P-004 大型ガトル
お弁当を食べ終えてから薬草を1時間程採ると、予定数を遥かにオーバーした数を手にすることができた。
「薬草採取は30個で50Lです。それ以上採取した場合でも、1個1Lで引き取って貰えますから、今夜の宿代には十分です」
薬草は依頼では1個1.5L相当なんだな。依頼以外でも1個1Lならばその辺で見付けた時に採取すれば少しは稼げるということか。
採取ナイフが必要な訳だ。それにしてもこのナイフはスコップに似てるな。これからはスコップナイフと呼ぼう。
さて、次ぎはいよいよ野犬狩りだぞ。
斬るよりは叩いた方が効果的だろうと考えて適当な潅木を切って2m位の杖を作る。
森の近くまで寄って、森の奥を見てみるがやはり姿が見えない。
ギルドのお姉さんは『南の森の近くに群れでいる』と言っていたのにな。
「いました! こっちを見てます」
シグちゃんが小さな声で呟くとゆっくりした動作で森の奥の一角を指差した。
なるほど、数匹が此方を睨んでるぞ。
さて、どうするかだ……。
森の入口にちょっと太目の立木がある。地上から2m位の所に枝を出してるぞ。
「シグちゃん。あの立木に登って魔法で援護してくれないかな。俺は下で奴等を誘き寄せるから」
「危ないですよ!」
「大丈夫だ。丁度隣にも小さな木があるからその陰に隠れて奴等を倒すから、前の時より危険は少ない筈だ。それに数も半分位だしね」
シグちゃんは渋々同意すると、木に登って枝に腰を下ろした。
それを見て、近くにあった枝を野犬の方に放り投げる。
がサッと音がしたかと思うと、一斉に野犬が俺に向かって走ってくる。そこにシグちゃんが火炎弾を投付ける。
キャン!と吼えながら一瞬立止まる。良いぞ、これで俺の所にやってくる野犬に時間差ができた。
突進してきた野犬をかわしながら杖で背中を思い切り叩く。
ゴリっという手応えがして野犬がその場に倒れる背骨が折れたようだな。
次ぎに向かってくる奴も同じように叩いた所で杖が折れてしまった。
立木の後ろに回りこみながら背中の剣を引き抜いて追って来た野犬の首を打つと、首が転げ落ちる。
無骨な長剣だが切味は良いようだ。
遅れてやって来た野犬に再度シグちゃんが火炎弾を放つと一匹に命中して火達磨になった。
驚いてる野犬に踊りかかるようにして長剣を叩き込む。狙いは首だ。ズン!という手応えと同時に首が転がる。最後の1匹は長剣の背中で背骨を叩き折った。
「ふう……。終ったぞ。6匹いるから依頼分は終了だな」
「はい。ちょっと待ってくださいね。今降りますから!」
その時背後から鋭い殺気が襲ってきた。
「そのままだ。もう1匹いるぞ!」
振り向きざまに長剣を横に凪いだ。その前に跳躍していたそいつは俺の剣の軌跡の上を飛び越えている。
1歩前に踏み出して腰を落とし、片足で蹴るようにその場で体を反転させると剣を上に向ける。
反転して俺を襲おうと飛び掛ってきたそいつの腹に、グサっと俺の剣を突き刺す。
血飛沫を上げて地面に落ちると、その場にドサリと倒れこんだ
何なんだ、コイツは。野犬より数段上の素早さだぞ。どうにか倒せたが群れで来られるとちょっと厄介だな。
周囲を見渡しながら起き上がると、今度こそ異常がないと思ってからシグちゃんを木から降ろす。
周囲に飛び散った血を見て驚いてるな。
「私が毛皮を剥ぎ取りますから、リュウさんは右の牙を折り取って下さい。採取ナイフで叩くといいですよ」
