P-128 先ずは燻製から始めよう
春が終わるころには、シグちゃんが織場を離れて俺達のパーティに加わる。
ファーちゃんは双子がいるから、薬草以外の依頼に参加できないのが少し可哀そうだ。
俺達が出掛けるのを、双子の手を繋いでいつまでも番屋の戸口で見てるんだよな。早いところ、保育園ができないと色々と困ったことになりそうだ。
ローエルさん達だってそろそろ子どもができるんじゃないかな。
ギルドのカウンターに野犬の牙を並べて報酬を受け取る。今日の分配は18Lだたけど、今でも半分は俺達の生活費としてシグちゃんが管理してるんだよな。
特に買う物もないし、3人で番屋に戻ろうとしたらサルマンさんが作業場のベンチに腰を下ろしていた。
「帰って来たな。今日、ハリネイ達が沖に延縄をながしてきた。明日には手に入るから、始めてくれんか?」
「やってみますか。ですが結果は分かりませんよ。俺もこの間作ったのが最初なんですからね」
「それは気にしなくても良いぞ。俺も一緒にやるからなぁ。2人ほど、昔の仲間を誘ったから、魚を持って明日の朝だ」
ちょっと楽しみだな。上手く行けば、それなりの収入が老人達にも入るだろう。
俺とレイナスがサルマンさんと話し込み始めたのを見たシグちゃんが番屋に荷物を置きに入ってワインのビンとカップを運んでくれた。
早速互いのカップにワインを注ぎ、少し早いけど事業の成功を祈ることにする。
「ところで、レイナスよ。この間の寄り合いでお前さんが村長に話した件だが……」
「あれですか! 実は俺の考えではなくリュウイの考えなんです。リュウイでは村に上げるのは難しいだろうということで俺が話を出したんですが、やはり村に一石を投じたということなんでしょうか?」
俺達は新参者だからなぁ。村社会はある意味保守的なところがある。外からの人や意見に対しては反発してしまうのだ。
絹織物が上手く行ったのは、サルマンさんとサルマンさんの奥さんが俺を隠してくれたんだろうな。
「何を恐れ入ってるんだ? 俺と村長の話は、何で誰も気が付かなかったかということだ。教会の神官までもが協力を申し出てくれたぞ。織場の嫁さん連中も大賛成らしい。
必要を誰もが認めて、絹織物で村の財政にも問題がない。その上協力しようという連中が多いことも確かだ。この村に保育園を作るぞ!」
それでだ……。とサルマンさんが話を始めたのでレイナスが慌てて、俺に顔を向ける。このままでは保育園建設の指揮を執らねばならないと思ったに違いない。長いハンター経験で危機管理が出来てるな。
「まぁ、レイナスに全部任せるのも無理があるだろう。そこはリュウイが補佐してくれるに違えねぇと思ってはいたんだが」
「焚きつけた責任は果たさないといけませんね。保育園を作る上で、少し考えないといけません。せっかく子供を預けるんですから、文字の読み書きと計算ぐらいは教えた方が良いでしょう。
となると預けられる子供の数と年代が問題です。それで、子供の世話をする女性の数を大まかに掴めるでしょうし、雨だって降るんですから子供達を入れる小屋や、安全に遊ばせられる広場だって欲しいところです」
俺の話を頷きながら聞いていたサルマンさんが、銀のパイプを取り出して火を点ける。
レイナスもホッとした様な表情で聞いているし、シグちゃんは俺が座っているベンチの横で感心した表情を見せてくれた。
「やはり、簡単ではないんだな。リュウイがそれを詳しく知っているということはこの際は横に置いておくことにしよう。
他人様の子供を預かるんだから責任者は必要だ。それは俺で構わんだろう。だが運営はできんぞ。それは教会のシスターにお願いするつもりだ。神官の許可と本人の同意も貰ってる」
まったく、先を急ぐのはサルマンさんの性格なんだろうな。老い先短いと感じてそんなことをしてるのかと思ってたけど、とんだ間違いだった。
「嫁の話しでは、かなりの人数が集まるようだったな。村長が同意している以上、この村のどの場所に施設を作るのも勝手ではあるんだが、織場の西なら丁度良いんじゃねぇか? 直ぐに砂浜だから遊びまわる広場を作る手間もいらねえからなぁ」
織場のおばさん達の目が届く距離、ということを考えたんだろうな。子供達の元気な声が聞こえるのは仕事の励みにもなるかもしれない。
「中々考えましたね。俺は賛成です。そうなると、残りは子供の人数と小屋の大きさです」
「それも、年齢ごとだったな。年長者とオムツが取れたばかりのひよっこを同じ部屋にも置けないということか」
「それに協力者に対しては報酬も必要でしょう。となれば預ける子供に対してもいくらの金額を納めるということに繋がりますし、昼には食事をさせてあげたいところです」
「タダでも良いんだが、そうもいかんか。とはいっても、親の仕事の半分を納めるようでも問題だろうな」
