P-002 ハンター登録
次の日、の昼下がり。
道の向うに周囲をぐるりと太い柱を立てた柵で囲まれた村が見えてきた。
確か縄文時代にこんな集落があったと聞いた事があるな。相当文化が遅れているみたいだな。
俺達の進んできた道は真直ぐにその村の門に続いている。
そして更に近付くと、いかめしい姿の男が2人も立っていた。
革鎧を着て短い剣を腰に差し、手には2m位の槍を持っている。
シグちゃんはそんな男達に笑顔で「こんにちは!」って挨拶すると村の中へと入っていく。俺も一緒に入ろうとすると、俺の前にいきなり槍が突き出された。
「待て! 見慣れん奴だな?」
「あぁ。……この人は私の知り合いなんです。ギルドに用があって村に来ました」
慌てて、シグちゃんが飛んでくると、槍を持った男に説明している。本来は俺の素性を訪ねたんだろうが、見事に内容をすり替えてるな。
「何だ。ハンターだったのか。脅かしてすまんな。ギルドはこの先だ」
俺にそう言うと槍を収めてくれた。
軽く片手で挨拶すると、シグちゃんの後ろになって村へと足を踏み入れる。
「早速、ギルドに行きましょう。先ずはハンター登録です!」
後ろを振り返ってそう言うと、スキップするように前を歩いて行く。
村の通りの両側にログハウスが並んでいる。
色んな看板が出ているが、直ぐに何かは俺には分からんぞ。そういえば話は出来るが文字は読めるのだろうか? ちょっと心配になってきた。
そんな通りを歩いて行くと大きな2階建てのログハウスが4軒並んでいた。シグちゃんが、その中の1軒の階段を上ると扉を開けて中に入って行く。顔だけ俺に向けると、「こっちです!」って俺に声を掛けてくれる。
俺も、急いで扉の中に入っていった。
まぁ、小説で読んだ通りの光景だよな……。感心してしまう。
向かいにあるカウンターには若いお姉さんが受付をしているし、壁際の窓近くには3つほどのテーブルがある。その反対の壁には黒板みたいな掲示板が3つあってノート半分位の粗雑な紙が沢山貼り付けてあった。
「リュウさん。こっちです」
きょろきょろと辺りを眺めていた俺をシグちゃんが呼んでいる。早速カウンターに向かうと、お姉さんが1枚の紙とペンを取り出した。
「ハンターになりたいんですって? 貴方のような人ならとっくにハンターになってると思ったけど。……これが登録書よ。文字は読める?」
登録書を眺めてみたが全く読めんぞ。
なんとなく、ローマ字みたいに見えるんだけど、さっぱりだな。
「すみませんが、代筆していただけると助かります」
「いいわよ。文字を読んで書ける人は少ないわ。シグちゃんは読めるのよね」
お姉さんがそう言うと、シグちゃんは嬉しそうに頷いた。
ギルドの依頼書は文字で書かれているから、確かに読めないと不便だな。
「では、質問するわね。分らなければ分らないと応えて頂戴……」
お姉さんの質問が始まる。
名前から始まって、年齢、生年月日と続いていく。
中には、得意な魔法とか、信仰する神なんかが入っているけど、これは分らないと応えるほかないな。
「はい、終ったわ。最後に此処にサインしてね」
そう言って、ペンを渡された。
ここは、ローマ字で書いておくか、筆記体で名前を書くと、その文字をお姉さんがじっと見ている。
「遠くの国から来たのね。始めてみる文字だわ。次ぎはこれよ」
そう言って、カウンターの下から大きな水晶球を取り出すと俺に渡してくれた。
神妙に両手で持つと、それを確認したお姉さんがカウンターの下でなにやらカチャカチャと操作を始めた。
ブーン……低い音がして水晶球に小さな光が浮き上がると点滅を繰り返す。
しばらくピカピカと光っていたがやがて静かに消えていった。
「はい、終ったわ」
そう言って両手を差し出したので、その手に水晶球を返しておく。
カウンターの小さな引き出しを開けると、銀色のカードを取り出した。そのカードとさっきの書類を見比べている。
