P-003 早速出掛けてみよう
テーブル席から回りを見ると色んな姿をした人達がいる。細身で髪の色が薄い者、ネコ耳を髪の上にピョンと飛び出させている者、ゴツイ顔にピンと横に伸びた数本の髭があるのはどう見てもトラのお面を着けているように見えてしまう。
まぁ、そんな人はこの部屋の半分以下で圧倒的に人が多いけどね。でも、その顔はどう見ても欧州系の顔なんだよな。
そんな中で、日本人の容姿はどのように映るのだろうか?
意外と、人には見られていないのかも知れないが、そんなことを気にしているようではこの先が辛くなりそうだ。
ふと見ると、近場で飲んでいる奴の持っている木製のジョッキは、どう見てもビールのようだ。
料理を運んで来たお嬢ちゃんに、聞いてみたら2Lって応えてくれた。
早速銅貨を持たせて注文すると、大きなジョッキに入った泡の立つそれを運んできてくれた。
グイっと、一口飲んでみる。
やはり、ビールだな。アルコール度数は低いから酔うことは無いだろう。
運ばれてきた料理は、大きな肉の塊が入ったシチューだった。それに野菜が挟まれた黒パンが付いてくる。
ビールが温くなるのも構わずに、先ずは食事にする。
もしゃもしゃと食べ終えてシグちゃんを見ると行儀良く食べてるな。そしてまだ半分も食べていないぞ。
残ったビールを飲みながら、ゆっくり味わって食べているシグちゃんを見ていた。
「シグじゃない! 依頼は終ったの? 貴方より先に出かけたレイネン達が未だ戻っていないんだけど、途中で見かけなかった?」
俺の後ろから若い娘の声がする。どうやらシグちゃんと知り合いのようだな。
「ちゃんと終えたよ。帰り道で出会ったのは、リュウさんだけだった」
「リュウさんって?」
「カレンの目の前にいる人。強いんだよ!」
「貴方がリュウなの?」
カレンと呼ばれた娘はテーブルの空いた席に座ると、俺を覗き込むようにして聞いて来た。
金髪縦ロール。先端がドリルみたいだ。
こんな娘はだいたいヒロインのライバルって相場が決まってる。
でも、スタイルは良いし、美人だから眼福ではあるな。
「あぁ、俺がリュウイだ。今日、ハンターなったばかりだ」
「背中の長剣は伊達じゃないわよね。軍隊にでもいたの?」
「いいや、細かい仕事をずっとやってきた。ここには来たばかりだ。」
「シグには仲間がいなかったけど、貴方が仲間になるのね?」
「そうだよ。リュウさんは強いんだから、野犬の群れを片手で倒した位だし」
「そう、凄いわね。でも1、2匹なら誰でもその位はできるのよ!」
「7匹を一瞬だった……。」
シグに向けられていた顔をグンっと俺の方に向ける。キツイ顔だな。美人が怒った顔は怖いと誰かが言ってたが正しく本当だと思うぞ。
「それって、両手剣よね。【アクセル】を使ってもそれ程素早く動くことは出来ないと思うけど……」
「俺は、魔法は使わん。それに、これは片手剣だ。確かに一瞬と言うのは大げさだと思うが、倒したことは確かだ」
「シグは明日の依頼を決めてるの?」
今度はシグちゃんに向かって質問してる。シグちゃんは泣きそうな顔で首を振ってるぞ。
「なら、私達の狩りを手伝ってくれない?森にガトルが数匹いるのを狩るんだけど」
ガトルと言う名を聞いただけでシグちゃんの顔が青ざめてる。そうとうヤバイ獣なのだろう。
「ところで、アンタのレベルはどれ位なんだ?」
「私は、青の5つよ。赤、白の次のレベルになるわ」
「なら、簡単だ。……断わる! シグちゃんのレベルは赤4つ。まるでつりあわない」
「でも、野犬をそれ程簡単に倒せるなら十分に対応出来るわ」
「それでもだ。たまたま運が良かったのを自分の実力と思う奴もいるだろうが、俺達は地道にやるさ。その内、一緒に狩りをしたいとは思うが、今の俺達では餌になるのがオチだ。外を当ってくれ」
「長剣を使う者に、そんな弱音をはく者がいるとは思わなかったわ。私の誘いに乗らなかったのを後悔することね」
なんか凄い言われようだが、危ない橋を渡る事はない。
さて、シグちゃんの食事も終ったことだし、そろそろ寝るとするか。
