P-006 旅は続く
だいぶ進んだと思うのだが、森の出口はまだ先のようだ。
そんな森の一角にちょっとした広場があった。焚火の跡があるから、商人達が此処で一旦休憩したんだろうな。
俺達も、ちょっと休憩だ。カップに半分程の水を飲んでタバコの箱にあった最後のタバコに火を点ける。これから後は、パイプになるんだな。
「後、2時間程だと思います。どうにか日暮前に森を抜けられる筈です」
「それよりシグちゃんは疲れていないか? 先が長いんだから無理だけはしないでくれよ」
「大丈夫です。結構丈夫なんですよ」
再び俺達は歩き始めた。
周囲の森には獣の気配すらない。
荷馬車が進めるように邪魔な木が切られているから獣も近付かないのだろうか?
まぁ、それなら助かるのだが。
それでも何時かは終わるもので、だいぶ日が西に傾いた頃にようやく出口が見えてきた。
森から出た場所は荒地が続いている。
夕日を浴びながら荒地を進み手頃な藪から薪を取って進んでいくと、立木が数本立っている場所が見えてきた。
あの根元で、野宿をしようと足を速める。
途中で拾ってきた薪で早速シグちゃんがお茶を沸かしはじめた。
俺は、周囲の藪から両手で抱えられるだけの薪を集めて夜に備える。
「ようやく森を抜けられましたね」
「あぁ、明日は道に出られると思うけど、問題は水場だな」
「水場は地図に書いてありましたよ」
バッグから地図を取り出して焚火の明かりで見てみると、道の傍に小さな丸が付いている。これが水場の印なのか?
「道の傍にある小さな丸がそうなのか?」
「はい。それです。道に横線が入っているのが半日で進める距離になります」
縮尺は適当だが、それなりの情報は書かれているようだ。
と言うことは、明日の昼には最初の水場に到着することになるな。安心してお茶が飲めそうだ。
ちょっとしたことだが旅の心配が1つ減ったのは嬉しい限りだ。
最後のお弁当を食べて、お茶を飲みながら焚火を見詰める。
早食いの性格は直っていないな。シグちゃんは半分をようやく終えたところだ。
パイプを取出して革袋からタバコを詰めると焚火の燃えさしで火を点けた。
意外と軽いな。俺が吸っていた奴よりも軽く感じるぞ。
シグちゃんが食事を終えると包み紙を焚火で燃やす。
バッグの上に付けていたマントに包まると俺の隣でうつらうつらと船を漕ぎ始めた。
前に転げると焚火だからちょっと危ないな。
俺の方に寄りかかったところを抱きとめて、古びた革のシートに横にしてあげた。
目が覚めるまでは俺が焚火の番をしてあげよう。
満天の星空だが、見知った星座は何処にも無い。空を横切る天の川があるのは一緒だな。
そんな星空を眺めながらのんびりと時を過ごす。
東の空が少し明るくなった頃に、シグちゃんが目を覚ました。
熱いお茶を飲ませると、今度は俺が横になる。数時間は眠れるだろう。
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明るい日差しで目が覚めた。時計は8時を過ぎてるぞ。
「お早うございます。食事が出来てますよ」
「あぁ、お早う。ちょっと寝過ごしたかな?」
「大丈夫ですよ。先は長いんですから、のんびり行きましょう」
シグちゃんがそう言って、熱いお茶を入れてくれた。
渋いお茶が体を覚醒させてくれる。立ち上がって背伸びをしながら周囲を見回すと、北の方に俺達が抜けてきた森が見えた。
南に目を向けると遠くの方まで杭の列が続いている。
次の村まで杭が続いているのかな? ふとそんな疑問が沸いてくる。
焚火の傍に腰を下ろすと、野菜のスープに黒パンが添えられていた。
