P-046 リゴノス狩り
第4広場の先の森にある教室程の広場を使って俺達は大きな網を広げた。
レイナスがひょろ長い立木に器用に上って天辺近くにロープを2本結ぶと全員で立木をしならせて近くの大木に結び付ける。
緩んだもう1本のロープを網の4隅に通せば罠の完成だ。網がむき出しだから、周囲の枯葉を集めて隠しておく。
小さな焚火を作ってお茶を飲む。
後は餌だが、これはシグちゃん達に頼んである。
俺とレイナスでパイプを楽しんでいると、シグちゃん達が帰ってきた。護衛のイリスさんがラビーを3匹担いでいる。
今度は俺達の番だ。レイナスと2人で獲物を網の上で解体すると、網に革紐で固定しておく。それが終ったところで焚火に戻ると準備が出来たこと皆に告げた。
「地上で待伏せは愚策だぞ。木の上で待つんだ」
イリスさんがリゴノスの危険性を改めて教えてくれる。
「だいじょうぶですよ。あの木とあの木に上って待つことにします。網に掛からずに残ったリゴノスを木の上からクロスボウで狙撃出来るし、木に登ってくるようなら槍で牽制します」
「俺とファーはあの木にする。リュウイも木に登ったら幹にロープを回してベルトに通しておけよ。リゴノスの上にでも落ちたら大変だ!」
「私はあの木にする。リゴノスが網に乗ったらロープを切るのに丁度いい場所だ」
シグちゃんに【アクセル】を掛けてもらってから、俺達はそれぞれの木に登った。互いに相手を確認できるから丁度いい。適当な枝ぶりを探してシグちゃんに幹を繋いだロープを結んでおく。別のロープで自分のベルトにもロープを結べば後はジッと待つだけになる。
レイナスが俺に向かって手を振ると腕を伸ばして方向を示している。
どうやら、何かが近付いてきたようだ。
俺もイリスさんに同じようにして獣がやって来る方向を教えた。数分程してラビーの肉片に集まってきたのは野犬の親子だった。
確かにこの方法だと何がやって来るかはわからないよな。そんなことを考えていると、突然野犬の親子が東に向かって盛んに吼え始めた。その様子を俺達はジッと見守っていると小さな肉片を咥えてその場を去って行った。
レイナスが俺を向いて大きく手を振る。前と同じようにイリスさんにも伝えて様子を見守った。
ガサリ……藪の中から4頭の獣が現れた。大型のガトルにも見えるが、毛皮はオレンジ系で数本の薄くて黒い横縞がある。その姿態も細みえるが毛皮の上に現れる筋肉の動きは油断ならない相手だとすぐに分かる。どちらかというと俺達が獲物になりそうな相手だな。
しきりに首を上げて周囲を確認しているようだが、木の上の俺達には気付かないようだ。
網に結わえ付けてあるラビーの肉にゆっくりと近付くとガツガツと食べ始めた。
ちらりと見えた牙はガトルというよりガドラーだな。あんなので噛まれたら、フェルトンの表皮の鎧でも貫通しそうだ。
レイナス達を見るとファーちゃんがクロスボウの狙いを着けている。射るのはまだ先だが準備は出来てるってことだな。隣のシグちゃんも枝を跨いでクロスボウの弦を引いている途中だった。
イリスさんはナイフを握ってロープに片手を添えているが、下のリゴノスをジッと見つめて頃合を計っているようだ。
ビュン!
突然、リゴノスが群れている小さな広場の落ち葉が舞い上がり、リゴノスが一纏めに絡められて上空に跳ね上がった。
やがて団子状態になったリゴノスが森の上から落ちてくるが、地上1m程の高さで網が浮いているから脱出することは出来ない。
ガルルル……と低い唸り声をしきりに上げているが、自分達の重さで網はしっかりと塞がれているから身動きも取れないようだ。
「今だ、撃て!」
イリスさんの叫びと同時に2本のボルトがリゴノスに突き立った。
間をおいて2本が放たれる。更にもう2本……。
直線距離は20mもないから、全て命中しているのだが、果たしてそれで絶命しただろうか?
