P-060 飛行機モドキ
「ラビー15匹は無謀じゃないか? ファー達が頑張ってもその期間で10匹を狩る事は無理だろう」
「出来れば60D(18m)前後でクロスボウを使えば確実なんですが、100D(30m)より近付くと立射が出来ないですし、隠れて撃ちますから障害物が多いんです」
囲炉裏で板を削りながら、ラビー15匹の依頼がある事を話した。
3人の表情と返答は予想通りだな。
「だが、依頼そのものは魅力的だな。これが秋口ならば5日で15匹は容易いんだが」
「生憎、冬だからな。ラビーの活動は昼間限定だ」
夜間、闇に紛れてのラビー狩りはファーちゃんの得意とするところだ。ネコ族ならではの狩りだと思う。※からなんだが……。
「数匹なら何とかなるだろう。依頼は受けてないからそれを送って名目を保てるんじゃないか?」
「たぶんそうなると思うんだが、ダメ元でちょっとやってみたい事があるんだ。上手く運べばシグちゃんでもラビーに近付いて1矢浴びせられるぞ」
ファーちゃんがお茶を入れてくれたので、作業を中断してお茶を頂く。囲炉裏でパイプに火を点けるとゆっくりと紫煙を楽しむ。
「ところで何を作ってるんだ?」
「これか? これとこれをくっ付けて、飛ばすんだが……。レイナス、大きな弓を作ってくれないか? 矢を飛ばすんじゃなくて、これを弦に引っ掛けて飛ばすんだ」
「おおきな鳥に見えるにゃ。そんなんで狩りが出来るのかにゃ?」
何を作ってるか教えないでも、ファーちゃんが鳥に見えるというなら、かなり使えそうだぞ。
「鳥のオモチャには違いないけど、これは飛ばせるんだ!」
俺の言葉に、そんな事が出来るのかと懐疑的な表情でレイナスガ俺の傍らの作りかけの品を見る。
「ちょっと、信じられないが弓は任せておけ。7D(2,1m)もあれば良いか?」
「十分だ。今夜中に作れるか? 出来れば明日の朝に試したい。ちゃんと飛ぶなら狩りが出来るぞ」
レイナスが俺に頷くと、番屋の外に出て行った。色んな枝や棒を森から取ってあるからその中で使えそうな材料を探すのだろう。
お茶を終えると、再び材料を刻んでいく。
シグちゃん達は編み物のカゴを取り出して2人で話をしながら小さな靴下を編んでいる。子供用なんだろうな。誰がそれを使うのか想像するだけで楽しくなるな。
あくる日。俺の作った飛行機モドキとレウナスが作った弓を持って、砂浜に歩いて行く。レイナスはこれが狩りとどう結び着くのか思いもよらないようだ。
「やはり、子供の遊びじゃないのか?」
「100D(30m)飛ぶならおもしろい狩りが出来るんだけどね」
砂浜の一角で、レイナスから弓を受け取る。弓と言っても、杖用に取ってきた枝を削って仕上げたものだし、弦は革紐を使ってる。まあ、矢を射るわけではないからこれでも良いだろう。
砂浜に腰を下ろして、弓をブーツの下に結わえる。こんな強い弓は俺にも引けないからな。
飛行機モドキの先に作った引っかかりに弦を挟んで飛行機モドキの後を両手で引きながら後ろに倒れこむ。
頃合を見計らって飛行機モドキを手放すと、ブン!という音を立てて空中に飛立った。
体を起こして、飛行機モドキも行方を見ると、フラフラと200D(60m)ほど先まで飛んでいったようだ。
「けっこう飛ぶもんだなあ。だが、これと狩りが関係するのか?」
「大いに関係するんだ。あれほど飛ぶとは思わなかった。真直ぐ飛んでるから使えるぞ。この弓に足を引っ掛ける輪が欲しいな。何とかなるか?」
そんな試験飛行を行なった後で、俺達は森へと狩りに出掛ける。
弓は俺が杖代わりに使ってるし、飛行機モドキは背中のカゴに入っている。レイナスもカゴを背負っているのは、森での野宿用具だ。イリスさんが番屋で使っていた簡易天幕が入っているから、冬の森でも少しは暖かくして寝られるだろう。
森に入って直ぐに、先頭を歩いていたレイナスが立止まって身を屈める。
俺達は身を低くしてレイナスの周りに集まった。
「あそこにいるぞ。1匹だが、ちゃんと狩れるのか?」
「まあ、見ていろ。……ファーちゃん。60D(18m)で膝打ちならラビーを狩れるか?」
「膝内ならだいじょうぶにゃ。でも60Dは夜で無いとラビーが逃げちゃうにゃ!」
「出来るだけ近付いて、クロスボウを撃つだけに準備が出来たら合図してくれ。これをラビーの上に飛ばす。そうするとラビーはうずくまるから、急いで身を起こして膝打ちだ!」
「分かったにゃ。でも、あれを飛ばすとラビーがうずくまるのかにゃ?」
かなり疑ってるな。それでも、背中のクロスボウを下ろしてボルトを1本指に挟むと、身を低くしてラビーに近付いて行く。
俺もカゴから飛行機モドキを取り出して足に弓をセットした。レイナスが針金で2つ輪を作ってくれたんだが、結構安定して足に固定出来るぞ。
「もう少し左だ。そんな感じだな」
レイナスが方向を見てくれる。シグちゃんはクロスボウを両手に持って周囲を警戒してくれている。
野犬でも来たら、急いで野犬狩りの準備をしなければならない。今が一番無防備な時なのだ。
「合図だ! 尻尾が立ったぞ」
レイナスの言葉で飛行機モドキを体を倒しながら引いて放した。
直ぐに、身を起こして成り行きを見守る。
尻尾の位置でファーちゃんの位置が分かるな。かなりラビーに近付いている。
飛行機モドキがファーちゃんの頭上を通り過ぎていく。
その時! ファーちゃんが身を起こすと素早くクロスボウを放った!
