P-047 大型クロスボウ
夕食後に囲炉裏際でのんびりと粗雑な鉛筆を走らせる。
隣で覗きこんでいたシグちゃんは「私のクロスボウに似ているね」何て言っていたが、興味はないようだ。
「クロスボウを作るのか? 確かに強力ではあるが2の矢に時間が掛かり過ぎるのが問題だな」
「これは、俺達で使う物ではありませんよ。グラフィン用になります」
俺の言葉にレイナスが驚いて顔を上げる。
「グラフィンだって! 銛を見せてもらったが俺達の槍のようだぞ。あれを飛ばすのは無理じゃないのか?」
「そうでもないんだ。あまり古い記憶は思い出せるんだが、その中に大型のクロスボウがあるんだ。『バリスタ』って言うんだけど、槍より太い矢を飛ばすんだ。城壁を破壊する為にね」
今度はイリスさんが俺を向いた。かなりキツイ表情をしているぞ。
「反乱を企てるわけではあるまいな? 企てる事自体は問題にならないが行動を伴なうと極刑だぞ!」
「別に城壁を破壊する訳ではありません。槍を飛ばす位に考えてください」
そんな話をしていると、番屋の扉を叩く音がした。ファーちゃんが開けると、漁師さんが入ってくる。
「サルマンさんから届けろと言われてきたが……。これは土産だ。何とか手伝ってくれるとありがてぇ」
「海の上では俺達は初心者もいいところです。足を引張るだけでしょう。ですが、その代わりになるものを何とかします」
そうは言ったが、持ち込まれた銛は確かに大きい。槍が細く見えるぞ。
ファーちゃんはお土産の魚を持って笑みを浮かべている。これは何とかしなくちゃな。
「まあ、頑張ってくれ。だが、ダメな時は銛打ちを手伝ってくれるとありがてぇな」
そんなことを告げるとさっさと帰って行った。
囲炉裏に銛を持ち込んでしみじみと眺める。やはり大きいな。昔、博物館で見た鯨用の銛に見えなくもない。やはり同じようにして狩るのだろうか?
「ゴツイ銛だな。そして重そうだ」
「ああ、これを投げるのは精々20D(6m)といったところだろう。この銛の重さで刺すようなものだな」
「だが、鋼の質は長剣並みだ。かなり練成してあるぞ!」
イリスさんが俺から銛を受取って、先端の刃先をナイフの背で叩いている。
柄の長さは2m程だが、先端の金属部分だけで1mはある。柄に差し込む手前にロープを結ぶ丸い穴が空いている。柄の太さは俺がようやく握れる太さだ。重さは10kgを超えてるな。
「これを飛ばすクロスボウってことか? 出来るのか?」
「簡単に言えばそうなるな。出来ると思うよ。ただ大きくなるけどね」
「持つことは出来んぞ。どう考えても20G(ギル:40kg)を超える。それにこの銛を矢にするとなると……」
「実例は絵で見たことがあるんだ。1台試作して試しながら改良すれば何とかなると思ってる」
具体的な銛が分かったところで、描いた絵を直していく。ついでに寸法も書き込めば大工さんなら形にしてくれるだろう。とは言え、これほど重いとは思わなかったな。
食事は終ったけど、良い具合に焼けた魚の串焼きを肴に蜂蜜酒を飲む。カップに半分ぐらいだけど、シグちゃん達もお湯割りにして飲んでるぞ。大酒飲みにならなければ良いんだけど……。
翌日、朝食を終えてお茶を飲んでいると大工さんが訪ねて来た。
早速、昨夜書いた絵を渡して説明を始める。
大工さんは俺の親父ぐらいの年代だ。かなりその道で腕を磨いてきたに違いない。
「そっちの嬢ちゃんが持ってる奴を大型にするんだな。まあ、出来ねえ事はねえ。この部分とこの辺りは鍛冶屋に頼むことになるな。それは俺の方で頼んでおく。だが、これであれを飛ばせるのか?」
ある程度サルマンさんから事情を聞いてきたようだ。ファーちゃん達のクロスボウも見たことがあるんだろう。
「この弓の強さで決まると思います。全体の大きさをこれ以上大きくは出来ないと思いますから、弓の強さは再度見直すことで何とかなるでしょう」
