P-036 ガトル狩り
朝食を終えて、4人でギルドに向かう。
俺とレイナスは剣を背負って杖代わりの槍を持っている。
シグちゃん達はベルトにメイスを差し込んで背中にはクロスボウだ。ベルトに下げた手作りのボルトケースには10本のボルトが入っている。……もう数本は入りそうだな。
長時間歩くから杖も持っているぞ。
そんな姿でギルドに入ったら、早速ローエルさんに呼び止められた。
レイナス達に依頼書を探して貰い、俺だけでローエルさんのパーティがお茶を飲んでいるテーブルに歩いて行く。
「しばらく見なかったが狩りはしていたのか?」
「薬草採取と野犬を狩っていました。俺達のレベルでは大型の獣は無理ですし、ガトルでさえ群れると危険ですからね」
そんな俺の話を皆がおもしろそうに聞いている。
そして、ヒルダさんが椅子を引いてくれる。座れって事か?
「掛けながら聞いてくれ。町から来た白5人のパーティが第2広場から逃げ帰った。話を聞くとガトルなのだが、数頭のはぐれ者らしい。まだ、依頼書にはなっていないが受けてみるか?」
「数頭なら何とか出来そうですね」
テーブルから、依頼書を眺めて考え込んでるレイナス達を呼び寄せる。
周りのテーブルから椅子を運んでシグちゃん達が座ると、ローエルさんからの依頼を教える。
「それ位なら何とかなりそうだな。ファー達の練習にも丁度良い」
「だが、次を射つのに時間が掛かるぞ」
「その為の俺達じゃないか」
「まあ、そうなんだけど……。シグちゃん達も良いのかい?」
2人が自信ありげに頷いたので、ローエルさんに了承したことを伝える。
ローエルさんが片手をミーメさんに向かって上げたら、すぐに俺達の前に確認印が押してある依頼書が届けられた。
「最初から俺達に?」
「まあ、そんなことだ。レイナスは慎重だからな。一応は確認しておけねばなるまい」
そう言われればレイナスだって悪い印象は受けないだろう。
「でも、弓は持ってこなかったの? ガトル相手には少し不利だと思うけど?」
「一撃でガトルを倒せるものを持ってきましたよ」
そう言って、テーブルの上にボルトを1本乗せる。
「これをガトルに撃ち込みます。たぶん半分以上体に突き刺さるでしょうから、一撃で倒せます」
「これを手で投げるのか? ウーメラを使うことも出来ないぞ。この槍は短すぎる」
「シグちゃん。ちょっと見せてあげて。……この槍みたいなものはボルトと言う矢です。このクロスボウを使って発射します」
ローエルさん達はテーブルの上に置かれたクロスボウをしげしげと眺めている。
手にとって重さを確かめ、どうやって使うのか考えているようだ。
「これは複雑なカラクリだな。弦が張ってあるから弓の一種なんだろうが……どうやって使うんだ?」
テーブルのクロスボウを手に取って、軽く構えてみせる。
「この部分にボルトを乗せてこのトリガーを引けばボルトが弾き飛ばされます。一応、練習した感じでは100D(30m)で手の平の範囲になら命中しますよ」
「確かに、これが刺さるんなら、ガトルクラスは一撃だろう。問題はないのか?」
「2の矢に時間が掛かりすぎます。ですが、シグちゃん達はメイスを持っていますから、魔法攻撃が可能です」
俺の言葉に、ローエルさんが頷いて仲間に顔を向ける。
そんなローエルさんをヒルダさんが笑っているぞ。
「それでは行ってきます」
ローエルさん達に頭を下げると、ギルドを出て北の門に歩いて行く。
