P-122 ミーメさんのお相手
再び冬が巡ってくる。
ムサシ達は歩くまでになってきた。来春にはオムツも取れるらしいから、双子の短い赤ちゃん時代は終わりになる。
夕食を終えて、のんびりとワインを飲む。
双子は、ファーちゃんの隣でカゴの中で眠っているようだ。
「獣人族の子供の成長は早いんですね」
「3つになれば走り回るから始末に負えなくなるだろうな。だけど、村の中なら安全だ」
「眼を放すわけにはいかないだろうな。そうなるとサルマンさん達に預けられなくなるんじゃないか?」
「近場で薬草を採ろうと、ファーと話してたんだ。とはいっても、野犬狩りぐらいならできそうな気もする。狩りをする前に背負いカゴに入れて蓋をしとけば、野犬に噛まれる心配はなさそうだからな」
親の言いつけをちゃんと聞いて、自分の身を守れるぐらいになれば森に入れそうな気もするけど、無理は禁物だ。
それに薬草の数は結構多いからね。それなりの生活はできるんじゃないかな。たまに、ファーちゃんと双子を残して3人で狩りをするぐらいは、ファーちゃんも許してくれるだろう。
「そうそう、雑貨屋でヒルダさんに会いました。ヒルダさんのお腹が少し大きいように思えたんですけど」
「ローエルさんも父親になるってことか?
「俺の方が先輩だからな。色々と教えてあげなくちゃならない」
レイナスとカチンとカップを鳴らす。
シグちゃんの見間違いということもありそうだから、本人が話すまで黙っててあげよう。
「ミーメさんが残ってるな……」
「サルマンさんも心配してるんだよな。だけど、これは縁が大事だから俺達がどうにかできる話でもなさそうだ」
4人で下を向いてしまったが、今年いくつになるんだろう? 婚期を逃すことだけは避けたいだろうが、村にそれなりの男性が見当たらないのも原因ではあるんだろうな。
いくら何でも俺達が見つけてあげることもできないだろうから、サルマンさん達の悩みが深くなりそうだな。
そんな俺達の心配事が吹き飛んだのは、元旦恒例のチリ鍋を作っている最中だった。
鍋奉行のレイナスが鍋に入れるグザイの順番を色々と指図して、その通りに俺が具材を投げ込んでいると、サルマンさん達がやって来た。酒のビンを俺に見せながら上がり込んでくると、その後ろからミーメさんが付いてきた。
ここまでは例年通りだったのだが、その後ろからミーメさんと同じ年頃の男性が入って来た。
「新年早々に挨拶に来たぞ。ほれ、こっちに上がってこい。こいつらが噂のハンターだ。お前の前任者もだいぶ世話になってるから、知り合っておくに限るだろう」
俺達に頭を下げながらサルマンさんの隣に腰を下ろした男性は、革の上下に長剣を佩いていた。
軍人ではないな。それにハンター特有の粗野なところがまるでない。となれば……。
「新しい警邏部隊の人ですね?」
「昨年にこの村に配属になりました、第2警邏部隊の副官を務めるオリガンと言います。リュウイ殿達のことはサルマン殿やミーメより散々聞かされてますが、だいぶお若いんですね」
たぶん初めてあった人なら、そう思えるに違いない。ベテランハンターのレイナスに従う新米の男女という風に俺とシグちゃんは傍目では見られているからね。
オリガンさんに俺達の事を話すと、多少驚きながらも納得してくれたようだ。
出来上がったチリ鍋を突きながらワインを飲む。
双子はミーメさんとファーちゃんが抱っこしているから、シグちゃんが少し不機嫌なんだよな。
「これで、俺の心配は何もなくなった。安心して漁ができるぞ」
「それにしても、ハンターでありながら漁にも詳しいとは……」
「その上、変わった依頼を確実にやり遂げるのよ。王都のガリナムさんまで一目置いているわ」
「ガリナム殿にも、その話を聞いたことがあります。『困ったことがあれば、お前の赴任先にいるリュウイを一度は訪ねよ』とわざわざ営舎に足を運んで教えて頂いたのですが、てっきりこの村の長老だと思っていましたから」
そんな評価をしてくれたのはありがたいけど、そうなると外にもやってくるハンターが出てきそうだな。
「その上、この村の産業である絹織物の考案者なの。昔は出稼ぎに出る者も多かったんだけどね」
「絹のドレスを着たご婦人を遠目できたことがありましたが、あれがこの村とは上官より赴任理由を聞かされて初めて知ったのです」
今は量産化ができないから上流階級のご婦人が着るぐらいなんだろう。その内に中古品が出回れば庶民に落ちて来るかもしれないな。
「王都からいらしたんですか。こちらこそよろしくお願いします」
「まぁ、こいつらと顔見知りになるなら悪いことにはならんだろうさ。非番には隣の番屋で飲むのもいいもんだ。こいつらと陸と海の狩りをするのも悪くはないぞ」
「ジラフィンの大きさは聞いたことがあるんですが、どうしても大きさが信じられないんです。この村でも獲れると聞いて最初は驚いたんです」
「まぁ、見なけりゃ信じねぇだろうな。見なくても、その獲りかたを教えてくれたのがリュウイなんだ。まったくどこまで漁を知ってるか、漁師の上を行きやがる」
すでに酔ってるんだろうか?
