P-042 即効性の毒矢
パイプを手にして、これに毒が入っていると明言した俺を全員が驚愕の表情で見詰める。
「それって、何時ものパイプじゃないか? 毒薬なんか仕込んでいたら、お前の命もあぶないぞ!」
「毒薬の所持は禁じられているぞ。暗殺を企てるなら斬首は確定だ!」
イリスさんは既に長剣を手元に引き寄せている。早いこと説明しないと俺に斬りかからないとも限らない。
「俺が持っていると言うか……、タバコを吸う奴なら誰もが持ってる筈だ。猛毒というのはこの中のヤニに含まれている。神経に作用する毒で即効性だ。今から取出すからパイプを渡してほしい。それと、レイナス。外に行って貝殻を取ってきてくれないかな?掌ぐらいの大きさで良い筈だ」
2人が俺の前にパイプを取出す。レイナスが貝殻を拾ってくる前に薪を薄く削いでヘラ状にしたものを作った。耳かきよりも少し大きなものだ。
「ヤニが猛毒なんて聞いたこともないぞ?」
「俺達はこの毒に慣れているんです。それでも、ちょっとした酩酊感覚はあるでしょう? それがこの毒による作用です。俺達は煙になったものを少量吸い込みますが、これを直接体に受けたら、神経に作用して最悪は死に至ります」
そんな説明をしたところにレイナスが貝殻を持ってきた。大きな2枚貝の貝殻だから皿として使うには都合が良い。
パイプを火皿とパイプそれに吸口に分解して、中に溜まったヤニを掻きだして貝殻に集める。3人分のヤニを集めても大した量にはならないが、ニコチンは青酸カリ以上の毒性があるって聞いた事があるからこんなもんでも少しは効果があるだろう。
ヤニにスプーン2杯の水を加えて良く掻き混ぜる。ニコチンは水に溶けるから、ヤニから抽出するのは簡単だ。
シグちゃんとファーちゃんからボルトを2本ずつ貰うと、先端の鏃を浸して囲炉裏の傍に並べて乾燥させた。表面が乾いたところで木のヘラで何度も上塗りする。
「レイナス。ボルトの鏃がすっぽり入る位の筒がないか?」
「そうだな。それが毒薬なら確かに危険だろう。ちょっと待ってくれ」
俺の作業をじっと見ていたイリスさんが、ヤニを落としたパイプにタバコを詰めて一服し始めた。俺も、同じようにパイプに火を点ける。
「本当に、それだけで効果があるのか?」
「たぶん。……でも、期待はしないでください。ひょっとしたらで良いと思います」
俺の住んでた世界とは違うからな。猛毒とはいうものの、使い方がよくわからないしね。
レイナスが探してきたのは、紙の筒だった。確かにボルトの先端部がすっぽり入る。
4本のボルトの先端に筒を被せて、シグちゃん達に分けてあげる。
「使うのは肉用ではない獣だけだ。羽根の部分に糸を巻きつけて区別しておくといいよ」
俺の言葉に2人共頷いて作業を始めた。
「武器屋に寄ってきたら、これを渡されたぞ。これが例のやつか?」
「出来たんだな。そうだ。先端部は補強してあるから、かなり威力があるぞ。だが、今回の得物には使えん」
「確かにな。だが、練習には前の奴を使うよ。これが頭に当ったら、ひっくり返りそうだ」
そう言って、俺にヌンチャクを渡してくれた。まあ、ガトル用と考えておけば良いだろう。
夕食を取りながら、明日の狩りの相談をする。
イリスさんの話では、第4広場の南東にある沼にいるらしい。ということは、往復で3日の狩りになりそうだ。
「第4広場の場所はお前達が知っていると聞いたぞ。距離があるらしいが、危険な獣の話はないようだ」
危険な獣って、誰にとってかが問題だな。たぶんガトル辺りは出るってことだろう。レイナスが背負いカゴにヌンチャクを入れている。備えあればって奴だな。
