P-054 前哨戦
夕暮れが始まる前にシグちゃん達が干し肉と乾燥野菜でスープを作っていると、村の若者が俺達に弁当を届けてくれた。
黒パンにハムを挟んだ簡単な物だが、あの硬いビスケットのようなパンを齧るしかないと思っていたから、ありがたい差し入れだ。
若者2人が門で見張っていてくれるから、安心して食事ができるのも嬉しい。
早めに食事を終えた俺とレイナスで、お茶のカップを持ちながら外を見張る。
俺達と交替した若者が焚き火の傍で食事をしている。
何でも、俺達の狩りに助っ人を志願してくれたらしい。ありがたい話だが、技量が伴わないから、シグちゃん達の補助になるんだろうな。それでも、後ろで槍を持っている人がいるだけで不安は軽減できる筈だ。
魔法の袋からヌンチャクを取り出して、俺とレイナスはベルトの腰に差し込んだ。
「どう思う?」
「あの2人か? まあ、邪魔にはならないだろうな。ファー達の後ろで槍を持っていればファーも安心できるだろう」
どうやら、俺と同じ考えのようだ。
パイプに火を点けて外をたまに覗いてみる。
「野犬は2割ってとこだな。ガドラーが見えないが、前に狩った時は最後近くだったからな。今回も同じだろう」
「動かないな。明日か?」
俺の声にレイナスが頭を振る。
「いや、今夜来る。あれだけ集まっているんだ。明日を待つ筈が無い」
確かにそんな感じだな。殺気がここまで伝わってくるようだ。
拳で扉を叩いて強度を確かめたが、そもそも枠に丸太を打ち付けたようなものだ。上下に2本の丸太を横にして縛っているが、それ程の強度は無いようだ。もっと追加しておこうかな。それだけ丈夫になる筈だ。
「レイナス。これじゃ、ちょっとな」
「そうだな。暇潰しに丁度いい。丸太を追加すればそれだけ強度も上がるだろう」
食事を終えた若者達を交えて扉を強化する。
数本の丸太を縛り付けて、2本の丸太で扉を押さえた。これだけでも多数の獣の突進で扉が破られる事は無いだろう。
もっともロープで縛ってあるだけだから、齧られれば破られる箇所はあるだろうが、そこから入る獣は1度に沢山ではない。
「どうした?」
扉の隙間からジッと外を覗いていたレイナスに声を掛ける。
「近付いてるぞ。まだ、1M(150m)にはまだだがゆっくりとこっちに近付いてる」
「分かった。とりあえず知らせてくる。お前達は下がってくれ!」
若者を連れて、焚き火のところに走る。
「もう少しで始まるかも知れない。シグちゃん。光球を門の外に2つ。中に1つ上げてくれないかな」
シグちゃんは俺の言葉に頷いて門の方に走り出した。
「ガドラーは?」
「まだ確認できません。やはり最後なんでしょうか?」
「ガドラーは魔物だが、ガトルを操る事ができる。指揮官という事なんだろうな」
イリスさんが、そんな事を言いながらパイプにタバコを詰めている。まだ時間があるという事なんだろう。
「終りました。門の外、1M(150m)位の範囲で明るくなってます。門の位置側は1個ですが、必要なら更に作りますけど?」
「あれでいい。焚き火も作るからだいじょうぶだと思うよ」
そんな話が終るとシグちゃんが俺達に【アクセル】を掛けてくれる。若者2人も例外ではない。シグちゃん達の護衛だからな。
口笛が鳴り、レイナスが手招きしている。
急いで、彼の元に向かうと、レイナスが外を指差した。
「かなり近付いた。弓なら届くだろう。そろそろ弓使いを上げた方が良くは無いか?」
「だな。イリスさんに伝えてくる。……ところで、これの練習はしたんだろうな。先端が鉄で補強されてるから自分の頭に当ったらタダでは済まないぞ」
「だいじょうぶだ。練習は毎日やってる。それに革の帽子も被っているからな。リュウイも被っていた方が良いぞ」
確かに、少しは防御に役立つだろう。ありがたく忠告を受けて俺は帽子を被る。
焚き火に戻ってイリスさんに状況を報告すると、直ぐに弓使いを門の上に上げる。
「門に近付く奴に矢を射ればいい。村の中は嬢ちゃん達が何とかできる」
イリスさんの言葉に頷いて2人が門に走っていく。矢筒を2つも下げている。それに入りきれない矢は紐で束ねて下げていた。あれだけで50本はあるんだろうな。
若者の1人が通りを駆けていった。南門の連中に状況を知らせに行ったんだろう。
イリスさんが門の前に並べた焚き木に壷の液体をかけている。油なんだろうな。
「リュウイは準備が出来てるのか?」
「ウーメラと投槍は荷車近くに置いてありあす。剣も背負ってますが、今回は数が多いですからこれで行きます」
そう言って、ヌンチャクを見せる。
シグちゃん達もクロスボウを抱えているし、背中にはメイスを差しているから、乱戦になってもだいじょうぶな筈だ。
杖代わりの槍を2本持って、1本をレイナスに渡した。
「ありがとう。これで門の隙間から出て来た奴の鼻先を突付けばいいな」
「どうだ?」
「もう直ぐだ。門の外は弓使いに任せるんだったな?」
「ああ、俺達はここで奴等を突付いて、その後はイリスさんの左右に別れる。頼りにしてるぞ!」
俺の言葉に、レイナスは俺の肩を叩いて答えてくれた。
門から2m程の距離を取って、槍をついて体を預けていると、門の上の弓使いが弓を引き絞るのが見えた。
ヒュンっと小さな音がして、門の外でキャンキャンと野犬が騒いでいる。
「当ったようだ。50D(15m)ほどかも知れん!」
次々に弓が引き絞られる。
かなりの確立で矢が命中しているようだ。門の外はかなり騒がしくなってきたぞ。
ドシン!