「基本は変えないってか? なら、それ程難しくはないぞ。問題はこれを取付ける柱を船に付けねばならんな。少し船も手直しがいるが……、まあ、それは何とかなる」
そんな話が終ると大工さんが帰っていった。
3台作っても金貨1枚は掛からないと言っていたけど、残ったら返せば良いか。
「大工任せで出来るのか?」
「ええ、大丈夫だと思います。形を作ってもらって、試験をしないといけませんから。出来るまでは俺達も狩りが出来ますし……」
「そうだよな。もう直ぐ夏が終るし、秋は意外と短しな。冬越しの資金だって必要だ」
漁師さんの頼みも大事だが、俺達はハンターだと遠まわしに言ってるんだろうな。確かにその通りではあるんだけどね。
「そうは言っても、今日は休みだ。私は次ぎの依頼を探しにギルドに出掛ける」
俺達にそう告げるとイリスさんが番屋を出て行った。後ろ姿を黙って見送る俺達の思いは1つだ。もう少し、楽な依頼を見つけて欲しいな……。
「私達も出掛けてくるにゃ。食べ物が少なくなってきたにゃ。携帯食料もにゃ」
ファーちゃんの言葉にシグちゃんも頷いている。食料は全て彼女達に任せているから、俺達に依存はない。
「出来れば、タバコを買ってきてくれないかな? レイナスもだろ?」
「そうだな。1袋を頼むよ」
残った俺達は武器の手入れをすることにした。
剣はレイナスに任せて、俺はファーちゃん達の鏃を研ぐ。鋭ければそれだけ深く入るからな。
皆が戻ったところで軽い昼食を取り、風呂を準備する。大きな風呂も良いけど、自分達の風呂にのんびり浸かるのも良いもんだ。
だいぶ薪も減ってきたから、森に出掛けるときには少しずつ運んでこよう。冬には必需品だからな。
夏だから夕方近くに入って浴衣でくつろぐ。
「この村の一番だな。王都ではこうはいかん」
「だけど、これもリュウイの発案ですよ。前は誰も風呂なんて考えませんでしたから」
「俺の故郷では毎日入ってたんだ。どの家にも風呂があったんだよ」
ほうっと皆が俺の言葉に感心している。
蒸し暑くて、寒い国だったからな。それでも風呂が普及したのは200年ぐらい前からなんだろう。五右衛門風呂が普及してからなんだろうな。
だけど、それだったらその前はどうだったんだろうな。歴史の先生もそんな事は教えてくれなかったぞ。
夕暮れ前に全員が浴衣姿になって、番屋の前のベンチでのんびりと夕暮れを眺める。
のんびりした時間は貴重だな。明日はまた狩りが始まる。
「ところで、次ぎの狩りは何ですか?」
「次ぎはガトルだ。ローエル殿がガトル30を任せたいと言っていた」
この間の2倍か……。レイナスを中衛にしたいが、そうなると俺1人で前衛はまだ無理だぞ。ここは、イリスさんに頼むしかなさそうだ。
「やはり、イリスさんに手伝って貰うしかなさそうです。ですが、ガドラーはいないんですよね?」
「大丈夫だ。ガドラーはいない。だが、その用心が出来れば十分だ。私も前衛をやるぞ」
俺達を試したのか? ガトルの大きな群れはガドラーを疑えとローエルさんが言ってたからな。シグちゃんやファーちゃんがいるんだから絶対に無理は出来ない。
「だが、私は長剣だ。リュウイのあの棒を振り回されると、連携が出来ないぞ?」
「俺も、剣を使います。ヌンチャクは中衛のレイナスに任せます」
俺の言葉を聞いて嬉しそうにレイナスが頷いた。この頃は武器屋で作ったヌンチャクまで無難なく振り回している。あれならガトルクラスなら十分対応できるだろう。
「やり方はいつもと同じだな?」
「柵を作って餌で釣る。ですが、イリスさんには右手をお願いしたいのですが……」
「そういえば、左利きだったな。確かにその方が良いだろう」
さすがにイリスさんも、今回は俺達だけでは無理があると思ってくれたようだ。
青9つだからな。かなり期待できるんじゃないか?
