P-068 案山子を使った狩りの仕方
古着入れたカゴを背負ってレイナスが俺達の先頭を歩いて行く。俺は2本の投槍を持ってその後を歩いた。
途中で俺達を追い抜いていたハンターが奇異な目で俺達を見ていたぞ。まあ、それも仕方が無い話だ。古着で狩りをするなんて発想はこの世界にはないからな。
森の傍まで行ったところで、俺とレイナスで案山子の胴体になる枝を適当に森から切り取ると、シグちゃん達は森の地を這うツタを集めて丸めている。
「ところで、ヤクーがいる畑はどの辺りなんだろうな?」
「村の畑はこの場所から西のはずだ。そろそろ準備に掛かるか?」
ファーちゃんが森の外れにある大きな木にスルスルと上って、状況を確認している。ネコ族だけあって身軽なものだ。
どうやら、ヤクーの群れを見付けたみたいで下で見上げている俺達に腕を伸ばして方向を教えてくれた。
「こっちか? 村より離れてるな」
「群れの数と、周囲に人がいるかどうかが分かれば良いんだが……」
「それは、ファーが下りてくれば分かるさ」
下りてきた、ファーちゃんが教えてくれた話では、ヤクーは6匹らしい。
「見えた範囲に他のハンターや村人はいなかったにゃ!」
それなら、俺達の狩りに都合が良いな。人影を案山子で作る狩りだから、他のハンター連中がいたら計画が台無しになってしまう。
「となると、真直ぐならこっちに逃げて来る事になる。ファー達が隠れる場所は……、あの茂みが良いか?」
「あそこなら、西側が良く見えるな。となると、森の手前の案山子は、あの辺りだ」
森に逃げ込むヤクーの方向をほんの少し変えてシグちゃん達が潜む茂みの方向に向かわせるだけで良い。森の近くに置いたら、群れが散ってしまいそうだからな。
2体の案山子を作って茂みから50mほど離れた場所に立てる。森に近い方を
茂みに少し近づけることがミソだな。
茂みにシグちゃん達が隠れるのを見てから、4体の案山子を抱えて村の畑に向かった。
「見えたぞ。確かに6匹だな。どこに置くんだ?」
「そうだな。あの茂み近くが良いだろう。俺はあっちの潅木の近くに立てる事にする」
「確かに方向が絞られるな。後はファー達の腕次第だ」
それは期待しても良いんじゃないかな。クロスボウだが、2回の射撃チャンスは十分にあるだろう。
2人で2体ずつ案山子を立てたところで、レイナスが笛を吹く。これで、俺達の準備が終わった事がシグちゃん達に分かった筈だ。ヤクーにも聞こえただろうが、周囲に人影が無いから、そのままでいるだろう。
俺とレイナスは大きく畑を迂回してヤクーの群れの西に移動する。
2人の距離を100mほど取ったところで、ゆっくりと東に歩いてヤクーの群れに近付いた。
ウーメラに投槍をセットはしているが、これで狩れるとはいくらなんでも思っていない。俺達の最大飛距離は数十mだから、ヤクーが逃げ出す距離と同じぐらいだ。
脅かすには丁度良いし、運が良ければ当たるかも知れないと出掛けにレイナスが言い出したんだが、確かにおもしろい考えではある。
レイナスが歩みを止めて俺を見る。ここで槍を放つつもりのようだ。距離は80mほどある。茂みにシグちゃんが隠れる前に俺達に【アクセル】を掛けてくれたから、ひょっとして届くかもしれないぞ。それをレイナスは考えているのかも知れないな。
レイナスの動作に合わせて、ウーメラを後ろに倒し大きく振りかぶる。群れを狙うから距離よりも方向が大事だな。
ヒュン! と音を立てて投槍が空に向かって飛んでいくと、俺達も剣を抜いてゆっくりと群れに向かって歩き出す。
群れの中に2本の槍が落ちた。と同時にヤクーの群れが森に向かって走り出す。
そんな中、ヨロヨロと足を進めるヤクーが1匹目に付いた。どうやら、俺達が投げた槍で足を傷つけられたらしい。
