G-018 罠猟を始めよう
シグちゃんとファーちゃんが相談して俺達に渡してくれた分配金は220L。残りの150Lは当座の食料や宿代である酒の購入に当てるらしい。
俺達が先に番屋に帰って囲炉裏に火を焚いていると、雑貨屋に寄ってきたシグちゃん達が籠を担いで帰ってきた。
籠を板敷きの片隅に下ろすと、中から取り出したのは大鍋だった。
「50Lもするんで中々手が出なかったんですが、ようやく手に入れました!」
2人で嬉しそうに俺達に報告してくれたが、俺とレイナスは思わず顔を見合わせたぞ。
その鍋はどう見ても、鍋料理に使うような大鍋だ。
確かに、冬は鍋料理が定番ではあるが、此処は異世界であって日本ではない。
「その鍋で何を作るんだ?」
「ひっくり返せばパンが焼けます。それに、この村では冬にチリスープを食べるのが一般的らしいですよ。一家に1つはこの鍋があるそうです」
チリというのがクセモノだな。いったいなんだろう?
「チリというのは、これです! 早速作ってみますね。今朝獲れたばかりだといってました」
そう言って、籠の中からザルを取り出したが、そこに載っていたのはでっぷりとしたお腹をした魚だった。
どう見てもタラだな。こっちではチリなのか。
「今夜、早速作ってみますね!」
2人で嬉しそうに鍋とチリを持って外に出て行った。
もう一度、レイナスと顔を見合わせる。
「食べたことがあるのか?」
「いや、無いぞ。まぁ、煮魚なら食中りはしないだろう」
毒は無さそうだからな。確かに煮れば食べられるに違いない。
だが、この世界で鍋料理が食べられるとは思わなかったな。
その夜。4人で囲炉裏に掛けられた鍋を突付きながら蜂蜜酒をチビチビ飲んだけど、これは是非とも続けるべきだ。
一緒に煮たダイコンやネギ、それにジャガイモに似た野菜に塩気がうまく滲みこんでるし、魚の出汁が良く出ている。汁と言うよりスープになるのだろうが、平たいパンに浸けて食べると絶品だ。
「これは美味いな!」
「全くだ。ファー、何処で知ったんだ?」
「隣の漁師さん達が食べてるのがこんな感じだったにゃ。シグちゃんと一度作ってみたかったにゃ」
「皆さん美味しそうに食べてたんです。それで……」
俗に言う漁師鍋ってやつだな。きっと獲れた魚を使って作ってるんだろう。野菜はそれ程入っていないんだろうが、俺達では魚を取れないからな。シグちゃん達の工夫だったに違いない。
ネコ族は猫舌かな?と思ったけどそんなことは無さそうだ。
ふうふうと息を吹きながら食べてたからな。
そして、これを食べるとお腹があったかだ。
これなら暖かく眠れそうだな。
食事が終ってお茶を飲んでいると、レイナスが片手剣を新調すると言い出した。
俺達よりレベルが上だし、一通りのハンター装備は整っているからな。
もうすぐ白になることだし、数打ちの剣を換えるのは当然という事らしい。
「銀貨10枚なら少しはマシな物が手に入る。ファーは弓だからもう少し先だな。短剣だけでも換えるか?」
「このままで良いにゃ。一度に買い物したら後で困らないか心配にゃ」
「あのう……。武器屋に行くなら付いていって良いですか? 魔道師の杖の値段が知りたいんです」
おずおずとシグちゃんが言い出した。
確かに、シグちゃんなら将来の魔道師だよな。今はそれ程魔力が無いみたいだから弓を使ってるけど、将来的には魔道師の杖はあったほうが良いだろう。
何でも、杖に付いた魔石の効果で威力が上がるらしい。
「あぁ、良いぞ。それなら、明日は俺と一緒だ。ファーはリュウイと一緒に次の依頼書を見繕ってくれ」
「それだが、お薦めはあるのか?」
「そうだな……。また、野犬狩りが良いだろう。この間の群れは大きすぎたが、もうそんなに荒地には残っていまい」
確かに、あれは酷かった。ギルドのミーメさんに訳を話したら驚いてたからな。
おかげで、俺達のランクは赤7つになったぞ。レイナスは赤8つで変わらなかったが、直ぐに9つに上がるんだろうな。
だが、それから分かった事は、ギルドの依頼が必ずしも性格ではないという事だ。
野犬を10匹ということは、10匹以上いるという事だと思う。
ミーメさん達は20匹程度を考えていたようだ。まさか、50匹を越えているとは……。ミーメさんも驚く訳だな。
・
・
・
次の日。
俺はファーちゃんと一緒に、ギルドへと出掛けた。
掲示板の俺達向けの依頼書は2枚だけだ。
1枚は、レクの根の採取、もう1つは野犬狩りだ。
レクの根はどんなものかは分らないから、俺達の受ける依頼書は野犬になるな。
依頼の内容も、荒地で数も10匹だ。少なくとも前回よりは少ないだろう。
ファーちゃんとカウンターに行って依頼書に確認印を貰う。
帰りに雑貨屋によって、タバコを買うと、ファーちゃんは毛糸玉を買っていた。
何を作るの?って聞いたら秘密にゃ!って答えてくれた。
寒くなるからミトンでも編むのかな? セーターはこの間出来たらしく、レイナスに着せていたからな。
シグちゃんも頑張ってるみたいだけど、まだ出来ないようだ。始めたばかりだから、直ぐに上手くなれる訳はない。ファーちゃんに良く教えてもらって、ゆっくりと覚えれば良いだろう。
ガトルの毛皮に寝そべっていると、レイナス達が帰ってきた。
何時もの場所に座ったので、俺も体を起こす。
「どうだった?」
「まぁまぁの奴だ。見てみるか?」
そう言って腰から真新しい剣を抜いて俺に持たせてくれた。
確かに、持った感じが良いな。バランスを考えているんだろうな。刃も鋭利で斬れそうだぞ。
ちょっと欲しくなったけど、色々と物入りだから将来だな。
「中々だな。バランスが全然違う。俺のは少し前なんだ」
「銀貨15枚だけの事はある。5枚と言う奴もあったんだが、これを持った後ではな……」
「早速、野犬の依頼を取ってきたぞ。数は同じ10匹だが、流石に荒地にはあれ程いないと思うんだが」
「それで十分だ。外には無かったのか?」
「レクの根と言うのがあったぞ。ファーちゃんに聞いても分らなかったから止めにした」
「レクの根はちょっと面倒なんだ。冬場はそれもいいと思うけどな。木の根を掘って、鉈か斧で切取るんだ。樹脂が多くてな。松明にもってこいの代物だ」
要するに松の根っ子と言う訳だな。
樹脂が多いから松明等の明かりにするんだろう。
明りなら【シャイン】の光球があるんだが、別の用途で松明を作るんだろうか?