「名前はあってる。出身地も問題なし。年齢は17歳ね。誕生月は風3つの26日よ。種族は不明?」
「種族が不明ってことは、魔族の一員ってことですか?」
不安そうにシグが尋ねてくれる。
「魔族ではないわ。魔力値がゼロだから魔法が使え無いのよ。魔法を使えない魔族なんていないわ。でも、ハンターで大成は出来ないかもね」
「でも、ネコ族の人でさえ魔力を少しは持ってますよ」
「確かに……でもね、リュウイ君は魔力を全く持たないのよ。それでも金のリンゴの祝福を受けているの。信じられないのは私の方よ」
どうやら、2人の言い合いは俺の能力に問題があるという事らしい。
種族が不明とは……、まぁこの世界の住人ではないからなのだろう。それで、能力の一部に問題が出た訳だな。
「魔族ではないし、過去に罪を犯したこともないという事は確かよ。ハンター登録に全く問題はないわ。赤の1つから始める事になるけど……」
「では、登録は可能なんですね。私とパーティ登録をお願いします」
「貴方のカードを出して頂戴。それでパーティ名称は何て付けるの?」
「問題が無ければ、『パンドラ』と名付けたいんだけど」
「いい響きね。意味はあるの?」
「俺の国の神話です。開けてはいけない箱に入っていた最後の妖精。その名は希望です」
「いい名前ね。私達にぴったりだわ」
「では『パンドラ』を貴方達のパーティ名にするわ。ちょっとこの国の名前『パイドラ』にも似てるけど一緒じゃなければ問題無しよ」
お姉さんはそう言って2つのカードを小さな引き出しに入れて何かの操作を行なった。
チン!っと電子レンジみたいな音がした時、その引き出しをあけて俺達に渡してくれる。
「これがシグちゃんので、こっちがリュウイ君のカードよ。リュウイ君のカードはガーネットの星1つ。俗に言う赤1つって事になるけど、パーティのシグちゃんが赤4つだから、その依頼を一緒に行うことが出来るわ」
「ありがとうございます。それで早速ですが、この牙を換金出来ると聞いたんですが……」
そう言ってポケットから野犬の牙を7個取り出した。
ブンっと音を立てるような勢いでシグちゃんにお姉さんは顔を向けた。
シグちゃんもバッグから牙を3つ取り出した。
「昨晩野犬に襲われた時に、リュウさんが助けてくれたんです。背中の長剣を引抜いてたちまち片付けてくれました」
「驚きだわ。魔力はゼロでも剣技があればシグちゃんには最適ね。シグちゃんは魔法がかなり使えるから」
お姉さんの言葉に、笑顔で頷いている。
そして、俺の前に銀貨1枚と銅貨を5枚置いて、シグちゃんの前には銅貨を9枚置いた。
あれ? 俺の銅貨とシグちゃんの銅貨の5枚に穴が開いてるぞ。
確か、野犬の牙は15Lと言っていたから、全部で45Lの筈だ。とすると、穴の開いていない銅貨が10Lで穴の開いた銅貨は1Lになるな。俺の方は105Lの筈だから、銀貨1枚が100Lという事か。
俺達はお姉さんに手を振って分かれると、今度は雑貨屋へと向かう。
「こんにちは!」って元気な声で挨拶しながらシグちゃんが扉を開いた。
カウンターの反対側に棚があって色々と並べられてるな。カウンターの内側にも棚が並んでるぞ。
そんなカウンターに奥から、髪の薄いおやじが現れた。ふくよかな顔が客に好かれそうだ。
「これを換金して欲しいんですが」
そう言って腰のバッグから大きな袋を取り出して野犬の毛皮をカウンターの上に重ねた。
それを丁寧におやじが数え始める。
「うん、10枚だね。50Lになるよ。何か欲しいものはあるのかい?」
「そうですね。真鍮の食器が欲しいです。お椀とカップそれにスプーンを2個ずつお願いします」
おやじは店の奥の棚に行って食器を選んできた。それを布の袋に入れてカウンターに置く。
「全部で40Lになるよ。後は現金で良いかい?」
シグちゃんが頷くと袋の隣に穴の開いた銅貨を4枚並べた。
「余り無理しちゃダメだよ」
