P-112 銛先の工夫
年の初めは、4人で東の海上に姿を現した初日の出を眺めることから始まった。
新年は初日の出を見ることだ! という俺の意見に賛同してくれたかどうかは少し怪しいけれど、向こうの世界の雰囲気を味わうことができたのが嬉しかった。
「次はチリ鍋だな!」
「だけど、あの鍋だぞ。今日1日で食べ終えるんだろうか?」
「客が来れば一緒に食べてもらうからなんとかなるさ」
魚料理だからレイナスはご機嫌だな。寒いから、直ぐに番屋に戻るとリビングの真ん中にある板を外すと囲炉裏に火を起こす。炭を入れて暖炉から熾火を運ぶだけだけど、俺達の作業が終わったところで、シグちゃんとファーちゃんが鍋を2人で運ぶと天井から下げた鎖の先端にあるフックに鍋のツルを引っ掛ける。
さて、後は出来上がるのを待つだけになるぞ。蓋が鍋から持ち上がってるくらいだから具沢山のちり鍋ってことだ。考えただけでもよだれが出てくる。
4人でワインをちびちびと飲みながら湯気の上がって来た鍋を見つめる。
なんとなく3人とも幸せそうな表情をしているな。やはり、何事もなく好物の鍋が出来上がるのを待つというのは幸せなことなんだろう。俺も同じような表情をしてるに違いない。
トントンと扉が叩かれた音が聞こえてくると、直ぐにファーちゃんが扉を開けに向かった。
「やって来たぞ! 新年早々、朝からチリ鍋とは、考えたもんだ」
ほれ! とカゴをファーちゃんに渡してる。ファーちゃんの目が輝いているところを見ると、串焼き用の魚かな?
「ごめんねぇ。おじいちゃんが俺も一緒だと言ってやって来たの」
サルマンさんの後ろでミーメさんがぺこぺこを頭を下げている。だけどサルマンさんなら大歓迎だ。俺達の向かい側にいたシグちゃん達が俺達の側に移動して、サルマンさん達の席を用意する。
「これだけ大きな鍋だからな。まだまだ増えてもだいじょうぶだ」
レイナスが鍋の蓋を取って具合を見ている。そろそろ煮えたのかな?
新たに酒のビンを取り出して、シグちゃんが2人にカップを渡している。すでにたっぷりと飲んでいるんだろう、サルマンさんは赤ら顔だ。
「去年の盗賊騒ぎは大変だったが、あれでしばらくはやって来んだろう。警邏隊も常に1班を村においてくれるから安心できる」
「まさか絹を作ることでこんなことになるとは思いませんでした。ご苦労をおかけします」
「なんの、気にするな。村から出ずに済む娘や若者の家族が喜んでるし、村全体も少し上向いた感じだ。俺にできねぇことをしてくれたんだ。感謝こそすれ、それを苦労とは誰も思わん」
そんなことを言いながら、シグちゃんから鍋料理が盛られた深皿を受けとっている。ミーメさんも目を丸くしながらファーちゃんから料理の作り方を聞いてるけど、自分でも作る気になったのかな?
「今度の狩は少し南東に向かうことになります。数日は留守になるかもしれません」
「ハンターが本業だからな。ローエルと付き合うなら仕方ねえだろう」
「それで、なんとかなりそうなの?」
ミーメさん達との会話にシグちゃんが何のことかと聞いてきたので、次の狩の話をすることになった。
本当は、鍋を突きながら4人で考えるはずだったことをちゃんと説明したから、納得はしてくれたんだろうけど、ファーちゃんと一緒に図鑑を調べているぞ。
「これですか! 色々と獲物はいるんですねぇ」
「このエビに似てるにゃ」
ファーちゃんが囲炉裏の串焼きを指さしてるけど、かなり番うと思うぞ。似てるといえば小さなハサミと長いしっぽだけど、エビには尻尾の先に毒針はないからねぇ。
ん? ちょっと待て。
思わず席を立ってシグちゃん達の眺めている図鑑を取り上げた。なるほど、同じだな。これは使えるかもしれない。
「どうした。急に?」
「ああ、ファーちゃんの言葉でグリストの弱点がわかったぞ! これで少し狩るのが楽になりそうだ」
「どうやって狩る?」
「銛だ。少し変わった銛だから、急いで銛先を頼んでくる」
サルマンさん達に頭を下げて非礼を詫びると、番屋を飛び出した。
この世界は新年に仕事を休むというようなことは余りないからな。武器屋も営業してるに違いない。
通りを走って、武器屋に飛び込むとカウンターのおじさんが驚いている。
とりあえず筆記用具を貸してもらって、銛の大まかな姿を描いた。
「簡単に柄が外れる銛を作るのか? 銛先の途中に革紐を結ぶのは変ってるというよりも色物だぞ? まさかハンターを止めてサルマン殿と一緒に漁を始めるんじゃないだろうな?」
「まさかですよ。それも立派な狩の道具です。確かに漁にも使えそうですけどね」
値段は1個銀貨3枚ということだ。4本を大至急に作ってもらう。柄の方は森の途中で手に入れればいいだろう。
