P-015 村への帰還
焚火の前に立って、次々に現れるフェルトンを殴り続ける。
後ろの焚き火を槍先で散らしているから俺の姿が、焚火の熱に溶け込んでいるように見えるのだろう。
全く、無防備に俺の前にやって来る。
2度程、レビトさんの【メルト】が柵の前で炸裂した後は、火炎弾がフェルトンの群れに放たれるだけになった。
その火炎弾も散発的になってきた。魔法力が切れ始めたんだろうな。
ちょっと振り返ると、4つの焚火の中にシグちゃんや魔道師達が移動している。
そこなら、更に姿が見え難くなるだろう。
「これが最後の【メル】だ!」
「これを使ってくれ!」
魔道師の男の言葉に、俺は持っていた槍を放り投げた。
パシっと男は頷いて俺を見る。
俺も頷き返して、背中の剣を抜いた。
片刃の長剣モドキだ。ローエルさん達の長剣よりは少し短いが何と言っても重さがある。
片手で振り回すようにしてフェルトンに斬り掛かると頭部を両断して剣が下に抜ける。
剣の動きを利用して、体を回すようにフェルトンの側面に移動すると、片足ごと頭部を切断した。
「もう少しだ。頑張れよ!」
サドミスさんの声は俺達よりも自分を励ます為だな。
それでも「「応!」」っと皆が声を上げる。
まだまだいけそうだ。
ズン!軽い衝撃が左腕に伝わると、目の前のフェルトンが足もろとも胴体を切り裂かれて悶えている。
頃合を計って、頭部を落とせばやがて静かになる。
そんな戦いをしていると、ついに俺の前から動き回るフェルトンが姿を消した。
剣に付着したフェルトンの体液を剣を数回振るって落とし、最後は近くの草むらで拭い去った。
背中の鞘に剣を納めて、皆のところに戻ると、レイナスが息も絶え絶えに焚火の傍に座り込んでいた。
そんな中、シグちゃんが大きなポットで残った焚火でお茶を沸かしている。
「怪我はないか?」
「大丈夫です。また来るんでしょうか?」
ローエルさんが俺達1人一人に声を掛けている。そんなローエルさんに話を向けてみた。
「たぶん、さっきのが最後だ。群れの主力が来たようだったな。それだけ他の連中は楽だったに違いない」
そうだよな……。どう見ても80は超えてるぞ。
群れの規模が多くて300という事は、ここだけで半数近いってことだ。
良くも無事に狩れたもんだ。
お茶が沸いたところで、一同焚火の周りに集まって一息入れる。
空は何時の間にか白み始めた。もう直に朝だな。
「さて、巣別れしたフェルトンは今夜でどうにか狩れたと思う。一旦、村に戻って黒の連中だけで偵察隊を組織する。
リュウイ達にはご苦労だった。ギルドに戻れば今日中にも報酬を手に出来る筈だ。そして村の買い物は俺達が終了宣言を出さない内は半額だ。必要な物を揃えて於くといい」
「他の依頼を受けても良いんですか?」
「それは出来ない。俺達の偵察は精々3日程度だ。ゆっくり体を休めるんだな」
「そんな時化た顔をするな。どう考えても今回の狩りの報酬は銀貨3枚は出るぞ。それだけあれば、3日は狩りに出ずに済むだろうが?」
サドミスさんが俺達の顔を見て笑い声を上げる。
「確かにそれ位にはなるだろう。だが、冬も近い。あまり無駄使いはしないでおくことだ」
魔道師の男がパイプを咥えながら教えてくれた。
ギルドの依頼は季節によって変化すると言うことだな。
冬の依頼がどんなものかは後で教えてもらおう。
「それにしてもだ。……リュウイ、お前の長剣を見せてみろ」
サドミスさんの言葉に、背中の長剣を引抜いて渡すと、興味深かげにローエルさんも俺の剣を覗き込んだ。
サドミスさんが立上がって、剣を構える。両手で構えて、片手でもバランスを確認している。
「変わった剣だと思っていたが、やはり片刃だったんだな。次の攻撃に手首を返す理由が分かったぞ。だが、これは色物だな……」
「やはりバランスか?」
「それだけじゃねえ。これは長剣に見えるが片手剣だ。両手でも使える片手剣だな。そして、バランスは前に持っていってる。この造りからしてナタだよな。それでも轍の錬成は俺の長剣より上だ。普通に使ったなら先ずは斬れんぞ」
「そこまで言うか? どれ貸してみろ」
今度はローエルさんが剣を持つ。そして数回振るうと、剣を返してくれた。
「長剣を片手で使う奴は結構多い。だが、そいつらでもこれは使えんな。リュウイの棒の使い方をそのまま剣で再現すれば意外と使いやすいぞ」
「あの踊るような動きか? あれは俺には真似ができん!」
長剣の打撃で切るのではなく、遠心力を利用して打ち込みながら引いて切るのだ。それが剣の持つバランスの僅かな違いになるらしい。俺には、丁度良いけどな。
俺達がそんな話をしている間に、レビトさん達が朝食を作ってくれた。
携帯食料だから、乾燥野菜と干し肉を入れたスープに硬いビスケットのような黒パンだ。
スープにパンを入れてふやかして食べるのが正しい食べ方らしい。
朝食を終えると、フェルトンの触角を皆で採取する。全部で83個もあった。
数を聞いてローエルさんが溜息をついたところをみると、やはりヤバイ戦いだったようだな。
「さて、村に帰るぞ。長居は無用だ」
