P-041 蛇を狩るにはパイプを使う
17頭のガトルを狩った次の日、俺達は村へと急ぐ。
イリスさんは何も言わずに俺達の後を付いてきた。
俺の着ていたよろいが、フェルトンの表皮だと知って驚いていたんだが、その後は口数が減ったんだよな。何か考え込んでいるようにも思える。
まだ日がある内に村へと帰り着き、早速ギルドへと出向いた。
ガトル狩りの依頼書をレイナスがミーメさんに差出すと、ファーちゃんがバッグから小袋を取出して、ガトルの牙をカウンターに並べてる。
「リュウイはこっちだ!」
そう言って、イリスさんがローエルさん達が休んでいるテーブルへと俺を連れて行く。
「先に戻ってるぞ!」
ミーメさんから報酬を受取ったレイナスは俺達にそう告げると、ファーちゃん達を連れてギルドを出て行った。
「どうだ、こいつらは?」
「どうもこうもない。ホントに白の5つなのか?」
イリスさんは呟きながら椅子に座る。俺も近くのテーブルから椅子を運んで座った。
「ギルドの規定ではそうなる。実力は十分に青だろうな」
「リュウイ達でガトルを17頭だ。私は後ろで控えて手は出していない。前衛1人に中衛が1人、2人の嬢ちゃんは援護だが6頭をからくり仕掛けで倒してる。私が驚くのはガトル11頭を前に棒2本でリュウイが立ち向かったことだ。
それと、これを見てくれ。噛み付こうとしたガトルの牙を通さなかったぞ!」
そう言って、いきなり俺の革の上着の裾を捲り上げた。
3段に重ねたフェルトンの上皮が、黒光りしているのがローエルさんにも分かったようだ。
「どう見てもフェルトンだな。……良くも、思いついたものだ」
「それと、例の棒を出してみろ」
恐る恐る、かごの中から手製のヌンチャクを取出してテーブルに載せる。
テーブルにいたローエルさんのパーティの連中が興味深々の目でそれを見ている。
「2本の棒を革紐で繋いだだけですよね。これが何か?」
ラビトさんが手に取って感触をみている。
「リュウイはその棒2本でガトルを10頭倒したようなものだ」
「馬鹿を言うな。こんなんでガトルのすばやい動きに耐えられるものか。仮に当っても棒が短すぎる!」
ネコ族の男がイリスさんにくってかかる。
「私も最初は同じ思いだった。だが結果はまるで違っていた。リュウイ、少し見せてやれ!」
テーブルの上のヌンチャクを取って立上がる。周囲に人がいないことを確認して軽い演武を見せる。
「前後左右に攻撃が出来るのか?……しかも、棒の重さと振り回した力が打撃に加わるんだな」
「俺にも直ぐ出来るのか?」
「自分を攻撃してしまいますよ。昔だいぶ練習したんでこれぐらいは出来るんです」
そう言って、席に着いた。
レビトさんが頼んでくれたお茶を有難く頂く。
「それを振るって、体にはフェルトンのよろいを着てガトルに向かったんだな。どうだ?……親父殿が言った訳が分かったろう?」
「発想がまるで違う……。親父の気まぐれだと思っていたが、しばらく厄介になるつもりだ」
「本来なら親父殿が来たかった筈だ。だが、レベル的にそうもいかぬ。ましてや王都では信頼されるハンターの一人だからな。こいつらを上手く指導してくれ」
