P-119 ファーちゃん
翌日も森でアルバスを狩ることにしたから、2日間で20匹を超える数を手に入れた。その上、サンガの繭を見付ける傍から採取したから、獣を狙う狩以外のハンター収入としては十分な額に達したはずだ。
そんなことだから、夕食を食べる俺達は機嫌が良い。シグちゃん達の作る料理がおいしいこともあるんだけどね。持参したワインの小瓶からカップ半分ほどの酒を皆のカップに注いで食事をしながら少しずつ飲んでいる。
「それにしても、あんな仕掛けで獲れるんだからな。誰も知らないんじゃないか?」
「元々は子供の虫取り方法だよ。それを応用しただけだから、その内誰かがやってみるんじゃないかな」
レイナスはそれは無理だろうと首を振っている。
やはり、子供は子供でハンターはハンターということになるんだろうか? それはちょっと問題だと思うな。色々とやってみるべきだ。ダメなら次の手を考えればいいことだ。
「でも今度は獣を狩るんでしょう? やはり野犬からがいいと思いますよ」
シグちゃんの言葉にファーちゃんも頷いている。
冬は罠猟だし、春先は野草採取を続けているからな。シグちゃん達が慎重になるのも頷ける話だ。
「そうだな。リュウイもそれでいいか?」
「賛成だ。となると、森ではなく最初は荒れ地になるぞ」
村の近くの荒れ地を開墾する者達もいるのだ。彼らの安全を守るためにも、野犬狩りは必要だろう。それに、畑を荒らすラビーだっているからな。
そんな狩りの話で俺達の夜は更けていった。
翌日は、歩くだけだ。かなり森の中に入っているから今日は森を抜けるまでを歩くことになる。
どうにか森を抜けた時には、俺の背負うカゴにたっぷりと焚き木が詰め込まれている。村での生活には必要な物だし、冬に備えて少しずつ貯えなければならなものの1つが焚き木だからね。
「ん、森からハンターが出てきたぞ」
焚き火で夕食を作っていると、周囲を警戒していたレイナスが呟いた。
近くに置いた杖を手元に引き寄せておく。ハンターが必ずしも好意的であると限らないのは、ハンターなりたての時に知ったことだ。レイナスも似たような仕打ちを受けたようだから、他のハンターと聞くと最初はどうしても気構えてしまう。
どうやら、俺達の焚き火を見付けたようだ。こちらに近づいてくる。
数は6人だな。背負いカゴに獲物を入れているようだから、小さな獣を狩って来たんだろうか?
「こんばんは。俺達も焚き火を使わせてもらっていいですか?」
「ああ、いいぞ。お茶はあるんだが、食事はそちらで何とかしてくれ」
「ありがとうございます!」
レイナスの言葉に嬉しそうな顔をして焚き火の周りに腰を下ろした。
この顔ぶれには、何度か会ったことがある。2年ほど前にハンターになった若者たちだが、どれぐらいレベルが上がったんだろうか?
「俺達は第4広場の南で猟をしてたんだけど、そっちは?」
「第2広場の周辺でラビー狩りです。野犬の襲撃をどうにか跳ねのけました」
ハンターとして少しずつ育っているようだ。だけど、全員が人間族だからな。ある程度で頭打ちになりかねない。2つのパーティに分かれるのか、それとも仲間を無くしてそれに気づくのか……。俺達が指摘しても仲間を分けるなどできないだろう。ここまで一緒に力を合わせてきたことも確かだ。それだけ互いの絆は深いに違いない。
俺達と同じように携帯食料で夕食を作ると、俺達と一緒になっての食事だ。次の狩りについての希望をレイナスに告げて、その注意点を聞いている。
とは言っても、俺達の狩りが変わっていることは彼らも知っているんだろう。あくまで参考にしたいということなんだろうな。
「野犬が何とかなるなら、ガトルも受けられるぞ。野犬が2回り大きくなって、動きが素早くなる感じだな。野犬10匹がガトル2匹ということで覚えといた方がいいかもしれないな」
少年達にパイプ片手に語るレイナスはベテランハンターそのものだ。
春先に確認した俺達のレベルは青の1つ。ある意味ベテランにはなるんだろうが、上には上がいることを知っているから、ベテランだという自覚は無いんだよな。
「レイナスさんなら、やはり片手剣を使うんですか?」
「いや、これを使う。俺達、ネコ族ならこれが一番だ。ガトル相手でも十分に使えるぞ。俺に教えてくれたのは、リュウイだから人間族でも十分に使えるだろう。だけど、直ぐには使えない。これでだいぶあちこち自分を叩いたからな」
少年たちがふ~んという感じで聞き入っている。2本の棒を鎖で結んだだけの品だ。それがどれだけの威力を持つかは、見たことがないなら想像すらできないに違いない。
いつの間にか俺達の量に話が移っている。隣で聞き耳を立てているとおもしろいな。シグちゃん達はいつものように編み物をしながらファーちゃんと世間話をしている。