俺とレイナスは顔を見合わせると、ロープをほどいて木から下りた。
直ぐに大木の下に隠した槍を取ると網に絡まれたリゴノスの首を一突きする。
「油断するなよ。ボルトは全てのリゴノスに当っているが、絶命した訳ではないからな」
そう言ってイリスさんは俺達の傍に立って長剣を構えた。
「まだ網を下ろさぬほうが良いと?」
「もうしばらく待て。ところでお前達は全てのリゴノスの喉を突いたのか?」
その質問に俺とレイナスは顔を見合わせた。俺は2頭を刺している。レイナスは3頭だと話してくれた。
重複していればいいのだが、互いに同じリゴノスを刺してるかも知れない。改めて網の周囲を回りながら首筋の刺し傷を確認する。
「こいつはまだだ!」
レイナスが叫び声と共に槍を突き出した。団子状態だから重なった1頭の止めを刺していなかったようだ。
「次は毛皮を剥ぎ取る。レイナス手伝え。リュウイは網の片付けだ。嬢ちゃん達は周囲を見張ってくれ。リゴノスの匂いで獣は寄ってこないだろうが、用心に越したことはない」
ファーちゃんが網を吊っているロープを立木に登って解くと、ドサリ!と網が落ちた。
網から素早くリゴノスを退けて網の肉片を取去る。
俺が網を畳んでいる間にイリスさん達は毛皮を剥いで籠に次々と投げ込んでいた。
レイナスはその片手間に牙をナイフで取っている。討伐証にするのだろうか?
毛皮の上に網を乗せて、束ねたロープを籠に入れれば作業は終了だ。
周辺を見張っているシグちゃん達を呼び寄せて急いでこの場を離れる。
「幾らリゴノスの匂いがあると言っても今はただの肉の塊だ。直ぐに獣が集まってくるぞ」
そんなイリスさんの言葉に俺達の脚は早まる。
第2広場を越えたところで野宿の準備を始めた。昼食も取らずに動いたからお腹もすいている、焚火の傍で少し早めの夕食となった。
「サルマンさんには1枚で良かったのか?」
「そうだよ。狩りをするのに貸す分には構わないそうだ。残り3枚あれば俺達には十分だろう。……そういえば、ジラフィン漁を手伝ってくれと言われたんだが、どんな獣か知ってるか?」
この手の狩りには網が打って付けだな。たぶんそんな事で次の事をレイナスは考えていたのだろう。精々銀貨2枚であれば俺達で使うなら問題はないだろう。
それよりも、ジラフィンの言葉に改めて俺を焚火越しに見詰めた。
「聞いたことはあるが、ハンターの獲物ではないな。漁師が大きな海獣を網で絡めたところを銛で突刺して仕留める話は昔聞いたことがあるぞ」
「大きさは、レイガルの成獣10頭分ぐらいだ。尖った口先に鋭利な歯が並んでいる。脚は殆どヒレに近いし、尾は縦に広がっているから海中を自由に泳ぎまわれるそうだ。食べて美味いと言う話は聞いた事もないが、その大きな肝臓は老化防止の妙薬だと言われている。1頭で金貨1枚は下らない。獲れればということになるが……」
獲れないほうが多いということだろう。だが、獲れれば金貨1枚はすごいな。
番屋の漁師さん達には色々と世話になってることだし、何とか手助けしてやりたいものだ。
「だけど、本当に手助けするつもりか? かなり危険な相手だと聞いてるぞ」
「海に落ちなければ危険はないのだが、攻撃されたジラフィンは船を襲うぞ。転覆したら乗り手をその歯で食いちぎるそうだ」
なるほど、それであの話になるんだな。離れた位置から銛を打てるならそれに越したことはない。ウーメラの話をどこかで聞いてきたんだろう。
だが、海の上でウーメラを使うのはかなり難しそうだ。それに変わる何かを考えないといけないな。