マグレって恐ろしいな。そんな事を考えながらも足を速める。
群れから取り残されたヤクーは、レイナスが再度投槍を放って止めを刺した。投げ槍を俺に放ると、ヤクーを担いで森を目指して歩き出す。
「まさか当たるとは思わなかったな」
「上手く行く時は、全て上手く行くもんだ。案山子の回収を頼んだぞ。一足先にファー達の所に行く」
「ああ、確かに心配だな。頼んだぞ!」
畑の両側に案山子を立てたから、結構回収に時間が掛かる。都合、6体の案山子を回収して俺達の古着だけを手に目印の大きな木を目指して歩いて行った。
小さな焚き火の傍にシグちゃん達がお茶を飲んで休憩している。俺を見つけて手を振っているところを見ると、シグちゃんの方も上手く行ったようだな。
焚き火の傍に古着をドサリと置くと、ファーちゃんが大きな布にその古着を包んでいる。ここで捨てるという選択肢は無いようだ。とことん利用する考えは大切だと思うな。
「3匹狩れましたよ。私の2撃目は外れちゃいました」
「俺とレイナスで1匹狩れたから、都合4匹だな。なあに、十分な成果だと思うよ」
ファーちゃんが渡してくれたお茶のカップを受け取りながら、焚き火の火でパイプに火を点ける。
レイナスはヤクーの内臓と頭を取って血抜きをしてるんだろう。一服を終えたらそれを運ぶソリ用の枝を切ってくるか……。
「大猟だったな」
「ああ、さすがはリュウイの計画だ。ローエルさんが一目置くわけだ」
「そうでもないさ。レイナスとファーちゃんがいたからこれだけ獲れたようなものだ」
そんな俺の言葉を聞いて、俺の肩を叩きながら隣に座ってパイプを取り出した。
「それは俺も考えてはいることだ。確かにリュウイだけでは無理だろう。だが、俺とファーだけではそもそも狩りにすらならない。俺達はリュウイと組んで良かったと何時でも思っているぞ。それに、帰ったらいよいよ布作りをするんだろう。それが上手く行くならファー達を辛い冬の狩りに付き合わせなくとも済む筈だ」
あまり期待されても困るな。だけど上手く行かなければ、釣り糸を作るだけでも漁師さん達は買い込んでくれるだろう。
俺が森から切り取ってきた木を利用して、獲物を運ぶソリを作るとレイナスが血抜きを済ませた獲物を運んでソリに括りつけた。
報奨金の換金部位は小さな角らしい。4本を採取ナイフで折り取ったらしく、俺にレイナスが手渡してくれた。
「肉屋には俺達で運ぶから、リュウイはギルドに行ってくれ。だけど、今度依頼を受ける時は、あまり変わったものは受けるなよ」
「ああ、野犬か薬草にするよ」
そんな事を言いながら、焚き火の始末をしてソリを4人で曳き出した。
まだ、夕暮れにはだいぶ間がある。森から獲物を曳くわけではないから、2時間も掛からずに村に着くだろう。
村の肉屋の前でレイナス達と別れてギルドに向かう。
カウンターのミーメさんにヤクーの小さな角を4つ取り出してヤクー狩りの報奨金を貰っていると、ローエルさんに肩を叩かれた。ホールのテーブルを指差したところを見るとそこで待っていろという事らしい。
何だろう? と思いながらもテーブルに向かうと、直ぐにローエルさん達の仲間がテーブルに着いた。
「ヤクー狩りを終えたって事でしょう? あれは私達も悩んでいたのよ。森ではそれ程苦労しなくても、畑となると問題が出てくるわ。それに農家の人達も困っている事だし何とかしなくてはと考えてたの」
「誰も受けなければ人数を集める外に手は無いだろうと俺達は考えた。だが、オアエ達は4人でそれをやったんだろう? ローエルが聞きたいのはそれだと思うぞ」
やはり、大勢でやるという選択肢はあったんだな。俺達が受けなければそうなったという事か……。
「待たせたな。だがもうしばらく待って欲しい。他のハンター達もそろそろ狩りから戻ってくる頃だ」