イリスさんが小さく頷いた。
「確かに驚かされる。十分に青の狩りが出来るぞ。次が楽しみだ」
ローエルさんに軽く頭を下げて俺達は番屋へと戻る。
番屋ではレイナスがのんびりとパイプをくゆらせていた。シグちゃん達は夕食の準備を始めたようだ。
ブーツを脱いで、板敷きに上がり囲炉裏の定位置に座る。
俺達が揃ったところでファーちゃんがお茶を出してくれる。シグちゃんはスープの鍋を囲炉裏に鉤に引っ掛けた。
「丁度700Lになりました。1人116Lになります」
そう言って、俺とイリスさんの前に硬貨を並べる。
「だが、私は狩りに参加していない。これは貰うわけには……」
「何かあれば、援護してくれた筈です。だから俺達も安心して狩が出来ましたから、やはり参加したと考えるべきです。しばらくは一緒に狩りをするんですから受取ってください」
俺の言葉を聞いてしばらく考えていたが、小さく頷くとその硬貨を手に番屋を出て行った。
しばらくすると、酒のビンを2つ持って帰ってきた。
「狩りが成功したなら、それを祝うべきだろう」
「俺達はあまり飲めないんですが……」
「なに、カップ1杯程度なら問題あるまい。こちらは次ぎの狩りの祝いに取っておく」
そんな感じで俺達の酒盛りが始まった。
と言っても、蜂蜜酒をカップに1杯だから、悪酔いする事も無いだろう。
シグちゃん達もカップ半分ほどの蜂蜜酒に満足しているようだ。
「やはり、レイナスには中衛を任せるべきだろう。あれだけ素早く左右に動けるなら、どのパーティでも欲しがる筈だ」
「ネコ族だからなぁ……。素早さでは負けないけど、前衛は自分でも気にはなっていたんだ」
それは、レイナスの体重にも原因がある。
俺達よりも遥かに少ない。痩せ型ではないのだが、筋肉質には程遠いって感じだからな。
大型の獣では、その突進に簡単に弾かれてしまうだろう。
「飲んでしまったから、風呂には入れないな」
「ああ、だが明日は休みだ。のんびり入ろうぜ」
「そう言えば、風呂がこの村にはあると親父が言ってたな。私も入れるのか?」
「入れるも何も、俺達がこの番屋に最初に作ったんだ。そうだ。浴衣を買っておくと良いぞ。風呂上り専用の服だ。それに、サンダルも必要だが、リュウイが作ってくれるだろう」
確かに、サンダルは必要だろうな。
この頃は、サンダルで村の中を歩いている者までいる。
家の中で靴を脱ぐ習慣があるこの村では意外と重宝なのかもしれない。
「今回の報酬で、専用の浴衣は買えるのか?」
「50Lで購入できます。サンダルを入れて55Lってところですね」
イリスさんは興味を持ったようだ。
ハンターだから、夏、冬の着替えは持ってきたんだろうが、風呂用なんてのはこの村だけだろうからな。
やがて出来上がった具沢山のスープを肴に、残りの蜂蜜酒を楽しんだ。
「次ぎは何を狩るんですか?」
「そうだな。リュウイ達が青のレベルにあるのは分かったつもりだ。明日は狩りを休むのだろう? ギルドでゆっくり探してくるぞ」
出来れば、大人しいのを頼みたい。
でも、トラ族の人って真面目そうだから、かなり厄介なのを選んでくるんじゃないかな?