「夫婦で働くということは、片方では暮らしが苦しいということですからねぇ。そこはサルマンさんも良く考えて欲しいところです」
うんうんと頷いてるけど、すでに何杯かのワインを飲んでいるんだよね。
どこまで覚えているか問題だけど、一応話しておいた方が良さそうだ。となると、明日には奥さんの方がやってきそうだな。
ワインの礼を言ってサルマンさんが帰ったところで、俺達も番屋に入ることになった。
直ぐに夕食が始まり、ファーちゃんお手製の料理に舌鼓を打つ。
「明日は俺達も猟は休みだ。サルマンさんが魚を持ってくるから、前に作った燻製を作ることになる」
「美味しかったにゃ。また食べられるにゃ」
ファーちゃんは嬉しそうだな。
「双子を連れて後ろで見てるにゃ。邪魔をするようなら渚で遊ぶにゃ」
「渚と言えば砂浜なんだけど、貝はいなかった?」
「これぐらいのが、波がある場所を掘ると出て来るにゃ」
形を聞いてみると、何となくハマグリのようだな。ちょっと掘ってみようか? 上手く運べば新たな収入源になりそうだ。
「レイナス。最初にすることは分かってる?」
「三枚に下ろして一旦煮るんだよな。その後、お湯に浸した布を絞って表面を拭いてザルに並べる……」
「その通りだ。ザルに並べたところで重さを量りたい」
「一応、竿秤ということだな。となると、道具を向こうに運んだ方が良いだろうな」
サルマンさん達の挑戦だからね。確かにその方が良いだろう。
「ちょっと武器屋に寄ってきたいんだ。簡単な道具を作ってもらうだけだから直ぐに終わると思うんだけど」
「構わないぞ。その間の最初の仕事ってことだな。任せとけ!」
胸をドンと叩いて請け負ってくれたけど、ちょっと心配だな。
ファーちゃん達もちゃんと聞いていたから、怪しい時には教えてくれるのを期待する外なさそうだ。
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翌日。早めの朝食を食べたところで、後をレイナスに託して武器屋に出掛けた。
朝早い時間だけど、通りまで槌を打つ音が聞こえてくる。
店の中に入って、「おはようございます!」と挨拶したら、槌音が止まって、爺さんが出てきた。
「リュウイじゃねえか。お前さんにしてはかなり早いな。嫁さんに追い出されたか!」
そんなことを言いながら笑っているんだよな。
冗談だとは分かってるけど、俺がそんなに気弱に見えるんだろうか?
「それで、また変わった武器を作るのか?」
「武器というわけじゃないんですけど、こんな形の物を作ってくれませんか?」
カウンターにあるメモ用紙に4本爪の熊手の絵を描いた。
熊手の爪は三分の一D(10cm)で爪から柄までの長さは1Dになる。
「まさか、これでガトルとやり合おうなんて考えてないだろうな?」
「それこそまさかですよ。これは砂浜を掘る道具です。貝を採る道具なんです」
「なら直ぐに作ってやろう。2つで良いんだな」
奥に入ると、すぐにトンカンと音が聞こえてきた。その間に、棚に並んだ武器や農具を見てみる。色々とあるんだよな。
「ほれ、出来たぞ。2つで5Lで良いぞ」
「ありがとうございます」と言いながら、銅貨を5枚カウンターに並べた。
手に取るとそれほど重くはない。これなら丁度良いんじゃないか。
熊手を持って番屋に向かうと、番屋の裏に作った作業小屋が騒がしいな。
傍に行くと、サルマンさんとレイナスの外に数人が集まって何やら始めたようだ。
魚が手に入ったということだろう。三枚おろしと軽く茹でるまでは終わったのかな?
「おお、やって来たな。今ザルに並べているところだ。重さはすでに量っているぞ」
燻製箱というより小屋に近い大きさだからなぁ。たっぷり獲れたに違いない。
水気を取ったザルは初めて見る爺さんが小屋の中に運んでいる。
「これで6枚目になるな。後4枚は入りそうだが、上手く行ったらこの倍の大きさにしなければなるまい」
「まだまだ試行錯誤ですから、急に大きくするのはずっと先になりますよ」
「ははは、この間の魚は美味かったからなぁ。漁師達も期待してるんだ。ところでそれはなんだ?」
「これですか? ファーちゃんが渚で貝を見付けたと言ってたんで、本格的に一度採ってみようかと思いまして」
「この村ではあまり食べる奴はいねぇんだが、貝を食べる連中がいることも確かだ。ところで、どうやってリュウイは食べるつもりなんだ?」
「色々とあるんですけど、とりあえず採ってから試してみましょう」
少し頭を傾けているサルマンさんから離れて、レイナス達の作業を見守っていたファーちゃん達のところに向かう。
「今のところ問題ないみたいだ。後は俺がいるからだいじょうぶだよ。ところで、渚で貝を採ってきてくれないかな? これで砂を掘れば簡単だと思うんだけど」
「おもしろい道具にゃ!」
ファーちゃん達が熊手を持って帰って行った。さて、どんな貝が獲れるんだろう?