アンパン位の大きさだが重みはある。スープにつけながら食べると以外に塩味がついて美味しく感じられるぞ。
簡単な朝食を終えると、梅干より少し大きな干した果物を渡してくれた。ちょっと硬めだが甘酸っぱい味だ。たぶん旅の必需品とか言う奴だろう。ビタミン不足をこれで補うのかもしれない。
食後のお茶は少し薄い。ポットのお茶を捨てて再度沸騰させたんだろう。
そんなお茶を飲み終えてパイプを楽しんでいる内に、シグちゃんが食器類に【クリーネ】を掛けて袋に詰め込んだ。
「そろそろ出掛けましょうか?」
「そうだな」
俺達は南に続く杭を頼りに歩き始めた。
1時間程歩いて少し休憩、そしてまた1時間程歩く。
荒地は何時しか草原になりまばらに立ち木もあるが林とは言えないな。潅木が疎らに生えているって感じだ。
昼食は取らずに、少し長めの休憩を取って先を急ぐ。
杭の並びは段々と疎らになって、その代わりに踏み固められた道を何時しか俺達は歩いていた。
そして、夕暮れを迎える前に適当な潅木の傍で野宿の準備を始める。
そんな日が2日程続いた時、遠くに立木が横に並んでいるのが見えた。
明らかに人工的な植え方だ。
更に歩いて行くと、それが石畳の道にそって数十m間隔に植えられている並木であることが分った。
地図を見てみると、これが2つの王国を結ぶ街道であることが分る。俺達が目指す海辺の村は、この街道を西に半日程進んだ場所にある分岐路を南に進むことになる。そういえば海辺の村の間に集落があると言っていたけどまだ見つからないな。
「やっと、街道に出られました。私は行商の人達と一緒にあの村にここから曲って行ったんです」
「シグちゃんの故郷は東なんだな。寂しくないのか?」
「余り里の人とは付き合いがありませんでしたから……」
寂しい気持ちもあるんだろうが、あまり良い印象は持っていないようだな。それでもシグちゃんのお母さんが眠っているんなら、やはりそこが故郷だと思うぞ。
俺達は石畳の道を歩いて今度は西に向かう。
シグちゃんの話では東から来た街道沿いに南へ向かう道は無かったそうだ。
地図では十字路になってるんだけどね。
街道と言う割には人も荷車も通らない。真直ぐな街道を歩いているのは俺たちだけだった。
そして、半日程歩くと確かに街道から南に分岐した道があった。
その道を少し行ったところで、野宿する場所を探す。
「まだ、お日様が高いですから、もう少し先に行きましょう。この道沿いに水場がありますから」
確かに水筒の水は心許ない。
そして、地図に描かれた水場は道の傍の小さな林の中にあった。
荷車が数台止められるような広場と、それを囲む雑木。その外れに湧き出る泉というセットものだ。
たぶん商人達が村々を回る時に利用するんだろう。広場の外れには石で囲んだ焚火をする場所まであった。
早速、周囲の雑木から薪を取って焚火を始める。
後ろは鬱蒼とした雑木だから獣でも容易に潜り抜けることが出来そうにないな。焚火の後ろならば安心して横になれるだろう。
夕食を済ませると、早々とシグちゃんを休ませる。
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次の日の昼下がり、南に向かう石畳の街道の先に集落が見えてきた。
集落と言っても、俺達が暮らしていた山村とは規模が違うな。少なくとも村に近い大きさだ。
そして、村を丸太で取り囲んでいるのも変わりない。山村なら獣を恐れてという事もあるだろうが、こんな開けた所であの囲いは異様だな。
それとも、盗賊等がたまに来るのだろうか?