門晩さんに片手を上げて挨拶すると、向こうも「頑張れよ!」っと応援してくれた。
「さっきの最後の話は何だったんだ?」
「あれは、どんな武器にも弱点があるって俺達に言いたかったんだと思うよ。その弱点を何で補うかを考えていないと大変だからな。メイスの話をしたら納得してくれた」
「まあ、お前も過保護だからな。だが、それが俺達にはありがたい。ファーだって『メル』は使えるからな」
「シグちゃん達に近付かないようにすれば、後ろから倒してくれるさ。俺達は壁で良いと思うぞ」
壁なら壁なりに少し丈夫な衣服が欲しいな。
次は俺達の強化を考えるか……。
森に入る前に、焚火を作ってお茶を飲む。
ガトル狩りとは俺達も出世したもんだな。今までは迎撃だったけど、今度は攻撃に回る感じだ。
「で、ガトル狩りの方法は?」
「俺もレイナスに聞こうとしてたんだ。何て言っても初めてだからな」
互いに頷いてるところは、シグちゃん達に見せたくないな。
とりあえず、パイプを取出して火を点けた。
今まで狩ったガトルは向こうから近づいて来た。どちらかと言うと俺達をガトルが狩ろうとしてたんだろうな。今度はそれが逆転するのだ。
そんな事を考えても、良い案が浮かぶ分けではない。
「やはり、待伏せにするか? これなら野犬と同じだし、基本は野犬の大きい奴だと思えば良いんじゃないか?」
「確かにそうも考えられるな。となると餌を撒いて俺達は柵の中って感じかな?」
レイナスの考えに俺も賛同する。
何も改めて狩りの仕方を考える必要はない。今までの狩りを応用すれば良いのだ。
焚火の始末をして、森に入る。
だいぶ暑くなってきたから、下草が伸びているな。
槍で足元を探りながら進むレイナスの後ろを、俺達は付いて歩く。左右をシグちゃん達が見張って、後ろは俺の担当だ。
第2広場に近付くと少し下草が短くなる。
そんな時に、ファーちゃんが何かを見つけたようだ。
レイナスに話をしながら、腕を伸ばした方向を見ると、ラビーが数匹草を食んでいた。
シグちゃん達がクロスボウを背中から下ろすと、先端のアブミに足を入れて弦を引いた。
ボルトを1本ケースから取出してセットする。
慎重に狙いを定めて、2人が同時に発射する。
「やったか?」
「俺が、確認してくる」
レイナスにそう告げると。槍を手にラビーのいた場所に行くと、2匹のラビーが横腹をボルトで貫かれて事切れていた。
2匹を鷲掴みにして持ち帰り、シグちゃん達に微笑んだ。
「ど真ん中だ。これならガトル狩りは大丈夫だね」
俺の言葉にシグちゃん達は嬉しそうに微笑む。
そして、もう少しで到着する第2広場へと足を運ぶ。
立木の陰から注意深くレイナスが広場を確認している。
俺達は中腰で、レイナスの確認が終るのを待った。
「大丈夫だ。まだいないようだ」
「急いで準備するか?」
「そうだな。先ずは蔦と薪を集めよう」
蔦はちょっとした柵作りに必要だし、薪は焚火のためにも必要だ。
まだ日が落ちるには早いから、そのまま広場近くの森を廻るようにして材料を集める。
前に焚火をした跡に俺達は焚火を作った。シグちゃん達が夕食の準備をしている間に、蔦を使って簡単な柵を作る。
余った蔦で後ろの柵を強化する。シグちゃん達には安心して欲しいからな。
そんな準備の終わりは、レイナスによるラビーの解体だ。
広場に2匹のラビーをナイフで千切ってばら撒いている。
そして、レイナスが戻って来た時には、足2本分の肉を持っていた。スープに入れるのかな?