どうやら急いでいるみたいだ。
早速スコップナイフを取り出して野犬の牙を集めていく。そしてシグちゃんも慣れた手付きで毛皮を剥ぎ取り始めた。
「ふう…、どうやらこれで最後です。リュウさん、急いで森から離れますよ」
そう言いながら毛皮を持って走り出した。
俺も急いで後を追いかける。
昼食を取ったところまで走ると、ようやくシグちゃんが足を止める。焚火の跡を利用して再度火を点けると、それにポットを載せた。
毛皮を広げて、魔法で汚れを取ると、今度は俺の番だ。そして最後に自分に【クリーネ】を掛ける。いそいで剥ぎ取っていたから結構皮のワンピースに血の跡が付いていたようだ。
ようやくポットのお茶が沸くと、ほっとしたような表情で顔を見合わせながらお茶を飲む。
「驚きました。最後にリュウさんが倒したのはガトルです。単独行動はしないんですが……」
「群れから離れたんだろう。まぁ、どうにか倒せたがしばらくは願い下げだな」
一服しながら話を聞いてみると、ガトルの狩りは白の5つ位からの獲物だそうだ。毎年、赤レベルのハンターが襲われて死ぬか大怪我を負っているらしい。
脅えてたのはそのせいだろう。1人で獲物を狩っていた訳だから、怪我でもしたら稼ぎが無くなってしまう。
だが、魔法攻撃だけではちょっと苦しいな。弓を使えれば良いんだがな。
一休みを終えると、俺達は村へと引き上げる。此処まで2時間近く掛かったんだ。まだお日様は高いが、着くのは夕方になりそうだな。
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「はい、これが報酬よ。薬草採取が63L。そして野犬が6匹で90Lね。ガトルには驚いたけど、これが報酬の25Lよ」
全部で178Lか。次ぎは雑貨屋だな。
雑貨屋での毛皮の代金は45Lだった。ガトルの毛皮は1枚15Lらしい。
これで合計が223L。半分はパーティの経費だから、分けやすく110Lを2人で分けるから55Lだな。
これだけあれば、パイプとタバコが買えるだろう。
お姉さんに片手を上げて挨拶しながらギルドを出て行くと、雑貨屋に寄ってもらう。
気のいいオヤジが出てきて、早速パイプとタバコの革袋を購入する事ができた。
手に取ると重役達が使っていたパイプとはだいぶ違うな。何となく田舎の御祖父さんが使っていたキセルに見えなくもない。キセルの先が大きなパイプの火皿になってる感じだな。長さが30cmもあるからそう見えるのかな?
値段はパイプが20Lにタバコが5L。安いのか高いのか分らないけど、ポケットのにあるタバコの箱の中身はあと数本だ。
これは俺にとって絶対に必要なものだと思うぞ。
シグちゃんは丈夫そうな革の袋を2つ購入した。何に使うのかな?
宿に戻ると、シグちゃんがおかみさんから代金と引換えに部屋の鍵を受取ってる。おれはそれを見ながら先に階段を上っていった。
カチャリとシグちゃんが鍵を外して、俺達は部屋に入る。
ほっと、一息つくのは、何となく年寄り臭いが、根が年寄りだからしょうがない。
ベッドに腰を下ろすと、シグちゃんがハイ!って先程買いこんだ革袋を1つ俺に渡してくれた。
「硬貨をポケットに入れて置くより、これに入れておいた方が良いですよ」
「あぁ、ありがとう。気が付かなかったよ」
要するに、サイフ代りだな。
早速、ポケットから硬貨を革袋に移した。
そういえば、シグちゃんは2つ買ったよな?