俺達は2階に上がって部屋に戻った。
「すみません。私の話であんなことになってしまって」
「いいさ。本当のことだしね。カレン達はカレン達だ。そして俺達はそんな連中に合わせる事もない。のんびりと狩りをしよう」
シグちゃんは「はい!」って、元気に返事をしてくれた。
お風呂は先にシグちゃんを入れて、俺はのんびりと後に入る。
シグちゃんの魔法で俺も服も汚れは全て落ちている。まるで洗濯あがりのような服を再び着込んでベッドに入ると直ぐに眠ってしまったようだ。
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次の日、朝食を食べていると、お嬢ちゃんが俺達に弁当の紙包みを持ってきてくれた。
シグちゃんがそれをバッグの袋に入れると、おかみさんに「行ってきます!」と元気良く挨拶して宿を出る。俺が扉を閉める前に「怪我なんなするんじゃないよ!」って、通りにも十分聞こえる程の大きなおかみさんの声が聞こえてきた。
そんな声で送り出されると気持ちがいいな。明日は俺も挨拶しようって気になるぞ。
「先ずは採取用のナイフとバッグを購入しましょう。ナイフが15Lでバッグが50Lからありますよ」
たぶんシグちゃんも購入したんだろうな。採取用のナイフってどんなナイフだろうな? バッグはシグちゃんの腰に付いてるバッグだな。何となくハンターって感じだ。
「残りは40Lだぞ。大丈夫かな?」
「少しは私が先行投資できます。それで革の袋と布の袋を購入すれば、残りはマントだけです」
ナイフと言えば武器屋が相場だが、シグちゃんの入ったのは雑貨屋だった。
また、人の良いオヤジが出てきて、俺の予算に合わせて採取ナイフと革製のバッグを取り出してきた。最後に持ってきたのは頭巾の付いたマントだ。
「まぁ、初心者ならこんなもんだろう。マントは薄く油が引いてあるから後ろまで雨が通る事もないだろう」
「これで、銀貨1枚で良いんですか?」
「まぁ、、長い付き合いになりそうだからな。俺からの祝いも入ってるぞ」
早速、ベルトにバッグを取り付けてバッグの中に袋とナイフを入れて置く。チラリと棚にパイプが並んでいるのが見えた。値段は1本20Lだから、次の目標はパイプだな。
バッグの上にマントを畳んで革紐でバッグの金具に結んでおく。これで落ちる事はない。
切り良く40Lをシグちゃんに払い、残りは少しずつ返すことにした。そして意気揚々とギルドの階段を上って扉を開ける。
シグちゃんの後について掲示板へと歩くと、貼り付けてある依頼書をシグちゃんが読み始める。
「この端っこの方にあるのが私達用です。殆どが薬草採取なんですが、パーティの場合は一番高い人のレベルに合わせられるので、狩りも対象になります。狩りと言っても野犬ですけどね。それと、パーティは1度に2つの依頼が受けられるんです。狩りと
薬草採取で良いですよね?」
「あぁ、シグちゃんに任せるよ」
シグちゃんは俺の言葉に頷くと2つの依頼書をベリって剥ぎ取ってカウンターに持っていった。
どんな依頼かは後で聞けば良い。俺にとってはどれも一緒のような気がする。薬草だって良く分からないし、狩りの対象は野犬しか見た事が無いからな。
「これね。早ければ夕方には終りそうね。野犬は村の南の森近くで群れているそうよ。そして、無理はしないこと!」
お姉さんはそう言って依頼書にペタンと印鑑押してシグちゃんに返した。
クルリと体を俺に向ける。
「さぁ、出掛けましょう。サフロン草を30個、それに野犬5匹が今回の狩りの目標です!」
そう言って、勢い良く扉を開けて外に飛び出していく。
まぁ、しょうがないな。まだ子供だしね。
通りの真中で俺に手を振っている。
早速傍に行くとシグちゃんは村の南へと歩いて行く。
ログハウスが尽きると、広場があった。
その広場の片隅に水場がある。山裾の村だから水が湧き出してるようだ。たぶん村の中に何箇所かあるのだろう。
水場に寄ると、シグちゃんは大きな水筒を取り出して水を交換する。あれなら3ℓは入るんじゃないか?
