P-029 ウーメラ
朝からヤクーを探しているのだが、中々姿が見えない。
何度か第3広場に出てしまったが、その先の森は俺達にはまだ早いからな。急いで元の森に入って行く。
「移動したのかな?」
「そんな感じだな。南に向かってみるか。野宿は第2広場ですれば良いだろう」
大きな木の幹の傍で、小さな焚火を囲みながら休憩を取った。
疲れた体にお茶が染み渡る。
シグちゃんやファーちゃんの様子を伺い、ここはじっくり休む必要があるな。
パイプを取出して火を点けると、レイナスも俺に習った。
「ヤクーってのは、そんなに移動する獣なんだろうか?」
「まあ、野犬達に追われれば結構移動するらしい。昨夜野犬が騒いでたからな。そのせいなのかもしれない」
となると、やはり遠くに逃げたのかも知れないな。
ヤクー狩りの匹数制限は無いから、このまま3匹を届けるだけでも問題はない。
夕方までに狩れない場合は一旦村に戻ることになるだろうな。
休憩が終ると再び森に入り、南へと捜索進路を変えて歩き始める。
しばらく進むと、レイナスが俺達の歩みを止める。
シグちゃん達と何やら話し合っていたが、弓を持った2人が先に進んで行く。
「ラビーがいたんだ。昨日のヤクーで最後かもしれないからな」
「獲物を増やすのか。それもありだな」
俺はレイナスに頷いた。ラビーだって貴重な食料源だ。それなりの値段で肉屋に卸せるからな。
しばらくして戻って来たシグちゃん達は2人とも片手にラビーをぶら下げていた。
レイナスがその2匹を背中の籠に入れて、また南に向かって森を進む。
2時間程進んだ時だ。
先を進むレイナスが片手を横に上げて俺達の歩みを止めた。
ゆっくりと腰を下ろして俺達を手招きする。
「あの繁みの先だ。ヤクーが6匹いるぞ」
ルミナスが指差す方向には確かにヤクーが草を食んでいる。たまに首を上げて周囲を警戒しているようだが、俺達を見つけてはいないようだ。
「昨日と同じだ。左右からファーとシグちゃんが挟んで、準備が出来たら槍を上げろ。その後で俺が奴らに姿を晒す。ヤクーが一瞬俺を見た時がチャンスだ」
注意をそらして、その僅かな隙に弓を射ることになる。
確かに昨日と同じだが、今回はレイナスが囮って訳だな。
遠巻きに俺達は左右に分かれて進む。
ゆっくりとした動作でヤクーに近付き、30m程の距離になった所でシグちゃんが停止した。
矢筒から矢を引抜いてつがえると俺に振り返ると小さく頷く。俺も頷き返して槍の柄を上に上げた。
ヤクーを挟んだ反対側に槍の柄が上がる。それを見て、シグちゃんの肩を小さく叩くと、シグちゃんがそのままの姿勢で頷ずき、ゆっくりと弓を引き始めた。
次の瞬間、レイナスがさっきの場所から少し離れた所に姿を現す。
ヤクーが一斉にレイナスに頭を向けた。
ヒュンっと弦が鳴ってシグちゃんが矢を放つと、すぐに次の矢を射掛ける。
一斉に逃げ出すヤクーを追って俺は駆け出し、よろよろと逃げるヤクーに槍を投げつける。
20秒にも未たない2度目のヤクー狩りが終った。
槍が刺さったヤクーを回収し、まだ息のあるもう1匹のヤクーに槍で止めを差す。
「どうだ?」
「今度は2匹だ。俺達も弓を練習するべきかも知れないな」
レイナスの問いにそう答えると、「全くだな」という返事が返ってきた。
今度はレイナスの方は1匹だったらしい。
チャンスは1回だけだからな。2の矢を当てるのは中々難しそうだ。
その場で血抜きをして、穴に内臓を埋める。前にし止めたラビーも一緒に血抜きを行った。
これで6匹だから俺達の目標は達成したことになる。
