P-110 レイナスの倒した相手
襲っては来なくなったが、遠くに松明がちらついているところを見ると安心はできないってことなんだろう。
イリスさんが柵に体を預けながら、遠くにちらついている松明の明かりを見ている。
シグちゃんがカモフラージュネットから出てきて、俺達にワインを配ってくれた。ありがたく受け取って、焚き火の傍に座ると喉を潤す。
「その武器は使い方が難しそうだな。俺達のパーティのネコ族がヌンチャクという武器を使っているが、それとは少し違うようだ」
「根っこは同じだと思いますよ。確かに少し練習がいりますが、使い慣れるとガトルの群れもそれほど苦にはなりません」
俺の後ろで槍を使っていた男が俺の肩をポンと叩く。教えてくれとは言わないから、自分では無理だと判断したんだろう。それに槍を振舞わして俺を通り過ぎた盗賊を相手にしていたから、自分の槍の腕を誇っているのかもしれないな。
「リュウイ、無事だったか?」
「レイナスも無事だったか! ファーちゃんの方はさっきシグちゃんに教えてもらったんだが」
「忘れてたんじゃないだろうな? まぁ、お互い無事で何よりだ」
笑ってるところを見ると悪気はないようだ。
俺の隣に腰を下ろしたところで、気になったことを聞いてみる。
「ところで、イリスさんがお前の名を乱戦のさ中に呼んでたが?」
「あぁ、あれだな。前に俺の村が襲撃された話をしたことがあったよな。その時の親玉がいたんだ。ヌンチャクを使ってたんだが、ウーメラを腰に差しといて良かったよ。一撃で倒したぞ。……だが、村の連中のことを考えると、もっと苦しませるべきだったかもしれないな」
たぶん咄嗟の判断だったんだろう。ハンター暮らしが長いから狩をと同じように獲物を一撃で倒すことに慣れてるんだろうな。
「結果的には問題ないはずだ。レイナスは故郷の仇を討った。それは誇れることだと思うぞ」
「そうだな。ファーにも教えたんだが、涙ぐんでいた」
「だが、これで1つのわだかまりも無くなったことは確かだ。これからは、この村のハンターとして暮らしていけば良いんじゃないか? ここが俺達の故郷になるんだからね」
俺の言葉に、レイナスが頷いている。
2人だけが助かったというのは、ある意味レイナス達の負い目になっていたかもしれない。だが、亡くなった連中にも胸を張れることをレイナスは行ったんだから、これからは前だけを向いて暮らしていけばいい。
「ここにいたのか。どうにか終わったようだな。生き残った盗賊もいるようだが、松明の数からみれば少ないはずだ。街道を襲うことはあるだろうが村を襲うことはできないだろうな」
「だがすぐに増えるぞ。まったくあの手の連中は野犬より始末が悪い」
イリスさんに続いて、ドカリと体を投げ出すようにして俺達の輪に入って来たのは、サドミスさんだ。革ヨロイのあちこちに返り血が付いている。早めに【クリーネ】で落としといたほうが良いんじゃないかな。
「だが、これでグラーフ一家も壊滅だな。俺達の王国だけじゃねぇ。西の王国も喜ぶんじゃないか。レイナスの投げ槍で腹に大穴が開けられていた。死ぬまでの時間は奴も今までの行いを後悔したかもしれんな」
「すぐに仲間が再結成するだろうが、グラーフのようには統率できまい。辺境の村も少しは安心できそうだな」
「何だ何だ、ここにいたのか! オォーイ、こっちに運んでくれ!」
大声で怒鳴る声はサルマンさんだ。俺達の輪に加わると、直ぐに酒の瓶が回ってくる。小さなカップに注いでサドミスさん達にビンをまわす。すぐに漁師のおじさん達がザルに入れた魚を持ってきてくれた。
すでに串にさしてあるから、焚き火で炙るだけになっている。
「まぁ、なんとかなるもんだな。あの大型クロスボウで2人を血祭りにあげたぞ。あれを受けたなら、王都の重装歩兵でもぶっ倒れるに違いねえな」
「あれに当たる盗賊がいたのか? 早めに足を洗うべきだったな」
狙うのも面倒だし、自分に向けられているとは切りわかる代物だからなぁ。確かにあれに当たるような盗賊ならそもそも素質がなかったということになるんだろう。
とはいえ、サルマンさんや漁師のおじさん連中は上機嫌だ。自分達で盗賊を倒したという実績は紛れもない事実ということになる。たぶんいつまでたっても、今夜の戦いを肴に酒を飲むんじゃないかな。
