P-040 イリスさんの見守る中で
俺とレイナスがかごを背負って歩くのを、おもしろそうにイリスさんが眺めてた。
途中で蔓があれば、その中に入れられるし、ロープも60mの物を3本用意している。
備えあれば……って昔から言うからな。狩りもその通りだと思ってる。
「リュウイ、だったな。……あの娘達が背負ってるのは何だ? 弓のようにも見えるが、それにしては弦の数が不自然だ」
「クロスボウと名付けました。そして3本に見えますが弦は1本ですよ。弓の一種だと思ってください。100D(30m)なら、絶対に的を外しません」
「中々の名手だな。期待させてもらおう」
俺達の持ってる槍も普通の槍よりは太くて短かい。そして、シグちゃん達が腰に差しているメイスにもちらちらと視線を移している。
都会の精錬された高レベルのハンターの狩りではないから、見学しててもおもしろくないだろうし、つい手が出てしまうことにもなりかねないが、俺達にとっては好都合だ。
森の手前で休憩を取る。
小さな焚火を作って、お茶がファーちゃんから配られた。
「親父の言う通り、確かに変わった装備だな。その槍の柄は楕円だし、嬢ちゃん達の弓は始めて見る。腰の棒は親父も持っていたから使い方は理解出来るが……。これらをお前たちは考え出したのか?」
「そうしないと、狩りをするのが大変だったからです。技も力もない俺達が狩りをするとなると、その辺にあるものを工夫して使うことになりますからね。
俺達の槍の穂先は数打ちの短剣です。短剣ですから刃先の方向が直ぐ分かるように、柄にはクワの柄を使ってるんです」
イリスさんの興味は、クワの柄にあった。
短剣を槍先に使う者は、意外に多いらしい。だが、刃先がどこを向いているかが分からないから、柄に切り欠きを入れたりして使っているそうだ。
楕円であれば、どのように柄を持っても刃先の方向を確認出来ることに気が付いたようだ。
「実物をみれば、なるほどと納得できる。だが普通はそんなことに気が付くハンターがいないことも確かだ」
「工夫しなければ、何時までも変わりません。人の体は幾ら鍛えてもおのずと限界があります。俺の体力はトラ族を凌ぐことは出来ませんし、敏捷性はネコ族に敵いません」
「確かにな……。だが、ガトルを10頭というのは青への登竜門でもある。お前達がどうやって、それを達成するかが楽しみだ」
そんなことをイリスさんが言うから、シグちゃん達が不安そうな顔で俺を見てるぞ。
「大丈夫。前のようにはならないからね。秘密兵器だって持ってきてるんだ」
「あれなら、噛み付かれても深手は負わないからな。ファーもそんな顔をするな」
そんな俺達の会話を聞いて、イリスさんの視線がかごに向かう。
俺達が革よろいを買い込んできたと思っているに違いない。現にイリスさんは手入れの行き届いた革よろいを着ている。
休憩を終えた俺達は、シグちゃんに【アクセル】を掛けてもらい、森の中へと入って行った。
第1広場を通り過ぎ、次の森へと入って行く。
途中で薪と蔦を集めるのは何時ものことだ。シグちゃん達がガトルを誘き寄せる為にラビーを狩るのも何時ものこと。この頃は、指示しなくても必要な数を仕留めてくれる。
まだ、だいぶ日の高い時刻に第4広場へと辿り着いた。
直ぐに場所を決めると作業に入る。
集めた薪で焚火を作り、イリスさんに番を頼んで俺達は柵つくりと薪集めを行った。
腕程の雑木を数本切り取りレイナスと一緒に運んで枝を組合わせて三脚を作る。2組作って広場側に置くと、三脚の間を蔦を横に張った。これも立派な柵になる。
かごを2つ並べて長い棒で連結すると、その上に毛布を1枚乗せる。この後ろでシグちゃん達が援護してくれる筈だ。
早速、ファーちゃんが数本のボルトとクロスボウを毛布の上に並べている。
「だいぶ入念だな」
「それだけ戦いが有利になります。シグちゃん達がいますからね。なるべく無理をしないようにしてるつもりです」
準備が出来たところで、レイナスが餌のラビーを解体して広場にばら撒いている。
それでも1匹分は確保して持ってきた。焚火で炙れば夕食が1品多くなるからな。
夕食が終ると、パイプを咥えながら太目の枝を削る。
そんな俺の手元をレイナスがじっと見ていた。
「薪なら、そんなに削らなくても太いままで十分だと思うが……」
「これか? これは武器なんだ。今夜は俺一人で壁になる。長剣だと攻撃範囲が限定されるからな。もっと広い範囲を攻撃出来る物を作ってるんだ」
そう言って、削りあげた棒を革紐でしっかりと結び付ける。
40cm程の棒が30cm程の革紐を通してしっかりと結び付けられたことを、左右の棒を引張って確認した。
2つ作って手元において置く。
「それって、ホントに武器なのか?」
「ああ、かなり強力だぞ。使い方しだいだけどね」
「どう見ても、子供の玩具に見えるのだが……」
「本来ならレイナスが使えればかなり楽なんだけど、この武器はちょっと練習しないと自分が怪我をするからね。後で教えてあげるよ」
「と言うことは、リュウイなら使えるって事か? どんな風に使うか、見せてくれよ」
「良いとも!」
1本のヌンチャクを持って立上がる。これってフレイルの一種だよな。
モーニングスターなんてどうやって使うか見当も付かないけど、カンフウ映画に憬れてだいぶ練習したから体がまだ覚えているだろう。
革紐でつながれた棒を左右の手で持って水平に構える。
右手を離してグルリっと左手で振り回すと、右肩に出てきた先端の棒を右手で受ける。