第2広場に移動して、広場の先の森の近くで野宿することにした。
薪を集めて焚火を作ると、シグちゃん達が夕食の準備を始める。
俺とレイナスで近くから薪を余分に集めておく。使わなければ番屋に持ち帰るつもりだ。
「槍を投げて仕留めたのか。それも使えるな。矢を受けても1匹は逃れてしまったからな」
「だが、この槍は投げるには少し重いぞ。7Dの細身の柄に短剣より短い穂先が良いな」
「リュウイが作るなら俺の分も頼んでくれないか? 武器屋で扱う槍の穂先とは違うようだからな」
「ああ、帰ったら早速頼んでみるよ」
薄暗くなった森の中から数本の真っ直ぐな枝をレイナスが切り出してきた。
俺も近くの枝を切ってウーメラを作る準備をする。
夜の見張りは閑だからな、おもしろい時間つぶしが出来そうだ。
夕食を終えると俺とシグちゃんが見張り番だ。早速パイプを咥えながら槍の穂先のレプリカ作りを始める。
今の槍の穂先は短剣を使っているが、もっと短くても十分だ。そして何より強度が欲しい。刺さっても外れない工夫も必要だ。
穂先の長さは10cmで底辺が2.5cmの三角錐の構造にする。柄に差し込む長さも10cmで5mmの穴を真ん中に開けた。穂先の各辺には血溝を付けておく。
「何を作ってるんですか?」
「ああ、これは投槍だよ。矢を受けても逃げる奴に使えると思ってね。弓を俺達が習うよりは、こっちのほうが後々使えそうだからな」
そんな俺の話を聞きながら、お茶を出してくれた。
やはりパーティは良いな。夜の見張りでも余裕が持てる。
何事もなく夜が明けて、俺達は村に帰る。
途中、肉屋に寄ってヤク-とラビーを渡して依頼書に完了のサインを貰う。
ラビーは肉を貰い受けたようだ。毛皮だけを売ったみたいだな。
それでも320Lになっている。
ギルドに完了の報告はレイナスが行い。俺は武器屋に向かった。シグちゃん達は雑貨屋に寄るみたいだ。
武器屋の主人に投槍の穂先を見せて、作れるかを確認する。
「変わった穂先だな。三角になってるのか。身が厚い分だけ丈夫になるだろう。1本60Lでどうだ?」
「4本お願いします」
1人2本もあれば十分だ。
レイナスが使わなければ予備に穂先だけ持っていれば良い。
番屋に帰るとレイナスが囲炉裏に火を起こしていた。ポットに裏の井戸から水を汲んで天上から下げた鎖のフックに掛けておく。
「頼んできたぞ。2本ずつ作ろうと思う。2本で120Lだ」
「渡しておくよ。それで、柄はこれで良いんだろう?」
後ろから細身の柄を4本取出して、俺に見せてくれた。
「十分だ。……ところで、レイナスは投擲具というものを知っているか?」
「初めて聞くが、何だ?」
やはり、知らないか。
槍を投げて使うということが余りないのかも知れないな。
「俺の住んでたところで使われた道具なんだが、俺も原理とどうやって使うかは知ってるが、実際に使ったことはない。投槍を100D(30m)以上投げることが出来るらしいんだが……」
「おもしろそうな道具だな。作れるなら作って見てくれ。ダメならそのまま投げれば十分だ」
という事で、一応作ってみることになった。
柄の根本に爪の半分が隠れるほどの穴を作ってもらう。そしてその穴が割れないように糸を巻いて接着剤で補強しておく。
それをレイナスに頼んで、俺は森で見つけてきた枝を使ってウーメラを作り始めた。
夕食はラビーのシチューだ。
俺達で食べる分以外は漁師さんにお裾分けをしたら、早速串焼きの魚が届いたぞ。
「お風呂が評判になって隣にもう1つ作ってたにゃ」
「明日は大潮ということで、地引網をやるそうです。『日の出に海岸に来てくれ』って言われました」
