P-052 懐かしい村へ
近場の狩りを続けていたある日のこと。いつものように帰り際にギルドに寄って帰ってきたイリスさんが、夕食の準備をしていた俺達に次ぎの依頼を話し始めた。
「親父からの緊急依頼が入ってた。サムレイ村で獣が溢れたらしい。リュウイ達を連れて向かって欲しいという事なのだが……」
サムレイ村は俺がハンターになったところだ。
だけどあそこには、カレンを初め結構レベルの高いハンターがいた筈だが?
シグちゃんも俺の様子をうかがってるようだ。いじめられてたからな。あまり良い思い出はない筈だ。
「どうしたんだ? いつものお前らしくないぞ」
「ああ、それなんだが、サムレイ村は俺とシグちゃんがいた村なんだ。俺達に出来る依頼を他のハンターが全て理由を付けて取ってしまった。そんなんだから、この村にシグちゃんと流れてきたんだよ」
「そうか。そんな話をしていたな」
「ちょっと待て、それならレベルの高いハンターが多くいたという事か?」
俺の話を聞いてイリスさんが問い掛けてきた。
「ええ、結構いましたよ。俺とシグちゃんが赤2つ程度で薬草を採っていた時も、ガトルやイネガルを軽く狩れる連中は。そうですね……。シグちゃん、連中のレベルってどれぐらいだったんだ?」
「青の人も数人いました。白だって10人は越えています。赤が少なかったんです」
そんな俺達の話を聞いてイリスさんが首を傾げた。
俺とレイナスがパイプにタバコを詰めるのを見ていたシグちゃん達がお茶を入れてくれる。
「だとしたらおかしな話だ」
「そうだ。おかしい。いくら獣が溢れたと言っても、精々がガトルだろう。グライザムは群れる事はないし、イネガルでさえ数匹が限度だ。ハンターがそれだけいるなら、親父が私達に依頼する事はない」
それよりも、気になる事があるな。
「イリスさん。獣が溢れたというのはどういう事なんですか?」
「知らんのか? 稀に野犬やガトルが数百ほど群れる事がある。そうなると、獲物を求めて村近くまでやってくるのだ。それを溢れた言うのだ。村に入り込まれたら、とんでもない事になる。全滅した村まで過去にはあったらしい」
「なら、行くべきじゃないですか。昔いやな事があったとはいえ、それは個人的なことですからね」
俺の言葉に3人が力強く頷いた。
直ぐに準備が始まる。シグちゃんとファーちゃんが雑貨屋に走り、イリスさんはギルドに出掛ける。俺は隣の番屋に出掛けてしばらく留守にする事を告げた。
「出掛けると言っても、用が済めば戻ってくるんだろう。だいじょうぶだ、隣の番屋は俺達が見張ってるよ」
「一月は掛かるかも知れません。よろしくお願いします」
そう言って、番屋を後にしたんだが、あの村のお土産ってあるんだろうか?
帰って来ると、レイナスが背負い籠に剣やヌンチャクを入れていた。それよりも途中の野宿の準備をした方が良いんじゃないかな。
そう思って、俺の背負い籠には天幕用の布と古びた毛布を先ずは入れることにした。ガトルが多ければガドラーがいると言っていたから、投槍とウーメラは必携だな。
杖代わりの槍とシグちゃんの杖はカゴに立て掛けておく。
シグちゃん達が帰って来ると魔法の袋に入りきれない食料や水筒が籠の中に入れられる。
イリスさんが帰ってきたところで、夕食を取り早めに床に入る。明日は、早朝の出発になりそうだ。この村に来るまでに10日は掛かったからな。それより速いペースで歩かねばなるまい。
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早朝に村を出てひたすら歩く。
【アクセル】が効いた体は疲れ知らずに歩けるようだ。それでも、1時間おきに軽い休憩を取って歩いている。
昼食は取らずに、遅めの夕食をたっぷりと取って、焚き火の番を交替しながら野宿する毎日だ。
途中の町で宿に泊まるとホッとする。夢も見ずに熟睡してしまった。
お弁当を2つ買い込んで、先を急ぐ。食事を作る時間さえも惜しい気がするのだ。
道を外れて杭が示す荒地を進み、森へと入る。
そんな強行軍をして村へと急ぐ。その甲斐あってか、海辺のライトン村を出て7日目に、サムレイ村に着く事が出来た。
「ハンターなのか? 良く来てくれた。ギルドはこの道を真直ぐだ」
「ありがとうございます。しばらく厄介になります」
村の南の門番さんは、俺とシグちゃんの事は忘れているみたいだ。それ程長くはいなかったからな。
そんな事を考えながら歩いていくと、盾の看板がある。昔通ったギルドだから懐かしくなってきたぞ。
「こんにちは!」
扉を開けてカウンターに言葉を掛ける。
「あら!」
俺達を覚えていてくれたのかな?