右手で振り回して、今度は左手で受ける。
回すだけでなく、前方への攻撃、左右への攻撃を行うのを、驚愕の表情で4人が見ていた。
「まあ、こんな感じに使うんだ。1本でもこんな感じに使えるけど、2本あれば両手で使える。すばやい動きの相手には有効だと思うよ。ダメなら、これを使う」
傍らに置いた俺の剣を指差した。
直ぐに使えるように、剣を三脚に吊るしておく。
「ファー達のメイスとは使い方が違うんだな」
「これも殴るのは同じなんだが、棒よりも威力は上だ。熟練者はこれで長剣と渡り合えると聞いたことがあるぞ」
「振り回して使うのか……。なるほどな」
そんなことをして、夜の深けるのを待つ。
上手い具合に、今夜は満月だ。俺にもどうにか広場の端まで見ることができる。レイナス達なら光球もいらないくらいなんだろうな。
パイプをくゆらせながらも、時々レイナスの耳がピクっと動く。
確かにネコ族の耳は頼りがいがあるな。
中天に満月が差し掛かってきた。
今夜はやって来ないか?……そんな事を考え始めた時だ。
「来るぞ。まだ、森の中だが、俺達には気付いている。ところで、ヨロイは着てるのか?」
「ああ、下に着てる。前みたく噛まれても深手は負わないと思う」
シグちゃん達も手甲を付けている。皮手袋にフェルトンの皮を貼り付けてその上にもう1枚の革で覆っているのは俺達と同じだ。
もっとも、俺達は肘までを覆う形だが、シグちゃん達のは腕の半分程だ。
それでも、メイスを振る時には安心感があるだろうな。
「革服に革を重ねたのか?……リスティンのなめし革はしなやかだが、柔らかい。早めに革よろいを手に入れるべきだな」
俺達の姿をもう一度眺めて、イリスさんが忠告してくれた。
確かに、見た目はそうだからな。
だが、下に着ているのはフェルトンの堅い表皮だ。革よろいの比ではないと思うぞ。
「近づいて来たぞ!」
レイナスの声に薪を素早く焚火に放り込むと、ヌンチャクを持って柵の前に移動した。
この前の時よりは柵をしっかりと作っているからシグちゃん達も安心だろう。それに、すぐ前にレイナスが陣取ってくれる。
あいつは素早く動けるから中衛には最適だな。
「私は嬢ちゃん達の近くにいる。あぶないと判断したら介入するからな!」
イリスさんの呼び掛けに片手を上げて応える。
頭上に2つ光球が輝いている。たぶんシグちゃんが作ってくれたんだろう。
そんな明かりに照らされて、がトルの群れがはっきり見える。
少し、多くないか?
依頼は10頭だが、どう見ても十数頭はいるぞ!
だが、ここで最初からイリスさんに頼むのも大人げ無いな。
先ずは、一戦してやれるだけはやってみよう。
50m程の距離にガトルが近づいた時、先頭の2頭がその場に倒れた。
倒れる前に、ガトルの頭部へボルトが命中したのが見えた。
2頭減っただけでも、ありがたい。
俺が戦う前には更に数が減るだろうからな。
左右の手に持ったヌンチャクを握りしめて、ガトルの突入に備えた。
30m程に近付いた時に、又2頭が倒れる。これで残りは10頭前後になった。
そして、ガトルが押し寄せてきた。
柵を飛び越えてきた奴の頭にヌンチャクを叩き付ける。もう片方を回して牽制すると、少し距離が開く。
吼えるガトルに向かって走りこんで打ち付ける。その場で体を回転させれば、俺の周囲1.5mに奴らは近付けない。
「おりゃ!」
後ろに向かったガトルはレイナスに斬られたようだ。
なるべく同じところに留まらないようにしながら焚火と柵の間を回転するようにして動き回った。
ガツン!と右手に衝撃が走る。
振り向きざまに左手のヌンチャクを、右手のヌンチャクを咥えたガトルの頭部に振り下ろした。
そのまま、右手のヌンチャクを離して、1本のヌンチャクでガトルに対応する。
くるくると回すヌンチャクに幻惑されているようだ。
相手が動かなければ攻撃は楽になる。
1頭ずつ着実に倒して行った。
そして、辺りが静まりかえる。
どうやら、終ったらしい……。
パチパチ……と拍手が聞こえた。
「見事だ。さすが金のリンゴの祝福を受けただけのことはある」
そう言って拍手をしながらイリスさんが俺に近づいて来た。
全員が焚火に集まり、ポットでお茶を作る。
お茶を飲み、パイプに火を点けるころには少し気分も治まってきた。
「あれは、良いな。是非とも教えてもらおう。ファー達もよくやったぞ。6頭を倒している」
「レイナスはどうだった?」
「俺か?……はずかしい話だが2頭だ」
そう言って頭を掻いている。
だけど、シグちゃん達の前にレイナスがいたからこそシグちゃん達は安心してクロスボウを使う事が出来たんだ。
やはり、目立たない働きをする中衛は大事なんだな。
「全部で17頭だ。青に匹敵すると言っても過言ではない。……ところで教えて欲しい。リュウイの胴に飛びついたガトルは噛み付いた筈だ。だが、歯が立たなくて飛びずさったところをあの棒で殴られている。
どう考えても、ガトルの牙を跳ね返すような皮よろいは思い当たらない。それに、リュウイの動きによろいを着た不自然さは見当たらない。
お前達のよろいとは何だ?」
後ろからしっかりと見ていたようだ。
ちらりとレイナスを見ると、俺に頷き返している。
ふぅ~と息をはくと革の上着の裾を捲る。
「これが俺達のよろいです。フェルトンの表皮を使って作りました」
黒い表皮を繋ぎ合わせたよろいを見たイリスさんの口から、ポロリとパイプが落ちた。