P-058 俺達の家を作ろう
「刺された人は助かったんでしょうか?」
「どうだろうな。内臓の傷は【サフロ】では直せないからな。バナビーの毒は【デルトン】でどうにかしたけど……」
バナビー5匹の針を折り取って、ギルドに持って行ったら、ミーメさんが75Lを渡してくれた。値段的にはガトルになるんだろうけど、ガトルのほうがまだマシに思える。
少なくとも、腹を噛み千切られるような事は無いし、【アクセル】で、身体能力を上げればそれなりに戦える相手だ。
だが、バナビーは、遥かに動きが早い。一瞬の動きを捉えて叩き落とさないと、毒針がやってくる。
「これは、利用価値がまったくないの。害虫駆除の報酬が出るだけなのよ」
そんなことをミーメさんが済まなそうに言ってたな。
それでも、俺達には15Lずつの分配がある。獲物の少ないこの季節にはありがたい報酬だ。
サムレイ村でだいぶ稼いで来たけど、俺達のような暮らしは明日何が起きるか分からないからな。余分な報酬はキチンと残しておくに限る。
1日おきに森に出掛けて罠を確認する。たまに、ラビーが掛かるけど、精々2匹が限度だ。そのワラビーを狙って野犬が来るのだが、野犬の方が値段が高いんだよな
獲物が無ければレクの根を掘り、焚き木を背負って村に帰る。
単調な生活だけれど、それなりに楽しみもある。何時も通りに隣の番屋にお酒を届けに行ったファーちゃんが貰ってきたものは大きなチリと呼ばれるタラモドキを頂いて来た。今夜はチリ鍋のようだ。ちょっと楽しみだな。
たらふく食べて、お湯割の蜂蜜酒を飲みながら、パイプを燻らす。
シグちゃん達は、今夜のチリ鍋の味付けを話し合ってるけど、美味しかったと思うぞ。
「リュウイ、あれからローエルさんに会ったか?」
「いや、無いな。そういえば、確かにあれから会ってないぞ。どこの村に出掛けたんじゃないか? 俺達と違って宿暮らしのはずだ」
ハンターが定住する事はあまり無いらしい。多くの村を巡り狩りの腕を磨くというのが一般的らしいのだが……、俺達はこの村に住むことに決めた。
狩りのレベルは上がらないだろうが、俺達はここで暮らせればいい。
「最初の年は寒かったが、今ではいい思い出だな」
「ああ、だが、番屋の中に天幕を張るのもあまり言い話では無いな」
確かに暖かいが、やはり修理すべきなんだろうな。
グルリと周囲を見渡す。ここは番屋だからなぁ……。そもそもここで暮らすという事は考えていない。やはり、本格的に手直しした方が良さそうだぞ。
「サムレイ村での報酬は結構な額だ。それに、グラフィン用のクロスボウで、サルマンさんから謝礼を貰ってる。それにこの番屋の周囲は俺達の土地になってるぞ。作ろうか?」
「家をか?」
俺達の会話にシグちゃんとファーちゃんがおしゃべりを止めてこっちに振り返った。
「作るんですか?」
「一緒に暮らせる家が良いにゃ!」
俺とレイナスは顔を見合わせて頷いた。
「この村で暮そう。ハンターとしてのレベルは上がらないかも知れないけど、毎日が楽しく暮せればそれで良いじゃないか」
「という事で、家を作るぞ。ファーはどんな家が良いんだ?」
中々良い切り替えしだ。これで、シグちゃん達は色々と考えてくれることだろう。
俺達は、寝るところとワイワイ話ができるところがあれば良い。
「この番屋の左右に部屋があれば良いにゃ。それと、囲炉裏よりも暖炉が欲しいにゃ」
直ぐに答えが帰ってきた。
レイナスとパイプを咥えながら考える。
確かに、それなら今よりもプライバシーが少し高まるな。暖炉は何となく理解出来る。
「リュウイ、どうだ?」
「ああ、良い考えだと思う。それで行くか?」
バッグから粗末な紙の束と鉛筆のような筆記具を取り出すと、簡単な間取り図を描く。
俺達の後ろからシグちゃんとファーちゃんが身を乗り出して覗き込んでるぞ。
先ずは簡単に3つの四角を繋げる。真中がリビングで左右にそれぞれが部屋を持つ。
「真中はこの番屋ぐらいでも良いんじゃないか。色々と物を作ったり、話し込むには丁度良い」
「となると、左右の部屋を少し小さくすれば良いのかな?」
「そうだな。当座は寝るだけだし。だけど、小さな棚が欲しいな」
そんな感じで家の大きさが決まる。今の番屋より横に1.5倍程大きくなる感じだな。
入口に簡単な台所を作って下拵えが出来るようにする。暖炉の構造を少し工夫すれば、煮炊きも出来るだろう。その辺りは専門家に任せれば良い。
「こんな感じになるな。サルマンさんに相談して大工さんに話をして貰おう」
これで、ここを離れられなくなるな。俺達の寿命とレイナス達では異なるのが難点だ。まあ、レイナス達がハンターを廃業する時に、それからを考えよう。
少しはレベルが上がる筈だから、俺達だけで他に小屋掛けしても暮していけるだろう。
「外に小さな小屋を作っても良いな。鍋を囲んだり、焼肉をするのに都合が良いぞ」
「それ位なら俺達にだって作れそうだ。囲炉裏が無くなるのは残念だが、焚き火用の炉を作っておけば良いんだな」