サルマンさんの話では北の門の広場でもたき火を囲んで酒盛りをしているとのことだ。あちこちに盗賊達の亡骸が転がってはいるんだが、これは明日の仕事になるんだろうな。
翌日は、西の荒れ地に大きな穴を掘る作業が俺達を待っていた。どうやら盗賊達をまとめて葬るらしい。柵に近くに掘った落とし穴は、俺達の住居に近いということでそのまま埋め戻すとのことだった。
それを聞いてちょっと安心したのは俺だけかもしれない。この世界にはオバケの話はないみたいだからね。
1日掛かりで穴を掘り、新たな穴を張り始めたところに、村人達が担架で盗賊の亡骸を運んで投げ込んでいる。最後に土を被せていたけど、それほど高く土を積み上げることがないのは、どこに埋めたかを隠すためなのかもしれない。数年で周囲と見分けがつかなくなるんじゃなかな。
作業が一段落した3日目の夜。各集団の代表者がギルドに集まることになった。今後の対策を話し合うのかもしれない。
ギルドのテーブルの一角に座ってパイプを楽しんでいると、最初の夜のようにいろんな連中が集まってきた。
ある程度集まったところでローエルさんが席を立ち、俺達の顔ぶれを確認する。
「どうやら、これで全部のようだな。今回は上手く盗賊を跳ね返すことができた。それに大盗賊のグラーフを倒したのもこの村だということを誇りに思う。奴らの指を集めたがその数は120を超えている。捕縛した10人程に数を確認したところ、俺達を襲った盗賊の数は190というところだった。7割近い盗賊を俺達で亡き者にできたということだな。盗賊退治の報奨金が王国から出されることは間違いないが、とりあえず1人当たり銀貨2枚をギルドから手渡すことにした。報奨金については入手次第、この金額に上乗せされることになる。ご苦労だった」
ローエルさんの話が終わると同時に拍手が巻き起こる。
これで一件落着ってことだな。明日からいつもの生活に戻れるってことになる。
「次に私からだ。今回の襲撃の1つはこの場にいる皆も知っての通り、あの絹織物にある。今後の生産に安心できるよう、2個分隊に警邏隊が増員される。治安維持と街道までの警備が目的と聞いているから、今後は盗賊に襲われることはかなり軽減できるだろう」
イリスさんの言葉に頷いているのはネーデルさん達だ。やはり2人では心細かったに違いない。
だけど、そんな話なら最初に教えてくれても良かったように思えるな。
最後に、ミーメさん達が俺達にワインのカップを運んできた。皆で乾杯をしたところで今回の事件はお開きになる。
10日も経った頃、ミーメさんから渡された報奨金は1人当たり銀貨10枚という大金だった。やはり一度にこれだけの盗賊を倒すようなことは近年なかったらしい。絵師が今回の話をイリスさん達から聞いて大きな絵にしているらしいけど、それほどのことなんだろうか? できたら一度見てみたい気もするけどね。
「とりあえず皆無事でよかったよ」
「ああ、それにしても数が多かったな。イリスさんは次はないだろうと言ってたから、この冬はまた荒れ地で野犬狩りになりそうだ」
「私達も参加しますよ。3日おきに2日の手伝いでだいじょうぶそうですからね」
夕食後にワインを飲んで狩の計画を立てていると、シグちゃんが俺達の話に割り込んできた。ファーちゃんもシグちゃんの言葉に頷いているから、仲間外れにされるのかと思ったみたいだな。
だけど、寒い冬の狩にはできれば参加してもらいたくないことも事実だ。俺達は暖かなところで待っていてくれるだけでもいいんだけどね。
「もちろん、ファー達も連れて行くさ。明日にでもギルドに出かけて様子を見て来るぞ」
「だけど、冬の狩は寒さとの闘いでもある。身支度と準備品はシグちゃん達に頼むから、そっちも確認しといてくれよ」
「もちろんです。最初は荒れ地で、本格的な冬になれば森の中で罠猟ですよね」
その罠猟は、ガトル達との闘いでもある。今ではそれほど恐ろしくは感じられないが、油断をすると怪我だけでは済まないからな。
ハンターは体が資本だから、怪我をしたりすれば暮らしが立たなくなりそうだ。
いつまでも初心を忘れないでおこう。ガトルは油断できない相手と認識しておけばいい。