P-127 保育園が欲しいな
番屋で網漁のいくつかを教えたら、漁師のおじさん連中は首を捻っていたし、貝を食べるということもあまりないらしい。
もっとも、消費地まで生きた貝を運搬する方法も無さそうだから、この村内で消費することになるような気もするけどね。
俺達の番屋に戻って、改めて4人でお茶を頂く。酒はたっぷりと飲まされてきたから、お茶が胃に心地よい。
サルマンさんの引退の話を聞いて、シグちゃん達も心穏やかではないようだ。
「どちらかというと、漁をハリネイさんに任せて、好きなように過ごすんじゃないかな」
「そうなると俺達の仕事に顔を出すことが多くなりそうだぞ?」
レイナスの疑問に頷くことで答えておく。
余生は自由気ままに、だけど少しは村に貢献したい……。たぶんそんな考えなんだと思うな。
「結構、村に貢献してるんですよね。村長になればいいと思うんですけど」
「表に出たくないんじゃないか? それに、ハリネイさんの後見人としてしばらくは漁を見ているような話をしていたからね」
「子守を頼めるにゃ。ルーシア達はサルマンさんが大好きにゃ」
自分の母親の名前を贈ることができたからだろう。ムサシとルーシアを連れて、砂浜を散歩してる姿をよく見かけるんだよな。
ミーメさんも少女時代にはサルマンさんとよく遊んでいたに違いない。
待てよ……。その内に、ミーネさんやレビトさんだって子供が生まれるんじゃないか?
そのお守りもまとめてサルマンさんに任せようなんて、皆が考えていないだろうな?
いくら体力のあるサルマンさんでも、子供が5人もいれば目を回すに違いない。この世界には子育てと教育は親の仕事という感じに思えるけど、それを任せられる場所を考えても良いんじゃないかな。
そうでもないと、その内にサルマンさんが倒れてしまいそうだ。
「どうした? 急に考え込んで」
「少し先のことを考えたんだ。ミーメさんやローエルさんの子供だって、サルマンさんが面倒を見るんじゃないかってな」
俺の話に、3人が笑みを浮かべる。
その姿が容易に想像できるのもおもしろいところだ。
「でも、さすがに無理が出てきますよ。サルマンさんは自分が老いたと感じて一線を退くんでしょう? それで子供達の面倒をみるとなったら……」
「だろう? サルマンさんのことだから頼まれれば嫌とは言わないだろうけど、さすがに無理は出るだろうな。そこで相談だ。保育園という言葉を聞いたことがあるかい?」
3人がキョトンとした表情で首を振っているから、やはりそんな施設は無いんだろうな。
簡単に保育園の話をしたんだけど、黙って話を聞いてくれたところをみると、保育園という施設に興味を持ったことも確かなんだろう。
「要するに、親が働いている間の子供を面倒見てくれるということか?」
「まあ、そんなところだ。だが、ただ遊ばせるにはもったいないから、文字と計算ぐらいは教えてあげても良いように思えるけどね」
「王都には教会が運営する学校があると聞いたことがあります。学校とも違うんですね」
「学校なら、もう少し年長になってからだろうな。子供が危なくないように世話をする施設ぐらいに考えた方が良いのかもしれない」
「機織り場に来たくても、子供が小さいから仕事に来られない人がいる話を聞いたにゃ。そんな施設ができれば村の人も喜んでくれるにゃ」
ニーズはあるってことだな。
問題は、その運営をどうするかだ。人材、場所、運営資金を考えねばなるまい。
「リュウイのことだ。そんな施設が村にできるんだろうけど、先ずは魚を燻すことが先だぞ」
「分かってるさ。改良点も見つかったし、サルマンさんが専業でやってくれる人も手配してくれるそうだ。俺達の作った箱は、そのままにしておこう。地引網の魚を使っても出来そうだからね」
今まではすべて干物にしていたからなぁ。三分の一は燻製にしても良いんじゃないかな。
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数日後のことだ。
明日は狩りをしようと、レイナスとクロスボウのボルトを研いでいるところに、若い漁師が駆け込んできた。
「手伝ってくれ! ジラフィンを浜に上げたいんだ」
「獲ったのか! リュウイ、すぐに出掛けるぞ!」
ボルトをそのままにして、先を走るレイナスに遅れないように付いて行く。
すでに大勢の村人が浜に集まってロープを引いているのが見えた。渚で沖を見ながら、村人の指揮をしているのはサルマンさんだな。
「でかいやつだ。もっと頑張って引くんだぞ! それ引け! ……それ引け!」
大声で鼓舞しながら両手を振って、引くタイミングを知らせてくれる。
俺達も、ロープに取り付くと、皆と一緒に声を上げながら引き始めた。
「地引網よりも重い気がするんだよな。まったくジラフィンは大きいよ」
「肉も分けて貰えるんだろう? ミーメさんが焼くと美味しいって言ったぞ」