どうやら、水を交換したらしく俺の所にやってきた。
そんな俺達を見守っていた門番に片手を上げて挨拶すると、向うも片手を上げて挨拶を返してくれた。
簡単な動作だが、それで伝わる思いもあるってことかな。
村の南は畑が広がっている。俺達の歩く道は荷車がどうにかすれ違える程の道幅があるが、舗装ではなく土の道だ。しっかりと轍が残ってる。
畑は、陽気がいいから青々と穀物が伸びている。収穫は秋だろうから、季節的には夏の手前という事がおおよそ分かったぞ。
1時間程歩いてちょっと休憩、そしてもう1時間程歩くと遠くに森が見えてきた。
「あの森の手前が目的地です。畑の向うは荒地なんですけど其処で沢山薬草がとれるんですよ。あの森の中には川があるんですが、危険な獣も多いんです」
「分った。なら、交替して見張りながら薬草を採れば大丈夫だろう」
畑と森の間は約500m。それだけの距離があればそう簡単に獣は寄ってこないだろう。
やっと目的地に辿り着くと、シグちゃんはバッグから小さなザルを取り出した。竹ではなく藤蔓で編んだようなザルと、採取用のナイフを取り出してケースをバッグに仕舞い込む。
購入したが、余り良く見なかったんだよな。
どうやら、スコップの横幅を半分にしたような形で少し肉厚だ。刃もしっかりと付いているから確かにナイフなんだろうな。
「あっ! ありました。これがサフロン草です。このナイフの使い方は、こうやって……、こうするんです。ほらね。採れました!」
ヨモギのような草の根元から少し離れた場所を茎の両側から2箇所斜めに突き刺した後に、手元から深く突き刺して抉るように持ち上げると球根ごと薬草が採れたぞ。
球根の少し上で茎を採取ナイフで叩くと、スパっと簡単に切れた。球根だけをザルの中に入れると次の薬草に取り掛かる。
どれ、俺もやってみるか……。辺りを探して薬草を見つけるとシグちゃんの様子を真似て採取ナイフを土に突き刺した。
思ったより簡単だな。
3個採ったところでシグちゃんのザルに入れる。たまに周囲を確認するのを忘れそうだ。
それでも、シグちゃんも同じように周囲に気を配っているから安心できる。
20個程採ったところでお弁当だ。
藪から適当に薪を取って小さな焚火を作ると、シグちゃんがバッグの袋からポットを取り出して水筒の水を入れた。
それを焚火の上に置いておけば、直ぐにお茶が飲める。
沸騰すると、木屑を乾かしたような物をいれてポットを焚火から下ろす。
昨日買いこんだ真鍮のカップにお茶を注ぐと、1個を俺に渡してくれた。
お弁当は、黒パンに野菜とハムを挟んだ簡単な物だが、それでも外で食べると美味いと感じるな。
さっぱりしたお茶も中々捨てがたい。
「赤レベルの依頼の猶予期間は5日間なんです。今日中には薬草の方は終わりますが、野犬は見当たりませんね」
「先ずは1つを済ませてしまおう。その後に少し森に近付いて野犬を探してみよう」
お弁当を早々に平らげると、シグちゃんがお茶を注ぎ足してくれた。シグちゃんのカップにはまだ残っているな。
そんなシグちゃんのお弁当を頬張る姿を見ながら、のんびりとタバコを楽しむ。