「目標が少し細長いですが、一応投槍を持って行きます。最初に放って、上手く当れば狩りが容易になるでしょう」
「そうだな。太さ1D(30cm)あるなら、30D(9m)ぐらいなら確実だ」
「毒を塗ったボルトも最初で良いんですよね?」
「そうしてくれ。2匹いるから2本ずつ撃てば良いよ」
「毒が効かずとも、投槍は有効か……。それにそのボルトは通常の弓矢よりも太いからな。当ればそれなりに効果があるだろう」
そんな話をしていると、風呂が沸いたようだ。
早速イリスさんにシグちゃんが入り方を教えている。浴衣を衣類を入れるザルに入れてイリスさんが風呂に向かうと、その後をシグちゃんが付いていく。
「今回は少しレベルが高そうだな?」
「まあな。だが、あのボルトの毒が効果があるなら、俺達でも大型の獣を倒せるぞ。それに肉食獣は毛皮は取れても肉は食わないからな」
「ああ、だが1つ教えてくれ。間違って味方に当ったらどうなる?」
「直ぐに、傷口からボルトを引抜いて毒を吸い出すんだ。デルトン草が効くかどうかは分からないが毒消し草か魔法を平行して使えば良いだろう。……だが、即効性なんだ」
「使う時は注意するにゃ。シグちゃんにも伝えておくにゃ」
俺達の話を聞いてファーちゃんが小さな声で呟いた。
遅効性なら少しは楽なんだが、即効性だからな。くれぐれも鏃を触らないようにして欲しいものだ。
トロンっとした表情でイリスさんが番屋に帰ってきた。
直ぐにシグちゃん達が風呂に向かう。
イリスさんは囲炉裏の奥に腰を降ろすと胡坐をかいて座る。
浴衣がはだけて足が見えるのが問題だな。俺とレイナスは年頃なんだぞ。
「親父から話は聞いていたが、良い物だな。王都にもあるようだが生憎と貴族達だけが利用している。この村は中々だ」
そんなことを言いながらパイプに火を点けてくつろいでいる。
近頃は猟師さん達の大風呂の方を利用する機会が多かったが、俺達の風呂も有効利用するか。狩りのついでに薪を取ってくれば10日に1度は利用できるだろう。それに、熱くなればぬるま湯でも十分だからね。
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次の日。朝食を終えた俺達は、村の北門を抜けて森へと向かって歩く。
先頭はいつも通りにレイナスが杖代りの短槍を持って歩き、その後ろがイリスさんだ。殿はかごを担いだ俺が3本の投槍を持って歩いている。俺の前はクロスボウを担いだシグちゃん達だ。腰のベルトにはしっかりとメイスが差し込んである。
森の入口で休憩を取り、シグちゃんが何時ものように俺達に【アクセル】を掛けてくれた。
第1広場を過ぎて森を進む。夕暮れ近くになってようやく第4広場の南東にある沼が見える場所に辿り着いた。
沼から300m程離れた場所で野宿の準備を始める。
シグちゃん達が焚火を作って夕食の準備をしている間に、周辺の森から薪を集める。レイナスがカゴから途中で集めた蔦を使って周囲の立木を結んでいる。3本程横に張れば十分に柵の代用になる筈だ。
俺達が準備をしている間、イリスさんが周囲を見張ってくれるから安心出来る。
辺りが暗くなったころには焚火を囲んで夕食を取ることができた。
「沼に近付かねばディランダムは襲ってこない。奴を恐れてガトルも近付かないから、今夜は比較的安全だ」
俺達にそう教えてくれたけど、一応火の番は必要だろう。
のんびりとお茶を飲みながら、交代で横になる。
俺が目を覚ました時には既に周囲が明るくなっていた。
まだ朝日は射さないが、既に小鳥達は森の中を忙しそうに飛び回っている。
ギョエーと鳴く鳥はどれなんだ分からないが、普通にさえずる小鳥もいるようだな。
「もう起きたんですか?」