ふとパイプを取ろうとしてベルトに手を伸ばしたときに、ファーちゃんが手元に置いたクロスボウが目に入った。確か、クロスボウで銛を打ち込んで海獣を獲る漁を見たことがあるな。
大きさ的には小型の鯨ほどもあるのだろう。だとしたら、博物館で見たキャッチャーボートのように舳先に大型クロスボウを付けてもいいような気がする。
人が投げるよりも遠くに飛ぶだろうし、何より正確に狙える。
パイプにタバコを詰め込んで火を点けながら、少し頭の中で基本事項を整理してみた。
問題が2つあるな。船の上でどうやって弦を引くかということと、どれぐらいの重さの銛を使うかということだ。
「何か思い付いたのか?」
「ああ、俺達が乗らなくてもジラフィンを狩る方法を思い付いた。一応、サルマンさんと相談だ。作らせられるかも知れないけど、その時は手伝ってくれ」
次の日。村に着くとギルドの対応をレイナス達に頼んで、網と毛皮を持ってサルマンさんを訪ねる。
うまい具合にサルマンさんは在宅していた。
直ぐにリビングに案内されたところで、リゴノスの毛皮を1枚進呈する。
「大事な網を貸していただきありがとうございます。無事に狩ることができました」
「リゴノスの毛皮は結構な値段だ。まさかとは思っていたがちゃんと狩れたようだな。ところで、例の話は考えてくれたか?」
そう言って、背中の棚からカップと酒瓶を取り出して2つのカップに酒を注ぐ。1つをドンと俺の前に置いた。
サルマンさんが酒を飲むのを見て俺もカップに手を伸ばす。
「そのことですが、かなり難しいと思ってます。やはり俺達は陸の狩人です。ですが、俺なりに少し考えて見ました……」
そんな前置きをして、大型クロスボウの説明を始める。クロスボウ自体をサルマンさんは見た事があるのかちょっと心配になったが、サルマンさんの考えこんだ顔はどうやら知っているようだ。
「あの嬢ちゃん達の使ってる変わった弓だな。命中率の良さに、俺達も嬢ちゃん達の練習を見て驚いた事がある。あれを使うというのか?」
「矢ではなく銛を撃てるクロスボウです。大型になりますから舳先に据え置く形になるでしょう。銛にロープを着けてタルに結べば相手が海中に潜る事も出来なくなります」
「ロープにどんどんタルを結べば更に潜れなくなるな……。おもしろそうな案だが、作れるのか?」
俺はカップ空にすると、サルマンさんに頷いた。
赤ら顔のサルマンさんの顔に笑みが浮かぶと、がははは……と豪傑笑いが起った。
「作ってみろ。そうだな……3台欲しい。金はこれでどうだ!」
そう言って、俺の前に金貨を5枚差し出した。
形はあらあら考えたが予算までは考えなかったな。これほど使わないとは思うんだが……。
「預かっておきます。風呂を作った時の大工さんを紹介してください。それと、その大工さんは船大工を兼ねていますか?」
「俺から頼んでおく。明日には番屋に行く筈だ。そいつが作った船に先ずは付けてみれば良いだろう。漁師には俺から伝えるから大丈夫だ」
「ついでに、専用の銛があるはずです。それもお貸し下さい」
俺の言葉にサルマンさんが頷く。
「やはり専用だと分るのか?」
「ええ、俺の国でもかなり大型の銛を使った漁がありました。相手が大型ならそれに見合った銛があるはずです」
俺の言葉にただ頷くサルマンさんだった。
網の礼を言って、サルマンさん宅をお暇する。イリスさんが折角来てくれたけど、ちょっと狩りを離れることになりそうだ。
だが、俺達に番屋をくれた事を思うと協力してあげたいよな。