P-064 サンガの繭
やはり新しい家は良い。既に番屋の面影は殆ど無いのだが、誰もが番屋と呼ぶのはご愛嬌だろう。しかも、古い番屋と呼ばれているぞ。たぶん屋号として村人からそう呼ばれるんだろうな。
4人でにこにこ顔で1日を過ごして、俺達がハンター家業に戻ったのは2日後のことだった。
ギルドの掲示板でヤクー2匹の依頼書を見つけると、直ぐにカウンターに向かう。レイナスは急いでウーメラと投槍を取りに番屋へ走っていった。
「これなんだけど、明日には欲しいのよ。街道の町からの依頼で婚礼用のご馳走にするみたい。狩れたら直ぐに戻ってきて欲しいんだけど」
「う~ん、困りましたね。目撃例はあるんですか?」
「第3広場の手前の森で見かけたハンターがいるわ」
貴重な情報を貰って、ミーメさんに軽く頭を下げる。ギルドを出ようとしたところに、レイナスが2本の投槍とウーメラを持ってやってきた。
レイナスにヤクーの情報を話すと、上手く行けば3匹だなって、皮算用をしているぞ。
4人で村の北の出口に向かい、門番さんに片手を上げてご挨拶。
広場から東に向かう小道をレイナスが投槍を持って先導する。その後ろにファーちゃんとシグちゃんを挟んで殿が俺になる。
勘の良いレイナスが先導してくれるのはありがたい。野犬等に不意撃ちを受けずにすむからな。
普段は第1広場辺りで狩りをするのだが、今日はもう少し先に進まねばならない。
第1広場に出たところで、小さな焚き火を作って休憩を取る。
「この広場の先ってことだな」
「ミーメさんの情報だとそうなる」
ここまで強行軍で歩いてきたから、ゆっくりと体を休める。そんな俺達にシグちゃんが【アクセル】を掛けてくれた。
ヤクーなら、相手さえいれば俺達にでも容易に狩れる相手だ。だが、狩りの後に招かざる客が来ないとも限らないからな。
焚き火を消して穴に残り火を埋めると、いよいよ俺達の狩りの時間だ。今度は横に散開した状態で森に分け入る。
足音を立てずに、ゆっくりと体を動かしながら周囲を探る。
ヒュィ! 小さな口笛が鳴った。
レイナスを見ると、右手で森の奥を指差して素早く身を屈めた。俺も体を折るように身を屈めてレイナスに近付く。
皆が集まったところでもう1度、レイナスが屈んだ状態で森の奥を指差す。
「3匹だ。俺とファーであの木の傍まで移動する。シグちゃんはゆっくりとこのまま近付いてくれ。リュウイは少し回りこむような形でヤクーの退路を頼む」
レイナスの段取りを聞いて俺達は頷いた。
俺は後戻りするようにこの場から離れて、改めて時計回りに奴等の後ろに回りこむ。これでヤクーに退路は存在しない。前に向かえばシグちゃん達のクロスボウの餌食だし、下手に回ればレイナスの投槍が待っている。それに俺がここにいるのだ。
位置に着いたところで、ヤリ先を伸ばし小さく左右に振る。
急いで槍を下ろしてウーメラの爪を柄の後ろにセットしたところで、ウオォー! と言う奇声が上がった。
ヤクーが首を上げてレイナスを見つめて体を硬直させたその時、2匹のヤクーがその場に倒れた。
逃げようとして体を返したヤクーに俺の投槍が唸りを上げて突き刺さる。
ほっとした表情で、皆が倒れたヤクーに集まってきた。
レイナスが俺の肩を叩く。
「腕は鈍って無いぞ」
そんな俺の言葉に、笑顔を返す。「外したら、俺がいるさ」
苦笑いで突き出した俺の拳にコツンと拳をあわせてくる。
「カゴで担げるかな?」
「待ってろ、内蔵と血抜きをする。担ぐよりは引きずるほうが良いだろう。適当な枝を切ってきてくれ」
早速、適当な枝を捜す。3匹となればそれなりの重さだからな。腕より細くて長い枝を2本切り出して、横木を探していた時だ。
見慣れたものをヤブで見つけた。
どう見ても、繭だよな。しかもこの形はカイコにそっくりだ。昔、田舎のお祖母ちゃんに見せて貰った事があるから間違いは無い。
数十個が群がってるから、糸を取ってみようかな。お祖母ちゃんに教えて貰ったけど実際にやった事は無いから上手く行くか分からないけどね。
バッグから布の袋を取り出して20個程を持ち帰る事にした。
枝を引いて、レイナス達の所に向かうと、木にぶら下げていたヤクーの胴体を枝を使ったソリに結びつける。
3匹をしっかりと結んだところで、長い枝先を俺とレイナスで左右から持って急いで狩場を離れる。
「まだ近寄っては来ないけど、時間の問題だからな」
「少なくとも第1広場を越えようぜ。そこで一休みだ」
シグちゃんとファーちゃんが俺達の左右を固めてくれたから、俺とレイナスは力任せにソリを曳いて行った。
第1広場を横切った時には、だいぶ日も傾いている。【アクセル】が効いているからそれ程疲れたとも感じないが、水筒の水を飲んで一息入れた。
「このまま進めば、夕暮れ前には森を抜けられるな」
「村に着くのは夜半になりそうだが、このまま進むか?」
俺の言葉にシグちゃん達が頷いてくれる。一晩ここで明かせば村に着くのは昼頃だ。ならば、このまま進んだ方が危険も少ないに違いない。シグちゃんに【シャイン】で光球を作ってもらえば、夜の荒地も安心出来るだろう。
決まったところで、再びソリを曳きながら森に分け入った。
