P-005 依頼が無い
デルトン草はタンポポの葉に良く似た薬草で、小川の砂地に他の草に隠れるように生えている。
木の棒で草叢をつついて何もないことを確かめてから、座り込んで薬草を探してから採取するので極めて効率が悪い。
そして、森には他の獣もいる。
俺が草叢をつつきながら、周囲を監視するようになったのは30分も経たないうちだ。
まぁ、それでシグちゃんが安心して薬草を探せるから問題はない。
2時間程で目標を達成してもシグちゃんは探し続けている。
そんな時、森の奥から俺達を見ている獣がいることに気が付いた。
「シグちゃん、ゆっくりと体を起こして森の外に移動するんだ。ゆっくりだぞ」
囁くような声で伝えると、俺を見ずに頷いて了解してくれた。
中腰で少しずつ小川から遠ざかっていく。20m程離れたところで俺もゆっくりと後ろに下がる。
上手い具合に、獣はこっちを見てはいるが動きは無いようだ。
少しずつ下がりながらシグちゃんを見るともうすぐ森を抜け出る所だ。
これなら、何とか逃げられるな。
そう思ったとき、森の奥から火炎弾が獣の近くに落ちた。ピギィー!っと一声叫んだ獣は俺を目掛けて突進してきた。
慌てて、近くの大木の前に立つと剣を引抜いて片手で構える。
タイミングが大事だぞ!っと自分に言い聞かせて、獣を待ち構えた。
そして、獣が俺に体当たりする直前に全身のバネで垂直に飛び上がると獣は大木に激突する。
その背中に俺の全体重を掛けて長剣を突き刺した。
ズンっと言う手応えが腕に伝わってきたから、背骨を切断したに違いない。
まだ、動いている奴の首に再度剣を突き入れた。
「もう大丈夫だ。戻ってきてもいいよ」
シグちゃんに呼びかけると、恐る恐る近付いて来て、俺の足元に横たわる大きな獣を見て吃驚している。
「これはイネガルです。この額の角が討伐証になるんですよ。肉と毛皮も売れるんですが、どうやって運びましょう? 私の2倍の重さ以上ですよ」
「とりあえず、血抜きと腸を取ろう。それだけでもだいぶ軽くなるはずだ。ちょっと待っててくれ」
そう言って、森の中から蔦を探してきた。蔦を木の枝に通して、イネガルの後足を結ぶと力任せに引き上げる。
「シグちゃん。頼めるかい?」
「大丈夫です。小さな獣ではやってますから大きいのも同じです」
そう言うと、バッグからナイフを取り出した。サバイバルナイフより少し小さいタイプだな。細身だから切味は良さそうだ。
後をシグちゃんに任せると、適当な枝を2本切り取って簡単なソリを作る。
担いでも行けそうだが、世間の目があるからな。
これに括りつけて、引き摺っていけばいい。
それから1時間後。俺とシグちゃんでズルズルと急造のソリを引いて荒地を進んで行く。道に出れば少しは楽になるかも知れないな。
とっぷりと日が暮れた村に、イネガルを引き摺ってようやく辿り着いた。
門の扉は閉じていたが、大声で呼びかけると俺達が通れるだけ門を開けてくれた。
「あまり遅くなるなよ。夜は早目に門を閉じるんだ。物騒な獣が入って来ないようにな」
「申し訳ない。ちょっと獲物が大きくて、ようやく引き摺って来たんだ」
門番さんは俺達が引き摺ってきたイネガルを見て驚いてる。
「確かに、これじゃ仕方が無いな。早いところ肉屋に持っていけ。明日は店に出るだろうよ」
何か楽しみにしてるようだぞ。ひょっとして美味いのか?
とりあえず、シグちゃんの案内で肉屋の前まで曳いていく。
シグちゃんが肉屋の扉を開けてお店の人を呼びに行った。その間は、盗まれないように見張ってるんだけど……。盗もうとしても、この重さだからすぐに追い掛ければ捕まえられるな。
「お嬢ちゃん、俺をかつぐんじゃ無いよ。イネガルなんて年に数回だぞ。それにお嬢ちゃんにはまだ無理……」
俺の傍に蹲ってる大きなイネガルを見て、言葉を失ったようだ。
「売ってくれるのか? そうだな! 俺の所に持ってきて終わりじゃないよな。
お~い! 誰か来てくれ。これを店に運ぶんだ!」
直ぐに若い使用人が数人出て来てイネガルを店に運び入れた。
俺達を店に呼び寄せさっそく商談が始まる。
「イネガルの通常価格は250Lです。……ですが近頃稀に見る大きさですから、たっぷり肉が取れそうです。どうでしょう、毛皮込みで320と言うのは?」
「あぁ、良いぞ。どうせ俺達にとっても儲け物だ」
店主が俺達の気が変わらぬ内にと、カウンターに硬貨を並べる。銀貨が3枚に銅貨が2枚だ。そして、角のような物がその隣に置かれた。
「討伐証になります。ギルドに渡してください」
俺達は角と硬貨を貰うと、シグちゃんがそれをバッグに詰め込んだ。
今度はギルドへと歩いて行く。荷物が無いから楽になったぞ。
「こんばんは!」と声を出してギルドに入ると直ぐにカウンターへと足を運ぶ。
「遅かったわね。何かあったの?」
お姉さんの前にシグちゃんが薬草の球根を2種類並べる。そして最後に先程の角を取り出した。
「倒したの?」
「襲ってきたんで仕方なく……。肉屋に持っていくとこれをギルドに渡せと言われまして」
「残念ながら、イネガルの依頼は張り出してないわ。これは預かって良いかしら。不正をするハンターもいるのよ」
「どうぞ、それでは薬草を確認してください」
少し多めに取ってきたからな。
お姉さんはキチンと数を数えて報酬を渡してくれた。結果は115L。