そんな事を考えながら、毛布に横になる。
まだ、蚊帳を使うほどでもないからシグちゃん達も食器を片付けると横になった。
次ぎの朝。朝食が済むと俺は武器屋へと向かった。
店に入ると、武器屋の親父にヌンチャクを見せて、改造点を告げる。
「紐の部分を丈夫な鎖にするんだな。棒との接続は槍と同じでいいだろう。棒の先に鉄の輪を咬ませるのは簡単だ」
「2丁作ってくれますか?」
「ああ、だがこれだと銀貨2枚ってところになるが、これは武器なのか?」
「かなり練習が必要ですが、シグちゃん達のメイスより攻撃力は高いですよ」
武器屋の親父は信じられないようだ。
それでも、余分に作って店に置いとくんじゃないかな。意外と使えそうも無い武器を集めるなんて趣味の連中もいるだろうしね。
「夕方には出来るぞ。金はその時で構わん」
そう言ってくれた武器屋の親父に頭を下げると、雑貨屋でタバコを買いこんで番屋へと帰ってきた。
番屋の前では、レイナスがもう1本のヌンチャクを練習している。
ゆっくりした基本動作は出掛ける前に教えておいた。
「どうだ? 意外と難しいだろう」
「そうだな。最初はだいぶあちこちぶつけたぞ。けっこう痛いな」
そりゃあ、痛いに決まってる。棒で殴られた感じだからな。
頭に帽子を被ってるところ見ると、頭にも1発喰らったようだ。
「それよりも、マシなものを武器屋に頼んできた。1つ200Lだが、どうする?」
「そうだな。それぐらいなら買っておいても良さそうだ。何時出来るんだ?」
夕方だと教えると、腰のバッグから銀貨を2枚取り出した。
「何とか使えそうだ。お前のあの姿を見て、俺にこれが使えたらと言ったわけが少し分ってきたよ。これは俺達の種族には最適だ」
「だが、あくまで素早い奴だけだぞ。大型獣にはやはり槍が一番だ」
俺の言葉にニコリと笑みを浮かべると、番屋の入口近くに置いてある手作りのベンチを指差した。
そのベンチに並んで腰を降ろすと、2人でのんびりとパイプを使う。
狩りだけではつまらないからな。
狩りの合間にこうやってのんびり出来るのも、この番屋があるからだ。他のハンターでは宿代が1人20L以上だから、俺達なら食事を含めれば100Lになってしまう。
そうなると、宿代を稼ぐ為に常に狩りを続けなくてはならないだろう。
武器は新調できるし、寝具や衣服まで手に入れられた。前の山裾の村ではこうはいかなかったろうな。
「レイナスと組んで良かったよ」
「ああ、俺もだ。だが、イリスさんはどんな依頼を受けてくるんだろうな?」
そう言えば、朝食後にシグちゃん達を引き連れてギルドに向かったんだよな。
やばそうならシグちゃん達が反対してくれるだろう。俺だと流されちゃうかもしれないしね。
一服が終る頃に、3人が帰ってきた。イリスさんが包みを持っているから浴衣を買い込んできたのかな?
「のんびりしてるな。依頼を受けてきたぞ」
そう言って番屋に入っていく。俺達もその後に付いて番屋に入った。
囲炉裏の周りに俺達が座りこむと、イリスさんが腰のバッグから依頼書を取り出した。
「狩るのは、これだ!」
依頼書には、ディランダムと書いてある。2匹の狩りの報酬は300L。その討伐の証は牙となっていた。
「ディランダムは大蛇だ。あまりの大きさに通常の大蛇の大きさの倍はあるってことでディの名が付いたらしい。俺達でやれるのか?」
シグちゃんが図鑑を見ている。
その頁にあったのは巨大な蛇の姿だ。太さは1D(30cm)以上、長さは30D(9m)以上と書かれているぞ。
「一応、青の高レベルの獲物だ。私も1度狩った事がある。注意すべきは、敏捷性とその顎の力だ。通常の蛇とはまるで違う。足を持たない猛獣だな」
俺とレイナスは思わず顔を見合わせた。
さて、どうするって感じだな。
「狩りは倒すだけで良いのですか?」
「図鑑を良く見るんだな。その皮は高値で売れる。ギルドを通して王都でセリに掛けることになる。数日後に私達にそのセリ値がギルドを通して届けられるんだ」
なるほど、注意書きにそんな事が書いてあるな。
そして、肉は食べられないのか……。
「どうだ? やれるか」
「肉は必要ないんですね。なら、どうにか出来そうです」
そう言った俺の顔を3人が驚いた表情で見詰める。
「自信がありそうだな。どうするんだ?」
「これを使います」
腰のベルトに差したパイプを取り出す。
「あまり知られていないようですが、猛毒がこの中に入ってます」
軽いタバコではあるが、酩酊感はニコチン特有の物がある。
たぶん誰も知らないだろう。これが猛毒であるとは……。