「もう1つはパーティのお財布にします。私と一緒にすると無駄遣いしそうですから」
そういう訳か……。個人と共通費を分けておくのは基本かもしれないな。
後は、例の話だ。
「ところで、武器屋に売っている物を教えて欲しいんだけど?」
「えぇ、良いですよ」
そう言ってエルちゃんは俺の真似をしてベッドに腰を下ろした。
「先ずは、剣ですね。両手で持つもの、片手で持つもの、両刃のもの片刃のものがありますよ。私もこれを買いました」
そう言って、腰の片手剣をポンポンと叩く。
「後は、槍と棍棒それに弓ですね。槍は……」
「ちょっと待った! 弓があるんだ。どんな弓?」
「そうですね、普通の弓ですよ。ハンターの人達も使う人が大勢います」
「シグちゃんは弓を覚える気はないか?」
「一応、母から教えて貰おうと思ってたんですが、その前に亡くなってしまいましたから……」
「御免。でも、エルフの人達は嗜みなんだろう。その血はシグちゃんにも流れてる筈だ」
「上手くなれるでしょうか?」
「あぁ、達人になれる筈だ」
ちょっと俯いていた顔に何時もの明るさが戻る。
そうか、シグちゃんの母親は弓を使ってたんだな。
「それで、弓は値段が高いのかい?」
「100Lからありますが、前に見せて貰った時は、殆ど使い物にならないものです。ですから、この剣を購入したんです」
腰の剣も数打ちのようだな。
これは、少しずつ貯えを増やさねばなるまい。先ずは弓で次が片手剣だな。
でも、その前に、借りた金を返さないと……。とりあえず半額の30Lを返しておく。
せっかく貰ったお財布だけど、中身は数枚の銅貨になってしまった。
トントンと扉が叩かれたので、下の食堂に出掛ける。
昨夜と同じように木製のマグカップでビールを頼んだ。
俺が早々に食事を終えて、ビールを飲みながらパイプを楽しんでいると、昨夜の娘さんがやってきた。
おれの隣に座ると、ビールを注文する。
届いたビールを一口飲むと俺の顔を見詰めてきた。
「昼過ぎにガトルを3匹狩ったけど一番大きな奴を取り逃がしたわ。赤のハンター3人がそのガトルに襲われて怪我を負ったけど……。雑貨屋にその毛皮が売られていたわ。私が付けた傷があったから間違いなくあのガトルよ。聞けば貴方達が持ち込んだと聞いたけど、貴方達は赤よね、いったいどうやって倒したの?」
「飛び掛ってきた時に屈んで下から腹を切り裂いた……。それだけだ」
「どう? シグから私の方に来ない。貴方なら直ぐに私達のレベルに追いつくわ」
「いや、シグちゃんと頑張るつもりだ。それにレベルを上げればいいと言うものでもあるまい。たまたま運良く倒せただけだ」
「そうなると、この村のハンターが黙っていないわよ?」
「ギルドが公正なら文句はないぞ。だが、もしも獣をけしかけるようなことがあれば、将来は逆になる事も考えておくんだな」
そう言うと、カレンはグイっとビールを飲み干してドンっとテーブルに叩き付けた。俺を親の敵のように睨見ながら自分達の仲間の元に帰っていく。
「良いんですか? きっと何か考えてますよ」
「構わないさ。邪魔はしないだろう。遠くから様子を見る事はあってもね。ハンターがハンターの邪魔をするときはギルドが黙っていまい。それ位は知っているだろう」
食事が終ると、部屋に戻って後は風呂に入るだけだ。
入る前にシグちゃんが【クリーネ】を掛けてくれる。
これで明日も洗濯したての状態で狩りに出られるぞ。
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何時ものように、お弁当を持って俺達はギルドの依頼を眺めている。
あれから数日が過ぎると、俺達が狩れる依頼の数がだいぶ減ってきたな。
シグちゃんによれば、何時もはみ出す位にあるんだけどって不思議そうな顔をしていた。
まぁ、そんな時は近場で薬草を採れば良いだろう。幸いにも薬草採取は選り取りみどりだな。
「これにします。サフロン草とデルトン草です。両方を足せば100Lになりますよ」
余分に取ればそれなりの報酬だな。
100Lは越えそうだから俺としても問題ないぞ。
カウンターのお姉さんに依頼の確認印を押して貰うと俺達は通りを南へと歩き始めた。
「サフロン草は前と同じです。でも、デルトン草は森の小川の岸辺に生えてるんです」
そう言ってちょっと心配そうな顔をする。なにかトラウマでもあるのだろうか?
意外と蛇が出るなんてことがあるのかも知れないな。
蛇は基本的に人を襲わないと聞いているが、この世界の蛇はどうなのかな?
2時間程歩いて畑が尽きた辺りで俺達はサフロン草の採取を始める。目標は30個だ。昼前に早々と採取を終えると、少し早い昼食を取る。
お茶を飲みながら一服を終えると、いよいよデルトン草の番だ。
「森の小川までは1時間も掛かりません。小川の回りは砂地なんですが、パイトンと呼ばれている蛇がいるんです。噛まれると厄介ですが、私が【デルトン】で解毒できますから、噛まれたら直ぐに教えてください」
「分った。だけど、蛇は積極的に敵を襲わないんだ。自分が逃げられないと分った時に襲ってくるって聞いた事があるぞ」
やはり毒蛇がいるんだ。デルトン草20個で50Lは破格だからな。