そんな無駄口を叩くのは俺達だけではないようだ。
剣を背負った連中も何人かいるみたいだから、ミーメさんがギルドでたむろしていた連中を手伝いに来させたんだろう。
地引網もそうだけど、ジラフィンは人手をかけてしまうのが難点だ。
だけど、ランプの油も取れるし、香料も取れる。肉は食べられるし、骨だって彫刻の材料として使われるそうだ。
「ジラフィンには捨てるところがないんだ。内臓だって、薬の原料になるらしい」
似たような話を向こうの世界でも聞いたことがあるな。
この世界でも似た話を聞くと、ついつい嬉しくなってしまう。
今回の獲物も、前回同様2頭だった。
サルマンさん達が大喜びで浜での解体作業を行っている。
織場のおばさん達も、今日は休業を早々と決め込んで、炊き出しや大釜の焚き付けを行っている。
俺達は手伝うことが無いから、サルマンさんの奥さんから双子を引き取って番屋に帰って来たんだけど、シグちゃん達は織り場のおばさん達と一緒に食事作りを手伝っているらしい。
「いつも賑やかだよな。何かあれば村が一体になって行動するんだから」
「良いんじゃないか。おかげで村人の諍いは余り聞かないし、俺達だって今では村人なんだからね」
「そうだ! それもあるんだろうな。村長が村の集まりに出てくれと話を持ってきたんだ。俺よりはリュウイが適任なんだが、リュウイのところには来なかったのか?」
「来なかった。だけどそれも分かる気がするんだよな。俺達はこの村で一緒にチームを作ったろう?」
その時は、俺達とレイナス達の年齢差はそれほどでもなかった。少しレイナスが年上だったけど、見掛けは同じ若者同士で括られていたはずだ。
だが、時が経ってくると種族の違いというやつがどうしても表に出てくる。
金のリンゴの加護のおかげで俺はハーフエルフ並みの体になっているらしい。同じハーフエルフのシグちゃんと比べると互いの差はほとんどない。今でも、俺にとっては妹分のシグちゃんだ。
しかし、レイナスと俺とでは見掛けが違ってきてるんだよな。
若者から壮年に向かっている。早い話が誰が見ても大人なんだよな。嫁さんになったファーちゃんも落ち着きが出てきたし、シグちゃんと話をする姿を見ると歳の離れた姉妹という感じだ。
ギルドでも、ネコ族の夫婦と一緒に狩をする若者2人という感じに見られるのだろう「ネコ族ではなく俺達のチームに入らないか?」と勧誘されることも度々だ。
そんな連中に、小さな声で俺達の関係をローエルさんが教えてるんだよな。
パンドラが俺達だと知って、驚く者達もいるようだ。
王都ではどんな噂になっているのか、その辺りはイリスさん達に原因もあるに違いない。
「俺達の年齢差が離れて見えるってことか! まあ、リュウイ達と俺達ではそう見えることは確かだが、いつまでも友人同士だと俺は思ってるぞ」
「それは俺達だってそうだ。だが、しかし……、ということなんだろうな。世間の目にはそうは見えないってことなんだろう。ここはあえて波風を立たない方が良いに決まってる。ちゃんと集まりには出てくれ。できれば、さっきの保育園について話してくれればありがたい」
「ちょっと待ってくれ! それはかなり難しいぞ。今まで聞いたことも無い仕組みだからなぁ」
「だけど、悪くない仕組みだと思ったろう? たぶん苦労している人達は多いと思うんだ。先ずは提案して、どんな反応を示すかだな」
「様子見ってことか? それぐらいならできそうだ」
狩りと勘違いしているように思えるけど、そんな集まりに出るのも村人として俺達が認められているからなんだろう。
ひょっとして、サルマンさん辺りが動いたのかもしれないな。
だけど、この村に根を下ろす良い機会じゃないかな。俺達がいつまで一緒にいられるかは分からない。だけどいつかはこの村を離れると思ってるんだよな。
子供達と一緒に積み木を重ねて遊んでいると、シグちゃん達が帰って来た。
ファーちゃんが少し重そうに手カゴを持っているから、昼食を分けて貰って来たのかもしれない。
「ちゃんと見ていてくれたにゃ。料理を分けて貰ったにゃ」
外に作ったベンチに腰を下ろすと、小さなテーブルにカゴの中身を出してくれた。
焼き魚をパンに挟んであるぞ。その後に出てきたのはジラフィンの切り身を使った串焼きじゃないか!
配って貰ったところで直ぐに齧りついたけど、肉は少し硬めだがリスティンとは違った味だ。
「これを毎日食べられたらと思ってしまうな」
「だが、一生食えない連中だっているんだぞ。それから比べれば俺達はこの先何回もこれを食べる機会があるってことだ」
シグちゃん達も笑みを浮かべて顔を見合わせている。
双子には少し肉が大きいけど、串から抜き取った1つをいくつかに切り分けて同じように串に刺しているから、見掛けは俺達と変わらない。
子供と言っても、ちゃんと一人前に扱ってやればそれに応えるからね。
ファーちゃんの子育ては、今のところ上手く行ってるんじゃないかな。