「レイナス、周囲を頼んだぞ!」
「ああ、だいじょうぶだ。ファーもいるしな」
「任せるにゃ!」
元気な返事が返って来た。勘の鋭いネコ族なら夜の行軍も安心できる。
辺りが薄暗くなった頃に、シグちゃんが光球を2個も作って俺達の周囲を明るく照らしてくれた。
森を抜けた時には、すっかり日が落ちていた。
森を抜けても安心できない。この辺りは野犬の縄張りなのだ。
休憩するにも周囲への警戒が必要になる。
頻繁に数分の休憩を取りながら、村へと歩いて行く。
やっと、村の明かりが見えた時にほっと息を吐いたのは俺だけでは無かったろう。
閉じた門を開いて貰って、ようやく村へとたどり着いた時に、今までの疲れがどっと出てくる。
「もう一息だ。肉屋には俺が行くから、ギルドはリュウイ達で頼む」
「ああ、良いぞ。隣に分も忘れないでくれよ」
そんな俺に、レイナスが分かってると言うように軽く手を振る。ソリから1匹だけ、肉屋にヤクーを降ろすと、残り2匹をソリに載せてギルドに向かう。
ギルドの外で、荷を解き、1匹ずつギルドに運び入れた。
「ちゃんと狩れたみたいね。はい、これが報酬よ!」
ヤクーと引換えに出された報酬は150L。通常ならヤクーは1匹50Lだから、婚礼用という事でご祝儀が入っているんだろう。「ありがとう」と言いながらシグちゃんが報酬を頂いたところでギルドを引き上げる。
ソリはそのまま番屋に引きずって行った。これも乾燥させれば焚き木に使えるからね。
番屋に入ると手分けして食事の準備だ。
暖炉に俺が火を焚きつけていると、シグちゃん達はポットに水を汲んだり、鍋を用意したりしている。ファーちゃんがザルを持って番屋を出て行ったのは野菜を適当に刻んでくる為だろうな。
そんな所に、レイナスが包みを1つとザルを持って帰ってきた。
「届けたら、魚を頂いた。ホントに義理堅い漁師達だな」
「ああ、仲間意識もあるんだろうな。ありがたく頂こうぜ」
漁師さん達は相変わらずだな。意外と俺達が一番良い暮らしをしてるんじゃないか?山の幸、海の幸をこうやって頂けるんだからね。
美味しく頂いた後は、お茶を飲みながらのんびりと過ごす。風呂に行くのはもう少し後だな。先ずはゆっくり食休みだ。
パイプのタバコを取ろうとバッグをを開けた時に、森で見つけた繭を思い出した。
パイプを咥えながら袋から繭を取り出すと、目聡くレイナスがそれを見て、1個摘んで顔の前に持っていく。
「サンガの繭だな。どうするんだ、こんな物?」
「知ってるのか?」
「ああ、これを盾に貼り付ける兵士達がいるんだ。切り開いて鱗のように並べて表面の汚れを落として磨くと、綺麗な光沢が出る。お城の近衛兵達がそうびしている。1度遠くから見たけど本当に綺麗だったな」
このまま使ってるのか? 糸を取ろうとはしないんだろうか?
「釣り糸を作って、岩場で魚を釣ろうと思ってたんだけど……」
「そりゃあ、これで糸が作れればそんな使い方も出来るだろうが、この繭をどうやって解くんだ? 聞いた事も無いぞ」
「やってみないと分からないと思ってこれだけ取ってきたんだけど、集めるのは簡単なんだろうか?」
「1個1Lでギルドが買ってくれるんだ。春と秋の2回が取れる季節だぞ。丁度今頃になるな」
「ちょっと面倒なんだが、手伝ってくれるか? 上手く行けば釣りが楽しめる」
「ダメ元って奴だな。良いぞ! だけど、今までは全て上手く行ったじゃないか。期待してるぜ」
たぶん釣りの獲物に期待してるんだろうな。
それでも確かめる価値はある。シグちゃん達が夜なべしている編み物よりは付加価値が高い織物が出来るかも知れないしね。
使い古しの古い鍋にお湯を沸かして繭を軽く漬け込む。中の蛹をこれで殺した筈だ。こうしておかないと蛾になってしまうからな。
紙をテーブルに置いて、糸車の形を描いてみる。
直ぐに、ファーちゃんが「糸車にゃ!」と声を上げた。
「近所のお祖母ちゃんが回してたにゃ。レーデルの毛をこれで糸にして手袋を編んでたにゃ」
なるほど、毛糸作る為の糸車はあるようだ。となると、もっと細い糸を紡ぐ糸車もあるに違いない。
「明日、雑貨屋に聞いてみるよ。それで、布を織っているところをファーちゃんは見た事があるかい?」
「あるにゃ。床に坐ってこんな風に織ってたにゃ」
形を真似してくれたけど、その姿は博物館で大昔の布の織り方にそっくりだった。まだ織機というものが無いのかもしれない。
鶴も布が織れないんじゃ苦労するだろうな。ここは1つ、作ってみるか? 幸いにも漁師村の外れにあるし、リビングも広いからね。
次の日。朝食を終えると早速雑貨屋に足を運んだ。
雑貨屋のお姉さんが置くから持ってきたものは、少し小さめの糸車だった。
「皆さん、これを使ってます。糸は手で持ってこの軸に巻き取るんです」
値段は60Lという事だから、それ程高くは無い。糸の軸を5本オマケして貰うと、ついでに布を5D(1.5m)買取る。
5cmほどに巻きつけられた反物を引き出して、長さを測って売ってくれたんだけど、元の長さを聞くと50D(15m)ということだ。どうやらその長さで反物は取引されているらしい。