P-032 トラ族のハンター
やっとの思いで村にソリを引いて帰ると、ギルドで報酬の分配を頂く。
テーブルに着いてお茶を飲んでいると、カウンターから報酬を貰ってローエルさん達がやって来た。
「ご苦労だった。イネガルが4頭で800L。それにガトル32匹の牙と毛皮で1280Lだ。1人、260Lになる。そして、ギルドを出る時にレベルを確認して置けよ。お前達なら中堅で通用するが経験値が足りないからな」
「誘って頂きありがとうございました。次も人手がいる時には声を掛けてください」
「ああ、見知らぬ青に声を掛けるなら、お前達の方が信頼出来る。また、よろしく頼むぞ」
持上げてくれてるんだろうけど、そう言われて悪い気はしない。
早速、カウンターのミーメさんにレベルの確認を頼むと、1つずつレベルが上がっていた。
レイナスが白の4つで俺達は白の2つだな。早いところレイナスに追い付きたいものだ。
俺達の番屋へ帰ると、隣の漁師さんのところでお風呂をご馳走になる。
雑貨屋で酒を買って届けて上げたから、簡単に入れてくれたぞ。
番屋に帰ると、シグちゃん達が夕食を準備する。
俺とレイナスはそんな2人を見ながらパイプを楽しむことにした。
「ところで、この間頼んだ話は何とかなりそうか?」
「こんな形になるんだが、レイナスはどう思う?」
メモ用紙をシグちゃんから貰うと、それにクロスボウの絵を描いた。
「どうやって使うんだ?」
「この先にある輪に足を入れて両手に弦を持って引くんだ。この突起に弦を止めると準備完了。この部分に矢を置いて、柄の下についているトリガーを引けば、弦を止めていた突起が外れて勢い良く矢が飛び出す仕掛けだ」
「威力はあるのか?」
「貫通力がかなり高いぞ。そうだな……これ位の太さで長さのボルトと呼ぶ矢を飛ばすんだ。鏃は矢よりも槍に近いな」
だが、持ち運びには苦労しそうだ。出来れば弓の部分を分解出来て使う前に組み立てることが出来ないだろうか。
「それと、今回のようにガトルが沢山出てくると厄介だな。ファーも片手剣は持ってるんだが、あれで斬り付けるにはまだまだ技術が足りないからな」
「それは意外と単純に対処出来るぞ。棍棒を持たせるんだ」
さらさらと簡単な絵をメモ用紙に書き込む。
「こんな感じだな。長さは1.5D(45cm)程で、先に鉄の筒を付けるだけだ。普通に振るだけでガトルの頭骨位なら割ることが出来るぞ」
「これでか?」
訝しげな表情でレイナスがその絵を見ていると、シグちゃん達が後ろから覗いている。
「でも、これなら魔道師の杖にもなりそうですね。武器屋で販売してるのは杖の柄が細いんです。杖を持てば魔法の威力が2割増しにはなるんですけど……」
シグちゃんの話では2割増しになるのは治療の為の【サフロ】と攻撃魔法の【メル】だけらしい。色んな魔法があったらしいが、威力が弱まり廃れてしまったようだ。
そんなシグちゃんが欲しいのは、火属性の魔石を組み入れた杖だということだが、単に魔石だけを杖に付けてあるのではなく、魔石を支える真鍮の台座に呪文が刻まれているらしい。
「台座は親指の半分位の長さなんです。それを魔石の下に取り付けて、呪文の刻印が傷つかないように周囲を薄い金属で覆っているんです」
となれば、この棍棒の先端部分の金属を厚くして中に入れれば良いことになるな。
こんな感じか?……とメモ紙に書き上げた姿は、まるでフレイルだな。
「変な棍棒だな。そんなんで狩りが出来るのか?」
「少なくとも、今持ってる片手剣よりはマシになる。シグちゃんの剣は数打ちだからな。レイナスのように斬り付けるのは困難だ。これなら、叩くだけで十分威力がある。その上、【メル】は2割増しだからな」
