P-124 失敗しても燻製にはなる
「その燻製箱というのが俺には理解できないんだよな」
「だいじょうぶだ。俺が知ってるよ。だけど俺は器用じゃないからなぁ」
「その分、俺が器用だ。どんな感じに作るんだ?」
レイナスが笑ってるのは、俺の器用さが偏っていることを知っているからなんだろうな。武器やちょっとした仕掛けは作れるんだが、大工仕事は空っきりだ。その分、レイナスは器用に木工細工まで行えるんだからね。
「ちょっと待ってくれよ。今簡単な絵を描くからな」
バッグから紙を取り出してテーブルに広げると、木箱を描いた。その後で、中の構造を描いていく。
「単に木箱とも違うようだな。縦横、2D(60cm)で、高さは6D(1.8m)も必要なのか!」
「この部分に穴がいるぞ。親指が入るくらいの穴が4つもあれば十分だ。中には、2段の棚をを付ける。この位置だな」
「片面は開けられるようにするんだな? 蝶番が3つは必要だろう。その上で開かないようにするんだから、この辺りにカギを付けても良さそうだ」
カギと言っても、単に引っかけるだけの代物だ。この辺りの仕組みはレイナスが上手く作ってくれるだろう。
「ここにガルトを乗せた網を引っかけるんだ。切り身を乗せるんだが、単に開くわけではないから、後でシグちゃん達に教える必要がある。棚に乗せる網は金属で作るから武器屋に頼んでくる」
「だが、これでどうやって燻すんだ?」
「小さな火鉢を作ってその中で木を燻すんだ。試行錯誤で作るから、これも手伝って欲しいところだな」
「火鉢を使うのか……」
一番難しいのは、火が燃え上がらないことだ。それと適度な煙りということになるんだが、それはやってみないと何とも言えないな。
試行錯誤とは言ったけど、基本は木炭の上に木を削ったチップを乗せればいいはずだ。
五徳の鉄板を乗せても良さそうだな。先ずはそれで試してみるか。
翌日は、朝からレイナスが番屋の外で板を切っている。俺も武器屋に向かって行くと、親父さんを呼んでもらい。針金で作った網と五徳の改造を依頼した。
「まったくお前さんの依頼は変ったものが多いな。一応できるが、少し時間が掛かるぞ。値段は……、銀貨1枚でどうだ?」
「それで結構です。10日程後に取に来ればいいでしょうか?」
「5日もあれば十分だ。料金は、仕上がり品と引き換えだが、寸法はこれでいいんだな?」
「網の幅が1.5Dより、小指1本分短ければ十分です。針金は太いのでお願いします。少し上に乗せますんで」
俺の話を笑いながら聞いている。魚を焼くと思ってるんだろうな。だけど変わった五徳を何に使うかは想像できなかったみたいだ。
さて、次はチップを作らねばならない。
桜が一番だと聞いたことがあるけど、広葉樹なら問題はないだろう。村の北外れに大きな楢の木があったから、あれの枝を1本頂くことにしよう。サルマンさんが許可してくれれば手に入るだろうし、ダメな場合は森で探せばいい。
番屋に寄ったら、生憎とサルマンさんは不在のようだ。漁師さんに村はずれの楢の枝を切っても良いか確認してくれと頼んだところで俺達の番屋に帰って来た。
番屋の外では、レイナスが板を組み合わせて削るかどうかを悩んでいるみたいだな。
「頼んできたよ。レイナスの方はどうだい?」
「何とかなりそうだな。だけど、きちんと組み合わせなきゃダメなんだろう?」
「少しは煙が漏れてもだいじょうぶさ。上に穴を空けるくらいだからね。4つ開けるのは、栓をして煙の量を調節しようとしてたんだ」
「なら、これぐらいは問題なさそうだな。明日には形になるぞ!」
中が見えるような隙間なら問題だけど、少しぐらい合わせ目が開いたぐらいなら十分に許容できる。ダメなら塞げば良いだけだ。
最初から固い荒節ができるわけがないから、ここはのんびりと実験を進めていこう。
道具だって、その都度改良していけばいいはずだ。
そんな作業を森近くでの依頼をしながらやっているんだが、ローエルさん達は俺達をギルドで見かけても苦笑いを浮かべるだけだった。
また何か始めたな? という感じで見てるんだよね。
10日も過ぎたところで、どうやらレイナスの燻製箱が完成した。中に入れる網と小さな火鉢に被せる鉄板付きの五徳はとっくに完成してたからいよいよ始められそうだ。
「ところで、あの木屑は何に使うんだ?」
たっぷりとザルに入れて乾燥させたチップをレイナスは何に使うかが分からなかったようだ。
それでも、日にかざしたチップを何度もザルの中に手を入れて掻き混ぜてくれたんだよな。
「あれで燻すんだ。本当は小さなコンロが欲しいんだけど、雑貨屋でこれを見付けたからね」
小さな火鉢は冬の内職の手を温めるのに昔から使われていたらしい。
火鉢の中には乾燥させた砂を敷いて、その上に暖炉の灰を入れたから炭火が長く持つだろう。