そう言ってシグちゃんがお茶の入ったカップを渡してくれた。ありがたく頂いて、頭をすっきりさせる。いよいよ今日は狩りをするのだ。
「だいぶ早いな」
「初めての獲物ですからね」
投槍の穂先を研いでいると、イリスさんが隣に腰を下ろしてパイプに火を点ける。
どうやら、沼の偵察をしてきたらしい。
「沼の左と向こう岸にいるようだ。手前の奴から狩ればいい。同時に2匹を相手にしないで済む」
ちょっとありがたいな。かなり危険な大蛇らしいから、1匹ずつ相手にするのは俺達の方からお願いしたい位だ。
朝食のハムサンドと野菜スープを食べると、お茶を飲みながら最後の打合せを行なう。
「先ずは【メル】を、沼の岸辺にある藪に放て。あの藪だ」
そう言って、沼の一角を指差した。シグちゃんが真剣な表情で頷いている。
そこに1匹潜んでいるという事だな。その後で俺とイリスさんが沼から100D(30m)程のところでディランダルをひきつける。姿を見せれば襲ってくると言うからかなり危ない獲物だな。
俺とレイナスガ投槍を投げて、シグちゃん達が例のボルトを撃つ。後は成り行きに任せるって事か……。
「投槍が1本でも当れば、タダでは済むまい。それに、嬢ちゃん達の太い矢が本当に有効なら私達の狩りはかなり楽になる筈だ」
「レイナス。投槍は3本だ。もう1本撃ち込んでくれ」
「ああ、そうするよ。後はリュウイの槍を借りるぞ」
「もう1本のボルトは残しておくんですね」
「そうしてくれ。もう1匹いるからな。毒矢を使った後は、通常のボルトで奴の頭を狙ってくれ」
俺の言葉にシグちゃん達が力強く頷く。
焚火の傍から腰を上げて、沼地へと近付いた。俺とイリスさんが前衛だ。
投槍とウーメラを持って沼を見詰める。ウーメラに投槍をセットするとイリスさんを見て頷いた。
イリスさんが背中の長剣を抜き、レイナスを見る。レイナスは俺達から少し右手で名が槍を何時でも投擲出来る体制を取っていた。
左手のシグちゃん達もクロスボウを既に構えている。
「あの藪だ。【メル】を放て!」
イリスさんの指示で、シグちゃんが立ち上がると沼に大きな茂みを張り出している藪に向かって火炎弾を放った。
流星のように尾を引いて火炎弾が藪に命中すると、藪に火が飛び散る。
その火炎の中からニュウっと太い大木のようなものが伸びてくる。
ディランダルだ。
チロチロと舌を出して目蓋のない赤い目で周囲を覗っている。
俺達に気付くと、ゾロリっと藪に音を立てて、向かってきた。大きな口はシグちゃんなら丸呑みに出来そうだ。その口には俺の指ぐらいの牙がずらりと並んでいる。
20m近くに迫った時、ディランダルの首にボルトが2本突き刺さる。
途端に奴が身震いをするとその場で大きく口を開けて天を向いた。
「いまだ!」
渾身の力を込めてウーメラを振り切った。投槍がディランダルの胴体を貫通して穂先が背中に出る。
更にもう1本が斜めに貫通した。
ドサリ……。
俺達の目の前5mほどのところに首を伸ばした状態で大蛇が倒れ落ちた。
舌先を伸ばした状態で目にも生気が感じられない。
「やったのか?」
「まだ、そのままでいるんだ。コイツのしぶとさは定評がある」
俺達のところに近付いて来たレイナスが残った投槍を至近距離からディランダルの頭部に打ち込んだ。
それでもピクリとも動かなかったぞ。既に死んでいるということなのか?
「だいじょうぶそうだな。そこで待機してくれ。コイツの首を刎ねる」
イリスさんが長剣を構えてゆっくりと近付くと、その首を一刀のもとに斬りとった。
これで安心だろう。確か、皮は売れるって言ってたな。
イリスさんの手招きに応じると、俺達は丸太のようになって横たわるディランダルの皮剥ぎを始めた。