P-035 クロスボウ
どうせ作るならと、事前に武器屋のオヤジに簡単な図面を見せて確認を取っている。
クロスボウを作ることは可能だ。それもかなり強力な奴が出来る。何せ鋼を伸ばして薄いバネ材とすることが可能らしい。
荷馬車の普及でそんな板バネの需要がある事も幸いしているみたいだな。
まだゼンマイまでには辿り着かないようだ。
「鉄で弓を作るのか? 俺にもそんな弓は引けないぞ」
「そうでもないぞ。ちょっとシグちゃん弓を貸してくれ」
シグちゃんから弓を借り受けて、先ずは通常の弓として引いてみる。
「弓ってこうやって引くよな」
「ああ、片方で弓を持って、もう片方の手で弦を引くんだ。誰でも知ってるだろうが?」
レイナスの言葉ににこりと笑う。
「だが、これから作ろうとする弓はこうやって引くんだ」
弓を足で押さえて両手で引く。
簡単に引けるな。これなら2倍以上強くしても問題はないぞ。
「両手で引くなら簡単だ。だがそれだと獲物を狙えないぞ」
「そこで、工夫がいる。こんな感じに作る。一旦弓を引いたらそこで弦を保持すれば良い。そして、この板の上に矢をおいて弦を放てば……」
「なるほど、矢は狙ったところに飛んでいくな。前に弓程に矢を放てないって言ったのはそういう分けか。だが、かなり強力な矢を放てるぞ。トラ族の強弓並だな」
「どうだ。作ってみるか?」
少し重くはなるし、嵩張るけど、背中に背負えば何とかなるだろう。それに矢が小さいから沢山持てるのも良い感じだ。
何時の間にかシグちゃんとファーちゃんが俺達の会話を聞いていた。
「そうだな。ファー、どうする?」
「強い弓は憧れにゃ。シグちゃんといつも話してたにゃ。もっと弓が強ければって……」
ファーちゃんの言葉にシグちゃんも頷いている。
「そう言うことだ。作ろうぜ。俺に出来る事なら何でも言ってくれ」
「それじゃあ、先ずはこれだな。2つ作るから個数をきちんと伝えてくれ。シグちゃん達は弓の弦を頼んでほしい。普段使っている弦の3倍以上太い弦が欲しいんだ。長さも今使っている弓の弦の2倍はいるぞ」
「「分かった!」」
すぐに3人が番屋を出て行く。
その姿を見て俺も番屋を後にした。海岸近くの流木を探す為だ。
流木は、硬い芯だけが残っている。細工には不向きだが、狂いは少ない筈だ。
適当な流木を数本見つけると、番屋に運んで今度は雑貨屋に向かう。
ちょっとした大工道具は武器屋ではなく雑貨屋で扱っているからだ。
ノミとナイフのようなカンナそれに金槌と細目のノコギリを買い込む。
番屋に戻ると、早速流木を手斧で整形し始めた。床には野犬の毛皮を引いてあるから木屑は纏めて囲炉裏で燃やせば良いだろう。
やはり、ライフル形にした方良いかな?なんて考えていると、3人が帰ってきたぞ。
雑貨屋でシグちゃん達と会ったんだけど、俺の応対をしてくれたのがオヤジの方だったからな。
どうなったかまでは分からなかった。
「頼んできたぞ。王都に注文を出すそうだ。2組で銀貨10枚だが、まあ何とかなるだろう」
「鏃の方は?」
「20個頼んでおいた。銀貨2枚ということだが、矢のやじりにしちゃあ太くないか?」
「矢が太くなるんだ。持ち手の加工は俺がするから、矢を作ってくれ。矢には違いないんだが、これはボルトと言うんだ。作りかたはそこに書いてある通りだ」
「これか? 短かいんだな。それに太い。……これならあの鏃に合うか」
そう言うと、カゴを背負って番屋を出て行った。
「どこに行ったのかにゃ?」
「近場で薪をとりに行ったんだよ。雑木で矢の柄を作ることになるから、丁度良いと思ったんじゃないかな」
「今度は矢そのものを手作りするんですか?」
「ああ、売っている矢では細すぎるんだ。俺達の持っている投槍を細くした感じの矢になる筈だ」
この世界に無い物を作るんだから手作りになるのは当たり前だ。
上手く出来なかったら、長く掛かってもレイナスにお金を返してあげよう。
身を危険に晒して稼いだお金だからな。失敗しました。では済まされない。
大体の形を作ったところで、シグちゃんに持たせて寸法を調整する。
きちんと利き手で握れて肩で無理なく固定できるかを確認する。
「こんな感じで矢を撃つんですか? かなり安定しますけど、弓は目標から少し上を狙いますよ」
「これから作る弓はあまり落ちないで真っ直ぐ飛ぶんだ。その分、射程も短かいんだけどね。でも、目標は200D(60m)だよ。最低でも100D(30m)は保証するよ」
「弦も、こんなの何に使うんだって、おじさんに言われちゃいました。罠ならば革紐を使えって」
「で、どうなったの?」
「一応作ってくれることになりました。ぶつぶつ呟いてましたけど……」
弦でそうなら、王都に発注した金物はどんな噂が立つんだろう。
あれで弓を作るとは誰も考え付かないだろうな。となると……漁師村だから、漁労具の1つだと思われるんじゃないかな。
肩に当たる部分を少し切詰めて寸法が決まった。
次はファーちゃんの分だな。
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昼は、近場で薬草と野犬を狩り、夜はせっせとクロスボウのストックを削る。
ボルトの製作はレイナスに任せているが、結構器用に作っているぞ。
矢羽は海鳥の羽だ。浜辺で死んだ海鳥から引き抜いてきたようだ。