夕暮れ前に、村へ辿り着いた。
門番に頭を下げて、村を通り過ぎるハンターであることを告げる。
「ハンターなら歓迎だ。この道を進むと左側にギルドがある。隣は武器屋だし、通りを隔てれば宿屋と雑貨屋だ。先ずはギルドに向かいな」
そう言って俺達に概略の場所を教えてくれた。
言葉通りにギルドに向かう。
何でも、村に着いたら先ずギルドに報告がハンターの鉄則らしい。
ギルドの看板は丸く連なる5つの星だ。何となく食堂のような気もしないでは無い。
ギルドの扉を開いて中に入りホールを見渡す。山村の村と造りは同じだな。
カウンターのお姉さんの所に行って、出発した村と明日にはこの村を出ることを告げた。
「ご苦労様です。明日発つのでしたら、出発時の手続きは此方で行ないます。良い旅を続けてくださいね」
「あのう……、これを引き取って頂けませんか?」
そう言ってシグちゃんがバッグから出した布袋を逆さにした。20個程の薬草が出てくる。
「サフロン草ですね。2個で3Lになりますが宜しいですか?」
「お願いします」
どうやら休憩のたびに回りで集めたらしい。塵も積もればって言う奴だな。
30Lを渡されてシグちゃんは嬉しそうだ。
ギルドを出ると、通りの向かい側にある雑貨屋で携帯食料を手に入れる。おれはタバコの小袋を追加した。
宿に出掛けて食事代と宿代を払い、時間つぶしに武器屋に出掛ける。
武器屋に入ったのは初めてだが、結構色んな武器が揃ってるな。そして、目当ての物を見つけた。
やはり、弓はこの世界にもあるようだ。
和弓よりも洋弓に近いな。良くしなる木材を使っているようにもみえる。
それ程長さはない。1.2m位だな。
問題は、弓矢一式の値段だ。
そっと、シグちゃんに銀貨1枚ぐらいは何とかなるかを聞いてみた。
彼女が頷いた所で交渉開始だな。
「何かお気に召す武器がありましたかな?」
「弓が欲しいんだが、幾らぐらいになるんだ?」
「その弓でしたら、180Lになります。矢は6本で30L。お買い上げくださるんでしたら、矢筒を入れて210Lにおまけ致しますが……」
「矢を12本と換えの弦を込みで200Lでどうだ?」
早速値引き交渉に入る。一度はやってみたかった値切り買いだ。
相手も中々手強いぞ。
結果的には230Lで中古の短剣が付いて来た。う~ん、ちゃんと値切れたのかな。
そして肝心のシグちゃんだが、ちゃんと弓を引くことが出来た。
「結構、強い弓ですね。私が使いこなせるでしょうか?」
「最初から上手い人はいないよ。練習して上手くなるんだ」
魔法攻撃は素早く攻撃が出来ないようだ。どうしてもワンテンポ遅れてしまう。弓ならそれが無いからシグちゃんにはちょうど良い。何といっても離れて戦える。
久し振りに食堂で食べる夕食は大きな肉が入っているシチューだった。黒パンも良く膨らんで重みがある。
そして早々と横になる。
今夜は焚火の番をしないですむから、手足を伸ばして休めるな。
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次の日。朝早くに朝食を済ませて、2食分のお弁当を貰うと次の村へと出発する。
まだ、日の出からそんなに経っていないのだが、通りにはぽつりぽつりと人が歩いている。大きな籠や鍬を担いでいるから、畑に出掛ける農民のようだな。
南の門の広場にある水場で水筒の水を入れ替えると、門番さんに挨拶して街道を南に向かう。
海まではまだまだ歩かなきゃならないようだ。
1里塚のように、歩いて半日程度の場所には街道の横に小さな広場とそれを囲む林があった。
昼食は取らずにお茶で済ませ、先を急いで2つ目の林を見付けたところで、その広場の片隅で野宿の準備をする。
林から薪を取って焚火を作り、簡単なスープを作ると、宿で受取ったお弁当を頬張る。
「まだまだ先なんですよね」
「まだ半分も来てないぞ。上手い具合に天気も持ってくれる。足止めされない内に進めるだけ進んでおきたい」
どう考えても10日は掛かる移動だ。
この季節は天気が続くと宿のオヤジは言っていたが、俺には少し疑問だな。
俺がかつて暮らしていた場所では、2週間という期間を見れば1度は必ず雨になる。
雨の野宿は経験がないが、積極的にそんな環境で野宿したいとは思わない。
そして、弓矢を購入したからそれ程残金に余裕がない筈だ。
出来れば、このまま天気が持ってくれれば良いんだが……。