シグちゃんはおやじの言葉に頷きながら、腰のバッグに袋を仕舞いこんで銅貨をポケットに入れた。
「次ぎは宿屋です。たぶん空いてると思うんですけど……」
宿屋は通りを1つ入ったところにある2階建ての建物だ。
看板がベッドと酒のカップだから直ぐに分かるな。通りにも同じようなベッドの看板があったが、どうやらそっちは値段が高いのだろう。
「ただいま!」って言いながら扉を開けると、太ったおかみさんがカウンターから俺達に顔を向ける。
「シグちゃんかい。無事でよかったね。そっちの色男は連れかい?」
「一緒のパーティになってくれたんです。とっても強いんですよ!」
「そうかい。良かったねぇ。これで少しは安心出来るよ」
そう言ってシグちゃんを見る目は、自分の子供を見ているようにも思える。
「それで、部屋は空いていますか?」
「ベッドが2つの部屋が空いてるよ。風呂もあるからゆっくり休むといいよ。それで夕食は何時もの通りに合図するからね。明日は直ぐに発つのかい?」
「はい、仕事に行きます。朝食とお弁当をお願いしますね。できれば明日の夜も部屋を取って置いてください」
「分ったよ。宿泊費が20L、夕食が5Lで朝食とお弁当で5L……全部で1人30Lになるよ」
俺は黙ってカウンターに銀貨を1枚置くと、おかみさんが銅貨を4枚俺の前に並べた。
「これが部屋の鍵だよ。風呂は夕食の間に作っておくからね」
「ありがとうございます」
シグちゃんはそう言って鍵を受取り、階段を上っていく。俺も後を付いて行った。
2階の廊下の突き当たり、どうやらこれが俺達の部屋らしい。
「開けますよ」
そう言って、鍵をカチリと回して扉を開ける。
部屋は10畳位だな。入って直ぐ左に風呂とトイレ、奥の窓の両側にベッドがある。窓際には小さなテーブルと椅子がある。その机の上に備え付けのランタンが置いてある。
ようやくベッドで休めるか……。そう思ってベッドにダイブしようとして思い止まった。
どう考えても5日以上風呂には入っていないし着替えもしていない。相当汚れている筈だ。これは風呂に入るまではベッドに入れないな。しかし着替えをどうするか……それが問題だぞ。
「どうしました?」
「いや、5日も風呂に入ってないし、着替えもしてないから相当汚れてるんじゃないかと……」
「簡単ですよ。【クリーネ!】」
シグちゃんがそう呟くと、爽やかな風が一瞬俺を取り巻いた。
何だ? そう思ってもう一度自分の服を見てみると、汚れやゴミが綺麗に取り払われている。野犬の返り血を少し浴びてGシャツの一部が黒ずんでいたのにそれすら跡形もなくなっている。
「きれいになったでしょう? 体の汚れも落ちてますから、お風呂は暖まるだけでいいんです」
「さっきの魔法のおかげか……。ありがとう。さっぱりしたよ」
「いいんです。そうだ! 宿代を払いますね。先程一緒に払って頂きましたから」
「それはいいよ。雑貨屋で毛皮の代金で購入した食器は俺の分も入ってるんだろう? ならこれはお返しだ。それと明日からの仕事の報酬だけど……、半分はシグちゃんが預かってくれ。半分が30Lに達しない時は60Lを差し引いて、残りを2人で分ければ良い。山分けで良いよね」
「私に依存はありませんが、リュウさんはそれでいいんですか?」
「あぁ、俺1人じゃ何もできないようだしね。シグちゃんと一緒なら何とか暮らしていけそうだし」
「分りました。本当は採取から始めるんですが、狩りから始めることになります。昨晩の野犬のような獣ですけど……」
「どんな依頼を受けるかはシグちゃんに任せるよ。俺はしばらくシグちゃんの言うとおりに動くつもりだ」
部屋の扉を誰かが叩いた。
それが夕食の準備が出来た合図らしい。俺達は部屋の鍵を持って1階の食堂に下りていく。
1階は食堂兼酒場だ。結構混んでいるけど、泊り客用のテーブルはちゃんと開けてある。そんなテーブルの1つに俺達は座って食事が運ばれてくるのを待った。