そんな話をしながら、酒を酌み交わす。
希望を語りながら飲むのは良いものだ。すっかり酔ったところで俺達は布団にもぐりこんだ。
次ぎの日。
昨夜書き上げた絵を持ってサルマンさんを訪ねると、喜んで俺と一緒に大工の棟梁のところに案内してくれた。
やはり、サルマンさんの伝手だと話が早い。
冬に材木を準備して、春には建築が始まりそうだ。
「これで、お前等もこの村の住人だな。この村は漁師村だ。漁に色々と便宜を図ってくれたハンターはお前等以外にはいねえ。ミーメもようやく人を見る目を持ってくれたって事だな」
そんな事を言って、俺の背中をゴツイ腕で叩いたから、2,3歩前によろめいてしまったぞ。
サルマンさんの伝手だから建築費は銀貨50枚で済むようだ。その代わりに、森から材材木を運ぶように言いつけられた。
「壁と屋根は板ぶきだ。家を作るための木材の切り出しは村人なら認められる。サルマンさんの肝いりなら、問題はないだろう。一応、ギルドには断わっておいた方がいいだろうな。このぐらいの太さの材木を沢山持って来いよ」
罠を確認しながら運んでくれば良いな。
サルマンさんと別れてギルドに行くと、カウンターのミーメさんに早速家作りの話を始めた。
「そうなんだ。あの番では、確かに冬はつらいでしょうね。でも、同じ場所に似たような家が出来るならあきらめもつくわ。大工さんの言う事は、村人としての権利みたいなものよ。リュウイ君達は、村で生まれた分けではないけど、ギルドに登録した時点で村人と同じ権利を持つわ。あまりそんなことが問題になった事は無いけど、今回は別ね。だいじょうぶ。なるべく太いのを運んで丈夫な家を作りなさい」
自分の事のように嬉しそうに話してくれた。シグちゃん達を何かと構ってくれてるんだよな。お姉さんって呼んでる時もあるみたいだ。
家に戻ると、全員が俺に視線を向ける。
「どうだった?」
「ああ、話はついたぞ。値段は銀貨50枚だけど、俺達にも仕事がある。この柱ぐらいの材木を森から運ばないといけない。沢山使うそうだから、罠を見回りながら、1本ずつ運ぶ事になりそうだ」
俺が囲炉裏の席に着くと、「ごくろうさま」と言いながらシグちゃんがお茶を入れてくれた。
「だいぶ安いんだな?」
「村の家はもっと凝ってるって言ってたぞ。これなら番屋と変わりないって言ってたな」
たぶん新たな村人として正式に迎えてくれるご祝儀価格なんじゃないか?
それを考えると、やはりこの村で暮らすのは悪くない。
皆で助け合いながら暮していけるんだからな。
「やはり、ギルドにローエルさん達はいなかった。俺達がイリスさんに連れられてサムレイ村に行ったように、高レベルのハンター達はかなり広い範囲で活動してるようだな」
「ローエルさん達の普段の居場所がこの村ってことか?」
問題なのは、何時頃ローエルさん達が戻って来るかだ。
冬の薬草採取は殆ど無い。貯えの少ない赤レベルのハンターが背伸びをした狩りを行なうのがこの季節になる。
幸いにも俺達は、寝るところと食料に不自由していないから、狩りをせずともこの冬ぐらいは乗り切れる。だが、全てのハンターがそうだとは限らない。
大型草食獣を狩るハンターがいれば、赤レベルにとって危険な獣であるガトルや野犬を森の奥で間引いてくれるんだが、今年は依頼掲示板に期限の迫ったリスティンの依頼書が掲示されていた。
高レベルのハンターがいないんじゃないかな?
俺達だけでリスティン狩りなど到底不可能だから、そんな依頼をこなそうと考えもしないけど、報酬に釣られて出掛けるハンターも出てくるかも知れないな。
「この村には高レベルのハンターがいないかもしれない」
「色々と忙しいのが黒の連中だ。だが、青ならいるんじゃないか? 俺達は白の下っ端だからこの冬は罠猟が精々だぞ」
その罠猟でさえ、森の奥には行かないからな。シグちゃん達を考えると冒険は出来ないぞ。
「ローエルさん達がいないんだから、無理はしないでいこう。来春には家作りだ。その前に怪我でもしたら大変だからな」
俺の言葉にレイナスは頷く。
改めてシグちゃんが入れてくれたお茶を飲みながらパイプを楽しむ。
気心の知れた仲間と何時までもこんな感じに過ごしたいものだ。
次ぎの日の早朝。
俺達はお弁当を持って、森へと急ぐ。
俺とレイナスで小さなカゴを担いでいるが、これは帰りにシグちゃん達が焚き木を運ぶ為だ。俺とレイナスで、大工さんに頼まれた材木用の木を運ばねばならない。
第2広場の周囲に仕掛けた罠を点検して、ラビー1匹をカゴに入れる。
昼食の後で直径25cm程の木を切り倒して枝を払い、5m程の長さにして2人で曳きはじめた。
「生木は重いなぁ……」
「これも、家のためだ。頑張ろうぜ。1本ずつ運んでも来春までには数十本近く運べるからな」
家作りに、乾燥させていない材木を使って大丈夫なんだろうか?
そんな素朴な疑問を思い浮かべながら、重い材木を曳きながら村へと足を進めていく。