立ち上がって、前方に歩いて行くとラビーを高く上げて狩りの成功を知らせてくれた。
俺達も急いでファーちゃんの所に歩いて行く。
レイナスは杖を持って、飛行機モドキを探してくれた。
「リュウイの言ったとおりだな。何でだ?」
「不思議にゃ。あれが飛んでいったらうずくまってしまったにゃ。あれならクロスボウで撃つのは簡単にゃ!」
「夕食の時にでも教えるよ。先ずは狩りが出来る事がわかったから、日のある内にもっとラビーを狩ろう」
レイナスの背中のカゴに獲物を放り込んで、俺達は森の奥へと進む。
今夜の野宿場所は第2広場の外れだ。仕掛けた罠を確認しながら、森を歩いてラビーを狩っていく。
夕暮れ前に焚き火を作って天幕を張る。俺とシグちゃんで野犬避けの柵代わりにロープを張っていると、レイナス達は少し離れた場所でラビーの下処理をしてくれた。
今でも獣の臓物を取り去る作業は気分が悪くなる。慣れては来たんだがまだまだだな。そんな仕事をレイナスが率先してやってくれるから俺にとっては大助かりだけどね。
血で汚れたレイナスとファーちゃんをシグちゃんが【クリーネ】で汚れを取っている。
俺は焚き火の傍で早速パイプを楽しんでいた。
これから、シグちゃん達が夕食を作ってくれるから、俺とレイナスは雑談しながら周囲の警戒を行なう事になる。
「全部で9匹だ。そろそろ教えてくれても良いんじゃないか?」
「そうです。私も4匹狩れたんですけど、わけが分かりません。あれが私の頭を越えていくと、急にラビーがうずくまるんです」
「不思議にゃ! 昨夜作ったのは魔道具かにゃ?」
どうやら、後は鍋が煮えるのを待つだけらしい。
カップ半分ぐらいのお茶を配ってくれたから、お茶を飲みながら不思議な狩りの真相を教えてもらいたいらしい。
「そうだな。教えるけど、これは魔道具じゃないよ。それに、これと良く似た光景をレイナスは見たことがあるんじゃないか?」
「似た光景だと? ……ちょっと待てよ。思い出すから」
シグちゃん達も頭を捻りながら考えているようだ。
「そうだ!……ホーグルがラビーを狙おうとした時、同じようにうずくまったぞ。上空から見てるから、逃げても無駄な事をラビーは知ってるんだ。じっとしてホーグルが通り過ぎるのを待ってるんだ。ホーグルはリュウイは見た事が無いな。クチバシが曲った鳥だ。獲物を上空から一直線に下りてきて鋭い爪で掴み取るんだ。そうだな、丁度リュウイが作ったそれに似てる……って、そういうことか!」
「そういうことさ。あれをホーグルとか言う奴と勘違いしてるんだ。下から見ればそんな感じに見えるんだろうな。後は2人の達人がいるからな」
やはり見た事はあるんだな。だけど、それを元に工夫しようとはしないみたいだ。
あまり教えないでおこうか。そうすれば俺達の冬の狩りは大漁続きになるぞ。
「でも、リュウイさんはその習性を知ってたんですか? その上、狩りの仕方まで知ってるなんて!」
「聞いた話として知ってるだけだよ。見た事は無い。こんな事をしなくても輪を作ってラビーに良く似た獲物の上に投げるとね。だけど、どんな輪作れば良いのか分からないから、面倒でも鳥に似た物を作って弓で飛ばそうとしたんだ」
原点を知ってたから応用が出来たんだよな。
鳥に驚いて体を硬直させるのが分からなければ何にも出来ないからね。
森で一夜を明かして、次ぎの朝からラビー狩りにせいをだす。
昼食代わりのお茶を飲む頃には昨日とあわせて17匹のラビーを手に入れた。
レイナスと俺の背負う籠にラビーを入れて、狩りを終えて村へと帰る。
簡単に取れるんだけど、不用意に狩るのは問題だからな。
そんな俺達がギルドに着いたのは夕暮れ間近の事だった。
何組かのハンターが獲物をカウンターに置いて報酬を貰っている。ラビーやラビーの小型種のレイムが殆どで、数も数匹ってところだ。罠猟で数匹はそれでも大漁だと思うぞ。
「どうだったの?」
「ちゃんと獲って来たよ」
心配そうに俺に聞いて来たミーメさんに笑顔で答えると、背負い籠からカウンターに次々とラビーを取り出して山を築く。
そんな俺達を驚愕の目で周りのハンターが見ているぞ。
「17匹? あれから2日目よ。どうやったらこんなにたくさん、この季節にラビーを狩れるの?」
「ちょっとした道具を使ったんだ。上手く行くか心配だったけど何とかなったよ」
不思議な顔をしながらも170Lの報酬を受け取る。15匹を納めて2匹は肉屋に持って行くみたいだ。たぶん隣の番屋にお裾分けするんだろうな。
帰ろうとしたところで、暖炉近くに坐っていたローエルさんと目が合った。片手で俺を呼んでいる。
レイナス達を先に行かせて、俺はローエルさんのところに向かった。