「これ、貰って良いですか? 武器屋のおじさんと相談してみます」
じっとメモ用紙に書かれたフレイルを見ていたシグちゃんが俺に聞いてきた。
「ああ、良いよ。ついでに、これを作れるか聞いてきてくれないか?」
そう言って、クロスボーの弓の片方だけの図面を渡した。
薄い鋼で両端の厚さが異なる。そして片方に短い切れ込みが入って、小さな滑車が付いている図面だ。
「良いですよ。出来るかどうかを聞くだけですね」
「お願い。それが出来るとなれば、ちょっと変わった武器が出来る。ガトルなら一撃で倒せる筈だ」
そんな話をしながら遅い夕食を食べる。後は寝るだけだ。
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効率の良い狩りなんてそんなにない。俺達は1泊2日でヤクーを狩って、1日の休暇を取るローティションで夏を迎えることになった。
精々2、3頭が狩れるだけだが、俺達の生活に支障はないし、少しずつだが冬場の貯えも出来ているようだ。
シグちゃんとファーちゃんはお揃いでフレイルを作った。代金は銀貨25枚だったが2人ともちゃんと持っていたようだ。
腰の片手剣を売り払って、フレイルを差している。別に採取用のナイフと小さな短剣を持っているから、料理や獣の解体には困らないようだ。
もっとも、獣の解体はレイナスがしてくれるから、滅多に2人が係ることはない。
「確かに強力な棍棒だ。あれで殴ったらガトルでさえイチコロだな」
「その上、攻撃魔法は2割増しだ。弓があるとはいえ、攻撃力は小さいからな」
ヤクー狩りの途中、森の中でお茶を飲みながらレイナスとシグちゃん達を眺めてる。
2人は一生懸命にフレイルを振る練習をしていた。
威力もあるが、腕力もそれなりに必要なのだ。そしてそれは比例するから、日頃の鍛錬は必要になる。
「去年はフェイトンが出て大変だったが、今年は何も無さそうだ」
「そうだな。だが、森の奥に出掛ける連中がいるよな。レベルは大丈夫なのかと心配になるぞ」
今日の獲物はヤクーが3匹だ。
弓で仕留めたのが2匹に、矢を受けてよろよろと立ち去るヤクーを投槍でレイナスが仕留めている。
結構、ウーメラの扱いに慣れたみたいだな。
村に戻って肉屋にヤクーを卸して、代金を受取った。240Lは4人の分配と共通費を考えて5等分だ。48Lをシグちゃんから貰い受けた。
隣の番屋に届ける酒を買い込むんだろう。そんな2人に俺達はタバコを頼んだ。
シグちゃん達が雑貨屋に向かう中、俺とレイナスはギルドに向かう。
カウンターでミーメさんに依頼完了のサインがある依頼書を渡す。
たまに、ヤクー狩りの依頼書があるから、それはきちんと報告しなければならない。
帰ろうとする俺達を、テーブル席から呼ぶ声がする。
顔を向けると、やはりローエルさん達だ。
レイナスと一緒にローエルさん達のテーブルに向かうと、ネコ族の男が俺達に椅子を用意してくれた。
ローエルさんの隣に初めて見る種族の男が座っている。ローエルさんより一回りも大きく、その顔は、どう見ても虎を連想する顔だ。
「何でしょう? また、狩りに連れて行って貰えるのでしょうか?」
「まあ、先を急ぐな。座って話でもしよう。……ガリナム、彼等がこの槍の考案者だ」
「まだ少年じゃないか? いや、少年だからこその考えなのかも知れんな。……俺はガリナムだ。新月の闇というパーティを率いている。レベルは黒4つだ」
「初めてお目に掛かります。パンドラという名のパーティを作っていますリュウイです。メンバーは隣のレイナスに女の子が2人。レベルはレイナスの白4つ、後は白2つが3人です」
俺の話をおもしろそうに聞いている。