ローエルさんがレビトさんに小さく頷くとレビトさんが席を立った。たぶんお茶を頼んでくるんだろう。アイコンタクトで分かり合えるんだからたいしたものだ。
パイプを楽しんでいると、レビトさんがトレイに乗せたカップを運んで来た。渡されたカップを一礼して受け取って一口飲む。すっかり喉が渇いてることに今更気付く。
ローエルさん達と世間話をしていると、だいぶギルドが賑わってきた。ハンター達は報酬を受け取っても帰らずに俺達のテーブルの回りに椅子を持って集まってくる。
十数人が集まった頃を見計らって、ローエルさんが席を立った。
「そろそろ、良いだろう。皆も知ってる通り、畑のヤクー狩りを1度失敗してから誰も受ける事は無かった。農家の困り事を何とも出来ないのでは俺達ハンターの矜持に係わる。村のハンター総出で狩りをしようと思っていたが、本日リュウイ達パンドラだけで畑のヤクー狩りを成功させている。6匹の群れの内、4匹を狩ったから群れが再び畑に来ることは無いだろう。だが、畑のヤクー狩りがどんなに困難であるか俺達は知っているつもりだ。お前等も知ってる通りパンドラの狩りはかなり変わった方法だ。だが、それは彼等なりに獲物の習性を考えての事に過ぎない。これから、リュウイにどうやって狩りを成功させたか話してもらうつもりだ。俺達の狩りに少しでも役立つならばそれを模擬することも出来るだろう」
そう言うと、椅子に腰を下ろした。俺を見てるってことは、これから俺が説明する事になるんだろうな。まあ、たいした話じゃないんだけど……。そんな事を考えながら瀬席を立ってずらりと並んだハンターを眺めた。
「実は、畑のヤクーが極めて臆病だとは知らずにこの依頼を受けてしまったんです。帰って皆に依頼書を見せたら呆然としてました……」
俺の言葉に頷いているハンターが多いな。確かにそんな事を知らずに受けてしまったら仲間が困った顔をするのは当然なんだろう。
それでも、どれ位臆病かと言う話を始めた頃から、皆の表情が真剣になってきた。
「……それなら、あえて人影をヤクーに見せることで、ヤクーを誘導する事が出来るかもしれないと考えました。誘導先にクロスボウを持った仲間を配置すれば上手く行けば2回は撃つ事が出来るだろうと。ですが、人影をどうやって作るかが問題です。俺達貧乏パーティは人を雇うことは出来かねます。仕方なく、遠くから人に見えれば良いということで木の棒を十字に組み、それに俺達の古着を着せました。都合6個を作り、こんな感じに配置しました……」
ホールにハンターを立たせて、森、射撃地点、案山子、ヤクーそれに俺とレイナスの位置を説明する。
「俺とレイナスが、半M(約75m)ほどのところから投槍を投げて、1匹の足を傷つけてその後に槍で倒しました。逃げて行ったヤクーは思惑通りに射撃地点から放たれたボルトで3匹を倒した次第です」
俺の説明が終ったところで、低い唸り声がホールに満ちた。
俺が席に着くと、ローエルさんが席を立って皆を見渡す。
「どうだ? 狩りは一瞬だが、その準備はかなり面倒で考えているのが分かったか。俺も話を聞いて古着を人影に見せかけたのには恐れ入った次第だ。だが、これは色々と俺達にも役に立ちそうだ。人影をわざと見せることで、リュウイ達はヤクーを誘導までしているが、野犬狩りやガトル相手に俺達の人数を多く見せる事も可能だと思う。そんな古着に飛び掛かるようなガトルなら容易く狩れるだろう。やり方は今の説明で理解しただろう。それをどう利用するかは俺達次第な訳だからな」
ローエルさんの言葉を聞いてハンター達も頷いている。彼等なりに色々と利用できると考えたようだ。
まあ、囮の一つぐらいに考えた方が良いのかも知れないな。どんな利用方法があるのかが楽しみでもある。今度イリスさんと合ったなら教えてあげようかな。