「場所は、俺達の番屋の間でいいな。あそこなら上に板を張ってあるから雨に濡れずに済む」
「俺達の仕事場だからな。子供達に邪魔されないように、俺達の内どちらかがいれば安心だ」
雨の日は、レイナスのところの双子が遊んでいるんだった。まあ、子供達も興味は持つだろうから、やはりどちらかが付いていなければいけないだろう。
後は、サルマンさんに知らせて魚を数匹貰えばいい。
漁師達の番屋に行って、準備が整ったと話したら若い漁師さんがちゃんとサルマンさんに伝えると請け負ってくれた。
さて、いつから始められるだろう。
その夜は、久しぶりにレイナスと酒を酌み交わす。いつもは食後のワインを1杯皆で飲むだけなんだけどね。
やはり、次の仕事の目標が決まると少し祝いたくなるな。
2日後の朝の事だ。朝食を食べていると、扉を叩く音がする。ファーちゃんが扉を開けて何やら話し込んでいるのを、俺とレイナスは首を傾けて眺めていた。
「ありがとうにゃ!」
お礼を言っているということは……。
「大きな魚を貰ったにゃ。リュウイさんに届ければ分かるって言ってたにゃ」
「レイナス、始められるぞ!」
「いよいよだな。だがその前に、先ずは腹ごしらえだ!」
俺達が朝食をかき込んでいる姿を、シグちゃん達が呆れた表情で見ている。だけど、ついに燻製を超える代物を作ろうというんだから、尊敬の眼差しが欲しいところだ。
食事を終えて立ち上がろうとしたら、無理矢理袖を引いて座らせられた。
先ずは落ち着いてお茶を飲みなさい、ということなんだろう。俺達の前にお茶の入ったカップが並べられた。
「小さな子もいるんですから、もうちょっと落ち着いてくださいね」
ついにシグちゃんからお小言を頂戴することになってしまった。
レイナスと素早く目で状況を確認し合うと、大きく息を吐いてお茶を頂く。
お茶をゆっくりと飲み終えたところで、「御馳走様!」の言葉と共に番屋を飛び出した。
どれどれ、と先ずは獲物を見る。型の良いサバだな。こっちではガルトだったっけ。
45cmはありそうだ。数は5匹というところだから、作業をするにも都合がいい。
「レイナス、先ずはお湯を沸かしてくれ。それまでに俺がガルトを裁いておく」
「分かった。このカマドでいいな。煮るのか?」
「ああ、軽くお湯を通すんだ。お湯が沸いたら塩を一掴み入れてくれ」
レイナスが頷くと直ぐに番屋の後ろに走って行った。焚き木を持ってくるんだろう。チリ鍋を作る大きな鍋も、番屋の後ろに吊るしてあるんだったな。
さて、地引網で貰った魚を捌く大きな板を取り出して、サバを乗せるとザルを用意しておく。
包丁代わりのサバイバルナイフを用意していると、シグちゃんが何が始まるんだろうという目で俺を見ている。
丁度良いから、シグちゃんに道具を纏めて【クリーネ】を掛けて貰った。これで、安心して捌けるな。
先ずが頭を落とす。尻の砲からナイフを入れて、内臓を取り出すと、尻尾の方を軽くナイフで叩いて切れ目を入れた。
ここからが問題だ。出刃包丁ならわけなくできるんだけど、サバイバルナイフだからなぁ。
尻尾の方の切れ目にナイフを刺し込んで、背骨に沿って頭の方に切っていく。それが終わると反対側も同じように切り取った。これで3枚下ろしになる。
腹の周囲の小骨を丁寧に取って、次のサバに取り掛かる。
「ほう、魚の骨を最初に取ってしまうんだな」
「そんなところだ。もう2匹残ってるから、やってみるか?」
その言葉を待っていたかのように、俺からナイフを受け取るとサバを3枚に下ろしていく。
「このまま焼くんですか?」
「ちょっと面倒なんだ。先ずは、そっちの熱湯に一度潜らせてから煙で燻すことになる」
いつの間にかファーちゃんまで双子の手を握って俺達の作業を見ていた。やはり興味はあるみたいだな。
「終わったぞ。次は?」
「ファーちゃん、きれいな布をこのぐらいの大きさで欲しいんだけど」
水切りを忘れていた。布で表面を軽く押さえればいいだろう。
ファーちゃんが布を持って来てくれたところで、手カゴに入れた切り身を熱湯の中にざぶんと漬けた。
数を10数えたところでお湯から出して、燻製棚の網に水けを取りながら切り身を並べていく。かなり余裕があるけど、実験では仕方がないところだな。
小さな火鉢に、カマドから真っ赤になった炭を取り出して並べると、新しい炭を上に乗せる。鉄板の付いた五徳を火鉢に置いたところで、燻製箱の一番下に置いた。鉄板の上には2掴み程のチップを乗せてある。これで箱を閉じれば、後は待つだけだ。
「煙が出てきましたよ?」
「あれぐらいで丁度良いんだ。だんだん煙が多くなるはずだから、それまでは放っておいてもだいじょうぶだ」
作業が一段落したところで道具を片付ける。これで2、3時間はこのままだから、頭と内臓を畑に埋めることにした。良い肥料になってくれるだろう。