ボルトの後ろにはV字型の切れ込みを何箇所か作ってあるから、ストック上部の滑走部分を上手く弦がボルトを滑らせてくれるだろう。
そして今夜はボルトの鏃を柄に付けている。
柄の先端を3cm程切り込んで、そこに松脂のような樹脂で鏃を接着している。更にその上を細い糸でぐるぐる巻きにしているから鏃が外れることはないだろう。
「出来たぞ。だが、これを飛ばせるのか?」
「ああ、そうだよ。1発でガトルを倒せるぞ」
「ヤクーでも有効だ。この間は2本矢を受けても逃げられたからな」
鏃が深く刺さらなかったんだと思う。結構距離があったからな。それに当たった場所が腿だからね。
20日程過ぎると、レイナスが十数本のボルトを作り上げた。
そして、待望の金具が王都から届いた。
早速、ダミーのストックに薄い鋼の板を取り付けてシグちゃん達に弦を引いてもらう。
「このワッカを踏んで両手で引けば良いんですね」
2人で代わる代わる試している。
そして、金属の薄板を1枚ずつ追加した。
「かなりきついです。これを引くのは無理です!」
「私も無理にゃ。引ける人はトラ族ぐらいにゃ!」
普通では、3枚を入れると無理って事だな。
「どうする? 2枚にするのか?」
「いや、3枚で良い。それを簡単に引く方法があるんだ」
今度は滑車を通して弦を張り替える。
両端の滑車が動滑車になるから、かなり楽に引けるはずだ。
かなり懐疑的な目をして俺のやることを見ていたが、「もう一度やってごらん」の声で渋々
両手で弦を持って引き始めた。
グイっと弦が引かれる。
「うそ!」
「魔法にゃ!」
2人が驚いて俺を見ている。
レイナスも弦を引いてみて、先程とは全く違う感触に驚いているようだ。
「この弦の張り方に軽さの秘密があるんだな」
「そうだ。その張り方というより、両端に付けた滑車の使い方のせいでそうなるんだ」
3人に滑車の使い方を説明する。固定滑車と動滑車に違いを簡単に説明したんだけど、分かってくれただろうか?
「とにかく、そんな方法を使えば力が半分になるって事だな」
レイナスは理論より事実として受取ったようだ。
まあ、理屈じゃなくて応用みたいなものだからそれでも良いのかもしれない。
「レイナス。金属板3枚を糸で束ねてくれ。その内、切れちゃうかも知れないけど、その時はまた束ねれば良い」
「結構大変なんだな。こんなカラクリは誰も考えつかないぞ」
これで、弓部分は目途が着いた。
後はストックの方だな。整形は出来ているから金具を取り付ければ良いのだが、金具に合わせて修正しなければならないな。
槍の穂先にしか見えないカンナで取付部分を少しずつ削っては金具を差し込んでみる。
きつく入ったところで、金具を取出し接着剤を中に塗り込んで金具をしっかりと取付けた。
何と言っても、トリガー部分になるところだからな。
トリガーの上部には門型の金具があり、その中に弦を引っ掛ける金具が飛び出している。少し幅を持たせて丸めてあるから弦を傷つけることもないだろう。
そして小さな照門が溝に嵌め込んである。これは後で試射してから接着すれば良いだろう。
「これで良いか?」
レイナスがアブミに似た金具の溝に差し込まれた金属の弓を俺に見せてくれた。
「ああ、良いぞ。貸してくれ」
レイナスから先端部分を受取ると、ストックの先にそれを取付けた。ストックを金具に合わせて修正し、接着剤で固定すると、上部から抜け出ないようにL型の金具を釘で打ち付けた。
これで、完成だ。
すぐにもう1丁を作り上げる。
「出来たぞ。これがクロスボウだ。弓よりは遥かに威力がある。ボルトは真っ直ぐ飛ぶから狙いやすい。唯一つの欠点が、次のボルトを射つのに時間が掛かることだ」
「早速、撃ってみるか?」
シグちゃんとファーちゃんにクロスボウを渡すと、ボルトを数本手にして番屋を出る。
少し離れた場所に大きな流木があった。
あれで試すか……。
「あの流木を狙おう。先ずはシグちゃんからだ。
足を先のワッカに入れて、両手で弦を引く。上の金具の中に入れるとカチって音がするから、そうしたら弦を離して良いよ。
次にボルトをレールの上に乗せる。そして金具に付いてる留め金でボルトを押さえれば少し位クロスボウを動かしてもレールから落ちることはない。
そして、かまえる直前に右横の金具から飛び出している突起を手前に引くんだ。これが奥にあればトリガーを引いてもボルトは飛び出さない。
最後に慎重に狙いを付けて右手の人差し指でトリガーを引く!」
ブン!っという音を立ててボルトが飛び出した。
タン!っと小さな音が聞こえる。ちゃんと当ったようだな。
4人で流木まで歩くと、突き立ったボルトの状態を確認した。
「鏃が埋まってるぞ。弓ではここまで刺さらない。これだけ硬い流木だ。場合によっては弾かれるぞ」
レイナスの言葉に、今度はファーちゃんが同じ場所から弓で矢を放った。
シュン!っという弓鳴りの音と共に飛んで行った矢は、当たりはしたが下に落ちてしまった。
「鎧通しじゃなきゃダメにゃ。フェルトン並みに硬いにゃ」
「という事は、このクロスボウは弓より遥かに強力ってことになるな。ファー、今度はお前だ」
クロスボウは強力だ。至近距離ならプレートアーマーさえ撃ち抜けるからな。
その日は、夕方まで2人のクロスボウの練習をすることになった。
照準を調整し、発射までの順序をしっかりと覚えさせる。
意外と手順が面倒だからな。何度も撃てば自分のものになるだろう。