地引網は大潮の早朝にやるのか。勿論参加することになるな。
これで明日は忙しくなりそうだ。
準備や貰った魚の対応を如何するかを話しながら楽しく夕食を食べる。
「ザルは去年のが使えるよな?」
「ああ、3つあるからな。十分だろう」
取らぬタヌキの話のようだが、そんな話をするのも楽しいものだ。
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浜辺に30人程の村人が集まっている。
焚き火が焚かれる中、手漕ぎの船が網を仕掛けていくのを皆が見守っている。
そして、その船が岸辺に近付くと、全員で浜に船を引き上げた。
これからが、大変だ。
左右のロープに、素早くサルマンさんが集まった村人を割り振っていく。
2列に並んだ俺達の間にサルマンさんが移動すると両手を掲げて指示を出した。
「それ、引け!……それ、引け!」
「「「おう!……おう!」」」
ゆっくりしたリズムに乗って俺達はロープを引張る。
リズムが安定すると、サルマンさんも列の中に入ってロープを引き始めた。
「大漁かな?」
「こればっかりは、網を上げてみないとな。だが、前よりも重く感じるぞ!」
そんな周囲の話を耳に入れながら、ロープをひたすら引いていると、波打ち際に小魚が跳ねるのが見えた。
やはり、大漁みたいだな。
そして袋状の網が砂浜に上がると、漁師さんがタルやカゴを持って網の中の魚を取出し始めた。
その作業が一段落すると、村人の列にカゴを持って並ぶ。そのカゴに山盛りの魚を貰って番屋に持って帰った。
「沢山貰えたにゃ!」
「早速、焼いてみるか」
昨夜の内に作っておいた串に魚を刺すと、囲炉裏の周りに並べておく。
残りは俺とレイナスで魚を開いて、それをシグちゃん達が浅いザルに並べ始めた。
「腸は、この桶に集めてくれないか。野菜を作ろうかと思うんだ」
「良いぞ。何を作るんだ?」
「豆の苗木を雑貨屋で売っていた。タバコを買う時に見つけたんだ」
「豆なら、冬場に重宝しそうだな。手伝うぞ」
濃い塩水の桶に漬けた魚がザル3つに並べられ、番屋の影に移される。
日向よりも日陰が良いと漁師さんに教えられたからな。
番屋の前の日当たりの良い場所に浅い溝を掘って、魚の腸を埋めた。シグちゃん達が雑貨屋に買出しに行った時に苗木を買ってきて貰おう。
しばらくは近場で薬草を取りながら干し魚を作り、庭の片隅には数本の苗木が植えられた。
シグちゃん達が楽しみに水を掛けている。沢山取れればいいんだけどね。
そんなある日、武器屋に立ち寄ると、槍の穂先が出来たと教えてくれた。
早速、支払いを済ませて持ち帰る。
「レイナス。出来たぞ!」
「これか。大分短かいが重さはあるな」
既に出来ている投槍の柄に穂先を付けて、短い釘でしっかりと止める。そして細い革紐でしっかりと結び付けた。
「投げるには柄が細くないか?」
「手で投げる訳じゃないんだ。両手を使って投げるんだが、練習がいる。砂浜で練習しよう」
背負いカゴに入れたウーメラを取出して1つをレイナスに渡した。
不思議そうに見ていたが、俺が腰に差すのを見て、同じように腰に差している。
4本の投槍を持って浜辺に向かうと、大きな流木を見つけてそれを的に練習をすることにした。
ウーメラを取出して投槍の柄の後ろの窪みにウーメラの突起を引っ掛ける。
利き腕でウーメラを持ち、もう片方の手で狙いを定める。
「良く見といてくれ。この投槍は、こうやって投げるんだ!」
足を1歩踏み出して、ウーメラを力一杯振り抜いた。