一日で435Lとは凄い儲けだ。
2人で銀貨1枚ずつ手にして、残りの235Lはパーティの資金にする。
後は、夕食を食べて寝るだけだな。
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次の朝早く。
朝食を終えてお弁当をバッグに入れると、おかみさんの「夜は早く帰るんだよ!」のありがたい送り出しを受けて宿を出た。
ギルドの扉を開けて掲示板を見て驚いた。俺達が依頼を受けられる依頼書が全く無いのだ。
シグちゃんと思わず顔を見合わせる。
さて、原因は? という事でカウンターへ行くとお姉さんに質問をしてみる。
「あれね。今朝早く皆が低レベルの依頼を受けて行ったのよ。調子が悪いとか怪我をしてるから何て言ってたけどね。
一応そういう事もあるから、レベルの高いハンターは低レベルの依頼も受けられるの。今日は残念だったわね」
なるほどそういう理由か。となると、明日もそうだろうな。
俗に言うイジメなんだろう。ちょっとシグちゃんが暗い顔をしているな。
たぶん原因はカレン達なんだろうが、昨日だってイネガルをけしかけた奴がいる。
あまり長居をする村ではなさそうだぞ。
俺達は窓際のテーブルに座ると今後のことを相談する。
去るなら早い方が良い。昨日のイネガルで資金は豊富だ。
依頼を受けられずに此処にいればどんどん資金は減っていくだろう。
「……という事で、この村を去るのが一番だと思うんだが?」
「そうですね。カレンはあんな性格ですし、これからが心配です。リュウさんは行く当てがあるんですか?」
「この村の名前だってまだ分らないよ。シグちゃんが決めてくれれば、付いて行くぞ」
「なら、南に行きませんか? この村は冬の依頼がありません。
今年の冬はあの宿屋でお手伝いして暮らしてたんです。南の村なら冬にだって依頼はあると思います」
なるほど、それは重要な情報だぞ。余計に早く出掛けた方が良いだろう。
「だけど、その村までどれ位かかるんだろう? それによっては準備する物が必要かも知れないぞ?」
そんな俺達にカウンターのお姉さんがお茶を持って来てくれた。
「それなら、この地図を上げるわ。簡単な地図だけど、この周辺の村や町が載ってるわ」
テーブルに広げられた地図は、いわゆる絵地図と言う奴だ。縮尺は適当だが、歩いて何日かは書かれている。町や村の名前もあるな。
シグちゃんが今いる村を指先で教えてくれた。
北に大きな山がある山村だ。地図の北のほうにあるから確かに冬は厳しいのかも知れない。
南にずっと行くと海があるみたいだ。その近くには森もある。
小さな村みたいだが、近くには町もあるぞ。
「この村はライトン村よ。そして今いる村はサムレイ村。歩くと10日は掛かるかもね。でも途中に地図には無いっ集落が1つあるわ。そこで食料を購入すればいいでしょうけど、持っていく食料は予備を入れて10日分は欲しいわね」
さて、準備を始めるか。
俺達2人が席を立つと、お姉さんがカウンターで手招きしている。
「出掛ける前にレベルを確認します。カードを出して、1人ずつこれを握ってね」
俺達は首からカードを外すとお姉さんに渡して水晶球を握る。先ずは俺からだ。そしてお姉さんが頷いたので今度はシグちゃんに渡す。
「はい。終ったわよ。リョーが赤の4つでシグちゃんが赤の5つね。レベル的には低いんだから無理をしちゃダメよ。そして頑張りなさい!」
俺達はお姉さんに頭を下げると、先ずは宿屋へと帰る。
理由を話して、もう1つお弁当を頼むと今度は雑貨屋だ。
此処では水筒と携帯食料を10日分購入した。
「そうかい、此処を離れるんだ。またおいでよ!」
気のいいオヤジがそう言って送り出してくれる。
もう一度宿屋に戻ると弁当を受取り、南の門に歩いて行く。
新しく購入した水筒は2ℓサイズだ真鍮で造られ、長い革のベルトが付いている。
広場の外れにある水場で水筒を満たすと、シグちゃんもバッグに入れてある水筒の水を交換した。
最後の挨拶は門番さんだ。
「次の村に行きます。お元気で!」
「あぁ、お前等も頑張れよ!」
そう言って送り出してくれる。
しばらく道を歩いて後を振り返ると門番さんが手を振ってくれた。俺達も両手を振って応える。
住んでる人はいい人なんだけどね。居ついているハンターが問題だな。
数年経ったら訪ねてみようか。あの連中がどうなったか気になるからな。
「地図だと、南に道が続いてるんだけど、荒地に道なんてなかったよね」
「一応、あったんです。荒地に行ったら教えますよ」
2時間程で荒地に出る。ここで昼食を取って、夕食は森を出てからだそうだ。
小さな焚火でお茶を沸かすとお弁当の黒パンサンドを頂く。
カップ1杯のお茶はちょっと物足りないが、これから先を思うと無駄使いは出来ないよな。
30分程休憩してシグちゃんが先頭になって歩き出す。
「これが道なんです」
地面を指差して教えてくれたのは、50cm程頭を出した杭だった。10m程の間隔で森の中に続いている。
確かに杭の列の通り進めば荷馬車が進めそうだ。その列には木が生えていない。
途中で適当な枝を切って俺とシグちゃんの杖を作る。
森を進むには何となく物騒だからね。
長い杖を持つとそれだけで少し安心出来る。
小川の浅瀬を越えて、更に杭の列を頼りに南へと歩いて行く。
森は南に大きく広がってるみたいだな。