだ。蹴爪はカカトの少し上にあるから正面から描かれた絵では見えない位置なんだ」
「だとすれば、俺達の頭上を軽々と飛び越えますよ!」
「その通りだ。その時に後ろに蹴りを入れる。当たれば俺達の頭に大穴が開くぞ」
サドミスさんの言葉に思わず身をすくませる。俺達で協力できるのか?
「食事を終えたらレビトが【アクセル】を全員に掛ける。俺とサドミスが相手をするからお前達は後方から援護してくれ」
そう言って分厚い帽子を背負いカゴから取り出した。木製の帽子だ。外側は革張りだが、たぶん中に何か仕込んであるのだろう。
じゃらりと鎖帷子を取り出して革の上着の上に羽織る。首から胸までの短い鎖帷子だが、さっきの話ではそれで十分なんだろうな。
食事を終えると、ネコ族の青年を先頭に草原に出る。
まだ灌木があちこちにあるが、見通しは良いから早く見つかるんじゃないかな。
あちこちにモコモコとした土のトンネルがあるぞ。マゲリタの楽園なんだろう。そんな場所だから、ラビーがあちこちに飛び跳ねている。ここでラビー狩りをしたら大漁間違いなしだ。だけど、村からだいぶ離れているし、この辺りは青のハンター達の狩場だ。彼らがラビー狩りをするとは思えないな。
前方を歩いていたネコ族の青年が突然姿勢を低くした。俺達はその場で座り込み、ローエルさんの指示を待つ。
ローエルさんは前の青年のところに姿勢を低くして素早く移動していった。2人で右手を見ながら話し込んでいるがこちらには聞こえてこない。
「もうすぐ、サラマンドを見られるぞ。出会うのは青の中ほどになってからが普通だな。それでも狩りをせずにその場から立ち去るのが普通だ」
小声でサドミスさんが教えてくれたけど、やはり高レベルの狩りって事なんだろう。
姿勢を低くしてローエルさん達が戻ってきた。小さな円陣をつくってローエルさんの話を聞く。
「サラマンドは5体いる。リュウイ達の攻撃が最初だ。ラビトの【メル】を合図にして、投槍とクロスボウを使ってくれ。俺達が槍を構えて相手をするから、その間にもう1回攻撃が出来れば良いんだが……」
いよいよ、狩りの始まりだ。投槍をまとめて縛っていた皮ひもを解いて、腰のベルトにウーメラを差し込む。
シグちゃん達も背中からクロスボウを下ろして弦を引いてセットしている。今では30mぐらいならラビーを逃すことがないからな。俺達よりも頼りになるハンターに育っている。
「こっちの方角に1M(150m)程先で集団でマゲリタの巣を掘っている。準備は良いな。始めるぞ!」
姿勢を低くとって短槍を持ったローエルさん達が先行する。その後ろをやはり槍を持ったネコ族の青年が進み、最後は俺達だ。音を立てぬように静かに草に隠れるようにして進んでいった。