「どうだ? 中々だろう。フェルトン狩りでは赤だったんだ。ガトル、リスティン、イネガル……全て、リュウイ達は対応できる」
「なるほど、レベルを知恵で補うパーティなのだな。……どうだ? 俺に、その実力を見せてくれないか?」
何時の間にか俺達2人の前に、お茶のカップが置かれていた。
たぶん、レビトさんが置いてくれたんだろう。
レビトさんに軽く頭を下げてお茶を飲むと、ガリナムさんに話し掛けた。
「狩りは遊びではありません。獲物とはいえ、相手も生き物です。むやみな殺生は控えるべきでしょう。まして、レベル差がありすぎます。俺達の狩りがガリナムさん達の参考になるとは思えません」
俺の話を聞いてガリナムさんが笑いだした。
ひとしきり大声で笑い声を上げると、改めて俺を見詰める。
「正しく、その通りだ。ローエルが気に入る訳だな。……だが、俺が誘う狩りはガトルだ。森の奥に分け入ったパーティが2つ戻らない。青3つのパーティならガトルの対応は問題ない筈だ。それが帰らぬとなれば、考えられるのはガトルの大群だ。
ガトルの群れは精々20頭前後。たまに2つか3つの群れが合わさるときもあるが、その場合でも同一に襲い掛かることはない。奴らの上下関係は絶対だからな。
だが、その上下関係を無視して100頭近いガトルを率いる奴もいるのだ。本来は北の山奥にいるのだが、この山に現れた可能性がある。聞いた事もあるだろう。ガドラーだ」
「ガドラー相手は俺達には無理です。その毛皮は長剣でも斬れないと聞きました!」
レイナスが立上がって抗議している。それ程の相手だという事だな。
「何もお前達にガドラーを倒せとは言っていない。ガドラーは俺とローエルで倒す。だが、その取巻きが厄介なのだ。少なくとも100頭近いガトルがいるからな。
そして、そいつらがお前達の獲物になる。……どうだ?」
「ガトルならば何とかなりそうです。ローエルさんやガリナムさんのパーティの人達と協力して当たれば何とかなると思います。……どうだ、参加するのは?」
「そうだな。数が多いが俺達だけじゃないからな。俺は賛成するぞ!」
「という事で、参加したいと思います。出発と用意する物を教えてください」
「出発は明後日だ。食料と水は4日分用意してくれ。朝、ここに集合だ」
俺達はテーブルに集まっていた人達に頭を下げて、ギルドを出た。
直ぐに、武器屋に向かって矢を20本買い込むと、俺達の番屋へと帰った。
番屋に戻った時には、夕日が沈みかけている。
急いで風呂に水を汲んで炉に火を焚きつける。夕食が終る頃には入れるだろう。
炉に太い薪を入れて番屋に戻ると、レイナスが2人にガドラー狩りの話をしていた。
俺も囲炉裏に座って話しに加わる。
「イネガルみたいなガトルにゃ。爪に毒があるって聞いたにゃ」
「ガドラーは、ローエルさんとトラ族のガリナムさんが倒すと言っていた。俺達は周囲のガトルを倒すことに専念すれば良い」
「ガトルの数は多いんですか?」
「100頭前後だと言っていた。勿論俺達だけで倒す訳じゃない。ローエルさんのパーティとガリナムさんのパーティが一緒だから、8人近くでガトルに対抗することになると思う」
「それで矢を買い込んで来たんですね」
「ああ。それとこれも買い込んだ」
そう言って30cm程の鉄の棒2本をシグちゃん達に見せる。
「レイナス、投槍の柄は残ってたよな」
「大丈夫だ。3本あるぞ」
元々は火箸だ。先細りの鉄の棒は根本がバネのようになっていたが、それは切り取って貰った。
見た目は先細りになってるから、先端だけを砥げば立派な鎧通しに加工できる。
夕食を終えると、俺達は新たな投槍を作るべく穂先を砥ぎだした。