ファーちゃんがナイフで肉を切り取ると、足の骨をポイって柵の外に投げる。
どうやら、その骨もガトル用の餌になりそうだ。
日も暮れて来たところで、シグちゃん達が俺達に【アクセル】を掛けてくれる。
半日は持つようだから、咄嗟の事態に慌てずに済む。
野犬の毛皮を地面に敷いて、槍を近くに置くとパイプを楽しみながら周囲を眺める。
レイナスも同じように周りを見ているが、俺よりは更に遠くを見ているだろうし、聞き耳も立てている筈だ。
やはりレイナス達とパーティを組んで正解だったな。
「何だ。にやにやした顔をして?」
「レイナスとパーティを組めて良かったと思ってたんだ」
「それは、こっちの方だ。リュウイがいてくれたお蔭で、毎日が楽しく暮らせる。数年間の苦労何だったんだと考える事が度々だ。家も手に入ったし、この村でのんびりハンター暮らしをしようぜ」
「そうだな。それ程危険な獣もいないし、ローエルさんは頼りになる。
そう言えば、前にローエルさんと話していたトラ族の人が気になることを言ってたな」
「たぶん、俺達を指導してくれる人物を派遣してくれるんだと思う。
ある程度のレベルに達したハンターが他のハンターをまとめる事が出来るかどうかを試験するんだ。
ハンターは実力も大切だが、仲間との協調性も大切だ。複数のパーティを上手く使えるようになれないと、とても銀には上れない」
たぶん何回もそんな試験があるんだろうな。
俺は、別に上に上りたい訳じゃないから構わないけど、黒にはなりたいな。
この村でハンターを続けるのならそれで十分だろう。
そんな事を考えていると、旨そうな匂いが漂ってきた。
ラビーの串焼きが出来たみたいだな。
夕食を食べながらも、レイナスとファーちゃんの耳は周囲をうかがっているようだ。
ぴこぴこと動いているぞ。
ネコ族がパーティにいると安心出来ると言うのはこんな事なんだろうな。
食事が終ってお茶を飲んでいると、レイナスが俺を見て小さく頷いた。
来たのか?
飲み掛けのお茶をそっと食器の傍に置く。
そんな俺達の行動を見て、シグちゃん達も気が付いたようだ。
「お客さんだ。後ろに下がってクロスボウを何時でも撃てるようにしといてくれ」
俺の言葉に、シグちゃん達が後ろに下がってクロスボウの弦を引き始めた。
「準備出来ました。【シャイン】も何時でも上げられますよ」
「了解だ。レイナスの言葉に注意しててくれ」
俺よりはレイナスの方が確実だ。
ジッと広場を見てるんだが、レイナスが何を見ているのか俺にはさっぱりだ。
「少し多いな。10頭近いぞ」
「増えたのはしょうがないな。今更逃げる訳にもいかないだろうし」
「ああ、ファー、頑張れよ!」
レイナスが後ろに声を掛ける。
後ろを振り返った俺に、シグちゃんも頷いてくれた。
焚火に薪を放り込んで火勢を増す。
少しでも後ろにいる2人の安全を確保しなければならない。
後は蔦で作った柵が頼りだな。
「来るぞ。あっちだ!」
レイナスの言葉に、すかさずシグちゃんが光球を2つ頭上に上げる。
その明かりに照らされてガトルが近付いて来る。
8匹が散開しながらやって来るのが、俺の目にも見えて来た。
ヒュン!っと音を立ててボルトが飛びガトルが2頭その場に倒れた。
残り6頭と思った瞬間、ガトルが勢い良く駆けてくる。
焚火の左に出て、最初のガトルに槍を投げ付ける。
背中の剣を引抜いて次のガトルをなぎ払った。
後ろから次々と火炎弾がガトル目掛けて飛んで行く。
何個かがガトルに当って炎に包まれた。
「キャー!」
シグちゃんの叫びに後ろを振り返る。
うずくまったシグちゃんに、襲い掛かろうとしたガトルの頭にファーちゃんのメイスが命中する。
「そこだ!」
今度は俺がファーちゃんの後ろにいたガトルに剣を投げつける。
同時に俺の右腕に激痛が走った。
唸り声を上げながらガトルが腕に噛み付いている。
腰から採取ナイフを抜くと、ガトルの首に叩き込んだ。
「終ったぞ……。やられたのか?」
「ああ、噛まれたが、シグちゃんが魔法で直してくれた。大丈夫だ。骨には達してない」
右腕をもみながら、右手をにぎにぎしてるところにレイナスがやってきた。
「ファーを助けてくれてありがとう。だが、その為に怪我を負っては本末転倒だぞ」
「シグちゃんがそうなったら、レイナスが投げてたさ。それにおれは丈夫だからな」
そう言って、焚火の近くにおいてあったポットからカップにお茶を注いで飲む。
とりあえず、一息入れよう。後始末はそれからだ。