ミーメさんのお相手と意気投合して飲んでるんだけど、果たしてオリガンさんは酒に強いんだろうか?
さんざん飲まされたから俺達は凝りてるんだけどねぇ。
これで俺達の被害が少しは軽減できるかもしれない。レイナスと顔を見合わせて思わずニヤリと微笑んだ。
昼近くまで皆で飲んだところで、サルマンさん達は帰って行った。
これで、ミーメさんも少しは落ち着くんだろうか? 何か先は長そうだけど、旦那さんが優しそうな人だから、たぶん大丈夫だろう。
たっぷりと飲まされたから、少し外に出るとベンチに腰を下ろしてパイプを取り出した。
これで、年頃の人物は……、イリスさんがいた!
獣人族だから意外と早いんじゃないかと思うんだけど、王国の辺境の村々を巡ってるそうだから、まだまだ先になるのかもしれないな。
「世代が変わりますね……」
いつの間にか隣にシグちゃんが座っている。さっきまでの俺と同じく、シグちゃんの瞳には遠い海が映っていた。
「そうだね。金のリンゴのおかげで俺もシグちゃん達と同じ種族に近いようだ。これが世代の変わり目ということなんだろうね」
「ヒルダさんもいつかはこの村を離れます。その時には私達も……」
そういうことか。ローエルさんは人間族だからエルフ族のヒルダさんの先に寿命を迎えることになる。
残ったヒルダさんがこの村に残るのは辛いだろうな。少なくとも子供の成長を見てからなんだろうけどね。
辺境の小さな村で3人で薬草でも摘みながら暮らすことになるのかな。
「だけど、だいぶ先の話になりそうだ。レイナスとローエルさん所の子供は俺達が狩りを教えなくちゃないらないだろうし」
「ファーちゃんやヒルダさんも教えてあげられそうですけど、親に狩を教えて貰うハンターは大成しないと聞いたことがあります」
どうしても、世話を焼きたくなるんだろうな。
親の七光りでハンターのレベルを上げるようでは、将来が心配だという戒めなんだろう。
そうなると十数年後には、俺とシグちゃんが3人を引き連れて森で狩りをすることになるのかな?
「もうしばらくはこの村で楽しめますね?」
「そういうことだ。少なくとも30年はこの村で過ごしたいな」
シグちゃんの冷たくなった肩を抱いて、俺達の番屋に戻る。
俺達の番屋は、4人で暮らしていた番屋よりも小さいんだが、2人で済むには丁度いい。
暖炉も小さなものだが、それでもお茶ぐらいは作れるし無理を言って作ってもらった掘りごたつはシグちゃんのお気に入りだ。
ミカンが欲しいけれど、この世界には無いんだよな。それでも干した果物をシグちゃんは欠かしたことが無い。
小さなザルに入れた果物をこたつの天板に乗せてお茶を頂くと、前の世界を思い出すな。
「明日まで休むけど、明後日には罠を仕掛けに行くよ。織場の休みも明日までなんだろう?」
「最初は、なぜ? と皆に聞かれましたが、今年で3回目ですから、これがしきたりになるのかもしれません。おばさん達も新年を休むのは良いことだと言ってましたよ」
この世界の人達には決まった日に休むという考えはないんだよな。家々、友人同士、仕事仲間……、そんな集団で休む日を決めているようだ。
宗教的にそんな日があっても良いようなものだけど、この世界の宗教は寛容だ。休日が統一されるのはかなり先のことになりそうだな。
「でも、ヒルダさんが母親になったら、ローエルさんのパーティも少し困ったことになりそうですね」
「知らない仲じゃない。その時は俺達が手伝ってあげればいい。ファーちゃんもヒルダさんが一緒なら俺達と離れていても安心できるだろうしね」
ひょっとしたら、今年はそんなことがあるかもしれないな。
サルマンさんの方は、俺の知ってる漁のほとんどを教えたようなものだ。残っているのは延縄漁ぐらいだが、今年やってみようかな?
「なんだか嬉しそうですね?」
「もう1つ、漁の仕方を教えてあげようと思ってね」
「サルマンさんの知らない漁ですか?」
「番屋で色々と網や仕掛けを見せて貰ったけど、俺がやろうとしてる仕掛けは無かったよ。だけど、サルマンさん達だって、長い漁の生活で漁の仕方は考えたはずなんだ。その仕掛けで魚が獲れるかどうかはやってみないと分からないんだよね」
俺の話を興味深くシグちゃんが聞いている。
延縄漁は表彰近くの回遊魚を対象とした漁なんだが、サルマンさん達の水揚げを見ると、青物は少ないんだよな。
この辺りに青物は回遊していないのかもしれない。そうなると仕掛けても意味がないことになってしまいそうだ。