「あの依頼を受けたんですか! 参考までに方法を教えてください。ギルドのハンター達が、その依頼だけは止めておけと注意してくれたんです」
「だろうな。ローエルさんでさえ苦労したらしい。俺達はクモの巣を使った。それで20匹以上のアルバスを捉えたぞ。クモの巣をどうやって使うかはお前達で考えてみるんだな」
ヒントは与えるが自分達でも考えろということか。中々レイナスの教えは厳しいな。だけど、俺達の方法にたどり着いたら、彼等も工夫ができるハンターであるということになりそうだ。
そんな話を終えると交代で焚き火の番をする。
村のギルドに戻ったのは依頼を受けて4日目の事だった。
シグちゃん達が買い出しに出掛けたところで、俺とレイナスでギルドのミーメさんに結果の報告と獲物を引き渡す。まだ元気に袋の中で動いているから、レイナスが手袋をして1匹ずつ、革袋に移し替えている。
それを見ていた俺の肩を叩いたのはローエルさんだった。奥のテーブルを顎で教えてくれたからレイナスに後を任せるとローエルさんの待つテーブルに向かった。
「どう見ても20匹を超えているな。今度はどうやったんだ?」
「ローエルには黙ってたけど、網を教えてあげたわ。上手く捕らえたようね」
ヒルダさんが、俺に笑顔を見せながらお茶のカップを渡してくれた。
「おいおい、それは教えすぎだぞ。だが、網を使っても俺達が捕らえたのは10匹ほどだった。都合2日の猟でだ。だが、リュウイ達はその2倍を超えている。網というわけでは無さそうだ」
ローエルさんらしく、相変わらず鋭いな。
「ダメなら網ということで、網と同じく虫を捉える方法を考えました。その方法ですが、クモの巣を使いました」
「クモの巣だと! それでアルバスが捕まえられるはずが無かろうが……」
かなり驚いたようだが、俺に顔を向けるとにやりと笑みを浮かべる。
「まぁ、リュウイの事だ。クモの巣をどのように使えば捕らえることができるかは分からんが、その材料がクモの巣だということは皆に教えてやろう。案外、同じ方法にたどり着く者達がいるかもしれないからな。来年までにその方法が分からない時には教えを乞うことにしよう」
「意外と簡単なんです。気が付くパーティは多いと思いますよ」
レイナスの方が終わったらしいから、ローエルさんに頭を下げて席を立った。
今日はお風呂に入って夕食を食べたら早めに休もう。歩き疲れたことも確かなんだよな。
番屋に着くと、裏に回って背負いカゴの焚き木を軒下に積み上げる。先は長そうだが少しずつ運んでくれば秋口には冬越しの焚き木が手に入るだろう。それに織場の焚き木だって必要だからね。
表に廻ってみるとレイナスがベンチに座ってパイプを咥えていた。隣に腰を下ろして一緒に海を眺める。
荒れた海も良いが穏やかな海もそれなりだ。今夜は三日月だから海のすぐ上に月が浮かんでいる。
「どうにか猟を終えたな。1日休んで次は西の荒れ地だ」
「ミーメさんの話ではいくつかの群れがいるらしい。30は何とかしてほしいと言ってたぞ」
「西の荒れ地では100匹近い野犬を相手にしたこともあった。あまり餌をバラまくのは避けてくれよ」
「あの時はあの時だ。それに原因はミーメさんだと今でも思ってるんだよな。だけど、リュウイと組んだから何とか切り抜けられた」
「そんなことはないさ。レイナスがいたからだ」
互いに顔を見合わせて笑いあう。そろそろスープが出来たころだな。2人で番屋の扉を開けた時だった。
いきなりファーちゃんが飛び出してくると、砂浜で吐いているようだ。その後をシグちゃんが飛び出してきてファーちゃんの背中をさすっている。
「織場に行ってくる。まだおばさん達がいるかもしれないからな」
「頼んだぞ。俺はファーに何があったかを聞いてみるつもりだ」
宿のお弁当が原因とは思えないんだよな。それにファーちゃんが俺達よりも先に食事をするわけがない。スープの味見が原因なんだろうか?
食べちゃいけない野草もあると聞いている。その辺りは古くからこの村に住んでいるおばさん達に聞くのが一番に違いない。
俺が織場に飛び込んでいくと、サルマンさんの奥さん達が今日の仕事を終えて部屋の掃除をしている最中だった。
息を整えて、びっくりして俺を見ているおばさん達に来訪の理由を話すと、数人がふんふんと頷いている。
あまり慌ててはいないんだよな。どちらかというと少し笑みを浮かべている。
「食事を作る途中で吐き気を催したということですね。私が一緒に行きましょう。リュウイさんなら確かに大慌てになると思いますよ」
俺にそういうと、他のおばさん達に向かって小さく頷いた。あれで意思が伝わるんだろうか? おばさん達の以心伝心能力は凄いものだと感心しながらも俺達の暮らす番屋へと急ぐことになった。