次ぎの日、俺達は依頼書に記載された第3広場の先に向かった。
2日後に狩りを終えて村に戻ってきた俺達が担ぐ籠の中には、ガトルの毛皮が28枚も入っている。
33頭を相手にどうにか怪我もせずにやり遂げる事が出来たのは、イリスさんのおかげではあるのだが、やはり中衛のレイナスにおうところが大きい。俺達の壁を抜けたガトルを確実にヌンチャクで撲殺してくれたからな。
シグちゃん達も安心してクロスボウを使う事が出来たに違いない。
ギルドでイリスさんと別れて俺達は番屋へと急ぐ。
漁師さん達の頼みごとの状況も気になるところだ。新しい番屋の前でレイナス達と別れて漁師さん達に会いに行った。
「今日は、すみませんが大工さんの家を教えてくれませんか?」
扉を開けて囲炉裏でパイプを咥えていた漁師さん達に聞いてみる。
「隣のリュウイじゃねえか。例の話だな。明日には出来上がるって言ってたから、向こうからやってくるさ。まあ、座れ。おめえの考え方を教えてもらおうじゃないか」
下座に縄を編んだような敷物を置いてくれた。そこに坐ればいいんだな。
ブーツを脱いで囲炉裏の傍に座ると、熱いお茶を入れてくれた。
「サルマンの旦那の話だと、リュウイは俺達の漁に似た漁を知っているようだったな。あの漁は漁師仲間以外は参加させない筈だから、サルマンの旦那がリュウイを船に乗せようと言った時は皆が驚いていたんだ」
クジラ獲りは高度な連携が必要になるって聞いた事がある。何と言っても巨大な哺乳類だからな。魚と違って知恵もある。何艘もの船が各々の役割を指揮者の采配でキチンとこなさなければ狩る事は出来ないし、反撃で命を落とす場合だってあるのだ。クジラ獲りの男は海の英雄とみなされる事も多いと聞いた事もあるぞ。
「たぶん、何隻かの船でジラフィンを取り囲んで網を打ち、動きが制限されたところで銛を打つんだと思います。この間届けて頂いた銛は最後の頃に使う銛ですね。その前に、小型の銛を何本か打つんじゃないですか? さらに、止めを刺す為の道具があるはずです。あの銛では短すぎますね」
俺の顔を食入るように見ながら話を聞いている。
話が終ったところで、温くなったお茶を飲み、パイプに火を点けた。
「いやぁ~、驚いた。全くその通りだ。漁師の親や親戚を持っているのか?」
「そんな事は無いですよ。昔教えて貰ったんです。その獲り方も地方や国によってかなり変わっているようです。俺が作ろうとしてるのも、そんなやり方の1つですよ」
漁師達もパイプを咥えて納得している。やはり、漁村によって少しずつ獲り方に違いがあるのだろう。
「同じ銛を使う所もあるそうだ。西の方では更に銛の種類が沢山あるって聞いた事があるぞ」
「銛は2種類あれば十分だ。種類が多いってのは、漁師が自分持ちの銛を使うからだそうだ。体力の違いが銛の種類になるんだろうな」
そんな漁師との話で分ったのは、あの銛に付けられるロープの長さと浮き用の樽だった。ロープは1M(150m)だし、その途中に3個の樽が付けられるそうだが、俺達が水汲みに使う桶の大きさだ。樽がぶつかって割れる場合が多いので3個付けていると言っていたが、これも何とかしなくちゃならないだろうな。