ローエルさんの言葉に、俺達は森を抜けて村へと帰って行った。
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昼を過ぎた頃に村のギルドに着くと、他の2つのパーティはとっくに帰っていたようだ。
ローエルさん達が集まって話をしている間に、俺達もギルドの片隅で座り込む。
「遅かったな。俺達は2晩で60というところだ。そっちは?」
「2晩で、140を超えている。全く主力が来たとはな……」
「何人やられたんだ?俺達は怪我で済んだが、俺達のほぼ2倍となると怪我では済むまい」
「皆、無事だ。怪我すらないぞ。……全く、赤だと思っていたが十分前衛が務まる連中だ。それに弓の腕も半端じゃない」
「何だと。弓は精々親指が入る程だ。牽制にもならなかったが?」
「あの、2人が持つ矢は貫通したぞ。2本も当たれば動きが鈍くなる。それにあの2人が持つ手製の槍を見ろ。あれを振り回せばフェルトンの足ぐらいは簡単に折れる。2日目の夜は俺達も真似をしたぐらいだ」
サドミスさんがシグちゃんを手招きして矢を1本貰っている。
それを仲間に見せて、効果を説明しているようだ。
これで、鎧通しの矢を使うハンターが増えるかもしれないな。
「良し、ギルドとの交渉が終ったぞ。全員均等割りだ。1人325Lになる。カウンターに行って、ギルドカードを確認して貰うのを忘れるなよ」
ハンター達が腰を上げてカウンターに並ぶ。まあ、俺達は最後でもいい。明日はのんびりと休めるからな。レムナス達と暖炉際でパイプを吸って時間を潰す。
「やはり、レベルが上がってるわね。これがあたらしいレベルよ」
そう言って返してくれたカードには小さな穴が6つ開いていた。
シグちゃんもどうやら俺と同じレベルらしい。レムナスは赤の8つに上がっていた。
1人、325Lを貰って、早速雑貨屋に出掛ける。
何と言っても、現段階は半額セールをしているのと変わりがない。これで俺達の布団が何とかなると思うと、少しほっとした気分だな。
生地がどうのと、色々と注文を付けているから、俺達は貰った報酬を彼女達に預けて先に番小屋へと引き上げる事にした。
誰もいない番小屋は寒々としている。レイナスが囲炉裏に火を点ける間に俺は裏の井戸から水を汲んできた。
小さなポットを囲炉裏に載せて、毛皮の上に胡坐をかくとパイプを取出す。
やっと人心地がついた感じだな。
「何とかなったな」
「あぁ、全くだ。無事なのが不思議だな。リュウイとパーティを組んで良かったよ」
そう言ってくれるのは、ありがたい話だ。
そして、俺だってレイナス達には助けられてる。このままずっとパーティを組めれば良いのだが……。
2人でくつろいでいると、雑貨屋に置いてきたシグちゃん達が帰ってきた。
早速、板敷きに上がって、俺達の横に座りこむ。
「5日ぐらい掛かるって言ってたよ。それと、これ!……リュウイさんは持ってなかったよね」
そう言って取出したのは、少し薄い革製の袋だ。
「魔法の袋の大きい方で、収納は3倍だからとりあえずの物は入ると思う」
「これって、高いんじゃないのか?」
「半額だから買っちゃった。後で必ず必要になるし……」
確かに、袋には旅行バッグ2個分程の荷物が詰め込めるだろう。
少なくとも季節の服は収納出来るな。
「ありがとう。大事に使わせてもらうよ」
「後で、雑貨屋に行って敷物を運んでね。板敷きに布団はちょっとという事で、2つ買い込んだの」
俺は袋を受け取りながらシグちゃんに頷いた。
そして、レイナスと雑貨屋に向かう。
どんな敷物かは分らないけど、無いよりは遥かにマシだ。
少しずつ、涼しくなってきたから買えるものは早く買っておくべきだろうな。
雑貨屋で受取った敷物はフエルトのようなものだった。
埃が溜まれば外でトントンすれば大丈夫だろう。
紙で包まれぐるぐる巻きにされた敷物を2人で1個ずつ運ぶと、早速敷いてみた。
「結構大きいな」
「ああ、だがこれなら床からの隙間風を防げるぞ」
敷物の色は俺達が紺でレイナス達が深緑だ。これはシグちゃんとファーちゃんの趣味なんだろうな。
敷物の上に毛皮を敷いて座ると、少し柔らかさを感じるな。これなら、布団1枚でも暖かく寝られそうだ。
簡単な夕食を取って、早目の就寝。
疲れを取るならこれが一番だな。出来れば温泉に入りたいが、贅沢はいえない。しかし、風呂ぐらいなら何とかなるんじゃないかな?
どうやって、風呂を作るかが問題だけどね。
早く寝た分だけ、次の日は早く起きるのが世の中の慣わし、シグちゃん達が朝食を準備している間、俺とレイナスは海岸の散歩だ。
丁度沖に向かって船を出すところだったので、2人で手伝ってあげる。沖に出る船から手を振ってくれるので俺達も手を振って応えてあげる。
大漁を祈ってあげるのは、人情だろう。
「もう、網は引かないのかな?」
「あれから見て無いよな。何かあるんだろうけど、俺達には分らないな」
レイナスはザルに山盛りの魚が忘れられないようだ。
そういえば、まだ残ってるんじゃないかな?
今夜は魚のスープというのも、たまには良いんじゃないかな。