「立派になったわね。確かリュウイ君だったわね」
「しばらくです。何でも獣が溢れたとか。それでやってきたんですが、詳しく教えていただけませんか?」
「いいわよ。あのテーブルで待ってて頂戴。今、お茶を用意するわ」
そう言って奥の部屋に入っていった。
俺達はお姉さんが指差したテーブルへと歩いて、椅子に腰を下ろす。
「リュウイ、見てみろ。依頼掲示板に依頼書がびっしりだ」
「ああ、そうだな。俺がいた時はあんなに依頼書が無かったぞ」
「なら、理由は簡単だ。ハンターがそれ程いないという事になる。特に高レベルの依頼書が多いな。青が数人いればこんな事にはならない筈だ」
「でも、カレン達がいるんですよ。あの当時で青の5つです」
そうだよな。唯我独尊な性格でも、チームを率いているなら、率先して狩りをするだろう。自分達の気に入ったハンターだけを優遇しているとしてもだ。
「お待たせ! 本当に久しぶりね。赤6つぐらいにはなったのかしら?」
お姉さんは、そう言いながら俺達にお茶のカップを配ってくれた。
「もう少し上です。今では白の6つになっています。シグちゃんも一緒ですよ」
お姉さんが目を丸くして驚いている。
あまりレベルが上がるのが早いと言うのだろうか? でも、俺達がこの村を去ったのは2年程前だ。それなりに上がってると思うけどなぁ。
「親父……、ガリナム氏から緊急の依頼を受けた。この村で獣が溢れたと言うので、私達がやって来たのだが……」
「そうそう、獣が直ぐ近くまで来てるの。ハンター達はガトルだと言っていたけど、野犬とガトル、それにガドラーが一緒みたいなの。その数は300を超えているわ。カレン達が挑んだんだけど、大怪我をして村に運びこまれたわ。今、村に残っているハンターはカレンのチームの白7つが2人と赤7つの5人のチームだけよ」
大怪我を負ったのか……。ハンターの怪我は致命的だ。蓄えがなければ宿だって追い出される。教会の慈悲にすがって教会暮らしを余儀なくされる者も多いとローエルさんの仲間に教えてもらった事がある。
それに、武器を使えなくなったらそれまでだ。いくらレベルが高くとも、武器を持たないハンターは廃業せざるおえないだろう。薬草を採って暮らす事も選択肢にはあるだろうが、薬草の報酬はたかが知れているからな。
「でも、ガリナムさんが貴方達を寄越したことになるのよね?」
「それは間違いない。これが依頼書と確認印になる」
イリスさんがバッグから依頼書を取り出した。
その依頼書を手にとってお姉さんが確認している。こんな依頼書を偽造する奴がいるんだろうか?
「確かに。それで、村のハンターを集めるの?」
「そうだな。明日の朝に集めてくれ。場所はここでいい。それと、村の守りはだいじょうぶなのか?」
「一応、南北2つの門には見張りを置いているし、村の周囲は丸太の塀が回してあるからだいじょうぶだと思うけど……」
「南の門を通ってきたが、あれではガドラーは防げない。南にガトルはいなかったから、ガトル達は村の北だろう。門を補強する事が必要だが、その費用は?」
「村役を呼んでおくわ。門の補強は村の仕事よ」
中々色々ありそうだな。
そんな確をイリスさんとお姉さんがしているのを聞きながら俺とレイナスはパイプを楽しむ。
そういえば、宿も手配しておかないとな。シグちゃんに宿泊の予約を頼んだ。
「俺達はネコ族だがだいじょうぶか?」
「それ程、種族を気にするようなおばさんに見えなかったけどな。直ぐに分かるだろう。ダメなら門の広場で天幕を張れば良いさ」
「差別は何の利益ももたらさない。人族だけが差別意識を持っているようだな。王都では人族同士でも差別をしている場合があるが、レベルの高いハンターはそんな事はない」
それって、人に限っているという事か? それは問題がありそうだな。だけど、シグちゃんもハーフエルフで差別されたんだよな。それ程変わらないと思うんだけど、どうしてそんな事をするのか、そのあたりが良く分からないんだよな。
「宿は決まりましたよ!」
そう言ってシグちゃん達が帰ってきた。
「前の宿と同じです。3部屋を頼みました」
「この村の依頼で来て貰ったのだから、宿代の半額はギルドが負担します。5日分を前渡ししますね」
お姉さんが、細いベルトに付いたポーチから袋を取り出すと、250Lを俺の前に置いた。直ぐにシグちゃんに渡しておく。
確か、宿代は20Lだから5人で5日分だと500Lになるところを250Lが補助されるんだな。
お姉さんと別れて、懐かしい宿に向かう。
シグちゃんが宿代を支払い、鍵を受け取ると2階の部屋に荷物を置いて、1階の食堂で夕食を取る。
夕食後はイリスさんとレイナス、それに俺の3人でビールを飲んだ。
レイナスは初めてのようだ。泡に驚いていたが、一口飲むと気に入ったようで俺を見て微笑んだ。
「野犬とガトルが300以上か。たぶんガドラーも複数と見るべきだな」
「投槍はレイナスと合わせれば4本になる。2頭なら何とかなるが3頭いると槍を使うしかない」
「ガトルの数はあまり問題なら無いだろう。シグやファー達のクロスボウとメイスがあるからな」
「村在住のハンターの役割が問題だな」
「弓なら都合がいい。槍でもだ。だが、剣となれば壁役をしてもらうことになりそうだな」
「白の剣ではガドラーに対処出来ませんよ」
俺の言葉に2人が小さく頷いた。
結局、明日になってみれば分かる事なんだが、俺達のフォーメイションの合間に組み込むことになりそうだ。
出来れば青の片手剣が欲しいな。そうすれば俺も後ろでヌンチャクを使えるんだが……。