これでグリストの動きを封じられるかもしれない。ダメでも相当のダメージを与えることができるだろう。昆虫だとしても、体液が流出すれば体力が落ちるに違いないだろうからな。
番屋へとのんびりと歩いていく。帰ったらまずは1杯ということになりかねないからね。
「ただいま」
玄関の扉を開けると、すでに酔いが回っているレイナス達がいた。
早速に、カップになみなみと注がれたワインを一口飲んで、新たな武器の話をする。
「銛を注文したのか? 俺に言えば貸してやったのに」
「漁にも使えるでしょうが、俺の注文した銛は相手に命中したら絶対に外れない銛ですから、サルマンさん達の銛ではちょっと使い方が悪いんです」
「何だと! こっちにこい。じっくりと話を聞かせて貰おうじゃねえか」
銛ということではサルマンさんも一家言があるらしい。ジラフィン相手に銛を打って暮らしたんだからね。
だけど、ジラフィン相手の銛は銛先が長いものだ。柄から長く伸びた先端まで鋼で作られた品だ。ジラフィンの皮膚の裏の分厚い脂肪を突き通すことに主眼が置かれている。
「すると、リュウイの作る銛ってのは、相手に食い込んだら結んだロープに引かれることで横になるってことか?」
「傷口よりも体内で広がりますから、ロープが切れない限り外れることはありません」
今度は考え込んでるな。ジラフィンなら、今までの銛で十分だと思うんだけどね。
サルマンさんが、酒を一口グイっと飲んだところで、俺に顔を向けた。
「たぶん狩が終われば銛は使わんだろう。その銛を俺にくれんか?」
「良いですけど、何を狙うんです?」
「サラドだ。サラド自体は美味いものではないんだが、そこそこ明かり用の油が取れる。それに奴の肝臓の塩漬けは病人用として珍重される」
初めて聞く名前だが、話を聞くとどうやらサメのようにも思える。鋭い歯で他の魚を襲うというから、まず間違いないところだな。ひょっとしてオルカかもしれないけど、サルマンさん達の使う船の半分より少し大きいというから間違いなさそうだ。
「それなら使えるかもしれませんね。でも、今までの銛も準備は必要ですよ」
「ダメなら今まで通りということだな。だが、リュウイの言う話が本当ならかなり使えると思うんだがな」
大きな魚と聞いてレイナス達が目を輝かせているけど、まだサメを見たことが無いんだろうか? 一度見れば、怖さで食べようなんて思わないだろうけどね。
変わった銛先だから、俺達がいつも使うわけではない。次に使うまではサルマンさんに預けておくことでレイナス達に納得してもらうことにした。
「ありがてぇ、ジラフィンは早々現れるもんでもねえんだが、サラドは海が温くなるとやってくるからな」
「危険な獲物ですし、群れてますからね。俺としては銛よりも釣りを勧めますよ」
「何だと! リュウイはサラドを釣ったことがあるのか?」
口が滑ったとは、こんなことを言うのかもしれないな。サルマンさんのドスの利いた声に思わず天井を見上げてしまった。
こうなっては仕方がない。俺の知る限りのサメを狩る方法を教えることになってしまった。
俺の話に一々頷きながら酒を飲んでいるのはサルマンさんで、レイナスやシグちゃん達は、目を大きく開いて感心した表情で俺を見ている。
「それにしても不思議ね。私も大きなサラドは見たことがあるけど、釣りで捕らえるなんて考えたこともなかったわ」
「俺達漁師でも、そんなことは考えもしねぇ。あの歯を見ればロープなんか簡単に食い千切ってしまうと思ってるからな。だが、鋼の針金を撚り合わせれば、歯で食切ることは確かにできんだろうな。今年の夏はおもしろそうだぞ」
サルマンさんは機嫌がいい。機嫌がいいから俺達に酒を注いでくれるんだが……、これだと間違いなく明日はレイナスとこの場で寝ていることになってしまいそうだ。
必死になってレイナスと交互に、サルマンさんのカップに酒を注いでいるんだが、全くこの人はうわばみなんだよなぁ。
昼を過ぎたころにやってきたサルマンさんの奥さんがサルマンさんを回収してくれたから、思わずレイナスとため息をついてしまったほどだ。
「良い人なんだけどなあ。酒を誰にも勧めるのが唯一の問題だよ」
「俺も認めるぞ。サルマンさんはこの村のためには尽力する人だ。だけど、誰もが一つぐらい欠点を持ってるよ。とはいってもなぁ」
サルマンさんが引き揚げた途端、俺とレイナスはリビングに寝込んでしまった。地球が回っていることをこのリビングでも感じることができる状態だからね。
きっとガリレオも酒が弱かったんじゃないかな。酒を飲んでひっくり返って空を仰ぎ、それでも地球は回っていると言ったに違いない。