かなりの衝撃が門の扉にかかり、門が内側に膨らんだように見えた。
ガツガツと齧る音が扉の全体から聞こえてくる。
少し大きな隙間からガトルが鼻先を突き出した。
「それ!」
レイナスが、鼻先を突き出して扉の丸太を齧り始めたガトルの頭に槍を繰り出す。
ギャン! と叫び声を上げてガトルが下がったが、直ぐに別のガトルの頭が顔を出した。
数箇所の隙間から次々と顔を出して丸太を齧るから、俺とレイナスはもぐら叩きのように槍でガトルを突き続けた。
門の上の弓使い達が、数十本の矢を使い切り、2人とも下りてくる。
「槍は使えるか?」
「ああ、だいじょうぶだ」
「後を頼む。村の若者が2人だからな」
2人が荷馬車の後ろに走っていく。
数十頭は間引いてくれただろう。後は若者達と連携してくれればいい。
ドォォン!
再び扉が内側に押される。300頭どころじゃないんじゃないか?
だいぶ扉の隙間も広がってしまった。今では簡単に頭を出せるようだ。
そんな隙間に槍を突き入れて、ガトルを倒す。
まだまだ先は長そうだ。
「槍よりこっちの方が良さそうだぞ!」
いつの間にか、レイナスはヌンチャクを振り合わしている。
確かに、手元に鉄を巻いているからな。軽く振っているんだろうが、ガトルの頭に振り下ろすたびに、獣の叫ぶ声の中で、ボグ! という音がはっきり聞こえる。
「ガドラーには使えんぞ! 槍も後で使うかもしれん。何時でも使える場所においておけよ!」
「分かってるさ!」
俺の言葉に大声で答える。あまり振り続けて体力が消耗するのも心配だ。
「少し、俺に任せろ。後ろで一服して来い!」
「おお、頼んだぞ!」
やはり疲れていたようだ。早めに気がついて良かったと思う。
門の扉から出てくる頭が数箇所に増え、ガトルは首ぐらいまで身を乗り出している。
前足が出るなら、身を捩ってこちらに出てきそうだ。それも、時間の問題に見えてきたぞ。
「リュウイ下がるんだ!」
イリスさんの言葉に、踵を返して所定の位置に走っていく。イリスさんは自分の前に積み上げた焚き木に火を点けた。油を撒いていたから、たちまち炎が上がっていく。
ガトルが門の内側に入ってくるのは、少し時間がありそうだ。
腰のバッグから水筒を取り出してゴクゴクと水を飲む。
反対側のレイナスはパイプを咥えているぞ。まあ、確かに数分以上はあるだろうな。
「撃て!」イリスさんの短い指示が飛ぶと、門の隙間から殆ど身を乗り出す寸前だったガトルの額にボルトが突き立った。
続いて、もう1頭の胴にもボルトが刺さる。
仲間のガトルが後ろから咥えて引張っているようだが体が引っ掛かって、栓になっている。中々上手い手だな。
シグちゃん達の働きで、門の扉はガトルの体で隙間が塞がり始めた。
「矢を運んで来ました!」
「ありがてぇ、向こうはだいじょうぶなのか?」
矢の束を2つほど抱えてきたのは、どう見ても魔道師だな。魔道師の杖を腰に挟んで、いるだけだ。
弓使いの2人が矢の束をバラして矢筒入れている。魔道師は女性だった。イリスさんがシグちゃん達の間を指示している。そこなら、武器を持たなくともある程度は安心できるな。
ドシン! っと何かが門にぶつかったようだ。栓になっていたガトルの体が無理やり引きずり出されていく。
イリスさんが足元の焚き木を前方の焚き火に追加している。
にゅ~っと大きな鼻先が隙間から伸びて俺の指ほどもある牙が隙間をガシガシと齧り始めた。
鼻先に2本のボルトが深く突き刺さる。
ガオォォン!! 一声大きく叫び声を上げると、丸太をバキリと噛み砕いて後ろに下がった。
「大きな穴になったな」
「呑気だな。あれなら飛び込んで来るぞ!」
先程の大きな鼻先はたぶんガドラーだろう。シグちゃん達が退けてくれたけど、後には直径40cm以上の隙間と言うより穴が空いてしまった。