まぁ、レイナスの言うとおり、罠猟の片手間に採っても良さそうだ。
となると、斧を揃える必要があるな。鉈よりも斧の方が使いでがありそうだぞ。
「エルちゃんの方はどうだったの?」
「一応、目安は決めました。やはり、銀貨20枚で手に入れようかと思います。銀貨5枚というのもあったんですが、魔石が低級でした」
魔石の品質で魔法の強化の程度が異なるらしい。
低級なら1割り増し、中級で2割、そして上級で2割を超えるらしい。越えるといっても3割りには達しないらしいから、ハンターとして行動している魔道師の殆どが中級の魔道師の杖を使用しているとのことだ。
今でも、一応魔法は使えるわけだし、弓だって持っているから、ひたすら貯蓄ってことだな。
魔道師の杖を手に入れられる頃には、レベルも上がって使える魔法の回数も増えるだろう。
・
・
・
何度か野犬を狩ったが、あれ以降は10匹を揃えるのが難しかった。
依頼書の有効期限が5日だから何とか数を揃えたが、野犬の群れは森の中に入ってしまったんだろうな。
という事で、レイナスと罠猟を始めることにした。
狩りの主体はラビーだが、上手く行けばムンクスという狐のような獣も狩れるらしい。
「ムンクスなら1匹50Lは下らない。ラビーは5Lだな」
「そんなに高いのか?」
俺の質問に頷く事でレイナスが応えた。
毛皮が極端に柔らかいらしい。ある意味、雪レイムを凌ぐと言っていたが、俺は雪レイムだって見たこと無いぞ。
レイナスと夜なべしながら作った罠は30個ちょっとだ。
これを森の茂みに仕掛けて次の日にそれを確認するというのが猟の仕方だ。
途中でラビーを見掛ければ、シグちゃん達が弓で狩る。
罠に掛かったラビーを狙って寄って来る野犬は俺達の仕事だ。
「罠は籠に入ってる。レクの根を取る斧と小さなスコップも入れたぞ。ついでに薪も取れそうだな」
「あぁ、冬は依頼書が少ないからな。レクの根はある程度集めたところで売れば良い。薪はあるに越した事が無い。何と言っても隙間が多い番屋だしな」
結構、壁に紙を貼ってみたが、やはり隙間風が入る。
まぁ、好意で貸してもらってる番屋だから贅沢は言えないけどね。
「さて、出掛けるか。ファー達も杖は持つんだぞ」
レイナスの一声で俺達は番屋を出る。
囲炉裏の火は落としているから安心だな。
砂浜の方から村を出て、森に向かう。
森は、針葉樹が少なく、殆どが広葉樹だ。
冬を迎えて多くの木立が葉を落としているから、森は絨毯のようにふかふかしている。
葉が茂っていないから森が明るく、遠くまで見通しが利くぞ。
「どの辺りに、仕掛けるんだ?」
「第2広場に沿って仕掛けるつもりだ。あの辺りは、誰も狙わないとギルドで聞いたぞ。ベテランの多くが更に東に進んで罠猟をするらしい」
近場狙いか? まぁ、俺達はまだ赤だからな。
奥に行けば、罠に掛かった獣を狙って、大型の肉食獣が現れるらしい。
ガトルが2、3匹なら何とかなりそうだがこの間の野犬のように現れたら俺達にはなすすべがないからな。
近場でたまに獲物がある位で十分だ。
これも、食費だけで200Lを越えている余裕ならではのことだろうな。
他のハンターは猟を成功させなければ宿に泊まる事もままならない筈だ。
ミーメさんに感謝だな。
第2広場に出たところで、数m森を南に下がったところに、罠を次々と仕掛けていく。
無闇に罠を仕掛けると、後でどこに仕掛けたか分らなくなるかららしい。最初の罠を仕掛けた直ぐ傍の立木に紐を2、3回巻いておく。そして、最後に仕掛けた罠の祖母の立木にも同じように紐を巻く。
これで、罠の見落としを極力避ける事が出来るのだ。
「ホントに獲れるのかな?」
「明日に来れば分るさ。そして、あれがレクの木だ。2、3本彫って帰るぞ!」
俺達がレクの根を掘り出している間。シグちゃん達が薪を集める。
そして夕刻、家路に急ぐ俺達だが、俺の背負っている籠には太いレクの根が2本と薪でやたらに重い。
明日は、薪は止めておこう。
そんな事を考えながらひたすら歩き続けた。